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配信に誰も来ないんだが?  作者: 常夏野 雨内


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150話 微妙な午後

 流信雲寺で依頼を受けた灰川は市乃と共にマンションの室内に入った。


「お邪魔します」


「こんにちわ」


「変な現象を解決してくれるんですか? よろしく」 


 部屋に通され中に入る、少し散らかってる印象だが普通のマンションの一室だ。9帖のリビングと3,5帖の小さめの洋室があり、どちらもフローリングの床だ。キッチンは玄関を入った先にあり、洗面所やトイレがあって浴室がある。


 原田と同棲してるという彼女は至って普通の感じだ、しかし怪現象に悩まされて寝不足なのか少し顔色が悪い。


「どの辺りが怪現象が多いですかね? 水回りとかですか?」


「そうですね、あと洋室の方も窓ガラスが揺れたりします」


 3帖の洋室は寝室として使ってるようでベッドが一つある、リビングにはテレビやソファー等があってレイアウトも普通だ。


 その中で灰川は霊視を強く使う、既に灰川が入って来た時点で弱い霊や念は霧散してるし、そこまで強い何かも感じない。


「あっ、水道から水が垂れてるよっ」


「テレビも誰も触ってないのに、また勝手に点きましたし…」


 灰川が確かめてみるが霊的な物は何も感じない、とりあえず原因を探る事にした。


「ちょっと隣の部屋の人に話を聞いて来ますので、原田さん着いて来てもらって良いですか?」


「え、はい、近所トラブルとかは嫌なんで、本当はあまり話したりしたくないんですが」


 灰川と依頼主の原田は隣の部屋に行き、少し話をさせてもらった。 




「まさか隣の部屋の人が同じテレビを使ってて、リモコンの電波がこっちにも飛んで来てただけだなんて…」


「集合住宅だとたまにあるんですよ、原田さんが引っ越してきて1週間くらいで部屋の模様替えをして、この部屋側の壁にテレビを置いたそうですしね」


 他の部屋のリモコンの電波でテレビが誤作動して心霊現象だと勘違いするのは、昔からの心霊勘違いの鉄板ネタだ。


 原田の部屋のテレビは全国チェーンの激安雑貨店が販売してる商品で、かなり前から全国で売れ筋の商品だから隣の部屋と同じ物でもおかしくない。


 リモコンは意外と電波が強く、厚い壁でも何回かに1回くらい貫通して来ることがある。隣の部屋の人も最近はテレビが勝手に点く事があり怖い思いをしたそうで、これはテレビの位置をずらせば解決だ。


「水道は業者や大家に連絡とかはしました?」


「いいえ、業者を呼ぶほどの事じゃないと思いましたし」


「工具はありますか? ドライバー類とモンキーレンチかウォーターポンププライヤーがあると良いんですが」


「ドライバーは分かるんですけど…モンキーレンチとウォーターナントカって何ですか?」


 この後に灰川は原田を連れて近所の雑貨店に行って水道の取り外しに必要な工具と、水道パッキンという蛇口の密閉性を保つための物を買いに行く羽目になった。


 市乃は則子と恋の話などで盛り上がってる、やっぱり女性は恋バナが好きなのだろう。いつまでも話してられそうな雰囲気すらあり、待たせてるという感情が湧かないから灰川にとっては都合が良かった。


 

「まさか水道も単に部品が劣化してただけだなんて…水道って手入れが必要なんですね…」


「パッキンも硬くなったり割れたりして寿命がありますから」


 水道は内部に密閉性を保つための消耗部品が複数使われてる、交換が必要なのは10年に一回とかだが、寿命が来れば水漏れの原因になる。もし交換する時は水道の元栓を閉じた方が良い。


 それと浴室から声が聞こえるのは、パイプを伝って上か下の部屋の声が通って来ていたのが原因だった。これも隣の人に聞いた情報で、同じ経験を何度もしてるらしい。


 窓が風もないのにガタガタ揺れてたのは、窓枠サッシのネジが(ゆる)んで些細な揺れや風でもガタガタ鳴るようになってたからだ。ついでにパキッ!というラップ音も窓枠のせいで、怪現象は全て思い過ごしの(たぐい)のものだった。


「欠陥住宅とは言えませんが整備不良住宅って所でしたね、霊などに関しては気にする程のものでもないと思います」


 幽霊の正体見たり枯れ尾花とはよく言った物で、心霊現象は割と思い過ごしや勘違いが多い。


 今の時代は家の整備を自分でする若い人は少なくなり続けてる、水道は手入れが必要な事や窓枠が緩む事もあるのを知らない人は多い。それに伴って工具なども実践的に使った事が無い人は増えてる。


 知らないから不思議な現象だと思い、霊現象に結びつけてしまう事もあるだろう。もしかしたら、その心の向きが事故物件怪談を増やす要因になってるのかも知れない。


 今回の場合は新たに引っ越したばかりで整備不足があるとは思わず、事故物件だった事も手伝って心理的にオカルト方面に誘導されてしまったようだ。


「そ、そうなんですか、心霊現象じゃなかったんですね」 


「生活環境が大きく変化したりすると、慣れるまでにこういう思い違いをする事はよくあります。お二人でしっかり支え合って生活できることを願ってます」


「ありがとうございました、あの…お金はどのくらいお支払いすれば…?」


「パッキンの交換とサッシ調整、浴室パイプ防音ウレタンの設置で7000円になります」


「霊能力者の料金請求じゃない! 住宅業者みたくなってるよ灰川さん! しかも安くて気軽に呼べる値段だコレ!」


 そんなこんなで依頼は終わり、灰川の事故物件の除霊依頼は終わったのだった。




 後は流信和尚にスマホで解決したと連絡し、寺も水道が本堂やお墓に沢山あるから整備が大変だと返ってきた。どうやらお寺も設備は自分たちで治してる部分が多いようだ。


「そういえば、市乃は何処か寄りたい所があったよな?」


「うん、ここから何駅か行ったとこの日本初進出のチョコのお店が美味しそうなんだよねー」


 そのまま電車に乗って少し離れた場所にある駅で降りて、目当てのチョコを買おうという事になったが電車の中でちょっとした問題が発生した。


 車内は少し混んでる程度だが座席には座れる程度であり、市乃は女性の座ってる隣の席に座り、灰川は寝てるサラリーマンの隣に座った。しかし女性の乗客は次の駅で降りてしまい、市乃の隣に若い男の2人組が座ったのだ。


 その2人組の男は友人同士のようで何かの会話をしてるようだが、段々と市乃の表情が曇って来てるのに灰川は気が付いた。体調が悪くなったのかと思って聞こうとした時に、何故そうなったのか分かった。


 市乃の隣の2人組が女性が聞くに堪えない酷い内容の会話をしており、その話が聞こえて来てしまって気分を害したのだと理解したのだ。


「降りるぞ、少し飲み物でも買って落ち着こうな」


「えっ? あ…うん…」


 こういう場合は普通なら一緒に居る灰川に話し掛けたりして、会話の内容を聞かなければ良いのだが今回はそれが出来なかった。


 市乃は以前に外で止まって友達と会話をしてたら『三ツ橋エリスさんですか?』と近くに居た人に聞かれ、対応に困ったことがあったそうなのだ。それ以来は周囲に一定数以上の人が留まる状態で、不用意に声を晒す事はなくなったらしい。


「サイッテーだよ! なんであんな話するかな、外で!」


「災難だったな、犬に噛まれたと思って忘れちまえ」


 時には人が周りにいる所では聞きたくもない話が聞こえてくる事がある、その内容は聞きたくなくても耳に入って来てしまう物だ。


 市乃は大人に混じって勝つか負けるかの世界で生き残ってる実力者だし、現代を生きる女子高生だ。ネットなどからそういう方面の知識(・・・・・・・・・)は、ある程度は有してるだろうが、高校1年生の少女であり世間の事を完全に理解してる年齢ではない。


 こういう話は人の口から聞くのとネットなどで少し見る程度では印象や感情が違くなる、それが虚栄心からのウソ話や受けを狙ったネタ話であってもだ。


 ハッピーリレーも学生年代の子のメンタルを気にしてはいるが、完全にカバー出来るほど便利な世の中では無い。


「…ぅぅ…、ちょっとまだ気分悪いかも…」


「少し奥のベンチに座って休もう、その方が良い」


 灰川にも少し2人組の会話が聞こえたのだが、およそ若い女性に聞かせるような話じゃなく、かなり問題のある内容だった。手籠めにして好き勝手やるといった、多少の下ネタで済まされる内容ではなかったのである。


 聞いた子によってはトラウマや男性不振になっても変じゃない内容であり、先程に同棲を始めた原田や則子のような幸せそうな光景を見聞きした後だったから、なおさらダメージが大きかったのかも知れない。


 市乃が席を立って移動すれば良かったかもしれないが、車内が混み始めていたため、それもやりにくい状況だった。様子が変だと即座に気付けなかったのを灰川は悔いて責任を感じる。


 トラウマを持つ事の辛さを知る灰川は、どうにか嫌な思い出をカバーできないか考える。このままでは配信活動にだってマイナスの影響が出るかも知れない、思春期の嫌な記憶というのは放って置くと一生の嫌な記憶になったりする。


 駅のホームの隅のベンチにミネラルウォーターを買って渡してから座って休ませる、今日は少し曇り気味だが湿気は無いから外でも大丈夫だ。


「ほら、水飲んで休めって」 


「……うん…」


 今の高校生とかは下ネタとか猥談とか普通にするなんて話もあるが、そんなものは人によるだろう。


 聞いた人が不快な気分になる可能性が普通の会話より高いのだから、公共の場では控えて欲しいものだ。少なくとも隣に誰かが居る状況でするような話じゃない。


「前にもさ…学校で男子とかがそういう話してるの聞いちゃってさ…」 


「そうか、でも気にしすぎない方が良いって」


「配信してても変なコメントがセキュリティ抜けて来る事だってあるけどさ…」


「仕方ない事だ、割り切るしかないさ」


 かなり気分を害したようで市乃の気分は晴れない。世の中は綺麗な物ばかりじゃないと分かってはいるが、かといって悪い部分を見て普通は良い気分にはなれない。


 さっきの下世話な話だって、そこに愛情や通じ合う心というものが感じられれば印象は変わったかもしれないが、市乃にはそれが感じられなかった。


「市乃、世の中にはああいう奴らも居るんだ。そういう連中に騙されないよう気を付けないといけないぞ、100万の登録者を持ってるんだから、降りかかる危険の量も~~……」 


 こういう時はアイツらは最低だ!とか、あんな話すんな!と一緒に憤慨(ふんがい)してあげる同意での発散も手なのだが、それで気を晴れさせる限界を超えてる気がする。 


 ここは少しでも(さと)して(なだ)めた方が気分が他所(よそ)に向いて良いと考え、灰川はどうにか考えながら言葉を発するが……誰も来ないと思ってたベンチの後ろの少し離れた所に若い女性の2人組が座った。

 

「そういえばさ~、ちょっと前に面白い奴見つけたんだよね、ギャハハ!」


「なになに? 聞かせてよ」


「灰川メビウスって配信者なんだけどさ~」 


「??? 誰それ?」


 聞こえてきた会話に市乃と灰川が途端に無言の無表情になり、2人して黙ってスマホを(いじ)るフリをし始める。ついでに2人で無言で座ったまま、ジリジリと2人組の方に気付かれないよう近づいていく。


「コイツが超イタイんだよねぇ! こんだけ配信やってて登録者これだけかよ!ってカンジ!」


「へぇ~、でもそんな人いっぱい居るじゃん?」


「それがさ!コイツの配信ってマジでつまんなくてさ!」


「うわっ!つまんね~! 面白みのカケラも無いじゃん!」


 ネット活動の底辺叩きだ、星の数ほど居る配信者の中でまさか灰川が槍玉に挙げられるとは思っておらず、灰川も市乃もスマホを持ったまま固まってしまう。底辺配信者がリアルで叩きの場面に出くわすなんて天文学的確率だが遭遇してしまった。


 配信に限らずネット活動は有名人ならアンチが発生するが、それ以外は趣味でやってても真面目にやってても、底辺だ!と叩く人達が一定数いるのが現実である。


 灰川の配信であってもコメントも登録も付かないが観に来る人はゼロではなく、たまには誰かが見てる。その誰かに偶然会ってしまったという訳だ、市乃たちがコメントして身バレなどが危ないと思った配信のアーカイブは消してる。


 2人組は電車が来てすぐに乗って行ってしまったが、夏だというのに寒さを感じるような空気が灰川と市乃の周辺に漂っていた。


「灰川さん、さ、災難だったねっ、犬に噛まれたと思……うわっ! スマホ画面が”バカヤロウ”の文字で埋め尽くされてる!」


「…………」


 灰川は死んだ魚のような目をしながらスマホに書き殴っていた、成人してたってあんな事を言われりゃ苦しくもなる。


 ネットで見かけるのではなく、ナマで聞いてしまったのだから特にダメージは大きい。しかしネットで活動するというのは、こういった事に遭遇する覚悟も持たなければならない。何事も良いことばかりでないのが世の常だ。


「げ、元気出しなよっ! 私もアンチ居るし、変なコメント書かれる事とかあるしさ!」


「………」


 立場が逆になってしまった。嫌な話を聞かされ(へこ)んでた市乃が、見知らぬ誰かに笑いのネタにされてる現場に遭遇して、マジ凹みしてる灰川に気遣って励ましてる。


「カラオケ行くぞカラオケ! 叫んで鬱憤なんざ晴らしてやるってぇの!」


「私も行くよ! せっかく気持ち良く出掛けてたのに、変な話でサイテーの気分になったもん!」


 当初の予定のチョコレートを買う事は忘れ、2人で今しがた発生したアクシデントのストレスを解消するために大声を出しに、駅から出てカラオケ店に入った。


 精神的ダメージを同時に負ったから、ある意味では丁度良い。嫌な事があった時は共に同じ傷を負った者同士で鬱憤を晴らすのが一番だ。




「人の配信をバカにしてんじゃねぇぞぉー! じっくり百万回見てから判断しやがれバカヤロー!! あと俺の配信オモシレーだろーがー!お前ら見る目がないぞぉー!」


「電車の中でヘンな話すんなー! 隣にカワイイJK居るの見えんのかー!! お前らなんか二度と彼女作んなー! 骨折しろバカーー!!」


 駅前のカラオケに入って鬱憤晴らしの大声を2人でしこたま叫び、嫌な感情を薄めて店を後にしたのだった。


 その後は渋谷に戻り、市乃をタクシー乗り場まで連れてくために一緒に歩く。


「もう夕方だねー、今日も色々あったけど楽しかったよ! やっぱ灰川さんと居ると変な体験ができて面白いよ」


「そうか、俺も今日は色々あったな。まあ嫌な事は忘れるのが一番だな!」


 生きていれば嫌な事は必ず巡って来るものだ、総理大臣だろうが一般市民だろうが避けられないだろう。後はそれをどういう風に踏ん切りをつけるかだ。


 今日の2人は上手いこと嫌な気持ちを分け合いつつ、他の人には聞かれたくない感情を叫んで解消した。


「まぁ、運が無い日もあるもんさ、チョコは残念だったな。今度買いに行くか」


「それって、また一緒に出掛けようねってお誘い? もしかして灰川さん、私のこと狙ってるー? あははー」


「狙ってたら大問題になるな、マネージャーはクビだぜ」


「それもそっかー、じゃあまたね灰川さん、今日は付き合ってくれてありがとー」


「おう、こっちこそ依頼に付き合わせて悪かった。気を付けて帰れよ」


 こうして夕方に帰宅し、市乃は夜のために仮眠して体力を回復してから配信を始める予定だ。


(やっぱ灰川さんと居ると楽しいな、嫌な事があっても忘れちゃったよ。でも…)


 タクシーに揺られながら市乃は物思いに(ふけ)るが、その時に気になってる事があった。 


 それはVフェス終了後にシャイニングゲートの友達2人から送られてきたSNSメッセージの内容で、『灰川に対して好意を持ったから、可能な限り積極的なアプローチを実行する』という旨のメッセージが送られて来たのだ。


 それを見た市乃は心の何処かに焦りに似た感情が湧き起ったのを覚えてる。自分はどうしたいのか、灰川誠治という男性をどのように思ってるのか、まだ掴み切れていない。


 今日だって自分の誘いに着いて来てくれたし、嫌な目に遭った自分を宥めようとしてくれた。今までだって大きく助けられており、悪感情なんて持ってない。むしろ……


 その感情を認めたいのに認めたくない自分が居る。認めてしまえば負けな気がする。


 しかし物事は意外と単純な事で進んだりするものだ、ここから先はどうなるのかは誰にも分からないだろう。


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