154話 色々ある日々
キュイン!キュイン! 右打ちだ!ズギャーン!
減速装置!! スーパーラッキー!
「すげ~出たな~! 今日はちょっと良い物食うかな~!」
飛車原家の騒動を解決した2日後、灰川は仕事終わりにパチンコで勝って財布が少し温かくなっていた。
その日はちょっと高めの夕食を買ってアパートに戻り、美味しく食べて満腹になった後に配信でも見ようかと思ってたら。
「うわぁ~! 変なハムスターにカリカリされてるぅ~!」
「ちゅ~、ちゅ~~」
カリカリカリ!
背中の模様が『悪ハム』という漢字の模様になってる割と大きめのハムスターが、いつの間にか部屋に入ってきており引っ掻かれてしまった。
「あっ! お前、怪異だな! すぅ~、せいっ!」
「ちゅ~~! ちゅ~!」
ハムスターの首根っこを掴んで祓いをすると、背中の模様が『良ハム』に変わり邪気は消えた。その直後に変なハムスターは素早く外に行ってしまい、アパートの部屋には灰川だけが取り残されてしまった。
「変な怪異も祓ったし、配信見るかな!」
その時に灰川は引っ掻かれると変に悪い運が訪れるハムスターが居るという話を忘れており、自分が多少の怪異などに影響を受けるなんて考えてもなかった。
そのため自分に軽い呪いが掛かってしまってる事に気が付かず、そのままパソコンで誰かの配信を見ようと座り込んだ。今夜は色んな知り合いが配信してて視聴者も集まってる。
その中で何となしにカーソルの近くにサムネイルが来ていたハッピーリレーのVtuber、ルルエルちゃんこと明美原 佳那美の配信をクリックした。
【雑談】今日はお話しよう!【皆で!】
ルルエルちゃん 視聴者登録8万人
同時視聴者1000人
『それでね!それでね! お友達の子が自転車でコンビニに入っちゃったの!』
コメント:なんだそりゃwww
コメント:やっちまったなぁ!
コメント:そりゃイカンて
佳那美はフェスの後も順調に楽しく配信しており、今夜もライブ2Dモデルの明るい金髪を揺らしながら、元気いっぱいで視聴者に笑顔を届けてる。
最近の佳那美は演技や歌唱のトレーニングにも力を入れてるらしく、本人の明るく可愛らしい容姿を活かして俳優業や歌手としての売り出しなんかも検討されてると聞いた。
「あ、あれ…? ルルエルちゃんって、こんなに可愛かったっけ…?」
配信を開いた灰川が何故かいつも以上に佳那美の配信に惹きつけられ面白いと感じ、心の中にルルエルちゃんを応援したいという欲求が一気に膨らんだ。
「こうしちゃ居られねぇ! ルルエルちゃんにスパチャしなくちゃ!」
普段は絶対にスーパーチャットはしない灰川が、いきなりイキリ立って近くのコンビニにプリペイドカードを購入しに走って行った。
明らかにさっきのハムスターの影響だが気付かない、霊力の有無とか呪いへの耐性とかを貫通して影響を及ぼす怪異だったようだが、既に祓った事と『自分が呪いとかを受ける筈が無い』と思ってる灰川はコンビニに走って行ってしまった。
「はぁはぁ! 5万円分のプリカ買ってきたぜ! 待っててくれルルエルちゃん!」
点けっぱなしのパソコンに向かってyour-tubeのサイトに入金して準備が整った、そして一気に……。
『あとお母さんとお出掛けして電車に乗ったんだけどね! 間違った電車に乗っちゃって~~……』
コメント:www
コメント:やっちまってるなぁ!
ギガソーダ::50000円
ルルエルちゃんカワイイ!
頑張って!応援してるよ!
コメント:電車間違いは誰もが通る道!
『それで、えっ!? 限度額スーパーチャット!?』
コメント:うおっ!唐突に赤スパが!
コメント:ルルエルちゃんの配信だと初めて見たかも!
コメント:赤はやっぱ目立つな~
コメント:これは流石にナイスパ
いきなり来た限度額スーパーチャットにルルエルちゃんは驚き、視聴者たちも驚いてコメントが加速する。
「はっはっは! 驚いたかルルエルちゃん、赤スパはなかなか送ってもらえない額だからなぁ!」
高額スーパーチャットは簡単には送ってもらえないものだ、熱心なファンでも限度額の5万円ともなれば簡単な額ではない。
それが普段はコメント欄で見かけないネームの奴から突然に送られ、配信が盛り上がってる。灰川は視聴用アカウントは名前をたまに変えてるので、佳那美に送り主が誰なのか知られる事はなかった。
スーパーチャットがある配信は限度額が投げられると盛り上がることが多いが、正直に言うとそれだけである。配信主は驚いたり喜んだりするが、投げた人に何か見返りがある訳じゃない。
むしろ赤スパを送ったけどスルーされたなんて話もあるくらいだから、お金に相当な余裕がある人でなければ投げないのが無難だと思う。応援は出来る範囲で程々にするのが良い。
『ありがとうギガソーダさん! 限度額スーパーチャット初めてだよっ! これからもがんばるねっ!』
大きな応援をもらってルルエルちゃんは嬉しそうだ、そんな様子を見て灰川も嬉しくなってたが……そんな時に怪異ハムスターの効果が切れた。灰川には高い霊耐性があるから正常に戻るのが早いらしかった。
「ええっ!? 俺なにやってんだ!? なんで限度額スパチャなんてしたんだ!?」
まさかのパチンコの勝ち分の全てを佳那美に送ってしまい、急に焦り出すが後の祭りだ。
「あ~もう! 別に良いや!佳那美ちゃん喜んでたし、パチはトントン(プラマイ0)だったと思う事にしよう! もう寝る!」
その後も佳那美は初めての限度額スパチャで応援された事によって気力が増し、いつもより明るい感じで配信して視聴者を楽しませたのだった。
限度額スーパーチャットは、ある意味では配信者のステイタスのような物だ。登録者が何十万人も居る配信者やVtuberでも送られた事が無い人は珍しくない。
しかしスーパーチャットは動画サイトが手数料などで持ってく割合が高く、今はグッズ収入やその他の方式などがVtuberの稼ぎの主力になりつつあるようだ。スーパーチャットの平均送金額は年々下がりつつあるらしい。
配信者やVtuberの応援は出来る範囲で無理なく、楽しく勤しむのが良いだろう。推しに注目されたいからといって無理をしたら、自分の財布を苦しめるだけだ。
そんな事があった翌日、灰川は朝から自分の事務所で話をしていた。
ここの所はジャパンドリンクのCM案件などでハッピーリレーもシャイニングゲートも忙しいらしく、特にシャイニングゲートは以前から受けてた依頼をこなす事に精力を注いでる。
芸能界進出を狙うにしても主力メンバーが依頼案件を残したままでは体面は悪いし、本人達も望む所では無いだろう。
ハッピーリレーはフェスで灰川所有のスーパーPCによる配信が非常に好評を博し、あの技術を使った配信を普段からやって欲しいという声がネットから聞こえるようになっていた。
今日はそのPCをどうするか話し合ってるのだが……。
「やっぱり、あのPCは複製不能だね。それが結論だよ」
「ふむ…だが、やはり私としてはこれからも使わせて欲しいというのが本音だ、灰川君」
フェスでの反響を見て渡辺社長も花田社長もパソコンを諦めきれない、その頼みを灰川はどうするのか。
「あ、良いですよ。どんどん使ってください」
「「ええ!?」」
社長2人は灰川が以前のような相棒とかいう人への義理で断るかと考えており、結構な金額を提示して買い取るか貸し出してもらうつもりだったのだ。
「ど、どうしたんだね灰川君。前はあんなに渋ってたじゃないか?」
「灰川さん、何かあったのかい?」
「実はあのパソコン、性能は凄いみたいなんですけど、電気をメチャ食うみたいなんですよ」
フェスが終わった直後にタナカからメッセージが届き、そういう特性がある事を教えられた。これはタナカも知らなかったらしく、事後報告となってしまった。
その消費量は尋常ではなく、一度は灰川は車を借りてアパートに持ち帰って電源を入れてみたが、ブレーカーが落ちてしまったのだ。事務所だと業務雑居ビルだからアンペア数が足りてたようで使えたが、それでもギリギリだ。
そして計算によると1日に3時間程度の使用でも1か月で10万円を超えるような電気料になってしまうらしく、とても個人で使う気になれないマシンな事が明らかになった。
「なるほど…美味しい話には裏があったという事か…」
「そうなんですよ、だから俺じゃ使えないんで好きに使ってください。でも捨てる時は廃棄料とかも出して下さいね」
Vtuber配信の究極を追い求めて裏の人間が作ったパソコンだが、使用時の金銭的負担や電力負担を度外視してたらしく、使い物にならなかった。
新たなテクノロジーなどは世に出る前に欠点の克服や、使用者への様々な負担を軽くする造りになって表に出るが、それが成されてない技術はどんなに素晴らしい物であっても使用には堪えない。
本当に優れた新技術は表に出ないと昔から言われたりするが、軍事技術やエネルギーテクノロジー以外にも、こんな理由で表に出なかった凄い技術があるのかも知れない。
「だが最大で2台しかパソコンが無いんじゃなぁ…」
「そうなんですよね、1台ずつ貸してもらっても、とても人数的に足りませんし」
「あ、でも1台は事務所に残してもらえると助かります、パソコンをくれた人への義理立てだってありますから」
結局はPCは代えが利かない上に数が足りず、使い過ぎればこのPCでやる配信が視聴者にとって当たり前の物になりかねない危険性がある。
そうなれば視聴者が普通のPCでの配信では満足できないメンタリティになってしまい、収益的にもマイナス効果が出かねない。
どんなに凄い物でも再現性と量産性、コストパフォーマンスや維持、持続可能な状況にあるか等が確保されて無ければ商業での恒常的な使用は不可能だ。
「このパソコンは特別な配信での使用に留めましょう花田社長、迂闊に使えば長い目ではマイナスになる可能性が高いです」
「そうですね渡辺社長、灰川さんの許可も出た事ですし、使って良い時のルールは2社で話し合いましょう。これは諸刃の剣になりかねない」
上手く行けばこのPCを用いてVtuber市場の合法的独占も可能かもしれないが、現実的じゃない。数が無いのだからPCが壊れたらお終いだし、そうなれば凄い配信が見れなくなってファンは離れて行くだろう。
産業というのは突出した技術が出ると、時に寿命が短くなったりする事がある。カメラ産業が携帯電話の普及で縮小したように、革新的な技術は何かを衰退させる事が多いのだ。
技術革新、今で言うイノベーション、その革新は持続可能な下地があるか、そのイノベイティブ技術に大衆はどう反応するか、更にはその後の動きも予測して動かなければ自分の首を絞める結果になってしまう。
「じゃあ取りあえずは特別な配信の時に貸してもらうよ灰川さん、レンタル料や電気代はこちらが持つから」
「記念配信や誕生日配信なんかに使わせてもらう事になると思う。頼んだよ灰川君」
結局は無難な方向に落ち着き、競合他社との決定的な差を生むには至らなかった。
今後の2社の事業展開の仕方を考えれば、迂闊な新機軸の導入は危険になると判断した結果だ。
これからも色々と考えて使うべきなのだろうが、まずは話し合いは無事に着地して事無きを得たのだった。ついでに灰川の収入も少しアップするだろう。
そんな感じで午前を過ごし、午後には別の予定がある。
「灰川さん、今日はよろしくね」
「こっちこそよろしくな、ナツハ」
灰川事務所に自由鷹ナツハが来た。午後は港区のお台場にある全国放送のテレビ局、OBTテレビで今後の打ち合わせの仕事があるのだ。
本来なら会社の人間が同行するべきなのだろうが、灰川を連れて来て欲しいと先方から頼まれたらしく、同行して欲しいとシャイニングゲートから言われた。
どの道に既に大方の打ち合わせは終わってるらしく、今回の来局仕事は儀礼的なものになるそうだ。つまりは挨拶みたいなもので、大人数で行くのも失礼だし職員も忙しいから付き添いは灰川だけだ。
「お台場かぁ、あんまり行ってないけど、色んな物があるイメージだな」
「私は何度か遊びに行ってるけど、良い所だと思うな。カップルとかも多い観光名所の一つって感じだよ」
お台場は東京湾に作られた人工の島で、モノレールや車で簡単にアクセスが出来る海に浮かぶ魅力的な場所だ。
ショッピングモールやテーマパーク、その他にも様々なエンタメ施設があり、大きなテレビ局なんかもある凄い場所である。
「じゃあ行くか、何か面白そうな所でもあったら寄ってみようぜ」
「うん、乗り換えもあるから早めに行った方が良さそうだね」
灰川とナツハは事務所を出て駅に向かう。目指すはお台場、ここからシャイニングゲートの本格的な新境地への進出が動き出そうとしていた。
パソコンから少し音がしてます。
もし更新が止まったら、何かあったと察してくれたらありがたいです……




