143話 ガーデンブースとピロティブース
フェスが始まって1時間ほど、灰川はアレコレと雑用をこなしながら、少しずつスタッフや運営の動きもまとまって来たなと感じてた。恐らくは現場組は全員が同じ事を思ってるだろう。
客の誘導で動きをある程度は決めつつ、個人勢と企業勢の動きを分離させたりなど、外会場の無理のない動きの道筋を作る事に成功していた。イベント事は最初が肝心だ、ここで間違えてたら後に響く事になってただろうが、それは回避できた。
「しっかし凄いな…あっちもこっちもVtuber、モニターとスピーカーだらけだ…」
モニターやスピーカーは個人や企業で用意してる所が多いがリースもある。
特にスピーカーは指向性音響で聞こえやすい物を使う事が決められており、モニターもある程度以上の大きさが無いとファンが見えづらいから大きめの物を用意してる所が多い。モニターの高さやスピーカーの向きも、運営の指示に従いつつ工夫してる所が多かった。
灰川は客誘導をしながらそこらのモニターを見て、個人勢Vtuberのフェス配信を見ながら仕事する。
良さげな配信、イマイチな配信、普段と違う配信を張り切ってしてるVtuberと様々だ。しかし個人勢は数字的に苦戦してる部分が見え隠れする。
登録者21万人の者が1000人も視聴者を集められてなかったり、モニター前の観客が少なかったりと恐らくは思ってたよりガーデン部分の個人勢は人を集められてない。だがフェスは始まったばかりで、まだまだこれからの時間だ。
「やっぱ外のブースのVtuberは数字取れてないね」
「参加料がガーデン、ピロティ、施設内の順で上がってくし、個人で施設内だと最低でも50万人登録必要だしね」
そこを歩いてたスタッフの声が聞こえる、外のガーデン部分は参加料が最も安く、ここのスペースの参加条件は視聴者登録7万人以上の個人勢だ。それでも立派な上澄みの数字だが立地的には外という事もあって暑いし、フェスの参加者としては弱い枠組みだ。
しかし施設への通路にもなってる部分が多いから人目に付きやすく、新たな視聴者獲得のチャンスは十分にある。
灰川は誘導仕事をこなしつつ雑用もしており、Vtuberが配信してる仮設配信ルームにも立ち入る。そこでは個人勢が会話してたりしてて、その話が耳に入って来た。
「俺の視聴者さん、今日はまだあんあまり来てねぇ。ちょっとマズイな」
「最推しの配信に行ってる人が多いかもしれない、やっぱ企業勢には勝てねぇかな…」
「企業勢でも私より登録者少ない人も居るのにさ、あっちは施設内は無条件で取れるし良いよね」
まだモーニングタイムという事もあって焦ってはいないが、手応えを感じれてない人も多い。マズイと断じるには早いが危機感も感じずには居られない数字のようだ。
このフェスは団体参加も許可されてるが、その場合は参加者は全て視聴者登録数の課題をクリアしてなければならない。故にグループで参加してる人は少なく、基本的には個人参加だから焦りも出るかもしれない。
ファンが自分1人を推してるなんて考えは甘い、箱推し、複数推しは当たり前の世界だし、中にはDDという『誰でも大好き』なんて人も居る。最推しにはなれないのが普通だし、どうやって最推ししてくれる人の数を増やすかも配信者の手腕だ。
自分の配信ではスーパーチャットを500円くらいを投げる人が、自由鷹ナツハの配信では5万円のスーパーチャットを投げてたなんて話もあるだろうし、最近来なくなった視聴者を企業勢Vtuberの配信で見かけたなんて話も普通にある世界だ。
企業勢はフェスで優遇されてるという話も出たが、これは企業が開催するイベントだし、企画立案から会場の押さえから準備、宣伝広報や出資金に至るまでイベントに懸ける労力と金額と時間が段違いなのだから普通の事だろう。こういう会場を借りて行うイベントは簡単には開けない。
そもそもこんな大掛かりなイベントを開ける力がある者なんて限られる。配信企業はベンチャー企業が多いからイベント運営とかは見通しが甘くて企画倒れになったりする事も珍しくない。このようなイベントを開催するのは資本以外にも様々な要素が必要になるのだ。
「あ、スタッフさん、モニターの調整をして来て欲しいんですけど」
「良いですよ、場所はどこですか?」
「スタッフさん、もっとエアコン強くして下さい! PCの熱が籠って暑いです!」
「はい、ちょっと待ってて下さいね」
アレコレと頼まれて動き回る。仮設配信ルームは個人勢Vtuberで満杯であり、ケーブルまみれの室内からのあっちこっちから配信の声が聞こえてくる。
「ああ君、ピロティブースに行ってもらえないか? 誘導係が足りてないらしい」
「分かりました」
そんなこんなで次の場所に向かう、ピロティブースとは屋根付きの外部ブースのことで、フォレストガーデン・渋谷の1階部分の建物のすぐ外の屋根がある部分だ。
『みんな会いに来てくれてありがと! 今日はハリきっちゃうよ!』
『グッズ販売もしてるから、売り場も見てってくれよな!』
『今日は新曲も用意してきてるから、楽しみにしててねっ!』
ピロティブース、視聴者登録30万人以上の個人勢が抽選で入る場所であり、通路ではないためこの場所に来る客は明確にココに居るVtuber目当てで来る客が多い。
ここにブースを出せるVtuberは言わばネット世界の勝ち組だ、やろうと思えばネット活動だけで結構な金を稼げる人たちなのだ。活動場所はyour-tube、tika toka、towitvh、Instar gramと多岐に渡り、そのどれでも一定以上の成果を出してる者のブースが集まってる。
トーク力、配信的人間性、人間的魅力、カリスマ性、そういう目に見えない『威力』を磨き、その威力を持ってネット活動者やインフルエンサーのピラミッドの上に登った者が配信してファンを沸かせてる。
才能ある人が全力で頑張って、宣伝やSNSでの売名、動画制作やその他の努力を欠かさず行い、その中の1%くらいの人が到達できる非常に狭い門の先にある場所だ。
才能や運に恵まれた者、たゆまぬ努力を続けた者、ネットの世界で賢く立ち回った者、共通する事は『立ち止まらなかった』ことだろう。ある者は青春と若き時間を捧げ、激動のネット世界を這い上がった。ある者は己の才覚を信じて飛び込み成功した。
このブースにはいまだ『何者か』になろうと上澄みの世界で足掻き続ける熱が溢れてる、そんな熱に惹かれ応援するファン達の熱も溢れてた。
「今日は九州から応援しに来たばい、エクアちゃん!」
「長岡から遠かったけど見に来て良かった!」
「新幹線スゴイ混んでたけど、頑張って来たよマッソ君!」
このブースからは遠方から来た人も増える、わざわざ遠い所から人を来させる程の魅力がある人達が配信ブースを出してるという事だ。
立地的にも外ガーデン部分よりは恵まれてる、ここなら雨が降っても特別な対策をしなくて済むし、屋根が影になって暑さも緩和されるから観客も見やすいだろう。
Vtuber1人当たりのブースも広めになっており、椅子がある場所が多い。ファンはそこに座って配信を見れるが立ち見客も所によって発生してる。
「こちらからは施設内には入れませーん! 施設内ブースに行きたい方は~~……!」
ここでは配信の音声の邪魔になるから拡声器などは使えない、声を張り上げて客の誘導線を引いていく。
ここの客たちは推しに対する熱量が高く、客1人当たりの平均視聴時間も長めだ。声援にコール、この日のために用意した曲などを披露したりすれば歓声が起こる。その近くの配信ブースも負けじと声を張り上げ、まるで配信と応援の合戦場のようになってる所すらある。
『今日は特別配信だけど、やっぱ最初はいつもの雑談トークからしよっかな! フェス参加おめでとうコメント、もっとしてね!』
「おめでとー! レンリちゃんの配信待ってたよ!」
コメント;フェス参加おめでとう。
コメント;去年は抽選漏れたしね
気紛れな配信に見せかけて普段通りのパフォーマンスを保つために、同じルーティンで配信を始める強かなVtuberが居る。
大きな祭典に参加できた喜びを噛み締めてから、普段より高いテンションを更に高めようとしてるのかも知れない。
『50万登録ありがとうっ! 今日はシャイニングゲートにも負けねぇ配信してやるっての!』
「業界を牛耳ってると思ってる連中に、マサキ・アンドラスの凄さ見せつけてやってくれ!」
「ナンバーワンはシャイゲでもライスペでもねぇ! マサキ組だ!」
コメント;配信からだけど応援するぞ!
誰にも負けず頂点に登ろうという決意があるVtuberが、ファンを巻き込んで熱い空気を作り出す。
飽くなき向上心を持ち続け、50万人の登録者を得ても満足せず、まだ上を目指すVtuberの姿勢にファン達は熱くなる。その熱は周囲にまで及ぶほど熱かった。
あっちもこっちも凄い熱気だ、気温だけじゃなく心が揺さぶられるような熱気。
止まらない、曲がらない、横など見ない。ただ前だけを見て突き進み頂点を目指す者達、それを応援する者達、そこには確かにドラマがある。
ここのVtuberたちは己の力だけでなく、使える物は全て使って上を目指す。時には配信が嫌になる事もあっただろう、伸び悩んで引退を考えた事もあったかもしれない。
それでも己に打ち克ち、試練や壁を越え、覚悟を決めてネットの世界で成り上がった。彼らの持つ数字がそれを示してる、ここにファンの足を運ばせたことが物語ってる。
ファン達も時には応援してるVtuberが炎上したり、失言をして嫌な気持ちになった事もあるだろう。それでも応援を止めなかった者達、Vtuberに活力をもらってきた者達だ。彼らの結束や絆は固い。
「うぅぅっ…! ジュラン君っ、フェスに参加できて良かったねっ…!」
『おおっ! 会場に来てくれた子が泣いちまった! 本当に参加できて良かったよ、マジでっ…!!』
所によっては推しがフェスに参加できたことに感極まって泣いてしまい、それに釣られてVtuberも感動で泣きそうになってたりしてる。
「応援してきて良かったよ!! 俺たちをフェスに来させてくれてありがとう! ユレンちゃん!」
『うぇ~~ん! お礼を言うのは私だよぉ~! 皆が応援してくれたから来れたんだよぉ~! ありがとぉ~~!』
既にオロボロと泣いてるVtuberも居る、ここは念願の栄光の舞台なのだ。そこに立てた嬉しさ、ここに立たせてくれたファン達への感謝に涙を堪えきれない様子だ。
そんな中で動いてるのはVtuberやファン達だけではない、フェス会場内、特にガーデンとピロティブースでは客の熱中症対策も兼ねて飲み物やアイスが至る所で売られてる。
「ピロティブースで配信中のVtuberラベルのドリンク売ってまーす! 熱中症にならないよう気を付けてくださーい!」
「ピロティで配信中の美菜霧 エナドのラベルのエナジードリンク販売中でーす!」
こういう個人コラボの商品なんかも売られてる、値段は高めだがファン向けのグッズという側面も大きいから売れ行きは良いようだ。ファン達は適宜に水分補給しながら、普段とは一味違った推し活に精を出してる。
Vtuberにとっては参加費用の回収と名を上げる事も今日の大事なミッションだ、スーパーチャットやグッズ売り上げで参加費用を回収し、なおかつ名を上げてファンを掴み先に進む。それが目的なのだ、参加して満足したのでは早すぎる。
「飲み物の手配を頼む! 思った以上に売れ行きが良いから足りなくなるぞ!」
「スタッフさん! スマホの落とし物あるんで、運営に持ってって下さい!」
「ピロティブースでのグッズ販売場はこちらでーす!」
灰川もアレやコレやと働かされる、ここではスタッフが客とVtuberの熱に負けないくらい動いてイベントをサポートしてるのだ。
イベントは参加者や客の戦場だと言われたりするが、スタッフにとっても戦場だ。普段の仕事の忙しさとは別の種類の忙しさがある、こういう場所ではスタッフも一体になって動かないと客を安全かつ的確に回せない。
「灰川さん! 運営から施設内に誰か一人だけでも回してくれって泣き付かれたんで、行ってもらって良いですか!?」
「分かりました! ピロティ12番ブースのスピーカーが故障したそうなんで、俺の代わりに誰か回して下さいね!」
ガーデン、ピロティと回って次に灰川はフォレストガーデン・渋谷の中の大手配信企業ブースと登録者50万人以上の個人Vtuberがブースを構える場所に回される。
本来なら施設内は充分な数のスタッフが用意されてたはずだ、イベント運営に慣れたメディア熟練スタッフや、警備員国家資格を持つ誘導スタッフ、施設内に誰より詳しい場内スタッフも多数いる。
朝に運営スタッフが一同に集まった時にも、施設内はスタッフが足りなくなる事は無いだろうし、ラッシュで多少は足りなくなっても十分に回せるという算段が付いてたのだ。
灰川は何かのトラブルか?と思った、混雑するイベントにトラブルは付き物で1から10まで何事もなく進む事なんて稀だ。何かしらあったのかと少し覚悟して施設内に入った。
「スタッフでーす! 通して下さーい! すいません、通りまーす!」
施設内は企業勢Vtuberや有名個人tuberのファンでいっぱいで、そこら中に並んでる人達を掻き分けるようにして進む。
来場客もスタッフなら通すしか無いし、横入りされる訳でもないから道を開けてくれる。混雑して何十分もブースの空き待ちやグッズ売り場待ちをしてる人達が居る会場を、このように進んで行けるのも少し楽しかったりする。
「おい聞いたかよ! ハッピーリレーのブースが凄いらしいぞ!」
「ああ、まだライブ2Dなのに表情パターンが前より増えてるらしいじゃん、しかも動きが凄い柔らかいとか」
「さっきエリスちゃんとミナミちゃんが出てたけど、明らかに普段と違ったよ。SNSでトレンドにハピレが入ってるし、噂を聞いた他の箱推し連中もハピレブースに行ってるみたいだな」
灰川の耳にそんな立ち話が入って来る、どうやらハッピーリレーのブースが盛況のようで大きな話題になってるようで、その煽りを受けてスタッフが足りなくなったらしい。
シャイニングゲートのブースにも予想より多い客入りがあるらしく、他の配信企業のブースも同様らしい。入場制限もしてるが会場周辺との兼ね合いもあって、中が完全に空くまで客を待たせる事も出来ない。
イベント会場は混雑してるが中は回さなければならない、しかも客やファンの不興を買わずにだ。運営だって色々とリアルタイムで悩むが、取りあえずは時間が過ぎて全体が落ち着くまでは当初のイベント計画を崩さないようにするしか無いだろう。
「スタッフでーす、こっちに行けって言われたんですが……あっ…!」
「すいませんスタッフさんっ、配信用パソコンのモデムの信号が赤になって……えっ…? 前に会社に来た変な人ですか…?」
灰川が向かわせられた施設内の場所は、何と業界2位の配信企業ライクスペースの配信ルームとして使われてる2階の広めの部屋で、通常時は貸し会議室のようにして使われてそうな部屋だった。
今は窓にブラインドが降りててグリーンバックスクリーンの置かれた配信スペースや、数台のパソコンが置かれて作業してる人達やVtuberと思われる人達がセットを付けてフェス配信してる。
そんなライクスペースの配信ルームで真っ先に会ったのは、以前にライクスペースの会社に行った時に会ったVtuber滝織 キオン、灰川がオカルト的な言い当てをしてドン引きさせた子だった。
「えっ!? 灰川さんですかっ!? 何しに来たんですかっ、ハッピーリレーとシャイニングゲートのスパイですかっ!?」
「違うっての愛純ちゃん! 今日は全体的な裏方仕事の雑用やってんだよ! あと久しぶりだね!そうでもないかぁ!」
「お会いしてから2週間くらいですしね、でも灰川さんくらいの年齢だと久しぶりに感じちゃうものなんですか?」
「オッサン扱いしなさんな愛純ちゃん! ちょっと毒気が多くなってるじゃねぇか!」
次に話し掛けてきたのはVtuber名、薙夢フワリこと乃木塚 愛純、中学一年生でライクスペースからデビューした新人Vtuberで、超激甘。優しさ全開メスガキという変なキャラ付けの子だ。
灰川が先日に入院した時に知り合った子で、医者の岡崎先生と愛純と灰川でアカシックレコードという精神世界みたいな所に行ってしまった子だ。
「灰川さん? 以前は失礼しました、今は霊能者として活動されてないのですか?」
「どうも前園さん、前は騒がせてすいませんでした。今日はイベントスタッフですよ、あっちこっち回ってます」
前園 公子はライクスペースの人事部の仕事とマネジメント業務をしてる人で、30代のキャリアウーマンという感じの人だ。
以前に灰川の噂を同業から聞いて引き抜こうとしに来た人だが、色々あって話しが流れた。
「…………」
「………」
「灰川さん元気でしたかっ? 疲れで入院しちゃうくらい弱わ弱わさんだから、心配してましたっ。くすくすっ」
「あのねぇ愛純ちゃん、ってか変質者とか見るような目を向けられてんな~…」
まともに話しかけてくるのは愛純だけだ、後は社内で噂が広まってるのかスタッフやVtuberと思われる男性陣や女性陣から変な目を向けられてる。




