142話 カクヨムでちょうど777777文字になりました!なろうでは775969文字です。
Vtuber、新しい時代の表現の形であり、3Dモデルと中の人の人格の組み合わせによって、新たな魅力を発信する現代のスター舞台の一つと言っても良い存在だ。
真打ち、スター、そのように呼ばれる彼らは昔から人に活力を与える希望であり、時には誰かの人生や心の向きを180度変えてしまう力がある。
アイドル、俳優、芸人、歌手、スポーツ選手、その他にも様々な場から人々の心を虜にし、同じ道に進んだ者や精神性に強い影響を受けた者、その輝きに目を奪われ感動した者達が様々な形で影響を受けるのだ。
そんな風になりたい、そんな影響力を持ってみたい、そう考える人は日に日に増える。
your-tubeのアカウント数は世界で20億、TwittoerXのアカウント数は世界で4億、|Instar gramは10億、tika tokaは10億、アクティブアカウントだけでこの数だ!
時は大承認欲求時代、今日はそんな時代のスターと呼ばれる者達が一同に会するフェスが開催される。渋谷Vtuberフェスティバル、どんな演者がどんなパフォーマンスを魅せるのか、ファン達も目を離せない時間が始まろうとしてる。
フェスの当日、フォレストガーデン・渋谷は多くのスタッフが忙しく動き回っていた。
「これお願いします!」
「重っ! ちょっと何処に運べば良いんですかっ!?」
「モニターの配線が危ないから、もう少し纏めておいてくれ!」
「あとでやっときます! それよりネット配信の準備は上がってますか!?」
ハッピーリレーのブースもシャイニングゲートのブースも忙しく、その他の企業や個人勢も続々と会場入りして準備や挨拶周りに追われてる。
スタッフによっては24時間以上も詰めてる人も居るし、朝の4時くらいから準備は動いてた。灰川も会場に入って手伝いをしてる、専門的な仕事は出来ないから雑用が役目だが、その雑用係すらも足りてないのが現状だった。
「すいませーん! 運営委員の人員が足りないので、誰でも良いから各社から1名ずつスタッフを出して下さーい!」
「灰川さん、行ってもらえますか?」
「あー、分かりました」
良いように使われ放題だ、荷物運びに機材設置作業など意外とやる事が多い。そんな中で各社から運営に1人ずつ生贄を捧げなければいけなくなり、灰川が出される事になってしまった。
どうやら運営のスタッフ数の見積もりが甘かったらしい、大きなイベントにはトラブルが付き物だ。そこはもう何が起ころうと受け入れるしかない、最も重要なのは客の安全だから、運営からスタッフを供出しろと言われたら従うしかないのだ。
「俺はドサ周りの雑用かぁ、面倒だなぁ」
「俺もっすよ灰川さん、専門的な事は出来ないから仕方ないっすよ」
「そうだよね、Vtuberじゃないから僕らは出演できないし、枝豆のイベントだったら良かったのにな~」
呼ばれたうちの何名かが会場雑用の担当になった、これはイベント会場内で声を掛けられたら手を貸すというような係で、企業所属者は自社の仕事を優先的にやって良いが、適宜に会場の手伝いをして欲しいとの事だった。
灰川と一緒に歩いてるのはハッピーリレー配信者のボルボルと枝豆ボンバーだ。彼らはハッピーリレーに連れて来られた訳じゃなく、バイト代が良いから募集を見て自分から来た口である。
「おい、そこのボンクラども! 僕の荷物さっさと運べ!」
「なんだアイツ?」
「あの声って男性人気Vtuberの八木イチトじゃないか? 個人でやってる」
視聴者登録数30万の男性Vtuber、八木イチト。視聴者に面白い話と質の高い配信で人気があり、低音ボイスと明るいキャラが女性から支持を受けてるパリピ系のVtuberだ。
そんな人気あるVtuberだが、そういう人たちが必ずしも人格者である訳では無い。今の彼の応対は明らかに高圧的で問題がある喋り方だ。
「なに生意気そうな目で見てんだ? 僕は登録者30万人の八木イチトだぞ? 言わば神なんだよっ!!」
「じゃあ30万以上の登録者が居る奴は何なんだよ…」
「イタイ奴っすねー…自分を神とか言っちゃってるよ…」
「まさに調子乗ってるヤツって感じですね…」
Vtuberに限らず名が売れる人にはこんな人物だって居る、格下に当たりが強かったり、スタッフに不快な態度を取る奴、いわゆる『付け上がってる奴』という種類の人間だ。配信者やVtuberの皆が品行方正な人格者なんてことはない。
こういう奴は大概はファンなどにボロが出ると人気は消える、視聴者は配信者に対して悪い部分など求めて無いし、そんな部分が見えたら愛想を尽かされる。だがそういう奴に限って人前では魅力的だったりするから不思議なものだ。
「ここの荷物で良いんすか? ブースはガーデンの8番っすか」
「さっさと運べよ! 30万人登録者のブースくらい覚えてろよ、使えない奴らだなぁ」
「30万て…ここじゃ普通っすよね…」
本人には聞こえないように影でコソコソ言いながら荷物を確認する、ビルの地下駐車場から荷物を運ぶのは本人や連れのスタッフの仕事なのだが、雑用なのだから文句は言わずに従っておく。
「30万人登録のVtuber様を何だと思ってるんだ、スタッフの教育が足りてないな。それにしてもさっき変なハムスターに引っ掛かれた場所がヒリヒリするな…消毒と手洗いはしたから大丈夫だろうけど」
そんな八木イチトの独り言を聞いて灰川は、そういえば引っ掛かれると1日だけ運が悪くなって変に嫌な体験をする変なハムスターの怪異が居るって聞いたなとか思い出す。でも忙しいから気には留めなかった。
「じゃあ運ぶっすか、あ、隣の車が動くっすね」
「マグネットクレーンの大型車かぁ、凄い磁力なんだよなぁ」
「八木さん、スマホも置いてってますね、まあ大丈夫か」
荷物を置いてる隣のスペースに停まってたマグネットクレーン車が動き出す、その時にドライバーが「ハックション!」とくしゃみをしてしまい、その時に『磁力ON』のスイッチを一瞬だけ押してしまった。
バキバキ!!メキィッ!
「なんすか今の音?」
「車が動く時の音だろ」
「なんかアクリル製パソコンケースの中の内部機器だけ謎の力で引っ張られるような感じの音がしましたね、何だったんでしょ?」
とにかく荷物を運び、仕事を済ませる。ガーデンの八木イチトが抑えてるブースに行くと、本人が業者を相手にしながら設営をしていた。
「すいません、サボ&チェアー株式会社の物なんですけど、ネットで依頼されたイスのようなサボ~~……」
「そこに置いとけ! 金は払ってるんだから用は済んだだろ!一般人風情が俺の邪魔をするな!」
「は、はぁ…分かりました…」
もう調子の乗り方が天井知らずだ、こんな奴に関わりたくないから荷物を置いて退散しようとすると、八木イチトに冷たくあしらわれた業者が近くの台に領収書を置いて去って行った。
その時に会社のチラシも一緒に置いてったようで『イスとサボテン専門店 サボ&チェアー』と書かれたチラシと、領収書には『ゲーミングチェアーのようなサボテン1個 特別価格3万円』と書かれてた。何のためにこんな物を注文したんだろう?
「お前たち!さっさとパソコンを出してセッティングしろ! 言われた事しかやらないのか!?」
「PCとかは手で触らないルールがあるんで、壊したりしたら責任問題になりますから」
「どこまでも使えない奴らだな、神を何だと思ってるんだっ」
「凄い思い上がり野郎っすね…」
そうこうしてると次の業者が来た、なにやらカートに大きめの箱が乗っており布が被せられてる。
「森山さんですね、シュレ&ゴート株式会社ですが、ご注文の品です」
「ああ、シュレッダーのレンタルの会社か、こういう場所では個人情報が書かれた紙はすぐに処分しないと危ないからな」
「はい、こちらご注文の山羊一頭です。ご予算に合わせまして子山羊にさせて頂きました」
「ヤギぃっ!? なんで!?」
「ご注文の際にヤギ一頭、ヤギ一頭と何度も仰ってらっしゃいましたよね? 当社はヤギとシュレッダーの専門会社です」
「ヤギ一頭…八木一頭……八木イチト…! 謎は解けた!」
八木イチトは何やらゴネてたが契約はしっかり交わされており無駄だった、結局はシュレッダーとヤギの謎の会社の人は箱を置いて去っていく。
「あ、本当に子山羊が入ってるぞ、メスだな、小さいな~」
「メェ~、メェ~」
「そこのスタッフ! メーピョンに触るな!僕のだぞ!」
「もう名前付けてる…」
やっぱり引っ掛かれたら変な悪い運に見舞われるという変なハムスターに出会ってしまったのだろうか?そんな事を灰川が考えてた時だった。
「うわっ! 子山羊が飛び出してイスのようなサボテンに向かってくぞ!」
「なにっ!? イスのようなサボテンだと!? 僕はイスを注文したはずだ!何か間違ってたのか!?」
「よく見るとアレはトゲは細いけど、凄いいっぱいトゲが刺さる品種のサボテンだ!」
「危ないメーピョン! ウギャァァー!座ってしまった! チクチクするぅー!」
「メェー」
性格の悪いVtuber、八木イチトは子山羊のメーピョンの身代わりになり、尻と背中がサボテンのトゲまみれになってしまった。
「灰川さん、俺と枝豆ボンバー君で八木イチトさんのこと医務室に運んで来るっす、たぶんピンセットでトゲ抜きもさせられるな…」
「メーピョンは近くのペットホテルに預かってもらいますか、後で代金は請求するっすからね八木さん」
「八木のブースには柵で覆った鑑賞用のサボテンでも置いておこう、ちょうど良いのがそこにあるし」
「ペットホテルにはメーピョンにちゃんとエサを与えるよう言っておいてくれっ…チクチクするっ!」
「メェー」
早くも参加Vtuberが一人脱落してしまったが仕方ない事だ、ここは多数の出演Vtuberが互いにシノギを削り、誰が最も目立って輝けるか水面下で熾烈な争いが繰り広げられてる場所なのだ。運も実力のうちだ、運が無ければ舞台にも上がれない。
後日に八木イチトはパソコンが壊れてる事に気が付き、急な出費となったがVtuberになる前から金持ちだったらしく財布にダメージは無かったようだ。ヤギのメーピョンは家で飼う事にして凄く可愛がってるらしく、サボテンは庭に植えたらしい。
メーピョンを飼ったからなのか八木イチトは性格も丸くなったらしく、トゲを抜いてもらって仲良くなったボルボルと枝豆ボンバーとはコラボ配信するようになったそうだ。
「お、開催セレモニーがあるのか」
そうこうしてる内に開催時間となる。既に客は入っており場内はフォレストガーデン・渋谷施設内も外部分も朝から満員御礼の入場制限状態だ。入場料は安めに設定されており、小学生などは無料で入場できるから家族連れや学生客も多い。もちろんVtuberガチファンも凄い数だ。
会場内の各所に設置されたモニターからフェス開始を告げる映像が流れる、この日のために用意した映像のようでイメージキャラのアニメーションが映されて、カラリと晴れた絶好の日和のなか遂にフェスが始まった。
『こんにちわー! 個人Vtuberの紺手尾 リグです! 会いに来てくれてありがと!』
『大和木 アスラのブースはここだよ!見てってくれ!』
『えっ!もう始まってるの!? ヤバッ! 黄寝月 モチだ! よろしくな!』
『オラァ! 混沌川 悪美栖だ! 今日はフェスだがいつも通りに介護と福祉に役立つ話をしてくぜ! 』
灰川が開幕の時に居た場所はガーデン部分の個人Vtuber出演者たちのブースが集まってる場所で、そこは正に自由空間というごった煮のジャンル不問の場所だった。
「凄い熱だなぁ、ファンもいっぱいだ」
多数のファン達が「ウォーー!」と叫んで開幕を祝う、そこら中にレンタルや自前で用意したディスプレイモニターが設置され、ファン達は流される配信や動画を自由に鑑賞できるという感じだ。
もちろんVtuberの中の人達は施設の中や、ガーデンに仮設された配信設備の有るルームで喋って出演してる。今頃はシャイニングゲートとハッピーリレーのVtuber達も同じように配信してる事だろう。
「ノキア君!最高ー!!」
「今日が楽しみだったよナルルちゃん!」
「ギンゾウ君のファンってこんなに居たの!? 凄い!」
「この椅子みたいなサボテンは何なんだ?」
熱気にファンの声に会場は揺れるようだ、きっと施設内の企業系Vtuberのブースは更に凄い事になってるのだろう。シャイニングゲートなんてナツハが出てきたら、どんな騒ぎになるんだ?とか灰川は思ってしまう。
スタッフにはインカムが渡されており灰川も持ってるが、今は忙しさが酷くて繋がる気配はない。取りあえずは言われたように客の誘導や案内をしながら、適宜に雑務をこなす事にする。
「すいませんスタッフさんですかっ? ライクスペースのブースに行きたいんですけど!」
「ライクスペースなら施設内ブースになります! 大変に混みあってるので、ご注意下さい!」
「グッズ販売はどこですかっ? 早く行かないと限定グッズが売り切れちゃう! 転売対策とかしてるんですよねっ!?」
「物販はフォレストガーデンの2階フロアです! 転売対策のために販売制限などもあるので、ルールを守ってお楽しみください!」
もうてんやわんやだ、案内係ですら目の回るような質問攻めである。どうやら看板設置にミスがあったようで、人の流れを上手く作れてないようだ。
きっと今からもトラブルはあるだろう、客も推しの勇士をナマで見るために必死だがスタッフは更に必至だ。
「こちらは個人Vtuberブースです、企業系は~~……」
「えっ!? LANケーブルが足りない!? 設備室に予備が~~……」
「本日も30度超えの気温です! 来場の皆様は熱中症にお気を付けください!!」
「サワヤカ男子のブースで落とし物だそうです! ピロティブースでも~~……」
スタッフ達の声や連絡も飛び交ってる、朝の8時から既にフェスは大盛り上がりだ。
灰川も近くに居たスタッフから声を張って客を誘導するよう言われたり、企業ブースに来て手伝って欲しいと言われたりしてる。
まだ忙しくなりそうだ、そんな事を思いながら灰川は今日がどれほどに特別な日か分かった気がした。




