133話 霊能少女との再会
「久しぶり藤枝さん、元気してた?」
「……うん……」
「俺も元気だよ、この前は変な電話しちゃってゴメンね」
挨拶しつつ少し前に由奈の友達の相談をして断られた時の事を詫びる、どうやら普通に元気にやってたようだが、どうにも陰気な感じがする。そういうタイプの子のようだ。
藤枝 朱鷺美は市乃と同じ高校1年生で、四楓院家のお祓いの時に出会った子である。最初から最後まで会話が多くなく、お互いの事も大して知らない仲だ。しかし市乃とは少し仲良くなり今もたまにSNSで連絡を取り合ってるそうだ。
私服姿でロングスカートと袖が長めで無地のTシャツと地味で目立たない服装だ、身長も153cmくらいで少し痩せ型の普通の体型、胸も普通だ。セミロングの髪形で前髪も長めであり、両目が隠れてて陰気な感じもするが、決して不格好という訳でもない。まさに『友達が居なさそう』という感じの出で立ちだ。
「藤枝さんって前も来た事あるの? 俺は初めてだったんだけどさ」
「…私は去年も来た………」
非常に会話がしにくいと灰川は感じる、口数が少なく必要最小限以下の事しか喋らないから、会話の糸口が掴みにくいのだ。
「今は中には誰も居ないから話は出来ないよ、それとも展示物を見に来たとか?」
「……違うよ……前もお話はしなかった…」
情報を得に来たようだが、前に来た時も人と話さず終わってしまったらしい。その時は少し立ち聞きした程度で収穫は無かったそうだ。
「えっと、そうなんだ。何か知りたい情報とかあるの?」
「…うん…」
そこで会話が止まってしまう、普通なら『○○の情報が知りたい』というように会話が続くものだが、藤枝はそこを喋らないのだ。
聞けば良いという人も居るだろうが、話したくない内容なんだと判断する人も居て、そのタイプが灰川だ。もちろん一定以上の交流がある人には灰川は聞くが、藤枝は灰川にとって『一定以上の交流がある人』には含まれないし、会話の空気的にも掴み所がなく判断に困る。
四楓院家の騒ぎの時もそうだった、灰川や流信和尚が話し掛けても会話は長続きしない。市乃とは話してたが、市乃はバンバン自分から喋るタイプなので勝手は違うだろう。
そんな感じの喋りをされたら普通の人は嫌われてるとか、苦手と思われてると感じる人も居る。最小限度の会話だけだと普通はコミュニケーションは成立しない。
「あ、えっと…じゃあ、また」
「………」
藤枝がとても小さな声で「……うん…」と言ったように聞こえたが、余りの気マズさに灰川はささっと市民センターを後にした。嫌われてるかどうかは分からないが、少なくとも苦手と思われてるかもと判断したのだ。
「メシでも食って帰るかぁ」
せっかく普段はあまり来ない場所に来たのだから昼食を摂って帰る事にする。どの店が良いか選んで入り、昼食を摂りながらこれからの事を考えた。
これからもコンサルタント業を名目にして稼いでいけるのか、ハッピーリレーもシャイニングゲートも配信界では有名だが、この先もそれが続くのかは誰にも分からない。
Vtuberは確かに成功すれば大金を稼ぐ事が出来るのは間違いない、しかし産業としては歴史が無いに等しく発展途上である。
産業という物の過去を見れば、かつては盛んだったが今は見る影もない程に廃れてしまった産業や、一瞬で終わってしまった物は多くあるのだ。そもそも国自体がかつては農業国だったのが工業国になり、今はIT産業が勢い付いてるという経緯がある。
Vtuberを産業という目で見るとどうなるだろう?Vtuber国内市場規模は現在800億円だ、では何の産業に分類されるのか?大きな分類では娯楽業になると考えられるが、IT業という見方もあるかもしれない。
同じ大分類の娯楽業に芸能業がある、芸能業の産業規模は1兆2000億で、規模としては単独で競り合うには大きな開きがある。この開きが意味する事は産業従事者の数が~~……。
「俺が考えるだけ無駄だな、でも貯金とかも考えなきゃいけねぇし、もう少し金儲けに走っても良いかもなぁ」
とりあえずは考えても無駄だと考えスマホをしまう、灰川はこれからは少し金銭の事も考えつつやって行こうと考えた。一応はコンサルタント業名目の雑務で2社から金銭は支払われるから、今の所は問題ない。
さっき会話した霊能者の人達も金銭面で困ることは多いと言っていた、除霊やお祓いの依頼者が料金の支払いを拒否する事もあるし、場合によっては詐欺だと訴えられて慰謝料を払わせられた事もあるそうだ。
除霊やお祓いの料金が高めな所が多いのは、そういったトラブルに起因する理由もあるんだと語られた。もっとも他の職業でも同じリスクはあるだろう。しかしオカルト関連の事はそういったトラブルの発生率が高い傾向にある。
店を出て地下鉄の駅に向かう途中、市民センターの前を通りがかる。その入り口付近のベンチに藤枝が座っていた、どうやらあの後は誰も来てないようで待ちぼうけ状態のようだった。
今日も暑い日だ、建物内は冷房があるとはいえ、それでも暑かったから灰川は心配になり話し掛けに行く。
「藤枝さん、まだ誰も来ないの?」
「……ぅん…」
「そっか、暑いから無理しちゃ駄目だよ。知りたい情報って何? 俺で良かったら話してみてよ」
「……あ…うん…、えっと……その…」
藤枝との距離感を探りつつ灰川が話を先導して会話する、少しづつだがこの子との会話の仕方が分かって来た。何となくだが嫌われては無さそうな感じもする、無理には聞かずに藤枝が喋るのを灰川は待った。
「……灰川さんは……ぅぅ…えっと…」
「無理せずゆっくり話しなって、どうせヒマだから焦らなくて良いよ。せっかくだから俺が聞いた最近の新種の怪異の話でもするかぁ」
「…………」
藤枝は誰かと会話する時、緊張からなのか喋る前に一呼吸置く事が分かった。それとコミュニケーションが得意なタイプでもなさそうで、見た感じから暗めの雰囲気だし会話にも難がある。学校で友達が居るのか本当に心配になって来た。
しかし霊能者としては有能なのは分かる、四楓院家でも最後まで残ったし霊力も強い。以前は声を使った除霊法を使用してたが、その時は大きな声を出していた。
灰川はここの所、Vtuberや配信者の女性と関わる事が多く、その人達は大体は一定以上の活発さがある性格だ。大人しい性格の小路やミナミも社交性に問題がある性格ではなく、コミュニケーションは上手い方であり藤枝のようなタイプの人物と話すのは久しぶりだった。
藤枝は極度に内向的な上にコミュニケーションに大きな難を抱えてる事が分かる、だがそれは個性であり灰川としては特に気にせず最近の怪異について喋りはじめた。
藤枝は高校生とはいえ霊能者である事を踏まえ過度な危険に首を突っ込まないよう、未成年にあまり話すべきでない内容も話す事にする。もちろん内容はマイルドにしてだ。
デスゲーム・ビル
一定の条件を満たした場合、そのビルで必ずデスゲームが開催されてしまうという怪異。アメリカの捜査局に属する霊能持ちの女性捜査官が発見し、既に3件が発覚してるが権力的な圧力が掛かり表には出てない。完全隠蔽されてる事件も合わせれば全州合わせて10件は発生してると見られてる。
詳細な条件は不明だが悪霊が関わってる事は確かなようで、発現には何故かビルの4階でとあるホラー映画を鑑賞する必要があるらしい。被害者はその捜査官が掴んでるだけで20名を超えてるという噂だ。
発現した怪異の解決方法は見つかっておらず、ビルの物理的破壊、デスゲーム主催者の拘束、ゲーム発生時に武装部隊の突入などが上げられたが、どれも様々な理由で実現してない。主催者も怪異に巻き込まれて狂わされてる可能性があり、怪異発現時にはマインドステルスのような物が発動すると考えられ発見は困難だそうだ。
日本では今は発現確認はされてないが、発生する可能性はあるため目を光らせてる。特に日本風水の花房家が警戒してるらしく、対策と事前発見法を考案中らしい。
幸せのアプリ
知らない間にスマホに入っており本人しか存在を認識できないアプリで、起動すると様々な幸せが得られる利益付与型怪異。小学生から高校生の女子の間の一部で話題になってるらしく、噂だと女子高生がSNSでバズった、宝クジが当たった等の話があるようだ。
しかし一定以上の呪術知識を持つ霊能者には危険極まりないと認識されるらしい。理由としてはアプリを形成してる益呪術は非常に脆弱であり、不幸をもたらす呪いや悪霊を呼び込む呪いに簡単に改竄できてしまう。それどころか1か月も使ってると電子的影響や使用者の生命エネルギーなどの影響を受け、アプリが悪い形で変貌するらしい。
九州の小さな寺の霊能和尚が檀家の子供の葬儀に行ったところ何らかの形で話を知り、親族に生前の物にお経を上げたいと言ってスマホを見たら、霊能者では画面が見えなくなるほどの黒い悪念モヤに包まれてたそうだ。不幸が発生する前に所有者を発見する事は困難と思われる。
発生原因は分からないが、何らかの要因でスマホに人生を狂わされた人や、スマホによって何らかの形で死んだ人の悪霊が原因とか考えられるが真相は不明。噂では国の秘密機関の霊能ハッカーが対処中だが成果は上がってないらしい、そもそも国の秘密機関なんて存在しないと考える霊能力者が99%だ。
タカコさん
少しづつ噂になりつつある真偽不明の怪談、まだ怪異としては発見されてないが注意を払ってる霊能者が居るらしい。
噂の内容は、お風呂の浴槽の蓋を開ける時に『タカコさん』という名前が脳裏に過ったら開けてはいけない、浴槽の中にタカコさんが居るからという都市伝説だ。
蓋を開けた場合に何が起こるのか不明で、何処かに連れ去られるとか呪われるとか曖昧である。しかし不自然なほどに「遭遇した」という体験談の噂が無く、これが何を意味してるのかは分かってない。
界隈では信頼も実績もある霊能者が試しに名前を意識しながら浴槽の蓋を開けてみたが何も起こらず、突発的に頭に浮かばないとダメなのかもしれないと語ったという。まだ存在するかどうかは分からない。
これらの情報を過度に怖がらせないよう、内容を少し薄めて話した。霊能者と言えどもこういった話を嫌う人も多いし、藤枝は高校生だから過剰な表現は止めておいた方が良さそうだと判断した。
「怪異と呼べる強力な単一幽霊の存在は少なくなってるようだけど、悪質さが増した現象怪異が増えてるみたいだな。利益付与怪異は自然消滅とかもあって少なくなってるっぽいし」
「…………」
怪異は自然消滅する事だってあるし一回で効果を失うタイプもある、幽霊だっていつの間にか成仏してる事だってあるから不思議な事じゃない。それと何を持って怪異とするのか霊能者の間でも曖昧だ、幽霊以外の怪奇現象を怪異だと言う人も居れば、一定数以上の人に心霊的影響を与える現象を怪異だと言う人も居る。
中には人間に害を成さず利益を与える怪異も存在する、しかし近年は減少傾向で利益付与型怪異を装った悪質な怪異も増えてるそうだ。
これらが実在するとしても表沙汰になる事などまず無い、被害の証明が出来ないし動画などに収める事が出来てもフェイクと言われてしまう。根本解決に至らない怪異も多いから実質野放しになってるモノも多く、場当たり的な解決に頼る場面も多い。
怪現象の被害者数は増えてるようだが、それでも人数としては交通事故や犯罪被害などに比べれば遥かに少なく、怪異に遭遇した人も『気のせい』『疲れて変なもの見た』と思って怪現象だと思ってない事例も多いようだ。
「まあ俺としては一定数以上の影響派閥かな、俺も出会えば得する怪異に遭いてぇなぁ~」
「………うん…」
反応が薄すぎてまるで幽霊と話してる気分だ、灰川が一方的に話してるような感じであり、傍から見れば怪しい奴が女子高生か女子中学生に変な目的で話し掛けてるようにすら見えかねない構図だ。
「そんで何の情報が気になってたの? 俺が知ってたら教えるからさ」
「……ぁの…えっと…、…し…渋谷の……」
かなり小さい声で喋るため聞こえ辛いが、灰川は聞き漏らさないよう注意して聞いた。
渋谷の暗渠
暗渠とは水路を地下に埋設したものを指し、川などを流れを保ったまま埋めて地下の水路とした物もある。渋谷の地下には渋谷川が流れており、暗渠界隈では有名である。
その渋谷川暗渠に何らかの危険な怪異が発生してるという話を親戚から聞いたそうだ。しばらく渋谷には行かない方が良いと言われたが、渋谷には友達である神坂市乃が住んでおり気になって調べに来たそうだ。
確かに渋谷川があるとされる場所の地下から嫌な気配を感じたらしく、祓おうとも思ったが地上からでは声紋除霊は出来ず、管理されてる暗渠の中に入れる訳もなく困ってたそうだ。
「そっかぁ、俺も初めて聞いたな、俺は感知が苦手だからなぁ」
「…………」
市乃に被害が及ぶのが嫌だから情報を集めに来たそうだが、関連した話は灰川も聞かなかった。霊能者は横の繋がりが薄く、頑固な者も多いし秘密主義者の割合が非常に高いから話は広がらないのだ。もちろんそれは利点もある。
「でも確かに放っておけんよな、そういや藤枝さんって感知が得意なの?」
「……うん…」
どうやら感知が得意なタイプらしいが、自分の事どころか他の事に付いてもほとんど自分から喋らないから会話がしにくい。話し方も頑張ってるのは分かるのだが、上手とは言えない。
だがワザとそんな感じで接してる訳じゃないのが灰川には分かって来た、さっきから藤枝は何かを喋ろうとして黙ってしまったり、喋ってる際中でも言葉に詰まったりする事が多かった。
対人的な性格が内向的を通り越して対人恐怖症のレベルになってしまってるのが見て取れた、四楓院家の時は怨霊に対抗してたが、どうやら面と向かう普通の人間に対してはコミュニケーション能力が皆無に等しいようだ。
灰川としては流石にこのレベルのコミュ力はマズくないかと心配になってしまう。声が小さく会話の時に相手を見れずに顔を下に向ける、聞かれた事に『はい、いいえ』で答えた後は何を喋れば良いのか、喋る内容が失礼に当たらないか考え込んでしまう性格なんだと感じる。灰川は過去にもそういう人に会った事があるのだ。
友達に危険が無いようお祓いしに来るのだから優しい子なのは分かる、だがいくら何でもこれでは対人関係に問題があり過ぎだ。他人なのだから放っておけば良い、他人が首を突っ込む問題じゃないのは重々に分かる。
そんな事を灰川が考えてた時だった、正面の椅子に座ってる藤枝のお腹から盛大に『ぐぅ~~』という音が聞こえて来た。
「……ゎゎ……ぁゎゎ…」
「あ~、昼ご飯しに行く? せっかくだから奢るって」
藤枝が顔を赤くして口を震わせながら灰川を見てきた、初めて顔を向けられたのがお腹が鳴った恥ずかしさからというのは何とも言えない気持ちだった。
目が前髪で隠れて無かったら、恥ずかしさで涙目になってそうなくらい顔が真っ赤になっている。




