160話 拍子抜けな依頼解決
史菜も灰川と同様に何者かに狙われたのかと思ったが、厄介な他人が着いて来ただけだった。そこは安心したが、今からどうするべきか悩んでしまう。
灰川はチラっと三檜を見ると、何も言わずに灰川の言葉を待っている。史菜を連れてくかどうかは灰川が決めてくれという意思表示だ。
史菜を見れば今も手が少し震えており、車を降りて少し落ち着いて話すことにした。
「まず史菜、この人達は以前に俺がオカルトの仕事で関係を持った家の人達でさ、その家って結構な有力者なんだ」
「そ、そうなんですか? えっと、初めまして、白百合史菜です」
「三檜剣栄です、灰川先生には大変にお世話になっております」
「さっき言っちゃったけど、三梅早奈美だよっ、よろしくっ」
その他の護衛の人達も自己紹介して、取りあえずは史菜は納得して落ち着いてくれた。
「それでな、今は仕事中だから~~……」
「灰川せんせー、ちょっと良いですかー?」
灰川は今回の件は危険を伴う可能性があると判断して、史菜は会社か自宅の安全な所に行ってもらうつもりだったが、そこに早奈美から話しかけられ少し離れた所に連れてかれた。
その時にもう一人の成人女性の護衛者の坂林も一緒に何かを言いに着いて来る。
「灰川せんせー、女の子が知らない誰かに集団で追い回される恐怖って分かる? トラウマになって家から出れなくなっちゃうくらい怖いんだよ?」
「先生、史菜さんは立派なVtuberのようですが、早奈美と変わらないか少し下の年齢に見えます。その年頃の子をアフターフォローも無しに帰すのは……」
「っ……」
史菜は立派にファンを獲得して配信業をしてるが中身は高校1年生、そんな子が耐えがたい怖さを体験したのだ。
スマホを向けられて追い回された、文字にすれば短い出来事だが、史菜が感じた怖さは計り知れない。
相手は軽い気持ちでも『住所を特定されて、それが元で家族にも被害が及んだら?』『乱暴される可能性もあるかも』『炎上してハッピーリレーの人達に迷惑を掛けるかも』そんな不安が一気に膨らんだ可能性は高い。
普段だったら考えない事が、危機に晒されると考えが膨らみ、現実的な危機感を伴って押し寄せる。それは多くの人が経験しており、想像力や思考力が豊かな史菜は更に強く意識してしまっただろう。
「連れ立った方が良いでしょうかね…? それもあまり好ましくない気もするんですが…」
常識的に考えれば史菜に強く信頼されてる灰川が仕事を中断し、実家などに帰して気持ちを落ち着けさせるのが望ましいだろう。しかし史菜は実家の家族が多忙で、さっき聞いたら今日も簡単に戻って来れる場所には居ないそうだ。
幼い頃からそうだったらしく、史菜はそれが普通として生きてきた身だ。そのせいもあったのか史菜は表面上は普通に友達などを作れるが、どこか内向的な性格になってしまい、親しい友達を作ることが難しい性格になってしまってる。
本人から灰川が聞いたが、一緒に遊んだり出掛けたりする仲の子は市乃くらいしか居ないようだ。市乃だけは凄く仲が良く、ハッピーリレーの中で百合疑惑が出たほどである。
「この仕事は時間がある内に早く済ませなきゃいけないんです。冬椿師匠は入院するような事態になってますし、俺も実は仕事が少し詰まってるんです」
灰川だって仕事の予定はあるし、被害者が出てる以上は素早く解決しなければならない。
四楓院からの依頼なんだから最優先でやれば良いと事情を知ってる人からは言われそうだが、それは社会人としては不適切な行動だ。
この仕事は後に繋がるとはいえ元の仕事を疎かにすれば身内からの仕事への信頼を失い、アイツに仕事を任せてもアテにならないと思われるだろう。マネージャーとしては信用してもらえないというのは、非常に苦しい立場になる。
灰川は完璧には遠い人間だが、どこか完璧主義的な部分があるため、こんな極端な考え方をしがちだ。
「私の個人的な意見っすけど、それでも史菜ちゃんは連れてった方が良いと思いますよ。心の傷って簡単には治らないっすから…」
「私も早奈美と同じ意見です。配信者という多くの人に見られる職業で、トラウマを抱えてしまえば大きなマイナスに繋がる可能性もあります」
傍に居てくれる人が居るという安心感は、不安に晒された時には何よりの精神の回復に繋がるのだと坂林は言った。
これは理屈とか損得の問題ではなく、貴方が史菜さんに『元気になって欲しい』という思いを、行動として示せるかどうかの問題だと暗に灰川は言われる。
史菜は既に怖い思いをしてしまい、これから捜索する怪現象はまだ目星すら付けられてない状態だ。頑張ったところで今日中に解決できるとも思えない、それならば史菜を一緒に居させても大丈夫だろうと考えた。
最優先すべきは悪質尾行の被害に遭った史菜が少しでも落ち着けるよう計らう事だ、そうしなければ大きな心の傷に繋がってしまうかもしれない。
もしここで信頼する灰川から『着いて来るな』と言われたらどう思うだろうか?危険だからという文言を付け足したとて、突き放した事は事実になる。それは確実に史菜の心を更に傷付けるだろう。
史菜はたった今に人の持つ悪い部分である『自覚を持たない軽薄な悪意』とも呼べる部分に直接に触れてしまった、そのフォローは身近で信頼されてる灰川が行うべきである。
「坂林さん、早奈美ちゃん、目が覚めました。ご意見ありがとうございます」
「いえ、一考のためになればとお伝えしただけです。考慮して下さりありがとうございます」
「困った事あったら遠慮なく聞いてね灰川せんせー、四楓院は本家に近いとこに居る人は、上下とか関係なく意見を言うのが普通だからさ」
どうやら四楓院グループは風通しの良い所のようで、それ故に権力の腐敗を防いでる部分もあるらしい。もちろんそれを維持するためには上に立つ人間に、相応以上の才覚と精神性が求められるという事だ。
灰川は心の中で『こりゃ敵わん』と英明や陣伍に敬服する、本来なら自分ごときが関わるような人達ではないんだと実感した。
「史菜、悪いんだが俺の仕事に付き合ってくれるか? 賃金は灰川事務所から…さ、最低賃金くらいは出せる……と思いたいな~…なんて…」
「えっ?」
「あはは……今の平均月収200越えの史菜には情けなく見えるだろうけどよぉ…、まだ始めたてだからよ」
情けない話だが灰川は金欲に溺れる事を嫌って多額の報酬は受け取らない、その性質は金欲に溺れる事を防ぐと同時に自分の動きや、物事への対処に縛りを設けてしまうことにも繋がってる。
金が無ければ人を雇えない、浄霊などで金が掛かる術式を使用しなければならない時に金持ちしか助ける事が出来ない、普通に生活が苦しい、すぐ考えつくだけで何個か出て来る。
これについては少し考えなければならないだろう。ここからはシャイニングゲートとハッピーリレーの仕事も増えるだろうし、オカルトの仕事も増える可能性だってあるのだ。
「お金なんていらないですっ、ありがとうございます灰川さんっ」
こうして史菜は今日の所は灰川の仕事に付き合う事になり、一緒に行動する事となった。
賃金を最低金額でも支払うと言ったのは仕事に付き合わせる形になるからで、灰川は過去のブラック企業経験から金を払わず人を時間拘束する事が嫌いだからだ。
史菜はお金は要らないと言ってくれたが、今度に何かプレゼントくらいはしなきゃと思う。
その後は少し鬼ヶ倉の考察が必要なため、少しその辺をドライブしてもらいながら車の中で思考を巡らせた。
灰川の車には助手席に三檜が乗って、後部座席に早奈美と史菜と灰川が乗っている。セダンタイプの車なので後部座席は一つであり、席の中心は史菜で両脇に灰川と早奈美が座る形だ。
早奈美がこちらの車なのは、年が近い子が居た方が史菜が安心すると思うからという灰川と早奈美の計らいである。
「………」
灰川は後部座席に座りながら情報を纏めた手帳を見ながら黙々と考え、車内は灰川の思考を邪魔しないよう皆が黙っており、今は早奈美も静かにしてた。
話を纏めると、落語家の天家冬椿が一門の倉庫から鬼ヶ倉の落語の文書を発見、それを読んだり話したりしてる内に精神が変化した。
昔の江戸地域で関係ありそうな場所を探ったが有用な手掛かりは見つからず、といった具合で捜査は進展してない。
「あの、灰川さん。今回はどのようなお仕事なんでしょうか? もし良ければ力になりたいのですが」
「ん? ああ、実は昔話に関わる捜査の仕事でさ、鬼ヶ倉っていう倉があった場所を探してるんだけどな。昔の江戸地域を霊能力を使って回っても成果が無かったんだよなぁ」
隣に座る史菜が悩んでる灰川を見かねて聞いてきた。今回の仕事は依頼人や事の詳細を話さなければ誰かに聞いても良い許可は取ってあり、それを守りつつ史菜に聞いた。そもそも捜査なんて基本は誰かに何かを聞かなければ始まらい。
「倉ですか、鬼隠れ遊びなら知ってますが、鬼ヶ倉というのは知りませんでした。どんな所なんですか?」
「え? 鬼隠れ遊びって何? それこそ聞いたこと無いんだけど」
質問に質問で返すような形になってしまったが、聞かずには居れなかった。
鬼ヶ倉と鬼隠れ、なんだか語感も似てるし関係があるかもしれない。鬼ごっことかくれんぼが混ざったような遊びかと思ったが、何か気になる響きだ。
「私のお祖母ちゃんが子供の頃に大人から、やってはいけない遊びだと言われてたそうで、街とかの道を鬼の文字や顔をなぞるように歩く事なんだそうです」
それをしてしまうと悪い事が起きるという話であり、荒唐無稽な地域伝承の一つだ。しかし灰川には思い当たることに考えが行きつく。
「一過性禁域の発生か…なるほど…、それなら説明がつくかもな…」
「ど、どうかされましたか灰川さんっ?」
灰川は自分の持つオカルト知識や霊能知識を動員し、頭の中で急速に回して繋がる部分がないか探り始めた。
一過性禁域とは読んで字のごとく一時的に一定の場所を禁足地にしたり、呪われた土地になったりする事や現象のことである。
有名な子供の遊び『かごめかごめ』『後ろの正面だれ?』は、一過性禁域の作成法の一つであったりする。
一過性禁域作成法としての『かごめかごめ』
数人が集まり一人の鬼を決めて囲んで目をつぶらせ、その鬼の周囲を回り、後ろに来た人物を当てる子供の遊びとして有名だ。
この遊びは昔から何かと曰くが多く、この歌は怖い意味があるとか、呪われた歌だという都市伝説が付きまとう。
しかし歌ではなく遊びとして見ても昔から怖い噂があり、かごめかごめをしてる者達が作る輪の中に他者が入ってはいけないというルールが絶対の物として根付いてる場所があったりするのだ。
そのルールは子供だろうが大人だろうが絶対で、もし入ってしまったら行方不明になったり、家族が居なくなったりするという伝承がある地域もあるらしい。
これはオカルト的に見ると、輪の中は一時的な禁足地になってるという見方が出来て、鬼の領域になってるため無断で入った者は不幸が訪れるという事になる。
灰川はしばらく考え込む、そこから天家一門の冬椿の直弟子に電話をして幾つかの確認をして行き先を決めた。
「すいません、文部科学部門省のビルに行ってもらえますか?」
「え? 文科部門省ですか、もちろん構いませんが」
灰川が聞いた情報を元に考えた事が正解なら、原因は文部科学部門省にあると行き当たり、史菜を含めて全員が灰川の事を疑問の目で見てる。
「あの省庁のシンボルマークは羅針盤をモデルにされてて、羅針盤はオカルトにも多々使われる物なんです」
風水などでも使われるし、霊を探す時に方位磁石を用いる方法などもあり、羅針盤はオカルトとの関りが深い。
そして文部科学部門省は落語などの伝統芸能を統括する文化部門庁の親機関であり、冬椿師匠は体調を崩す前に文部科学部門省で伝統芸能家として表彰されていた。
「倉がどうとかは知らないんですけど、あの省庁の羅針盤シンボルが良くも悪くも運気を集めてしまって、稀に酷く濁る事があるんです」
「冬椿師匠が行った時にその影響を受けてしまったという事ですか?」
「はい、少し調べたら最悪の日でした。周りの金融部門庁とか国税部門庁とかの悪い気も吸い込んで、その日に最も目立ってた表彰者の冬椿師匠に向かってしまった…んだと思います」
「そうですか、分かりました」
正確な事は分からないが、とにかく行けば分かる。
一過性禁域になっていた場所は禁域が消えても効果は続く、その効果は呪いを瞬時に飛ばしては消えるため、呪いを受けた者から辿るのは不可能に近い。
「なんか楽勝だったっすね灰川せんせー、本当に終わったんすか?」
「おうよ、見つけるのは大変だったけど祓うのは簡単だったなぁ」
灰川たちは文部科学部門省のビルに行って四楓院グループの名前を出して入らせてもらい、表彰式に使われた会議室の呪い送信機のような働きをしてたシンボルマークを浄念したら事は終わった。
冬椿師匠が発見したという落語の文書は呪いの効果で見せられた夢の中の出来事で、倉にまつわる話だったのは幼い頃に興味本位で忍び込んで閉じ込められたトラウマが原因だったらしい。
先祖が実際に体験したという話は完全に灰川の決めつけで、鬼ヶ倉という話が存在してると思ったのも天家一門と灰川の思い込みだ。いかにも怪異としてありそうな大層な名前だったのも災いした。
灰川は今回の件を鬼が関係する別の怪異と予測して誤認し、過大評価していたのだ。今までの経験と知識に踊らされ、それらが作る盲点に気付かず考慮すべき事が頭から抜けていた。
「冬椿師匠はしばらくしたら元に戻ると思いますんで」
「そうですか、お疲れさまです灰川先生」
怪奇現象なんて全ての事象に深い因果関係があるなんて限らない、運の悪さやどうでも良いような小さな事が原因の事だってよくある話なのだ。
偶然が重なり被害が重くなってしまったが、そういう事もあるのがオカルトの世界だ。それを見極めるためにも先入観や自身の知識に踊らされないよう気を付けなければならない。
「でも正直言って拍子抜けですね~、なんか凄いオバケとか幽霊とバトルとかあるのかと思ってたっすよ」
「霊能者の仕事なんてこんなもんだよ、普通は超つまんないから期待しなさんなって」
完全に期待外れの地味な一件だったが現実なんてこんな物だ。霊能力が無ければ見えないし、お祓いに時間が掛かろうが一瞬で終わろうが一般の人には何やってるか分からない。
基本は地味な捜査と間違いの繰り返し、傍から見れば退屈極まりないものだろう。
人の念に関する事柄だから多彩な人間ドラマがあると思われがちだが、別にそんな物は関わらない事だって沢山ある。そもそも人間ドラマだったら他の職業や生活であっても、人の数だけ存在する筈だ。
「みんな霊能者を特別視しすぎだって、まぁ今回は前フリが大きかっただけに拍子抜けしたのは俺も同じだけどさ」
「ですが総会長と会長が、かねてから懇意にされてる方をお助け頂いた事に変わりはありません。先ほどに電話が来て冬椿師匠の容態に良い変化が出そうな予兆があると伝えられました」
「そうですか、良かったです。また何かありましたら力になります」
こうして面白みもなく依頼は解決したが、灰川は礼を言わなければならない人が居る。
「史菜と話したおかげで解決できた、ありがとうな」
「えっ? い、いえっ、私は何も…」
「いや、考えに囚われちゃいけないっていう基礎の基礎が抜けてたのに気付かされたのは、史菜と話したからだよ」
「あぅ…その…、ありがとうございます…っ」
「それと悪質な付きまとい対策だけど、基本的に人の居る場所でSNSとかは触らないこと、後はハッピーリレーの配信者マニュアルを読み返して守れば大丈夫な筈だからよ」
一応の形式的な注意をして史菜の不運も落着したし、これで名前が売れる事の負の側面も分かってくれたはずだ。
今回の一連の事は不運が招いたものだ、それが油断や経験から来る先入観と合わさって悪い方向へ向かいかけてたのを史菜に助けられた形なのだ。
「まだ少し時間がありますね、寄ってもらいたい所があるんですが」
「はい、構いませんよ」
「灰川せんせー、どこ行くん?」
「ああ、ちょっと霊能者の仕事の続きって感じだよ」
近くの花屋に寄ってもらってから、灰川は定期的に訪れてる場所へ向かってもらった。
「ここはどういう場所なんでしょうか? ただの公園にしか見えないのですが」
「私もそうとしか見えないっすねー、人も居ないし」
ここは住宅地の真ん中の小さな公園で、特に目立った何かがある訳じゃない。しかし灰川はこの場所に用事があり、駅からも離れてるから車で動いてるついでに寄ってもらった。
史菜も車から降りて灰川に着いて来ており、護衛は目立つから三檜だけに着いて来てもらうと言ったのだが、史菜と仲良くなった早奈美も着いて来たいと言ったので来てもらった。
「この公園は何十年も前に事件があってな、その時の犠牲者の霊を鎮めるために俺と何人かの霊能者が浄霊と鎮魂をしてる所の一つなんだ」
「えっ?」
「灰川さんは、誰かに頼まれてやってるんですか?」
「いや、仕事で通りかかった時に知ったって感じでさ、慰霊碑もそこにあるだろ?」
公園の片隅には小さな慰霊碑が建立されており、この場所に留まる念は今も確かに存在してる。
殺人事件や死者の出た事故があった現場には、無念の内に生涯を閉じた人の念が留まりやすい傾向がある。
そういった場所の浄霊や鎮魂を神職仏職の人や霊能者が定期的にやってる事があり、ここはそんな場所の一つだ。
「じゃあ灰川せんせーは、無料でお祓いしてるの?」
「ちょっと放って置けない念だったから、そのままにしてたら確実にヤバイ存在になるって分かるし」
今は浄霊を行ってるから悪い念などは抑えられてるが、誰も浄霊をしなくなったら怪異になって人を襲いに行くだろう。
「こんな風に普段は目立たないし、激しいバトルも活躍もしてないけど、霊能者は活動してるんだよ。その数も減ってるのは事実だけどな」
「そうなんですね、でも灰川さんを含めてそういった活動をされてる方達は立派だと思います」
灰川は普段は悪念散らしの行脚はしてないが、浄霊活動は前からやっている。あまり人に言うような事じゃないし、以前に市乃にこういう感じの事をやってるの?と聞かれた際には、気恥ずかしさとかもあって「やってない」と答えてしまった。
市乃には運動公園のトイレを案内したが、あの場所も灰川が浄霊を行ってる所の一つである。
「浄霊とかお祓いってのはモノによって掛かる時間が大幅に違うんだ、さっきのように一瞬で済むようなのもあれば何年も何十年も掛かるモノもある」
凄惨な事件だったり、大勢が犠牲になったりした現場のお祓いは基本的に時間が掛かり、何人もの霊能者が訪れては浄霊をしてたりする。現実は映画のようにハデな戦いがある事なんて稀だし、戦って祓うよりも正しい意味で在るべき場所に送ってあげたいと思ってしまう。
この場所で何があったかは灰川は語らない、慰霊碑にも書いてないし、調べても本当の事は出て来ない情報だ。世の中には知らない方が良い事もあるし、どうしようもない人間や何をしても罪悪感を感じない人間も存在するのだ。
そんな常軌を逸した界隈の話は当然ながら史菜にも早奈美にも聞かせないし、三檜にも他の誰かにも率先して話すつもりはない。
愛は無限の可能性を秘めていると言われたりするが、悪意や憎しみといったマイナスの心だって無限の可能性を秘めてる事を忘れてはいけない。灰川はそういったものを少しでも抑えるために活動してる。
「今日1日で灰川先生がどのような人なのか、少しは分かった気がします。四楓院グループからの依頼を受けて下さり、ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ史菜を助ける事に力を貸してもらってありがとうございます。流石は警護のプロと御見それしました」
「灰川せんせー、私も頑張ったよねっ? 会長たちに凄い奴って宣伝よろしくー。史菜ちゃんも学校交流で会ったらよろしくね」
「はい、三梅先輩、こちらこそです」
「宣伝しとく……え? 早奈美ちゃんって高校生なの!? 警備とかの職に就けない年齢だろ!?」
「私は見習いだよ、本当のプロになるためには高校卒業なんて待ってられないしさっ」
何か事情があるのかも知れないが、本人の意思のようだし口出しする権利もないから放って置くしかない。
その後は車でハッピーリレーまで送ってもらい、史菜と一緒に降ろしてもらってその日の仕事は夕方ごろに終わった。
「あの…灰川さん、その……もう少しで良いので一緒に居て頂けないでしょうか…?」
「ん? ああ、大丈夫だぞ」
時刻は既に19時を回っており、史菜が帰るなら送って行こうと思ってた所だった。
まだ追い回された時の不安感や怖さが残ってるようで、怖いようだったら市乃の部屋に泊めてもらうよう言うつもりだった。だが市乃は今夜は配信があるため、部屋を訪ねるのは後にした方が良さそうだ。
「落ち着くまでハッピーリレーで休んでくか、休憩室は開いてるだろうしな」
ハッピーリレーはまだ職員が残ってるようで明かりが点いており、灰川も史菜も入れる状況だが。
「え、えっと…出来れば灰川さんの事務所の方が落ち着けるので、そちらにして頂く事は出来ませんかっ…?」
この申し出に灰川は一瞬は渋る、もし誰かに見られたりしたら変な誤解でも生みかねない。
しかし市乃も史菜も一人で灰川事務所に来た事があるし、他の配信者だって何人も性別問わず来訪してるから大丈夫だと判断する。一応は花田社長に事情を話して許可は取っておくことにした。
「許可取ったから大丈夫だぞ、まぁ事務所にゃ何にも無いけどな~」
「ありがとうございます、お邪魔させてもらいますね」
「でもその前に夕ご飯行っとくか? 腹も減って来たしなぁ」
「はい、灰川さんのお好きなようにどうぞ、お世話になったのでご馳走させて下さい」
「え、良いの? じゃあ遠慮なく頂くぜ! せっかくだから史菜が普段は行かないような店に行ってみるか」
こうして急遽に史菜が落ち着くまで一緒に居る事になり、ちょっとした夜の親睦会のような時間となったのだった。
しかし史菜は割と本気で灰川を慕っており、今日を含めて助けられた経験も何度かあって気持ちが前より強くなってる。
それと灰川が目立たないものの霊能者として活動してた事や、オカルトについて真面目の考察する時だけは凛々しくなる顔を見て気持ちに深みも出てしまってる。それがどのように作用するかは定かではない。
本当は別の展開を考えてたんですが、重大な矛盾と無理の有る展開だと気付いてこういう話に直しました。
ホラーって難しいですね(泣)




