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配信に誰も来ないんだが?  作者: 常夏野 雨内


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145話 後押しと陽呪術の危うさ

 ハッピーリレーのオンラインライブ配信は無料公開だ、そのため視聴者は増え続けてる。


 業界5位、この順位は言ってしまえば注目度が低く三ツ橋エリスと北川ミナミ以外のVtuberは、あまり話題に上がらないという位置づけの順位だ。


 それがひっくり返って注目度が上がってる。午後2時の時点で既にグッズは売り切れ、視聴者はまだ増えようとしてサーバーはパンク寸前、無料公開という事もあってシャイニングゲートの有料配信よりネットで見てる人が多い。

 

 3Dライブ配信とは専用設備や事前準備が無いと出来ない配信形式であり、コストと手間が掛かる。今回はハッピーリレーの中から選ばれたVtuberが3Dモデルを製作されてイベントステージに立つ形式だ。


 Vtuberの配信形式は複数の種類があり、イベントなどでは特別なモデルを使った配信になる。エリスとミナミだけはオンラインライブで3D立体映像処理されたモデルだが、他のハピレ出演者は通常3Dモデルか2Dライブモデルである。それでも話題の上りは凄い状態だった。


 そんな状況に大きな緊張を感じて普段のパフォーマンスを発揮できそうにないVtuberが出て来ており、そのメンバーを(なだ)めるために灰川は配信ルームに向かった。




 護光渡(ごこうわたり)ユエシーは会場配信ルーム前の廊下の長椅子に座って俯いていた、額には汗が浮かび指先が震えるのを抑えるように手を握り締めてる。


 彼女はハッピーリレー所属のVtuberで視聴者登録数15万人という決して低くはない数を持つ、しかし護光渡は現在23歳でハッピーリレーに入ってからは4年が経っていた。


 現在のハッピーリレーの配信者全体の平均視聴者登録数は17万人で、配信者の全体数は90名ほどである。その殆どは配信者の専業では生活できない状態のため、アルバイトをしたり、副業などとしてハッピーリレーに所属してる。


 あまりに伸び悩んでたら本人のためにも引導を渡す事もあるが、基本的には(ゆる)い活動が認められる方針だ。以前にツバサが退所寸前になった事があったが、あれは一定期間で登録者が1万に行かないと勧告を受けるというルールに触ったからだ。


護光渡(ごこうわたり)さん、緊張してるっぽいですね」


「ひっ、灰川さんっ…? い、いえっ、緊張なんてっ…」 


 現在は大学を卒業して配信者として本格的に売れるために頑張ってると灰川は聞いた。しかし今までに無い急激な盛り上がりを前に足が(すく)んでる状態のようだ。


 企業Vtuber4年目で登録者15万人、この数も立派な数だが一線級で活躍してるエリスなどには遠く及んでない数字だ。8歳も年下の子達に大差を付けられてる現状、しかも入所して1年も経ってない破幡木ツバサにも追い付かれそうな雰囲気すらある事に焦ってる。


 勝ち負けの世界は残酷だ、年齢も肩書も意味を成さない世界、数字を取った者が正義の世界なのだ。運も実力も努力も必要、彼女はそれを怠らなかった。


 大学に通いながら配信の勉強をして、動画編集もしてSNSも使って名を上げようと努力した。しかし思ったように結果が付いて来ない、同時視聴者数も1000を切る事が多いし、配信界隈でも名が通ってるとは言い難い。


 配信では明るく優しいキャラで視聴者を楽しませ、ゲーム配信ではプレイしながらゲームを楽しんでる様子を視聴者に見せたり、雑談配信ではコメントや匿名で質問が出来るマシュマロ質問に対して面白い受け答えをしたりする事で人気がある。


 ……つまり普通のVtuberだ、自由鷹ナツハのような珠玉の才に恵まれた訳でもなく、三ツ橋エリスのような視聴者を楽しませる事に終始できる訳でもない、シャイニングゲートの正規Vtuberのように人に刺さる特性がある訳でもない。武器は面白い配信が出来るという才能だけだ。


 配信が上手いのと配信を仕事として成り立たせるのは違いがある。そこを上手く突けてない企業配信者は多く、護光渡もその一人だった。思考の柔軟性や名前の広げ方の向きがナチュラルでネット活動に向いてるエリス達とは違い、バズったり話題に上る事をするのが上手くないという性質だ。


 ハッピーリレーのサポートも手厚いとは言い辛い、そういった要因が重なって才能は有れど苦戦を強いられてる人材の一人だ。


「あ~…護光渡さん、今日はイベント配信ですから、気楽に楽しんでファンを大量ゲットしちゃいましょう」


「えっ? でも…思ってたより騒ぎになってて、もし失敗したらっ…」


 降って湧いたチャンスの場で転んだら身の丈以上の災難が降り注ぐ、それを怖がる性質が彼女のチャンスを潰してきた。


「ちょっと手を出してもらっても良いですか? すぐ終わるんで」


「え、はい、どうぞ」


「すぅ~~……せぇいっ!」


「わっ! ど、どうしたんですか!? あれっ…? なんだか落ち着いたような…なんか力が漲って来ました!今すぐ配信したい気分ですよっ!」


「護光渡さーん! 出番でーす!」


「はい! 今すぐ行きます!」


 灰川流陽呪術・運能渾身、掛けた者の運気を上げて心身の気を充実させ、物事に全力で当たれるよう補佐する陽呪術だ。以前に間違ってツバサに掛けたり、市乃に使って全力を発揮させた術である。


 本当なら的確なアドバイスや勇気づける言葉で後押しするのがマネージャーの本分なのだろうが、今はそれが出来ないくらい疲れてる。後押しやサポートをする側だって疲れもするし頭が回らない時もある、そういう時は得意分野で後押しするしかない。


 灰川は陽呪術の使い手であり、本来ならこちらの方が得意なのだ。力技みたいなものだが、変な言葉を掛けて心を乱させるよりよっぽど良い。最近は仕事が忙しかったり、浄霊などに霊能力を使ってたが灰川家の術体系は本来ならこういう使い方が正しいのである。


「あ~、緊張する緊張する~!」


「出番少ないけど、爪痕残さなきゃ……!」


「生歌って初めてなんだけど…」


 灰川は緊張しながらやってくるハッピーリレーのVtuberたちに適当に声を掛けてから、陽呪術を使って緊張や雑念を解いて配信に向かわせる。出演者たちは一様に効果を実感しながら配信ルームに入って行った。


 その中で改めて感じた事があった……陽呪術は使い過ぎると術者も頼る方もバカになる。




 灰川は配信ルーム前の長椅子に座って考えた、自分の家に伝わる術は体系自体が短絡的なのだ。だから使う者も、どこか短絡的な性格になるのかも知れない。


 困難に行き当たったら陽呪術に頼って乗り越えれば良い、かつて灰川家が仕えていた家の人がそんな考えになって、自己研鑽を怠って自滅した人が居るという経緯がある。その考えになったのは灰川家の先祖もたぶん同じだ。


 陽呪術を使って全力を問題なく出せるようにさせて送り出す、後は掛けられた者の問題であり、掛けられた者が失敗しても自己責任。仮に後から責められても陽呪術を頼りにしたい権力者が居たから、お家断絶とか放逐にはされなかった。


 そんな状況が続いて灰川家の先祖は術を発展させる事を止めて胡坐(あぐら)をかき、陽呪術さえあれば大丈夫みたいな短絡的な考えになり、そこに権力欲とかも絡み合って取り返しの付かない失敗をして見放されたんだと結論付けた。 


 陽呪術は確かに便利だ、土壇場(どたんば)で緊張せず事に当たれたら素晴らしい成果が出せる確率は上がる。他にも不安な気持ちを和らげる陽呪術、常に冷静を保てる陽呪術、気運を上げて自信を付けさせカリスマ的な面を引き出す陽呪術、どれもその場凌ぎで根本解決をしてないのだ。


 かつて灰川家に残された文書で陽呪術を人に使い過ぎるなと書かれてたのを思い出す、努力や研鑽を忘れた先にあるのは自滅だからだ。


 陽呪術を使う者は掛けた者の努力頼みの思考が染み付き、陽呪術を頼りにする者は術の効果に依存する考えが染み付く……確かな相互理解を交わす間柄でないと、その構図に簡単に陥ってしまう。今まで陽呪術をそこまで使って来なかった灰川に、その危機感が急速に芽生えた。


「でも今は仕方ねぇって…ここで伸ばさなきゃハッピーリレーは危ないんだからよ…」


 理想は陽呪術に頼らずとも人の後押しが出来る事だが、理想と現実は違う。現実は他者と分かり合う事なんて簡単じゃないし、理想的な後押しや元気づけも簡単じゃない。それをするためには人間的な部分を磨かなければならない。


 つまり陽呪術を使役するには技術は充分でも人間性が未熟で、人生の修練が足りてない。浄霊術や結界術とは使い道が違うから、間違えれば他人も自分も堕落させる危険な術という認識を改めて感じている。


「灰川さん、どうされたんですか? 凄くお疲れの顔をしてます」


「息切れしてるじゃん! 昨日から働き過ぎだよ!」


「エリスとミナミ? ああ、ちょっと疲れて休んでたんだ」


 配信ルームの前に来た2人に話し掛けられる、エリスもミナミも朝から配信や段取りで動き回っており額には汗が浮かんでる。時刻は午後の4時30分で、あと2時間と30分ほどでフェス終了だ。


 今はハッピーリレーの各Vtuberが持ち回りで出演しており、2人はラスト1時間のトリを務める大きな役目がある。だがエリスとミナミは緊張は少なく、むしろ灰川の心配をする余裕が見えるほどだった。


「ハッピーリレーは凄い勢い付いてるらしいな、2人も登録者は伸びたんじゃないか?」


「はいっ、おかげさまで私は登録者が一気に2万人以上も増えて、85万人に近い数字になってますっ」


「灰川さんのパソコンのおかげだよー、2D3Dモデルのグラフィックと動きが凄くて、シャイゲと同じくらい話題になってるもん」


「そうなのか、割と凄いパソコンなんだなぁ」


「あのパソコン、私はまだ諦めてないからね灰川さんっ! 絶対に売ってほしいって今でも思ってるよっ」


 エリスはパソコンにご執心だが灰川としては今は疲れでそっちに頭が回らない、やはり昨日から今日にかけて消耗が激しく疲れが隠しきれない状態だ。


「ツバサとルルエルちゃんは出番は終わったの?」


「はい、とても好評でツバサちゃんもルルエルちゃんも登録者が一気に伸びました! お二人も灰川さんに会いたがってましたよ」


「そっかぁ、ライブ見たかったけど忙しかったからなぁ、アーカイブが残らないのが残念だよな」


 ツバサは登録者7万人から14万人になり、ルルエルちゃんは3万人から8万人にまで伸びた。業界5位の配信企業でこの成果は大成功と言える反響だ、ここからも伸びていく筈だ。


「さっき他の企業とか個人のブース見て来たけど、凄かったなー。見習わなくちゃいけない部分メッチャあったよっ」


「同感です、私たちより本気で活動してる方や、真面目に頂点を取ろうとしてる方たちを見て自分も更に奮起しなくてはと思わされてばかりです」


 活動に対する熱意や本気度は個人で違う、もちろんエリスもミナミも趣味配信勢とは比べ物にならない努力をしてるが、配信でしか生きて行けないと本気で考えて取り組んでる人達とは少し違いがあるかも知れない。


 2人はまだ高校1年生で進路は選べる立場だが、皆がそうではないのだ。フェスに参加してる人達の中には本気で人生を懸けて活動してる人達が多いし、配信者だけでなく企業スタッフも同様だ。


 この場所は熱意と本気度が違う者達が集まる場所、そしてエリスやミナミを始めとした『中高生の若造に負けてられるか!』という気概を持った成人Vtuberたちも多く居る戦場とも言える場所なのだ。 


「それより灰川さん、ちょっと疲れすぎてる顔してるから肩揉んであげるねー、あっちに行こっか」


「え? 忙しいだろ、別に大丈夫だって」


「私とエリスちゃんは今からライブ開始まで空いてますので大丈夫です、普段お世話になってる恩返しをさせて下さいねっ」


「おいおい、まぁ嬉しいけどさ」


 灰川としても少し休みたい気分だし、スタッフ仕事も今は落ち着いてるようだ。ハッピーリレーの配信者も(なだ)めるのが必要な者も居ないようだし、少しくらいは良いだろうと思って2人の厚意を受け取る事にした。


 配信ルームの近くの使用してない通路に入って椅子に座ってエリスに優しく肩を揉んでもらい、ミナミも同じように癒してくれた。柔らかで温かな手で肩を揉まれるのは凄く癒しになる。こんなに良い子たちなんだから、何としてでも力になってあげたいとも感じる時間だ。


 そんな風にして休憩は終わり、灰川は体力を持ち直し、ますます気力を増した2人を見送ってからラストスパートに向けて仕事に戻る。


 ここからはツバサやルルエルちゃんの2回目の出番の後にエリスとミナミがトリに出る予定で、シャイニングゲートでは既に上位陣のライブが始まっていた。


 個人やその他の配信企業もラストに向けて動き出し、会場のファン達も熱気が過熱する。真夏の暑さも涼しく感じるような熱さが過熱していく。




「押さないで下さーい! これより前は立ち入り禁止でーす!」 


「小路ちゃーん! 待ってたよー!」


「れもんさんカワイイ~! アタシ大好きです!」


「ナツハちゃん! 出て来てくれてありがとうー!!」


 灰川はハッピーリレーの社長にどうしてもスタッフを寄越して欲しいという要望が来て、シャイニングゲートのブースでステージ前係員になって観客が前に出過ぎないよう見張ったり注意したりする係になっていた。


 シャイニングゲートのブースは会場で最も大きいホールであり、イベント内装もナンバーワン配信企業として恥ずかしくない出来上がりだ。ホールにはファンが所狭しと立っており、その数は5000人は居るんじゃないかという数だ。それでもブースに入れないファンが外に溢れてる。


 凄い観客の数で圧倒されそうになるが、どうにか堪えて役目を務めてる。ホールブースの中は超満員!観客たちの声援や推しコールで凄い騒ぎになっている。イベント日のパチンコ店ですらここよりは静かだろう。


 シャイニングゲートのステージは今から上位3名が集まってライブしたりトークをしたりして、その後に他の人気Vtuberも出て大団円終了という段取りだ。


 今は自由鷹ナツハ、竜胆れもん、染谷川小路の3人がモニターに映り、ファン達は上位3名の一斉出演に沸いている。


『シャイニングゲートのファンのみんなっ! 今日は会場と配信に来てくれてありがとうー!』


『うわぁ! すっごい人数だよっ! 会場が満杯だしコメントも凄いよナツハ先輩!小路ちゃん!』


『むふふ~、そうなんだね~、いっぱい見に来てくれて嬉しいな~』


 「「「うぉーー!!!」」」


「「「「3人とも最高だーー!!!」」」」


 会場のファン達の歓声でホールが揺れるようだ、しかし高性能で大きな音量のスピーカーで3人の声はシャイニングゲートのホールブースに満遍なく行き渡っていた。


 ナツハ達に限らず出演Vtuberは会場を映すカメラの映像を見てファン達の様子を見ており、ブースの盛り上がりは出演者たちにも届いてる。


 そんな中で灰川はチラチラと3人の見知ったVtuberのステージでの雄姿を見ようと目を向けるが、観客の押しが強くて注意に忙しい。


 そんな灰川の様子も会場のステージ上カメラには映っており、それを見つけたナツハとれもん、灰川が居る事を知らされた2人からコッソリ伝えられた小路が、スタジオスタッフに内緒でコソコソとイタズラっぽい笑顔で何かを話し合ってたのだった。


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