138話 捜索開始
父親が事務所にやって来た、農業エンジニアの講習で来たそうだが、にゃー子たちも来たがって離れなかったため車で来たらしい。
渡辺社長は仕事があるため出て行ったが、もし協力してもらえるようなら頼んで欲しいと誠治は言われた。もうオカルト頼みでも何でも良いから無事に見つけて欲しいそうだ。
「ブイチューバーさんが行方不明? ちょっと寄ったら帰る予定だったが探すしかねぇわな、そりゃあ」
「そうなんだけどよ、これから探しに行くけど父ちゃんも手伝ってくれねぇ?」
「にゃ~~」
功は誠治の父であり霊能力を有してる、もしかしたら何か良いアイデアとかが無いか聞いてみたが。
「手伝うのは良いけどな、ちょっと待っててくれ、ドアの外に猫ども待たせてっからよ、入らせて良いか?」
「オモチとかマフ子も居る? それなら助かるんだけど」
灰川家に来る動物たちの中には霊力が高い動物も居る、それらは以前に市乃たちに懐いた面々も該当していた。その動物たちは総じて誠治や功より感知力は高い。
功が事務所の中に猫たちを入れて、にゃー子が部屋から出ないように言う。
「にゃ~、なゃ~~」
「にゃ~…にゃ…」
「にゃ~、にゃん、にゃ~ん」
「きゅー」「ゆーん」
入って来たのはオモチ、マフ子、3匹ワンセットのギドラ、狐のテブクロと狸の福ポンだ。相変わらず元気にしてるようだ。
「誠治、まずはフォレストなんとかって言う所に行くにゃ、にゃー子も手伝うにゃ!」
「頼むぞにゃー子、あっ!チクショウ! 竜胆れもんの匂いが付いた何かをもらっとくべきだった!」
「猫の嗅覚をアテにしてるのは分かるけどにゃ、そこだけ聞くとドスケベ男みたいだにゃ」
猫は嗅覚が人の10万倍と言われており、遠くの物や人物の匂いを嗅ぎ分けられる。犬には劣るが優れた嗅覚を持つ動物だ。
「とりあえず誠治はフォレストガーデンって所に行くんだろ? こっちは失せ人探しの呪いをしとく」
「パソコンにも情報が届くようにしといたから細かくチェックしといてくれよな父ちゃん、あとこれ来見野 来苑の写真だから」
渡辺社長に送られた来見野の写真をパソコンにも送っておく、誠治は外を回って探すドブ板作戦、功とにゃー子たちは土地勘も無いし、動物は各施設に入れないので事務所でオカルトを交えた捜索をする事になった。
功には動物たちも付いている、にゃー子は猫叉だから霊能力面で役に立つし、オモチ達も同じように動物的霊感があるから色々と都合が良いのだ。
「誠治、俺が言えた事じゃねぇが、短絡的に何かを決めつけて探すんじゃねぇぞ、失せ人探しには柔軟さが大事だ」
「分かってる、父ちゃん頼んだぞ。にゃー子と皆もよろしくな」
「任せろにゃ!」
「「にゃ~、にゃん、きゅー」」
こうして誠治はフォレストガーデン・渋谷に向かい、功たちは事務所での捜索作業になる。
タクシーを拾って現地に到着したが、渋谷は信号や道路の混雑が酷いため速足で歩いた方が早かったかもしれない。
時刻は午前の9時だ、既にVフェス会場の設営は中盤に差し掛かってるようだ。かなり早朝から設営してるようで、すぐにでもリハーサルなどを執り行う予定なのだろう。
「すいません、Vフェス会場の視察に来た灰川です。話は通ってますでしょうか?」
「はい、こちらへどうぞ」
案内カウンターに問い合わせて施設内に通される、渡辺社長が何かの形で話を通していたらしく、深夜の監視カメラの映像を見せて貰る事になった。
早回しでガーデンに設置された5台の監視カメラの映像を見ていくと、来見野と思われる子が写ってる部分があった。一応はホール施設内の監視カメラも見たが、そちらには警備員の巡回くらいしか写って無い。
映像を見ると来見野はガーデンに入って散歩でもしてる感じであったが、何かを探ってるように見えなくもない。ここのガーデン部分は夜間でも遊歩道的な感じで開放しており、ガーデン部分に入ってるのは問題にはならない。
「ありがとうございました、話を聞かせてくれた警備員さんにもお礼を伝えて下さるとありがたいです」
「いえ、後はご自由に見回って頂いて構いませんので、シャイニングゲートの方達も何名かいらっしゃってるようです」
大きな手掛かりは無かったが、少なくともフォレストガーデンに来ていたことは確認できた。警備員は夜勤が終わって帰ってしまっていたので電話で聞いたが、特に変わった事は見受けられなかったらしい。
霊能力をかなり強く使って霊視したが映像にも問題は無く、施設スタッフも嘘を付いてたり何かを隠してる素振りは見えなかった。
そのまま施設とガーデン部分も見ていく、設営スタッフが慌ただしく動きながら汗を流して頑張ってくれている。今日も暑い、歩いてるだけで汗が出て来そうな気温だ。
「あっ、灰川さんだ」
「こんにちは灰川さん、今日は会場の視察でしょうか?」
「おお、市乃に史菜、実は人探し頼まれててよ」
緊急である事はボカしながら2人に伝える、どうやらリハーサルのためと機材の動作のチェックを兼ねて来てたようで、他にもハッピーリレーを含めた色々な会社のVtuberや配信スタッフたちが来てるらしい。
ハッピーリレーのブースは屋内に一つと屋外にも一つで、屋内の方は設営が完了しており、既にリハーサルが始まってるようだった。
「灰川さん、竜胆先輩が居なくなったのって…もしかして結構マズい事になってるの?」
「っ……!」
「えっ? 竜胆さんって、シャイニングゲートの竜胆れもん先輩ですかっ?」
朝にも話を聞いてたであろう市乃はやはり事の大きさを感じてたようだ、史菜は直接に会った事はないがビッグネームだから流石に知ってる。
「まぁ…流石にフェス前日だしな、この事は秘密にしといてくれよ。もし何か情報があったら知らせて欲しい」
史菜にも来見野の顔写真を見せて覚えてもらう、市乃も史菜も口は堅いから大丈夫だと判断しての事だ。情報が得られる可能性は少しでも上げておきたい。
「はい、注意して見てます。フェス前日ですから、ここに来る可能性はあると思いますし」
「頼むよ史菜、竜胆さんが心配だし、何かに巻き込まれた可能性だって捨てきれない。もし見かけたら連絡して欲しい」
誠治は史菜に頼み込む、あまり大事に出来ない事情もあるから小さな物でも情報は確実に掴んでいきたい。
「市乃も見かけたら頼む、早く見つけられるよう頑張るつもりだけどよ」
「私も探しに行くよっ」
「えっ?」
「だって私のリハ終わってるし、竜胆先輩が居なくなったって聞いたら放っておけないしっ」
市乃は基本的に優しく義を重んじるタイプだと誠治は思ってるが、今回ばかりは止めなければならない、このイベントには社運だって少なからず懸かってる事だろう。
史菜はまだ個人リハーサルが残っており、他にも何だかんだと準備があるそうで絶対に離れられないそうだ。市乃にしたってハッピーリレーのナンバーワンVtuberなのだから、段取り確認やレイアウトチェックなど色々ある筈だ。
「それはダメだ、スタッフさん達にも迷惑が掛かる。三ツ橋エリスの事で技術トラブルが起こったら本人が居なきゃ対処できないかもしれない」
「でも竜胆先輩が心配だよっ!」
「それでもダメだ、俺を信じてくれ、必ず見つける」
「でもっ…!」
今回は専門業者が来れなくなって灰川のパソコンでオフラインライブ配信や3D空間映像配信をする予定で、慣れてないマシンを使うからトラブルが発生する可能性はある。
下手をしたらパソコンに取り込んだ3Dデータを初期化してやり直しなんて事も考えられる、そういう時は演者本人が居ないと都合が悪いだろう。
もちろん三ツ橋エリスの3Dモデルを別の人がモーションアクトする方法もある、実際にその手法を使ってVtuberがプロのダンサーに依頼して動きを当ててもらい、ダンス動画を撮ったりする事もあるそうだ。
しかしエリスもミナミもイベントでそれはしないと言ったのだ、その心を貫くためには今を大事にしなければならない。
「市乃、俺を信じてくれ、竜胆さんは必ず見つける。こっちは俺に任せてフェスに集中して欲しい」
「市乃ちゃん、灰川さんを信じよう? 私たちがフェスで失敗しちゃったら、灰川さんに迷惑が掛かっちゃいます」
「史菜…でもさっ…!」
市乃は優しい子だ、危険な目に遭ってるかもしれない人を放って置けないのだ。史菜も良い子だが一歩下がって誠治を信じてくれる心を持ってる、だから市乃を説得してくれている。
確かに誠治に着いて行けば竜胆れもんを発見できる確率は少しは上がるかもしれない、しかしハッピーリレーを背負うVtuberである市乃には責任がある。それを不確かな事で放棄させる事は大人として出来ないのだ。
「竜胆先輩っ…ジャパンドリンクに行った時に緊張してた私のことっ、笑わせて緊張を解いてくれたっ…! あの時、凄く助けられたっ…!」
「そうだったのか、竜胆さんに感謝してるんだな」
信じる、口で言うのは簡単だが何と難しい事だろうかと誠治は思う。だが生きてれば大事なことを誰かに任せなければならない時がある。市乃は今、見知った人の行方を灰川に託さなければならない時だ。
大事なことを任せて貰えるかどうかは人間性や、それまでの成果や経験によるだろう。誠治は今まで市乃に対しては親戚の子を助けたり、怪談配信の相談に乗ったりしたが、今回は少し事情が違う。
ふと四楓院家の屋敷で会い、病院でお世話になった岡崎先生の事を思い出した。彼は何人もの子供を助け、小児医学に貢献し、極めようと生きて来た人だ。
そんな人だから、そういう人だと会った人たちが分かるから、重病を持つ子供の親は岡崎先生に信じて我が子の命を託す。なんと凄い人だろう、人を信じさせる説得力が生き方や姿形として表れてるのだ。
誠治は自分はどうなのか?と思う、自分に誰かから信じてもらえるだけの説得力があるのか、きっとそんな物は無い。だから信じてもらえるよう努力するしかない、リハを欠いて明日に失敗してしまえば三ツ橋エリスだけじゃなく、ハッピーリレー全体の失敗にもなりかねない。
「灰川さんっ!ゼッタイに見つけてねっ! 私も何か分かったら、すぐ連絡するから!」
「任せとけ、全力で見つけるからよ」
必ず見つけると約束し、そこから何か竜胆れもんに関する情報は持ってないかと聞くと、市乃はジャパンドリンク本社に行った時に会話して得た情報を話してくれた。
竜胆れもんこと来見野 来苑は祖父母は高知県出身である事や、実家は普通の家庭であること、小さな頃からコーラスや歌唱の教室に通わされてた事、その他のことなどを聞けた。
「こんなどうでもいい話が役立つとは思えないけどさ、私が知ってるのはこれくらいだよっ」
「あと竜胆先輩は記憶力が良いって聞いた事があります、前の配信でも幼稚園の頃にあった面白い出来事を詳しく話してました」
「ありがとう市乃、史菜、どんな情報が役に立つか分からないからな、聞けることは何でも聞いておきたいのさ」
特に有用と思える情報は無かったが、ちゃんとメモを取って覚えておく。人探しや物探しでは思いもかけない情報が役に立つ事も少なくない。
「じゃあリハーサル頑張ってくれよな、そろそろ行くからよ」
「うん、灰川さんもゼッタイに先輩を見つけてねっ、約束だからねっ」
「灰川さんも気を付けて頑張って下さい、竜胆先輩をお願いします」
こうして2人と別れて誠治は外部ガーデン部分に向かい捜索を続ける、シャイニングゲートのスタッフなどにも話を聞いたりしたが、有用な情報は得られず時間は過ぎて行った。
時刻は午後の1時、スタッフから聞いた話やスマホに送られてくる情報に核心的な情報は無かった。
竜胆れもんはパセリが嫌い、ボーイッシュな性格だが少女漫画が好き、歌の上手さに定評がある、そんな感じの情報だ。ここからどうするべきか誠治は悩むが、スマホに功から着信が来た。
『誠治、さっき来見野って苗字が引っ掛かって社長さんに頼んで実家に問い合わせてもらったんだけどよ』
「え? ああ、うん」
『竜胆れもんって子、胡桃名家の子孫みたいだぞ』
「ええっっ!?」
胡桃名家とは、かつて名を馳せた霊能者の一族であり、ジャパンドリンクで誠治が解決に当たった闇部屋の怪異を、江戸時代に四国地方で祓ったという記録が残されてる家である。
しかし霊能家業は江戸時代の後期には閉じている、理由は霊能家業を続けられる強い霊能者が居なくなってしまった事であり、現在は本家や分家がどうなってるのか記録はされてない。
なぜ胡桃名家に霊能家業が出来る人が居なくなってしまったにも理由があり、とある怪異の祓いに失敗してしまい、呪いを受けて取り込まれてしまったからだと伝えられている。その怪異とは。
「確か7人ミサキの祓いに失敗したんだよな、もしかして今回もそれが関わってる可能性ってないか?」
『分からんが、少しフォレストガーデンって所をその線で視てみろ誠治』
『もし7人ミサキが完成怪異になってたら厄介にゃ! 功も頑張って調べるにゃ!』
7人ミサキとは土佐国、現在の高知県で発祥の怪異と言われており、かの有名な戦国武将『長宗河部 元親』の嫡男(跡継ぎの子)が戦死した事が起因となって発生してしまったと言われる悪念集合型怪異である。
7人の霊が集まって、1人を取り憑き殺して仲間に引き込めば、先に入ってた1人の霊が成仏できるという伝承が有名である。
実は同様の伝承や怪異は高知県以外にも多数が存在しており、岡山県には7人ミサキという同じ名で取り憑かれると死に至るという怪異の伝承があるし、愛媛県には水死者を7人ミサキと呼ぶ習慣があった場所がある。(その地域では水死者は7人を殺さなければ成仏できないと言われてた)
他にも大小様々に全国に7人ミサキ伝承はあり、7人夜盗の呪い、7人塚の祟り、ミサキサマ、等々に民間伝承を探せば7人ミサキと類似した話も数多く見つける事が出来る。
7人ミサキ伝承は現代でも作られ続けてる、近年でも渋谷7人ミサキという伝承が生まれてるのだ。
「渋谷7人ミサキは坂に出るって噂があった、フォレストガーデンは坂の上にある…まさかなぁ…」
『大事な日の前に行方をくらますのも不自然だぞ、7人ミサキの噂があるってんなら注意して考えろよ、誠治』
世の中は誰が霊能力を持ってるか分からない、それと同じように誰がどんな因果や因縁を持ってるか分からない。
来見野 来苑は7人ミサキと何らかの悪い因果と結びついていた可能性が高く、今回の行方不明も関連してる可能性が出てきた。
7人ミサキの被害者は目撃した後に病気や不幸で亡くなるなどの伝承が多いが、行方知れずになるという伝承も多い。そして胡桃名家が祓いに失敗してしまった7人ミサキは、被害者がある日に忽然と姿を消すタイプのものだったと伝えられている。




