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配信に誰も来ないんだが?  作者: 常夏野 雨内


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149話 オカルト依頼の代打

「小さくて可愛い感じのお店だねー、灰川さん何にするの?」


「俺は折角だからカレーにするかな、あと抹茶コーヒーってのも気になるな」


「ほうれん草の浅漬けだって、トウモロコシのごま油炒めも美味しそうかも!」


 あれこれと注文しつつ流信雲寺パフェという写真映えしそうなスィーツも注文し、食事をしつつ市乃と灰川は談笑する。


「そういえば灰川さんと私って結構一緒にカフェとか行ってるねー」


「言われてみればそうだなぁ、初めて会った時もコーヒーショップだったしな」


 市乃と初めて顔を合わせたのは渋谷のコーヒーチェーン店だ、あの時から大きく関係が変わった訳では無いが親睦は深まってる。


 灰川は市乃と初めて会った時と変わらず冴えない感じの成人男性だし、市乃は変わらず女子高生で、やや栗色みがかった髪色も変わってない。髪を伸ばしてる所なのか、前よりは少し長くなってる。


「史菜とも一緒に喫茶店に入ったこともあるし、空羽と小路とも行ったな。でも回数が一番多いのは市乃だろうなぁ」


「うんうん、皆から聞いてるよー。やっぱカフェとかが男の人も女の子も入りやすいしね」


「でもやっぱ、たまには男メシって感じの店に入って、史菜とか空羽の反応を見てみたいって思ったりするぞ」


「あははっ、そういうお店だとSNSに載せづらいって、でも灰川さんに連れてってもらった牛丼屋さんは美味しかったよー」


 喫茶店は深い仲じゃない男女でも入りやすい空気がある所が多いし、男でも女でも楽しめる飲食メニューが揃ってるから利用しやすいのだ。


 ストリーマーは食べ物や飲み物に関しても、時には人気や名を売るための手段にしなければならない。可愛い食べ物だったり、話題のドリンクなどをSNSに上げてファンやその他の人に向けて存在をアピールしなければならないのだ。


「やっぱ市乃も苦手な物でも食べたり飲んだりして、美味しかったとか投稿したりすんの?」 


「するよー、全部が全部じゃないけど、流行ってる食べ物の写真とか投稿して、美味しいって書けば共感してくれる人も居るしさ」


「やっぱそうなのか、前に流行ってたフルーツ蕎麦(そば)とか正気か?って思ってたけど、あれとか食べた?」


「あれヒドいよねっ!? 頑張って食べたけど美味しくなかったよ! SNSには独特な味って投稿したけどさ!」


 変な物が話題になっても試すしかない、特に少し前にテレビで紹介されて話題になったフルーツ蕎麦は、史菜などの他の人に聞いても美味しいと本気で答えた人は居なかったそうだ。


「他にも焼き魚の刺身とか話題になってたけど、あれって焼き魚じゃん!」


「そんなのあったのか? そりゃただの焼き魚だわな~」


「プリンと梅干しを一緒に食べるとサクランボの味がするって話題になってたけど、だったらサクランボ食べるよ! しかも全然サクランボの味じゃなかったし!」


 どうやら流行や話題に乗るというのも楽じゃないようだ、時には変な物を試す羽目になったりするらしい。


「でもここの料理は良い感じだな、カレーも美味いしトウモロコシも良い味だなぁ。さすが流信和尚の寺のお店だ」


「うんっ、ほうれん草ってちょっと苦手だったけど、これ美味しいよ!」


 寺のカフェは肉類とか魚類は押し出してない所が多い、精進メニューが多めで良い野菜を使ってる所が多いから、普段あまり野菜を摂らない人にもオススメ出来そうな場所だ。


 そんな感じで笑いながら楽しく食事を摂る。その様子は傍から見ると仲の良い兄妹のように見えたかもしれない。




「じゃあそろそろ行くか、どこか寄りたい場所とかあるか?」


「んー、せっかくこっちの方に来たんだから~~……」


 カフェから出て帰ろうとすると、本堂の前で流信和尚が灰川と同年代くらいの男と話してるのが見えた。何やら話し相手は焦ってるように見える。


 何事かと思って近づいていくと、話し声が聞こえてきた。


「そこをどうにかお願いします、和尚!」


「そうは言われましても、今から法事がありまして」


「流信和尚、どうしたんですか?」


 揉めてる所に割って入り少し事情を聴く、どうものっぴきならない訳があるようで頼み込んでる人の顔には濃い焦りの色があった。 


「おお、灰川さん。いえ、特に問題という訳では」


「問題ですよ! 怪奇現象が起こってたら安心できません! どうか今すぐ除霊して下さい!」


 まさかのオカルト絡みの話だった、和尚は霊能力があると(ちまた)では有名らしく、それを頼ってきた相談客のようだった。


 しかし今から法事の予定が入っており、その後も檀家(だんか)の家に行ってお経を読む仕事があるらしく時間は取れないらしい。


「灰川さん、どうにかしてあげたら? 除霊なら出来るじゃん」


「いや、お前なぁ…こういうのは信用が大事なんだよ、何処の誰とも知らん奴に頼もうなんて人は~…」


 除霊の依頼とかは誰でも良いという人は少ない、実績があるとか信用できる人だとか依頼をするかどうかの判断要素は人によってある。20代の無名の男に依頼しようという人は少ないだろう。


 ネットで有名だとかのインフルエンサー霊能者なら別だろうが、灰川はそういう存在じゃない。インフルエンサー希望者ではある。


「お急ぎでしたら灰川さんに頼まれた方がよろしそうですな、私よりも強い霊験をお持ちですからな」


「えっ!? ちょ、流信和尚!?」


 チラっと見ると流信和尚は『すまない灰川さん…法事の時間が迫ってますでな…』って感じの焦りと申し訳なさそうな表情を浮かべてる。僧侶だろうが時間は待ってくれない、法事や葬儀の時間を守るのだって大事な仕事なのだ。


「そうなんですか!? お願いできませんか!?」


「では拙僧はこれで」


「逃げた! 和尚が逃げた! 仏の教えはどーなってんだ、仏のぉ!」


 流信和尚は上手いこと代打を灰川に押し付け、そそくさと本堂の中に入って行ってしまった。どうやらかなり時間が押してたようだ、むしろオーバーしてたのかも知れない。


 和尚といえども職業の一つである以上は信用だって大切だ、灰川だって同じ立場だったら同じ事をしたと考え素直に諦める。


「まぁ良いじゃん、私も一緒に行くからさっ。大丈夫ですよ、灰川さんは凄い霊能力者ですから、ねっ、灰川さんっ?」 


「はぁ…分かりました、流信和尚の顔を潰す訳にもいきませんしね。未熟な身ゆえ和尚のように上手く行く保証は出来ませんが、まずは話を聞かせてもらえますか?」 


 流信和尚の顔を最大限に立てつつ了承する、市乃も乗り気になっており男性の雰囲気的にも逃げられそうになかった。


「申し遅れました、実は……」


 男性の身の上を聞いてから話を聞く、依頼を受けた以上は真面目に取り組むのが灰川だ。市乃もオカルトの話は自分たちの配信を通して興味が湧いており、ちゃっかりと聞いてる。


 灰川は市乃は霊や、それらに関連する事象を茶化す事も無いし、こういった経験を通して成長や配信のネタになるかもしれないし、市乃とはいえ女の子を一人で帰すのも気が引ける。


 流信和尚も市乃が以前に怪奇現象の場に居らずオカルトを知らないと思ってたら、灰川に託す事もしなかったかもしれない。まぁ良いかと思って同行を許す事にした。


 今回はVtuberも配信企業も特に関係のない霊能者としての仕事だ、何気にハッピーリレーもシャイニングゲートも関係ない仕事は久しぶりである。


 少し新鮮な気持ちになりつつ、心を入れ替えるようにして内容を聞いたのだった。




  事故物件


 最近になって彼女と同棲を始めた原田さんは、同棲を機に2人で住めるマンションに引っ越した。築年数は15年で風呂トイレ付きでキッチン有り、9帖のリビングと3,5帖の洋室があり、10階建てマンションの4階だ。


 家賃は10万円と、駅から少し時間が掛かるとはいえ割安で、壁も厚いしセキュリティも良さげだから掘り出し物件だと感じたそうだ。


 しかし不動産屋からは前の住人が部屋で心臓発作で亡くなってる(むね)を伝えられた。それでも間取りも家賃も良いし、駅からだってそこまで遠くないのは魅力的で、彼女と相談して入居を決めた。


 異変があったのは入居して1週間ほど経った時で、水道をしっかり閉めたのに水漏れしたり、誰も居ない洋室からパキッ!と大きな音が聞こえたりした。


 浴室から声が聞こえたり、テレビが突然点いたり、風もないのに窓がガタガタ揺れたりするなど、不可解な現象が続いてるそうだ。




「なるほど、じゃあ実際に幽霊が出たとかじゃないんですね?」 


「はい、ですが則子(のりこ)は参ってしまって…すぐに収まらなかったら出て行くとまで言われちゃって…」


 そんな話をマンションまでの道のりで聞きながら歩いてく、つまりはよくある事故物件問題だ。何も起きないだろうと思って入ったら何かが起きたという、怪談でもありがちな話である。


 その解決のために流信雲寺とは別の寺でお守りを買ったりしたそうだが効果が無く、ネットで詳しく調べたら流信和尚にお祓いをしてもらったという情報を見つけ、近所だったから頼みに来たらしい。


「そんなに怖いものなんですか? 同棲してるのに出てくって凄い事が無いと思わない気がするんですけど」


 そう言ったのは市乃だ、確かに同棲をする以上は多少の事は我慢できそうな気がするが、そこだって様々な原因があるかも知れない。


「そういう事はあまり突っ込んで聞かない方が良いぞ、同棲したら思ってたのと違ったとか、パートナーの嫌な所とかが目に付いて気に障るとか、色んな原因があったりするんだからな」


「あーそっか…そういうのって確かにありそーかも」 


 依頼者に聞こえないよう小声で現実的な話も混ぜつつマンションに到着する、鉄筋コンクリートの至って普通のマンションという感じだ。 


 こういう怪奇案件は怪音や物理的怪奇現象が酷い場合が多い、そのせいで寝れなくなったりして精神的に参ってしまったり、過敏になって小さな事でも怖く感じたりする場合がある。

 

 だが人によって気になるレベルが大きく違うのも事実だ、自分は気にならないからって他人も同じだと考えてはいけない。


「何か感じますか? もし部屋じゃなくマンション自体が変だったら、本当に引っ越しも考えてるんですが…」


「まだ何も感じませんね、至って普通のマンションという感じです。とりあえず部屋に案内してもらっても良いでしょうか?」


「はい、ちょっと待ってて頂けますか? 則子に事情を話して来ますので」


 そう言って原田は一旦マンションの中に入って行き、灰川と市乃は外で少し待たされる。


「灰川さん、ここって人が亡くなってるんだよね…? 私が行くのって、やっぱり不謹慎かな…?」


 不安そうに悩んだ面持ちで市乃は話す、確かに興味本位で事故物件に行くのは不謹慎な部分もあるだろう。


「そうかも知れないが、今は少し時代が違うからな」


「時代? 何が違うの?」


 東京が首都となって既に150年近く経つ、人口密集地としての年数なら江戸時代から数えれば400年が経過してる。


 その間には戦争もあったし教科書に載るような歴史的出来事もあった、大きな事件や事故も多数発生してる。つまり(いわ)く付きの場所は非常に増えてるのだ。


 近年ではインターネットが発達して、何処の物件でどんな事故や死者が出たかなど簡単に調べられる時代になった。そこで急速に増えたのが『事故物件怪談』である。


 ○○の物件で死者が出て幽霊が出るようになった、○○のマンションは入居した人がすぐに出て行く、そういう類の怪談だ。事故物件に関するホラー映画も多いし、出版物も以前より多く感じる。


「でもな、人が亡くなってる家や部屋なんて沢山あるんだよ。誰かが亡くなった土地も含めたら、事故物件じゃない場所の方が少ないくらいだ」


「確かにそうかも…」


 不謹慎だと言うのなら事故物件に住んでる人はどうなるのか、人が亡くなった場所だったら必ずしも神妙な心で過ごさなければならないのか、それは事故物件が増えて普通の物となった今の時代には合わない考え方だろう。


「事故物件だからって必ずしも怨念が居る訳じゃないし、幽霊が出る訳じゃない。そういうのに注意するのは大事だけど、あまり考え過ぎるのも良くないんだよ」


 灰川は最も大事なのは霊能力が有ろうと無かろうと感覚を澄ませることが大事だと説く。嫌な感じがすれば近寄らなければ良いし、何も感じないのなら気にしなければ良い。


 とにかく第一印象が大切だ、気味が悪い感じがするとかだけではなく、明らかに変なのに凄く気に入ってしまうとかも霊に呼ばれてる可能性があって危険だとも言った。


「バカにして入ったりしなければ大丈夫だ。亡くなった人に敬意を払い、その土地への畏敬の念が心の何処かにあれば何も起きない可能性の方が高いからな」


「そうなんだ、じゃあ私も入っても大丈夫かな?」


「大丈夫だと思うぞ、何かあっても俺が居るしな。それに曰く付きの場所だからって誰も入らなかったりすると、それはそれで怨念や土地の恨みが強くなる原因になったりする」


 そういう部分は人間の心と似てると父に教えられた。人間だって『アイツは○○だから近寄らない方が良い』と言われて避けられ続けたら、その人の心は荒むだろう。


 時には敢えて曰くの有る場所に踏み入る事こそが、魂や土地を鎮めることに繋がる。避けるばかりが策ではない。


 今の時代は完全に曰くの有る場所や物から逃げ切るのは難しい時代だ、事故や事件現場はそこら中に溢れてる。人によっては江戸時代に発生した事件を気にして物件を変えたなんて話もある。


 現代は曰く付きのモノからどうやって逃げるかではなく、どのようにして付き合って共存してくかの時代に変わりつつあるのだ。


 考え方は人によって非常に分かれる話だろう、宗教論争にも似た感情論の話にもなってしまいかねない。


「俺としては事故物件だろうが心霊スポットだろうが、バカにした気持ちでなければ多少は興味本位で行っても構わないと思ってる。遥か昔から幽霊は人の心を惹きつける存在なのも確かなんだからよ」


「うん、私もそういう風に考える事にするっ。全部を避けてたら何処にも行けなくなっちゃうしねー」


 有名な発明家が晩年は心霊研究に没頭した、多額の資産を持つ実業家が幽霊のお告げで成功したとか、そんな話は沢山ある。やっぱりオカルトは人の心を惹きつける何かがあるのだ。


 怖いから、不謹慎だからと言って何もしないのも長い目で見れば霊能者からすると危険だ。ならば霊能力者が率先して祓えば良いなんて言われる事もあるが、それをやったら留置場は不法侵入の霊能力者が引っ切り無しに入ってくる事になる。


「お待たせしてすいません、則子に話してきたので、どうぞ上がって下さい」


 原田が戻って来てマンションの中に入る、灰川は霊視をしてるがマンション自体には特に何か感じるものは無かった。


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