140話 除霊の時
誠治は渋谷中心街を離れて代々木方面、かつて7人ミサキを鎮めるために力を尽くした土佐山野内氏の邸宅があった場所に向かう。
もちろん今は邸宅は無く、代わりに何階建てかのビルが建設中だが、その中からは強く嫌な気配がしてる。今は工事は止まっており、工事塀の中には誰も居ないようだ。
ここが当たりだと誠治は感じる、まず間違いなく中には本物に近い7人ミサキが居るだろう。
「なるほど…だからココに出現したのか」
ふと工事現場の看板が目に入り、何故ここに怪異が出現したか何となく分かった。
工事の名前が『久竹ビル建設工事』となっており、これは7人ミサキが生まれる事になったという謀略の中心人物の家名なのだ。
7人ミサキ伝承に縁のある家があった場所に怨敵の名を持つ家が建つ、これによって7人ミサキの因縁が刺激され渋谷に呼び込んでしまったのかと誠治は考えた。世の中何が起こるか分からないものだ。
かつて祓いをした来見野の子孫である来苑にも因縁は及び、捉えられた。フォレストガーデン・渋谷に嫌な感覚を持った理由は分からないが、虫の知らせとかの類かも知れない。
何だって良い、とにかく行くかと心を決めて工事現場にスーツ姿のまま侵入し、自身の霊力を消してから捜索を開始した。
来見野 来苑は拘束こそされてないが動けない、金縛りのように体が動かず逃げ出す事も出来ない状態だった。
体の感覚も変だ、ベッドに寝かされてるのか床に寝かされてるのかも分からない、目は開くから正面は見えるが薄暗い。視界に入ったのは天井らしき物で、どこかの建物だとは判別できた。
両親が言ってたようにお祓いに行くべきだった、ここ最近は変な物を見る頻度が増えてて危険な兆候はあった。
自宅のマンションで寝てる時に、夜に部屋のドアの向こうで何かが歩く音がしてた。洗面所の鏡の前を通った時に映ってはいけない何かが映ってた。部屋に入る前に中から変な気配を感じた事もあった。そんな事が続いてメンタルが消耗してる自覚はあった。
Vフェスの会場になるビルから変な感じがしたのは、今にして思えば過敏になり過ぎてたのかも知れない。灰川さんは何も感じないと言ってた、きっと気にする程のものじゃなかったんだと思う。
そんな事を思ってると嫌な感覚が強くなった、自分の周りに誰かが居る……恨み、悲しみ、妬み、そんな感情が流れ込んでくるかのような感じがした。汗が引いて寒くなるような、血の流れが止まったかのような、生きてる心地がしない時間が始まった。
怖い、嫌だ、逃げたくても体が動かない!目を開けたら誰かが居るような気がして怖い、たまに布団の中で感じるそんな恐怖感を何倍にも煮詰めたような怖さが体中に広がる。
そう思った時に自分の近くから『カラン、カランっ』と幾つかの石が転がるような音がした。
誠治は自分の霊能を隠して工事中のビルに入り、中を静かに確認していく。打ちっぱなしのコンクリートの所もあれば内装工事が進んでる所もあり、まさに工事中という感じだ。
中は3階まで上がれるようになっており、全ての場所を確認したが人は居ない。しかし強い悪念は漂っており、この中には怪異が存在してる事は察知できる。
中を見回ってから悪念が集中していく場所がある事を感じた。そこは半地下空間の設備管理に使う予定の部屋らしく、1階の奥の小さな階段から降りれるようになっていた。
階段を降りる前に呼吸を整えて集中力を高める。もう準備は出来てる、強い悪念を持つ者への対処法も用意してきた。ポケットに手を入れて階段の下に投げ入れる。
「…………」
そのまま何も言わずスマホのライトで照らしながら階段を降りる、既に対抗手段の効果は出ており悪念は消えていた。
「っ…! 無事かっ、竜胆さんっ!」
すぐに階段を降りて半地下の部屋に入ると、誠治は竜胆れもんを発見した。その部屋は工事中の半地下だから隙間から少しは日光が入るとはいえ暗い。そんな小さな部屋の奥に横たえられていた。
「すぅ~~……せいっ!!」
すぐに竜胆の体に纏わり憑いていた悪念を祓い、無事かどうかを呼びかける。長くこんな場所に置かれてたため少し体力は持ってかれてるようだが、意識はハッキリしてるようだった。
「あっ…ああっ! うわぁ~~んっっ!」
「…………」
竜胆はまさかの助けに泣き付いた、いつもはボーイッシュな性格で視聴者を笑わせて楽しませてるが、こんな怖い目に遭わされたのだ。高校2年生という年齢でなくとも、安心感や緊張感がない交ぜになった感情で涙が出るだろう。
しかし誠治の目から緊張感は取れておらず、無言で周囲に警戒を払ってる。まだ完全に念と怪異の霊気は消えてなかった。
「…やっぱり8人だったか…」
「ぐすっ…えっ…?」
「ブラックトルマリンだけじゃ、祓いきれなかったようだな……」
「えっ…あれ…? よく見ると…灰川さん…っ? あっっ……!?」
誠治がさっき投げ入れたのはブラックトルマリンという鉱石だ、使用したのは苦土フォイト電気石という物で、近年に発見され日本で産出されるブラックトルマリン鉱石の一種である。
トルマリンは以前から遠赤外線効果などで肩こりや腰痛に効果があるとされてきた鉱石で、マイナスイオン商品などの健康グッズに使われ、肩こり解消のトルマリンネックレスなどが多いに売れた。
しかしトルマリンは加熱などの外的エネルギーが加わらなければ電圧的変化を起こす事も無く、エネルギーが加わる状態でなければ何も起こらず、着用者の血液検査などでは変化が見られなかったという過去がある。
トルマリンの効果が書かれた論文も科学的根拠には欠けるもので、信用する人も前より少なくなったが人気のある健康グッズの一つである事は変わらない。それに加工されたブラックトルマリンは非常に美しく、純粋にアクセサリーとしても楽しめるし安価だから買いやすい。
そんなブラックトルマリンだが、霊能的には面白い特性がある。それは『パワーストーンでもあり、不幸を呼ぶ石でもある』という変わった特性だ。
この鉱石は悪念や負の霊力を溜め込むという霊的性質があり、何も溜まってない状態ならパワーストーンであり、悪い気を溜め込んでたら不幸の石になるという物だ。
誠治はここに来る前に灰川事務所に寄って石を持って来た、完全に祓いをした石であり更に陽呪術で悪念を遥かに吸い込みやすくした物を複数投げ入れ、奇襲のようにして吸い込ませて封じたのだ。しかし全ては吸い込み切れなかったらしい。
「竜胆さん…下がってて…」
「っ……う、うん…っ」
「これは…ちょっと強いなぁ…」
誠治は久々に『亡霊』を目で視た、普段は霊力が強いから単なる霊は誠治に近付く事もなく去っていく。
今は目の前に陽炎のような男が立っている、古めかしい白装束の霊媒師の着物の男だ。負念が強く、過去に7人ミサキに何人もの霊能者が負けた理由が分かる、明らかに強い。
「貴方は胡桃名 僧厳ですか…?」
「………………」
7人ミサキは人を取り殺し仲間に引き入れ、先に入ってた者が1人成仏すると言われる怪異だ。胡桃名家は過去に祓いに失敗し、中に取り込まれた人物こそが目の前に居る亡霊、胡桃名 僧厳である。
姿があって強い霊力も感じるが喋りはしない、長い時間の中で自我が無くなり喋れなくなってしまったのかもしれない。
「は…灰川さんっ…! こ、これってっ……どういう…」
「竜胆さんの家は大昔は力の強い霊媒師の家系だったけど、ある時に強い悪霊に負けて取り込まれた…それが尾を引いて今に繋がってる」
「………!!?」
竜胆れもんはそんな事は知らなかった、霊能力がある家なのは知ってたけど大昔の事など詳しく聞いた事が無かった。
「家の名前は胡桃名家、土佐の国の家系で、かつて7人ミサキという強大な怪異に立ち向かって……負けた」
気を抜くことなく誠治は話す、こうしてる間にも目の前の亡霊から呪念が飛んでくる。それを受けないよう、竜胆れもんに受けさせないよう印を結びながら陽呪術の結界を張って相手の隙を伺っていた。
「でも胡桃名家は7人ミサキの被害を食い止めた、保険を掛けてたんだよ…自分たちが負けても被害を出さないように…」
「あ、あのっ…! 話が急すぎて分かんないっす…!」
胡桃名家の霊媒師は負けた時には自分が取り込まれ、中から動きを阻止するよう生前に自分に術を掛けた。それは対峙した今だからこそ分かった、そうと思われる古い術が亡霊から感じられるのだ。
恐らくこの7人ミサキ改め8人ミサキは、胡桃名家が祓いをしてから被害者を出してない。負念の塊になっても被害を出さないよう術を掛けたのだ、自分たちを祓ってくれる誰かが現れるのを何百年も待つ事になろうともだ。
「僧厳さん…悪いが祓わせてもらいます。子孫の前だからって手は抜きませんぜ…」
「…………」
「竜胆さん、君のご先祖様は凄い霊能者だから手は抜けない…今は自我の念は消えて負の念だけになってるから、祓うしか方法が無いのを分かって欲しい」
「は、はいっ…分かりました…っ」
本当なら竜胆れもんを逃がせれば一番良いのだが、さっきまで開きっぱなしだった出入り口のドアが閉まってる。恐らくは開かないだろうし、逃がすのを待ってもらえると思う方が間違いだ。
実はさっきから悪霊祓いの陽呪術は試してる、しかし効果は見えず陽の霊力をぶつけても動じる気配はない。
相手は生きていた時は有力な家系の霊能者だったのだ、弱い訳はないが亡霊は動こうとする気配は無かった。
「は…灰川さんっ…、た、たぶん…ご先祖様っ、祓ってくれるの…待ってるんだと思うっす…っ」
「そう…みたいだな、やろうと思ったら反撃だって出来るだろうしな…」
その亡霊は因果から子孫に危害を加えたが、それでも抑えに抑えたのだろう。悪霊の怪異に飲まれても長きに渡って抑えたが限界が近いのだ、もうすぐ被害をバラ撒く怪異になり果てる。
「竜胆さん、今から祓うけど辛かったら見ないでいて欲しい、面識がないとはいえご先祖が祓われるのは~~……」
「あっ……」
誠治が話してる途中で2人に亡霊の記憶のようなモノが流れ込んだ、それは過去に胡桃名家が悪霊や怪異を祓っていた頃の記憶だ。
かつて胡桃名家という霊媒師の家があった、名のある大名に抱えられ祈祷や地鎮を行い、学問にも精通して井戸引きや農業にも知恵を絞り大名領地民からも重宝された家だった。
当時はまだ夜は暗く、闇や妖怪などに対する恐怖が色濃い時代であり、様々な場所で悪霊祓いや結界作りをして社会の助けとなったのだ。
胡桃名家の人達はそんな自分たちの家を誇らしく思い、また人々からも多方面から感謝されて過ごしてたが……ある時に危険な怪異が発生し、彼らが居る領地へと来てしまった。
もちろん祓おうと尽力するが敵は強く、しかも7人だと思ってた存在が8人だったため不意を突かれて敗北し、当主だった胡桃名 僧厳は取り込まれた。
その後は胡桃名家は力を失っていったが、彼らの力や学問知識に助けられた人たちは泣いて惜しんだという。特に胡桃名家のお祓いの術は華麗で人気があり、お祓いをする時は農民から商人、武家の者も集まって来るほどだったのだ。
その術に胡桃名家は強く拘りがあり、その意思は霊能力の家系としての名が潰えた後も残った。
「なるほど…最後は胡桃名家の術式で祓って欲しいということですか」
「…………」
亡霊は答える事は出来ない、しかし意思や心情のような物は感じ取れた。
「で、でも自分っ…除霊とかしたことないっすよっ…! やり方も分かんないですっ」
胡桃名家の術は来見野の苗字になってからは伝承されておらず、来苑にも使えない。恐らくは両親も同じだろう。
それでも来苑は先祖が望む方法で送ってあげたいと思う、しかしどんな術なのかすら知らないから不可能だ。
「大丈夫、胡桃名家の術は俺が使える。昔に灰川家の誰かが胡桃名家と関りがあったらしくて、ウチに術に関する文書が残されてたんだよ」
「ええっ!?」
「使える術が灰川流だけって言った覚えはないよ、もちろん本家には劣るに決まってるだろうけど」
誠治は灰川流以外の術も使う事は出来る、少なくとも文献が実家に残されてた胡桃名の浄霊術は使う事が出来た。
「胡桃名 僧厳様、灰川家の子孫、灰川誠二が浄霊を務めさせて頂きます」
息を吸い呼吸を整え気を安定させる、どの道ここまでの負の念を放出する怪異は放っては置けない。しっかりと集中して腹と胸に気を込め、準備は整った。
「胡桃名流楽浄霊術・送り歌」
胡桃名の浄霊は歌を使って霊魂を治め、成仏させる術だ。声と旋律に霊力を乗せ、霊魂に安寧と浄化をもたらし、あるべき場所へと送る術。それは現代でも名残があり、来見野家では小さい頃から歌を習う。
誠治が歌ったのは現代の歌であり、胡桃名家が使っていた歌ではない。しかし効果は同じであり、目の前の8人ミサキに捕らわれていた胡桃名の先祖の霊は満足したように最後には笑って消えて行ったのだった。
どうにか文章を短くしようと頑張ってみました。
分かりにくい部分もあるかと思いますが、灰川が来見野を助けたくらいに考えてもらえば大丈夫だと思います。




