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配信に誰も来ないんだが?  作者: 常夏野 雨内


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16話 心霊体験の予後 2

「まず話からしていきましょう、自由鷹(じゆうたか)さんはオカルトの事って詳しいですか?」


「いえ、ほとんど知らないと思います」 


 少しの準備を終えて応接室に戻り、話をする所から始めていく。


「ではパワースポットって知ってますか?」


「一応ですが…知ってます。良いオーラがある場所みたいな感じですよね?」


「今から俺が知る一番のパワースポットに案内しようと思うんですが、どうされます?」


 パワースポットとは大地のエネルギーが集中してる場所とか、神仏のエネルギーで浄化された場所などの意味があるが、近年では良いオーラがある場所みたいな曖昧な表現になってる。


 つまりは行くだけで運気が上がったり、悪いオーラが浄化されて体が軽くなるとか、そういった良いエネルギーが満ちてる場所の事を指す言葉になった。


「それって、何処なんでしょうか? あまり遠い所は…」


「そこそこ近いですよ、電車で1時間ないくらいだけど、車なら30分くらいで着きます」


 その場所を説明すると全員が驚いた、まさかそんな場所を切り出されるとは思ってなかったのだ。


「どうするべきか…ここはナツハの判断に任せるが、行くと言うなら私も付いていく」


「灰川さんこんな時間にウソでしょ!? 本気なの?」


「もし行かれるのなら私も絶対に着いて行きます!」


「う~ん、他社の社長とトップ配信者がそこに行くのは問題があると思うが…本人次第だろうな」


 渡辺社長、エリス、ミナミ、社長がそれぞれ反応するが、行くかどうかは本人の意思だ。返答を待つと。


「そこに行けば解決するんですかっ?」


「まあ、余程のイレギュラーが無い限りは大丈夫ですよ」


 今回はこの場だけでは完全解決は難しいと判断した、そのためにパワースポットを利用する。


「なら行きます! よろしくお願いします」


「分かりました、じゃあ社長、車かタクシー出して貰えます?」


「そうなるよな、分かった灰川君」


 そこから車を出してもらい、灰川の知るパワースポットへ向かったのだった。




 社長が出したのはボックスカーのワゴン車で、6人が楽に乗れるサイズの車だった。


 運転は社長がして助手席にはシャイニングゲートの社長、後ろの席にはエリス、ミナミ、ナツハ、灰川の4人が乗り込んで会話をしてる。


「エリスちゃん、ミナミちゃん、遅い時間だけど着いて来ても良かったの?」


「大丈夫ですよナツハ先輩! 私も行ってみたいと思ってたし!」


「はい、それにナンバー1Vtuberの自由鷹先輩とお話しをしてみたいと思っておりました」


 二人は呼び方を先輩にしたようだ、それが普通という感じもする。どこか二人はナツハの事を励まそうとしてるようにも見える、前に怖い目に遭ったのだから辛さが分かるのだろう。


「ところで灰川さんってナツハ先輩がどれだけ凄いか知ってる?」 


 ナツハとエリスとミナミの三人で少しばかりVtuberの事に関して話し合ってると思ったら、灰川の方にも話が振られて来た。


「ん? まあ、Vtuber界で一番人気で登録者も一番多いんだろ? さっきの話だとテレビにも出てるみたいだし」


「浅いよ! それだけじゃなくて生身の顔出し配信もしてて、そっちも大人気だし! しかも生身のCM出演とかもしてるんだから!」


 とはいえ顔出し配信はほとんどしておらず、CMも短期間の深夜帯の物だから同級生や学校の友達にはVtuberをしてる事はバレてないそうだ。


「凄いんですねナツハさん、びっくりだ」


「あんま驚いて無い! いや、凄すぎて灰川さんは実感わかないのか」


「い、いえ…それほどでは」


 内心では凄いと思いつつ無難に褒めると、ナツハは謙遜しつつ礼を言う。


「灰川さん、もし良かったら私にもエリスちゃんやミナミちゃんみたいに話してくれませんか? 灰川さんの方が年上だし、お世話になるんですから」


「あー、まあナツハさんがそれで良ければ」


「はい、よろしく灰川さん」


 硬い言葉は苦手らしく、相川もそれに応じて言葉を崩す。その後はどこの出身とか学校はどこかとかの話をしながら目的地に向かい、20分もすると到着した。




 車を目的地の駐車場の近くに停めて1分も掛からず着いてしまう、その目的のパワースポットとは。


「ようこそ日本有数のパワースポット、築40年のアパート、馬路(まじ)矢場(やば)アパートへ」


 「「…………」」


 ボロい、汚い、狭そう、3拍子揃った安アパート、そこは何を隠そう灰川の居住地のアパートだった。


「灰川さん…こんなとこに住んでんの…? ヤバっ…」


「幽霊が…出そうです…」


「私も昔はこんな感じのアパートに……いや、もう少しマシだったな…」


 ハッピーリレー組がアパートのボロさに驚いてる、周りの建物にも古い建物はあるが、ここはダントツで古い外観だ。


 薄っぺらいコンクリート作りの2階建てアパート、昔の漫画に出てきそうな古いアパートだ。


「地震とか来たら崩れそうですね…」


「まだこんなアパートあったんだな、私が子供の頃には結構あったんだが…」


 シャイニングゲートの社長とナツハも驚いてる、見るからに古い外観だから驚くのも無理はない。


 灰川以外の者には一様に同じ雰囲気が流れてる、それは「(だま)してる?」というような雰囲気だ。


 こんな場所がパワースポットな訳が無い、むしろ心霊スポットの間違いだろ?という感情が見て取れる。


「この汚いアパートに…君の自宅にウチのナンバーワンのナツハを入れろと言うのかい…? 騙してるんじゃないのか?」


 遂にシャイニングゲートの渡辺社長が疑いの念を隠せなくなって来た、もうちょっとはマシな場所、清廉(せいれん)(たき)とか(おごそ)かな神社を想像してたのだろう。


「まあ入るかどうかの最終判断は本人にお任せしますよ渡辺社長、どうするナツハさん?」


「………もちろん入ります、エリスちゃんもミナミちゃんも灰川さんに助けられたんですから、私だって信じます…!」


 こうして続行が決まった。もちろん一人で灰川の部屋に女子高生を上がらせる訳もなく、エリスとミナミ、社長二人も上がる事となった。




「ここが俺の部屋です」


 ドアを開けると中に広がる光景は……。


 「「うわぁ…」」


 全員、特にエリスとナツハが落胆の息をつく。それもそのはず部屋は6畳くらいしか無いワンルームの畳部屋、壁も薄汚れてて絵に描いたような貧乏アパートだった。


「私は気にしませんよ、灰川さんのお部屋が見れて嬉しいです♪」


「なんだ、私が昔住んでた部屋より広いじゃないか」


「シャイニングゲートが成功する前は僕も同じような部屋だったなぁ」


 ミナミは気にする素振りは無く、社長二人は懐かしいような感覚を受けていた。


「中に入って良いですよ。あ、でもナツハさんは一番後ね」


「え? はい」


 特に疑念も無くナツハ以外の面々は部屋の中に入り、狭いだのなんだの言う。室内は布団が畳んであってパソコンを置いたテーブルと荷物があるから5人ははいれば窮屈だ。それでも布団をソファー替わりにして座れば場所は稼げる。


「自由鷹さんは部屋に入っても驚き過ぎないようにね、理由はすぐに分かるから」


「は、はい… ……??」

 

 意味は分からないようだが入れば分かる、そう言われてナツハも部屋に上がり玄関から一歩進むと。



「あ……あれ…? なに……これ…っ?」



 ナツハは突然に涙を流し始めた、まるで死ぬほど飢えてた人がステーキを食べて勝手に涙が出て来るような、そんな涙の流れ方だった。


「ど、どうしたんだっ?」


「なっつん先輩!?」


「灰川君っ、これは…!?」


 ナツハ以外の者は誰も変調をきたしてない、彼女だけが涙がボロボロと流れてる。


「説明します、適当に座って下さい」


 全員を落ち着かせて事のあらましを説明していく、この現象はパワースポットでたまに起こる現象なのだ。


「東洋医学には五気という思想があります。(もく)()()(こん)(すい)という、物質や生命を司る性質のものです」


 この性質は人体にも当てはまり、(かん)(しん)()(はい)(じん)と並ぶ。心の気は火の気と同じ属性であり、この場所はそれらの気が多くある場所だ。


「今回は(しん)の気に関して説明します、心の気は精神の情緒を乱されると流れが狂う性質があるとされてます、今回の自由鷹さんのケースがそれです」


 自由鷹ナツハはテレビ局での恐怖体験で精神の均衡を乱してしまった、それによって情緒不安定になり心の気が乱れてしまったのだ。


 心の気が極限にまで欠如してしまうと感情の制御が難しくなり、全く笑えなくなったり、逆に笑いたくも無いのに笑ってしまうことがある。先ほどに起きた現象だ。


「そしてこの場所は(しん)の気が強く出る場所なんです、理由は方角とか相性(そうせい)相克(そうこく)とか様々あるんですが省略します」


 気という物は強くなったり弱くなったりするのは様々な理由がある、火を強くするためには木が必要だとか、弱くするには水が必要だとか、そういったものである。


「心の気が弱ってた自由鷹さんにこの場所は最適なパワースポットなんですよ、ここに居るだけで十分に気は回復します。勝手に涙が出たのが証拠です、心の気を作り出せない循環不良に陥ってた体が十分に気を取り込めて喜んでるんです」


「で、でもナツハ先輩に憑いてる幽霊は!? そっちをどうにかしないとダメなんじゃないのっ?」


「その心配ももう無い、精神も体も健康に戻れば向こうから離れてく、現に俺に見えなかった時点で普通以上の念は持ってない幽霊だったのは間違いないんだから」


「そうなの? 疲れたりすると見えやすくなるってこと?」


「まあそんな感じかな、もしかしたら幽霊は憑いてたのかもしれないけど、俺の前の霊媒師で祓えてた可能性もあるし」


 幽霊にだって強い弱いがあるし、何かを伝えたい、恨みを晴らしたい、未練があるなど存在理由も様々だ。


 特に強さは重要で、誰かを無差別に呪い殺せる怨霊なんて(まれ)も稀であり、ほとんどの呪いは人を殺せるようなシロモノではない。 


 もっとも人を呪い殺せる幽霊や人物も居るが、簡単に出会えるような甘い世界じゃない。


 一番怖いのはナツハのように気にし過ぎてナーバスになり、自らの思い込みで健康を害する事だ。


「心霊体験や恐怖体験をしてしまったら強い恐怖や不安感が残る、それが原因で心を病んで悪い事は呪いだと勘違いするようになったりするんだよ。今回のナツハさんのは本当に怪現象が起こったみたいだけど、それも気にし過ぎて自分が怪異を呼んでしまったのが大きな原因だよ」


「そ…そうなんですねっ…、ぐすっ…ぅぅ、涙が止まらない…」


 有名人は邪念も想念も集めてしまう、幽霊に取り憑かれてなくても怪現象に遭遇しやすい。エリスやミナミと同じ現象だ。


「一応だけど魔除けの念を込めたお(ふだ)も作っといたから、不安だったら持って帰って玄関にでも貼ってね」


 灰川は除霊も出来ない事は無いが基本的には陽呪術の使い手の家系であり、霊障などの解決策としては霊を祓うよりも、本人に魔除けの気を注いだり、霊に憑かれないよう体調を整えるようさせるのがやり方だ。


「とりあえずこれで大丈夫かな、もう少し居れば完全に回復すると思うから」


「よかったー、ナツハ先輩元気になるんだよねっ」 


「一件落着ですね、さすが灰川さんです」


 心の気が満たされた事で精神の安定も戻り、ナツハ本人も不穏な気配や不安感は払拭されたようで、霊が居る様な感覚も完全に消えたとの事だ。




 その後はナツハの心の気が回復するまで部屋で休ませた、灰川の部屋には来客をもてなす物は何も無いため「水道水飲みます?」と言ったら断られたりした。


「灰川君、謝礼はどうしたら良いんだね?」


 そう聞いてきたのは渡辺社長だった、ナツハは疲れからか横になって寝てしまっており、謝礼に関して灰川は考えても無かったから困ってしまう。


「ただ部屋に上げただけですし、お礼なんて良いですよ」


「そういう訳にはいかんよ、ウチのトップVtuberが助けられたんだからね」


 それも事実ではあるが、今回は本当に何もしてないと灰川は感じてしまってる。一応はアルバイトの仕事の範疇かもしれない……明らかに職務の範囲を超えてるとは思うが。


 こういう時に何かを受け取る訳には行かなかった。そもそも灰川も誰も今回の件に関する金額の相場という物が分からない、本当に自宅に案内しただけなのだから。


「では私たちの時のように、灰川さんが何か困ったら助けるという事で良いのではないですか? 一つ貸しということで」


「私もそーしてもらったし、それで良いんじゃないですか、渡辺社長さんっ」


「ほう、灰川君はそういう方式を取ってるのか、見上げたものだ」


「いや、まあ…貸しってほどの物でもないと思いますが、そうしますか」 


 結局は今回もこの形になってしまった、ボランティアくらいに考えていたから丁度良いだろう。


 そこからはナツハは回復し、またこのようなことがあった時のためにここに来れるよう、灰川とナツハが連絡先を交換して場は収まった。


 エリス達は社長が家まで送り、急な来客は幕を閉じていつもの日々に戻る。時刻は夜の12時頃になっていた、明日はエリスもミナミも学校では眠い目を擦りながら授業を受ける事になるだろう。


「さーて、配信するかぁ!」


 灰川は学校に行ってる訳でも朝から仕事がある訳でもない、夜は遅くなっても別に昼に起きれば良いのだ。しかも明日は仕事のシフトも無いから安心だ。


 パソコンの電源を入れて配信ページを開く、視聴者はゼロか少数だが灰川は配信が好きだから楽しみの時間なのだ。


「はい、こんばんわぁ! 灰川メビウスです、今日も配信していきまっす!」


 25才の青年が楽しそうな顔で一人パソコンの前で話し始める、今夜も灰川の配信が始まった。


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パワースポットの力ってすげー
風水パワー!
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