136話 凄い奴のフリして2人を選べ! 2
「これは以前に本当にあった話なんですが~~……」
灰川が怪談を語り出す、混乱しつつも方針は出来上がった。怪談を聞かせて感想を書いてもらい、その文章を読んで選出者を決める。
話し方は至って真面目だ、ふざけた態度は許されない雰囲気になってしまってる。灰川はいつになく本腰を入れて話す。
ため池
田舎には農業用のため池が結構ある、土で出来た法面土手タイプの池や石垣整備された池など種類は多いが、今回はコンクリート舗装された見た目は緩い傾斜の土手の農業ため池で起こった話である。
Aさんが小学生の頃の秋ぐらいに、学校の帰り道でため池の横を通ると女の人が溺れてる場面を見た。咄嗟に助けなきゃと思い誰かを呼びに行こうと思ったけど間に合いそうにない。
ロープのような物は無いかと辺りを見回すが無かったので、Aさんは池に入って助けようとした。その池は周囲が30度くらいの傾斜だから、入っても戻って来れるので大丈夫だと思ったらしい。
池に入って女性に近付こうとした所で異変に気が付いた、さっきまで溺れていた女の人の声が嘘みたいに静かになっていたのだ。改めて見回すと池には誰もおらず、波も立ってない。そこには明らかに誰も居なかった。
急に怖くなり池から出て帰ろうと思った、服が濡れてしまったから親に怒られると思いながら池の淵を登ろうとしたのだが……登れなかった。
ため池の周りは泥や泥濘が酷く、足が滑って少しの傾斜でも登れないのである。たまにニュースなどで溺れた人を助けに行った人も溺れて犠牲になる事故が報道されるが、これが原因の場合もあったりする。
Aさんは焦る、周りには掴める物や階段なども無く、人通りも無いから脱出も助けも望めない。池の淵に滑りながら掴まり、さっきの女の人のように焦って泣きながら助けを呼ぶ。
しかし誰も来ないで20分が過ぎた頃には何度も脱出を試みた事で体力を消耗し、秋になって冷たくなった水に体温を奪われ限界が近づいていた。
もう駄目だと思った時に「おいA!何やってんだよ?」と友達が通りがかり、すぐに大人を呼んでもらって助けられた。
その後に聞いた話だが、あのため池では過去に人が溺れた事があったが人が死んだ事故は無い、しかしその時に溺れた人も同じように女の人が溺れてるのを助けようとしたと言ってたらしい。
結局はあの女の人は何だったのか分からないが、それ以来はため池には階段とロープが設置される事になったそうだ。
「では今から1分間、感想を書いて下さい」
灰川が話し終えた瞬間からアカデミー生たちが感想文に取り掛かる、自分の人生を左右する感想文だ。気を抜いて書く者は居ないだろう。
97人から2人が特別扱いのようなデビューが出来る、確率に直すと約2,06%、普通だったら期待を賭ける数値じゃない。
しかしこの確率が宝クジの当選確率だったら非常に高い数字なのだ、しかも場合によっては宝クジの1等に当たるより素晴らしい未来が待ってる可能性だってある。
その未来を掴むためにアカデミー生は全力で自らの回せる頭を全て使って文章を書き、壇上の灰川は神妙な面持ちで1分が経過するのを待った。
(よしっ、後はこれで良い感じに理由を付けて選出しよう!)
後は書かれた文章を読んで選ぶだけだ、そこから先はシャイニングゲートがやってくれる。灰川としては場を取り繕えればそれで良い。
アカデミー生たちは必死で書き綴る、落ち着きながらも素早く考えを纏めて感想を書く者、考えや感じた事を上手く文章に出来ず焦って涙目になる者、反応は様々だ。そこには年齢や視聴者の数など関係ない争いが無言で繰り広げられてる。
「では回収します」
すぐに1分が経過して回収し、灰川が壇上脇の椅子に座って感想文を読み始めた。思惑通りにどれも文章は短く2行から3行の文章で、読むのにはそんなに時間は掛からない。
「あ~…今さら良い感想が思い付いちゃったよぉ~…!」
「合格っ………合格っ…!」
「やれる事はやったっ……!」
独り言がチラホラと聞こえる中で感想文を読み進める、怖かった、池には気を付けようと思った、などの普通の感想が書いてある物もあるが、中には面白い文章が書かれてる物もある。
それって嘘ですよね?とか、Aさんは病院に行った方が良いとかの内容を2行程度で笑える感想にして書いてる者も居る。他にも灰川への媚び全開の文章とか、私も池に落ちて同じ経験をしたとか、内容は正にフリーダムだ。
(こんな文章見たって誰が良いVtuberになれるかなんて分かんねぇて!)
選出法は自分が言いだした事なのに心の中で文句を言い始める、そもそも2行くらいの感想文で人物を見抜けと言うのが無理な話だ。
尖り過ぎてない性格の人、会社の言う事を聞く人、市場をリスナー分析ツールなどでリサーチして流行に乗った配信が出来る人、SNSなどでの営業活動に余念がない人、そんな感じの漠然とした事ですら見抜くのは難しい事だ。それを配信も観ずに本人と話した事も無いのに見抜くなんて事は不可能なのだ。
企業配信者は面白ければ良いという訳じゃない、会社の資本を使って人気を上げさせ利益を生ませるという性質上、暴れ馬では困る。しかし従順過ぎたら会社を付け上がらせ、悪質な環境を配信者達が導いてしまう可能性もある。
霊能力で見抜く事も無理だ、呪われてるか霊が取り憑いてないかは見れるが、性格や人間的性質なんて見抜けない。やはりそれらしい文言を付けて選ぶしかない、どの道にデビュー者のブレイクは決まってるのだ。
そんな風に思ってた時だった、灰川の琴線に触れる文章を2つ見つけた。
Vtuber名 雲竜 コバコ
その地域ヤベェと思うぞ、ロープ張るくらいの簡単な柵も置かないし落ちた奴が助かる作りにもしてねぇし、何か知られたくない事を隠してるんじゃねぇか?
オレは正規デビューしたい!頼むよハイカワ先生さんよぉ!
Vtuber名 飛鳥馬 桔梗
ため池に入っちゃダメっていう教訓が強いお話ですね、でも怪談としては教訓が強すぎてる感じがします。
ダムに2回ほど落ちた事がありますが、本当に怖かったのを覚えてます。服が水を吸うと脱げないし泳げませんよ。
この2つの感想が灰川の心にピンと来た、雲竜コバコは文章の書き方にもキャラが立ってるし着眼点が鋭い。この性質は配信にも活きると感じる。
飛鳥馬 桔梗は着眼点は普通だが気になる話を盛り込んでアピールしてる、ダムに落ちた話が本当だとすれば話を聞きたいと思わせる話題だし、嘘なら嘘で人の気を引く話を即座に作れるという性質がある事が分かる。
他にも気になる感想文はある、流石はシャイニングゲートのアカデミー生だ。しかし選ばれるのは2名であり、他の者達は今回はデビュー出来ない。
アカデミー生たちだって時間は無限じゃない、アカデミーに入ってから芽が出なければ退所させられる事もあるし、入ってからショックな事があったり自信を無くして自ら退所する者だって居る。そういった場ではチャンスを掴む運や機転も重要だ。
「雲竜コバコさん、飛鳥馬 桔梗さん、前へ来て下さい」
「!!!」
「あ、はいっ!!」
ホール内がザワっとする、2人はすぐに前に来て灰川の前に立った。
「飛鳥馬さんは先程に自己アピールして頂きましたが、年齢なども含めてもう一度お願いします」
「は、はい! 飛鳥馬 桔梗です、年は20歳で~~……」
飛鳥馬は20歳の大学生で高校の時に配信活動に興味を持って活動を始め、その内に学業の傍らにシャイニングゲートに憧れてオーディションを受けて合格したそうだ。
容姿は160cmくらいの身長で黒髪のロングヘアだ、ルックスは普通という感じだが大人しくて落ち着いた雰囲気が感じられる。
酷い受難体質らしく、配信では自身の不幸経験などを笑い話として語り人気があるらしい。現在は視聴者登録数3853人だ。
「お、オレはっ、そ、そのっ、えっとっ!」
「緊張しなくて良いよ、いつも通りに話して下さい」
雲竜コバコは余程驚いてるのか、男勝りな一人称とは対照的に震え気味だ。
「お、オレは雲竜コバコっ、えっとっ! 年は16でっ」
雲竜コバコは高校2年の16才で、1か月前にシャイニングゲートのオーディションを受けて合格したそうだ。容姿は155cm無いくらいで、髪形は今は下ろしてるがポニーテールヘアーにしてる事も多い。
強気で男勝りな性格だが高校は女子高で、配信では時折に出てくる女の子らしさが視聴者に受けてる。趣味で小説や論文を読んで知識量は並みの女子高生を凌ぎ、それを活かして配信をしてるようだ。
まだアカデミー生になってからも日が浅いが、講義で教えられた事を吸収して良い配信が出来るようになってきてる。しかし視聴者登録数は500人であり、アカデミー生の中では最も数が少ないらしい。
「飛鳥馬さん、雲竜さん、デビューおめでとうございます、明後日のフェスまでに準備を整えておいてください」
「!!!」
「やっ、やったぜ!!」
2人が顔を見合わせて驚きながら喜ぶ、灰川は2人を選んだ理由を話してアカデミー生を納得させつつ、言葉を発する。
「皆さん、今回は残念ながら合格とはなりませんでしたが、誰を選ぶかは本当に迷いました。クロ・ブラウスさんやノアスさんは配信にとても興味を持ちましたし、他の方々も同様です」
「今回のような機会が1回だけとは限りません、会社の都合や他の要因でも突発的なデビューが決まる事もありますし、もちろん努力と人気次第でデビューは決まります」
アカデミー生の中には泣いてる子も居るし、あまりの落胆に放心状態になってる生徒も居る。しかし次のチャンスが巡って来ないとも限らないし、そもそも努力と工夫で勝ち取るのが正道だろう。
「今日は急な呼び出しに応じて下さりありがとうございました、これからも精進の方よろしくお願いします」
そう言い残し灰川は壇上から下がり、渡辺社長やスタッフに挨拶を少ししてから……トイレの場所を聞いて一直線に向かった。ストレスで腹が痛くなり我慢が出来なかったのである。
どうにか場と自分を取り繕って凌ぎ切り、窮地を乗り切る事に成功してシャイニングゲートのスタッフからも一目置かれる存在になった。今回は成功と言って良い部類だろう。
トイレから出て後はする事がないか確認してから事務所に戻ろうと思ったら、SNSメッセージで渡辺社長に呼ばれてシャイニングゲートの応接室へ向かって入室する。
「灰川さん!ありがとうな! オレ頑張っからよ!」
「選び出してくれてありがとうございます、これから頑張らせて頂きます」
さっき選出した2人がソファーから立ち上がって灰川に挨拶してきた、それに応じようとした所。
「灰川さん、2人ともデビューが決まったから、ここからは普通に話してくれて大丈夫だよ」
「え? ああ、はい、じゃあよろしく」
今はデビューに当たっての注意事項や、契約内容を話し合ってたようで今回は特殊な形なので契約などは後から決定書類を書いてもらうそうだ。
「君たちは2日後からシャイニングゲート正規Vtuberとしてデビューしてもらうけど、規約や配信やイベントでの注意事項はしっかりと守ること、これが出来ないと会社や灰川さん、そして灰川さんの後ろに控えてる人達に多大な迷惑が掛かる事を忘れないように」
「はいっ」
「任せといてくれよ、社長さん!」
続けて渡辺社長は2人がシャイニングゲートの社風に合ってるからオーディションを合格させたとも言う。シャイニングゲートの社風は優秀な実績のある配信者や才能を持つ人を見つけ出して更に育て、視聴者を掴み続けるという感じで言わば『多数精鋭』と呼べる社風だ。
今は100名前後のVtuberで一気にファン拡大を狙いつつ芸能界進出を目指してるが、株式上場もしてるため以前よりは派手な動きが取りにくくなってる。それが新規視聴者の獲得の苦戦の理由の一つだ。
2人は可能であれば本格デビューから1か月以内に視聴者を一気に伸ばし、停滞気味の業界に新たな風を吹き込んで欲しいとも社長は語った。デビュー発表はVフェスだが、本格的なデビューは少し先になる。
今は既存ファンの関心を守るために社内コラボなどを多くして行こうという方針に決まったそうだ、そこに2人をデビューさせて上手く話題を作り既存ファン以外の関心も大きく引きたいと説明する。
「コバコは言葉遣いを気を付けるように、桔梗は心配する部分は少ないけど配信スタミナを付けて欲しい」
「おう! すぐに視聴者数を増やしてやっからさ!」
「前から配信の持久力が無いというのが課題でしたから、いっそう頑張ります」
雲竜コバコは口の利き方に問題ありな気がするが、そこはしっかり会社が指導していくそうだ。社会人経験がない学生を起用するリスクはこういった部分にあるが、そこは割り切るしかない。
「それでデビューに当たって本格始動になると新規の3Dモデルやライブ2Dが必要になる、これも大急ぎで依頼を出したんだけどね」
「マジですか! オレのママって誰になるんだっ!?」
「そこに関しては妥協せずに製作して欲しいですっ」
Vtuberの容姿やファッションをデザインをする人をママと呼ぶ風潮がある、人気を博してるイラストレーターは企業の依頼しか受けない人も多いらしく、デザインの質はVtuberが人気が出るか否かに直結する問題だ。
後は急ピッチで準備をしないといけないから、また今度に事務所に礼をしに行くと言われ灰川はシャイニングゲートから出てった。
渋谷の街を歩いて自分の事務所に向かう途中、遅めの昼食を摂ってから戻る。まだ頼まれてた仕事が終わっておらず、ここから腰を入れて仕事をしなければいけない。
Vフェスまであと2日、シャイニングゲートもハッピーリレーも仕事で忙しいらしく、特に灰川事務所に来客や仕事の電話は来ない。
しかし夕方になりかけた頃にフェス前の最後の問題が発生した、ハッピーリレーのスタッフが血相を変えて事務所に飛び込んで来たのだ。
「は、灰川さん!! 大変っすよ! フェスで使う予定だった3Dライブイベント機材の業者が来れなくなっちまいました!」
「ええっ!?」
「オンラインライブはともかく、オフラインライブをリアルタイム合成で問題なく動かせるパソコンがウチには無いんすよ!」
イベントではエリスとミナミの3Dモデルによるトークや特別配信、その他にも様々な催しが企画されてるが、対応できるパソコンが用意できないそうなのだ。
Vtuberのライブイベントは大きく分けてオンラインライブとオフラインライブがある。
オフラインライブは会場に行ってスクリーン画面などに演者の動きを3Dモデルに反映して映す。これは2D映像で、ライブにおける迫力とライブ感を出すためにそうしてる。
ライブイベントのオンライン配信はライブイベントの映像とモーションキャプチャーをリアルタイム合成して、平面ではなく立体3次元映像として楽しめるという物なのだ。
簡単に言えば、配信でのライブ2Dは普段の配信で使うガワだが、イベントで使う3Dモデルは特別な物という感じである。どちらも普段の配信とは形が違うから、使う機材も全く別の物になるそうだ。
シャイニングゲートはこの技術を自前で用意できており問題は無いのだが、ハッピーリレーだと自前でこの技術は自社では持ってなく、業者を頼んでやって貰う予定でファンに告知も出していた。様々な面で金は掛かるが、宣伝のためにも必要経費と花田社長は判断したらしい。
しかし業者に頼んでもシャイニングゲート程の美麗さは出せず、シャイゲ3D技術は社外秘となっている。それでもハッピーリレーファンはエリスやミナミのライブ3Dを楽しみにしており、以前にその事が話題になっていた。
そんな折に事務所の扉がまたしても開かれ、もう一人の見慣れた人物が入って来た。
「灰川さん! あのパソコン貸して!!」
三ツ橋エリスがライブ3Dでのイベント配信が出来なくなると聞いて、慌てて灰川の所に入って来たのだった。
灰川の仕事で受け取ったパソコンは現在2台とも部屋の隅に置かれて使われてない。仕事のデータを移すのとか、セットアップが面倒だったから放って置かれてる状態だ。




