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配信に誰も来ないんだが?  作者: 常夏野 雨内


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129話 大企業のビル 2

 ジャパンドリンク本社ビル32階の通路の奥、ほとんど誰も来ないであろう場所に『追い出し部屋』と書かれた札が付けられた部屋があった。


 追い出し部屋とは会社が職員に対して自分から会社を辞めるよう仕向けるための部屋であり、職員を中に閉じ込めて何もさせず長時間拘束したり、仕事とは無関係の無意味な作業をさせて精神を追い詰めるという目的の場所である。


 大企業は社員を下手に解雇すると訴訟されたりして問題になる確率が中小企業と比べて高く、そうならないために社員などに対して「お前は要らない」「早く消えろ」と示し続けるための陰湿な手段の一つだ。


 他にも似たような物があり、シュレッダー係とかゴミ箱点検係などの無意味な職務で晒し者にしたり、机を廊下に出して一日中絵本を読ませたりなど、陰湿さは天井知らずに上がり各所で問題となった。


 このような仕打ちは簡単に耐えられる物では無い、頑張って仕事をしてきた人の努力や苦労を全て否定する行いであり、それまで一緒に仕事をしてきた同僚達から(さげす)みや(あわれ)みの目で見られ、家族などには会社からそんな仕打ちを受けてるなんて簡単には話せない。


 給料の高い管理職なども標的にされる事があり、長年会社に勤めて来た人たちは悔しさと会社への憎しみや情けなさを感じながら会社を去っていったらしい。一流大卒の大企業のエリートがそんな扱いをされる、どれほど悔しい事か。


「誰がこんなイタズラをしたんだ! 誰か中に居るのか!」


「ちょっ! 矢野さん入らないで!」


「凄い悪念だぞ! 誠治っ、思ってたより怪異の完成が近い!」


 灰川とタナカはドアの向こうの感知に気を取られた上に少し離れていたため、矢野を止める動きが遅れてしまい『ガチャリ』とドアを開けて矢野は入ってしまった。


 ドアが閉じてしまったら矢野は閉じ込められてしまう、まだ怪異として完全には完成してないから出て来れるだろうが、これほどの悪念に晒されれば無事では済まない。この案件は国家超常対処局が出動するような怪異だ、必ず被害が出る。


 怪談でも住んだ人がおかしくなる家の話や、心霊スポットに行ったら精神を病んでしまったり性格が変わってしまった人の話などがある。ここはその何倍もの悪い気や念が渦巻いていた。 


「っっ!! 危なかった…!」


 タナカが素早い身のこなしでドアが完全に閉じるのを防いだ、さっき矢野が開けた時は明るかった筈なのにドアの隙間から見える室内は真っ暗だ。


「誠治、俺が中に入るから脱出路の確保を頼む、何かあったら援護も頼みたい」


「分かったっす、もう闇部屋が完成間近だから、くれぐれも気を付けて」


 灰川がドアを押さえて脱出路を守りつつタナカが突入して矢野と、もし中に居たなら鹿野も助けるという形になった。


 タナカは念のために(ふところ)から伸縮式特殊警棒を取り出す、警備員には携帯が許されてるがタナカの物は自前の物で通常より頑丈、中の空洞には霊に対して有効な力が込められた小さなお(ふだ)が貼られた物だ。


「………」


「……」


 タナカが暗い室内に入り警備員用のハンドライトを照らす、狭い室内には事務机があり誰かが椅子に座っていた。


「矢野さん! 無事ですか!早く出ましょう!」


 タナカが声を掛けつつ周囲を確認する、部屋の四方を確認して他の誰かが居ないか見ていた時に。


「誠治! 危ない!! このっ!」


「えっ! う、うわっ!!」


 灰川が何かに掴まれて室内に引きずり込まれてしまった、タナカは部屋に入る際にドア付近の確認もしたが、その時は誰も居なかった。気配を消して近づかれたのだろう、暗い場所で迅速に動かなければならない時は隠れてる者の見落とし確率はプロでも格段に上がってしまう。


 バタンとドアが閉じる、咄嗟に灰川が開くかどうか確認するが、ガチャガチャいうだけで開く事はなかった。


「鹿野さんか…どうやら悪念にやられて誠治を引き込んだようだな」


「ドアも開かないっすね、閉じ込められたっす、脱出には時間が掛かりそうっすよ」


「矢野さんも悪念に当てられたな、2人とも先に祓っておくか、精神への影響が強くなる前によ」


 そう言ってる間にもタナカは室内の確認をしており、壁に室内等のスイッチを見つけて明かりをつけた。どうやら闇部屋と言っても中は完全に闇という訳でもないらしい。


 室内には灰川とタナカ、そして椅子に座った矢野と閉じ込められていたであろう鹿野が居た。鹿野はタナカが柔道の技のようなもので絞め落としてあり無力化されている。


「2人に憑いてる悪念を祓ったら脱出だ、俺は矢野さんを祓うから、誠治は鹿野さんの息子を頼む」


「分かったっす」


 鹿野の方が長く室内に居たため悪念が濃く憑いてしまっており、霊力が強い灰川が担当する事となった。そこからはそれぞれに経文念仏や陽呪術を用いてお祓いをする。




 しばらくして2人に憑いた悪念を祓う事に成功し、灰川が陽呪術を使って矢野と鹿野の悪念への耐性を一時的に上げる。


「あ、あれ…? 確か部屋に入ったとこまでは覚えてるが……あっ、灰川さん、田中さん、何があったんですかっ?」


「う~~ん…どこだっけ、ここ…?」


 混乱する2人に事情を説明する、この部屋には何かの悪い念が蓄積しており、それが一気に体に入った事で気を失っていた。


 中から出る事は今は出来ず時間が掛かる、完全に祓う事が難しく条件を満たさなければ祓いには何年も掛かる、一度でも入ってしまえば呪いに掛けられ霊能力が強くなければ継続的に心身に異常をきたすなどの事を話した。


「それとこの怪現象は伝染します、自宅にも似たような現象が発生するようになり、そこから家族などにも広がります」


「そ、そんな事が有り得るはず無いでしょう! バカバカしい!私は先に出ますよ!」


「お、俺も出ます矢野企画本部長っ」


 オカルトを信じない矢野は部屋から出ようとして、鹿野もそれに続くが。


「なんだこのドアは!? これは絵じゃないか!」


「本物のドアは何処にあるんですかっ? 早くここから出して下さい!」


「あ、あんたらこんな悪質な嫌がらせしてタダで済むと思ってるのか!」 


 出口が見当たらない事に矢野と鹿野は慌てる、完全に呪いに当てられておりドアを壁に描かれた絵としか認識できてない。実際にはドアはそこにあるが、どの道に開けれないから出る事は出来ない。


 精神状態も安定を大きく欠いている、四楓院家の金名刺を持つ灰川に対して高圧的な物言いをしてるし、そうでなくとも額には汗が浮かんで瞳孔は収縮して本能が緊急事態だと感じてるようだ。


 この怪異は国家超常対処局が出てくる事案であり、被害は霊などに敏感な者でなくとも受けてしまう。実際に既に被害は出てるし、今も4人が閉じ込められてしまってるのだ。


「落ち着きなさい! まずは深呼吸!大きく息を吸え!!」


 タナカが大きな声で2人に向けて言う、その気迫と生物としての強さ(・・・・・・・・)の違いに気圧された2人がビクンと震えてから言われた通りに深呼吸した。


 深呼吸は精神を落ち着けるのに有効的な手段だ、怒りや憤りで頭がカッとなった時は一呼吸おいて精神を落ち着ける。これはアメリカ海軍特殊部隊でも実践されてる精神安定法であり、ボックス呼吸法と呼ばれてる。


 4秒かけて息を吸い込み、そのまま4秒キープ、4秒かけて息を吐き、肺を(から)にして4秒、これだけで強いストレスやプレッシャーに晒された場合でも集中力や落ち着き、警戒心を保つ心を戻せるという呼吸法だ。


「落ち着きましたか矢野さん、鹿野さん」


「は…はい…、取り乱してすいません田中さん」


「で、でも本当に何なんですかここはっ??」


 落ち着かせた状態で詳しい説明をしていく、この部屋から出ても悪念の呪いの影響は続くし家族にも影響が出る、呪いを祓っても呪印と呼ばれる呪いのマーキングが付けられてしまってるから逃げられず呪われる。


「とりあえず呪いや怪異というのは多くの場合は霊媒という呪いや怪異の元になる物が存在します、この中にあるでしょう」


「納得は出来ませんし、意味も不明ですが…それで出してもらえるって言うなら…」


 2人には言ってない事もある。先ほどの説明のような影響は灰川やタナカには出ない、タナカは元から霊耐性が強いから呪印が付かないし、灰川も同じだが例え付いたとしても自分に付いた呪印は2秒もあれば消せる。


 人に付いた呪印も灰川は消す事は出来るが、対象者との相性もあるし時間も掛かる。そのため怪異の伝染拡大は止められず、被害は大きくなってしまうのだ。まだこの怪異は完成こそしてないが、もう完成は間近であり影響は出るだろう。。


 つまり影響を外に出させないために未解決のまま2人を外に出す訳にはいかないのだ。今まで被害を受けた人は他者に伝染させるだけの被害は受けなかったようだし、被害者は特定できてるから国家超常対処局が対処可能だ。 


 矢野も鹿野も灰川たちが言ってる事を信じられない、話を聞いた後にスマホで助けを呼ぼうとしたりもしてたが無駄だった。これほど明確に怪異が発現してると強い電磁異常や電波異常が発生する事が多く、ここも例外ではないらしい。


 四楓院家で電子医療機器に故障が多発したのと同じような現象だ、もしかしたらそのような環境異常が人体にも影響を及ぼして体調や精神を蝕むのかもしれない。


「霊媒って言っても探す場所は限られるな、デスクの引き出しくらいか? 後は床のタイルの下とかか、塩化ビニルタイルだから剥がすのは簡単だ」


「天井とか壁は入れないみたいっすね、俺はもうちょっと感知して見ますから」


 それぞれ何か変な部分がないか調べ始める、このくらいの強さの呪いだと最低でも3日は閉じ込められるだろう。そんな時間は待てないし目的は事態の解決だ、この怪異を外に出さないために決着は今ここで付けなければならない。




 一方その頃、エリス達は40階の商品企画会議室でCMに付いての話し合いを続けていた。


 最初はジャパンドリンクの新商品のCMの予定だったが、明らかに味が悪かったため社長命令でジャパンドリンクの最主力商品であるジャパンサイダーのCMに出演変更となったのだ。


 会議室には別室で作業してた渡辺社長も加わりナツハも当然参加だ。花田社長、エリス、れもんも同席して、どのような形にすればVtuberという題材をCMに活かせるか検討が続く。


「懇意にしてる諸星映像制作からコマーシャルアドバイザーを呼ぶのはどうですか? 他にもミドリアニメーションやレクストグラフィック社など」


「いや、Vtuberは2次元と3次元の融合とも言える新たな媒体だ、この素材を生かすためには専門家である配信企業である皆さんに聞いた方が良い、他企業だとキャラ像や市場動向の把握が~~……」


「Vtuberってファンの間でもキャラクター性の見解が人によって違うんすよ、ナツハちゃ…自由鷹さんだったら落ち着きがありつつハツラツって言う人も居れば~~……」


「下手なCM作ればファンの怒りを買うぞ……402万人から会社が叩かれる事になりかねん、隠れファンを含めたら更に多い人数が」


 ジャパンドリンク社員たちの話し合いが続くが、即決には至らない。最終判断は通常なら幹部会議で行われるらしいし、急遽に決まったため混乱も大きいのだ。ジャパンサイダーのCMは会社の威信が掛かる物である、CMの出来次第では株価が下がる事もあるため簡単な問題ではないのだ。


 彼らの会話にVtuber達は驚く、いま普通に話に上がってる会社は1流の映像制作会社やアニメ会社ばかりだ。特別なコネが無ければ依頼は難しいし、相当な依頼料が発生する会社ばかりだ。


 かつてエリスは自分のプロモーションアニメを作りたいと思い、ミドリアニメーションにコンタクトを取ろうとしたが断られてしまったのだ。


 後からアニメ制作依頼料を調べたら、個人アニメーターなら10万円くらいの料金なのに、ミドアニは1分のアニメ制作をゼロの状態から依頼すると最低でも1000万円だったのだ。しかも24フレームで人物も背景もメチャ動くアニメだと更に料金は跳ね上がるらしい。 


「会議ご苦労、ここからは私と数人の重役が参加させてもらう。迅速に決めようじゃないか」 


「自由鷹ナツハさん、渡辺社長、最高のCMを共に作りましょう。宣伝効果、大いに期待させてもらってます」


「おお! 聞きしに勝る可憐さですな!3Dモデルではなく本人が出られても人気が出そうです。自由鷹さんの隣のお二人も専業モデルかと思いましたよ!」 


 社長室付近の重役会議室で灰川対策の会議をしてた社長が数人の重役を連れて室内に入って来る、今の所は灰川接待係の矢野から電話が無いため、こちらの方を優先した方が良いと考えたのだ。 


 シャイニングゲートとハッピーリレーのもてなしも灰川に好感を持ってもらうのに大事だし、自社主力商品の開発やCM会議には社長は可能な限り出るようにしてる。


「初めまして岡島代表取締役社長、私はシャイニングゲート代表の渡辺孝道(たかみち)です」


「初めまして、ハッピーリレー社長の花田雄吾です。この度は当社もお呼び頂きありがとうございます」


「シャイニングゲート所属の自由鷹ナツハです、CM出演のお話、ありがとうございます」


 竜胆れもんと三ツ橋エリスも続いて挨拶し、ジャパンドリンクの社長や重役も挨拶を返し、名刺交換をしてから会議が始まる。


 その名刺交換の時に花田社長と渡辺社長はすぐに貰った名刺をしまう事はせず、席に戻ってからジャパンドリンクの社長達が座った席の順番に名刺を上から並べて整理して、その場での名前間違いを起こさないように覚えてから名刺入れに保管した。


 花田社長ともなると相手方からは見えない位置で、ボールペンで名刺の相手の顔の特徴を書いてからしまっていた。それを見てエリス達はビジネスの世界を垣間見る、普段は余裕で社長業をしてるように見える彼らも、水面下では必死に工夫や努力をしてるのだ。


「今回はシャイニングゲートさんの自由鷹ナツハさんをCMにご出演頂きたいのですが、それに当たってこうした方が良い、こうして欲しいなどの要望はありますか? 渡辺社長、自由鷹さん」


 これを言ったのはジャパンドリンク社長の岡島社長だ。急かすでもなく問い詰めるでもなく、自由に要望や意見を言って欲しいという雰囲気が伝わる聞き方だった。


 これによって突然の社長や重役の会議参加に緊張気味だった室内の空気が柔らかくなる、渡辺社長もナツハも意見や要望を出して行った。


「当社としては自由鷹ナツハのイメージを崩す事無く、御社主力商品のジャパンサイダーの美味しさや爽やかさを~~……」


「私としましては視聴された皆さんにジャパンサイダーの魅力を~~……」


 言葉は出るが抽象的な文言しか出ない、渡辺社長は映像は作れるし、広告学や宣伝学も学んでるが完全なプロという訳では無く知識は浅い、シャイニングゲートや家業の旅行会社もそちら方面は専門スタッフに相談しつつやってるのだ。


 ナツハはそちらの方は会社任せであり、SNSアカウント等で宣伝するのと訳が違うから話に着いて行けてない。良いアニメーションを作れば良いCMになる訳でもないし、自分という素材をテレビCMでどう動かせば良いのかも分からない。頭が良くても知らない事の方が遥かに多いのだ。


「なるほど、それらの要望やご意見を纏めるとCG動画より3Dアニメーションが良さそうですな、村川宣伝部長、どうかね?」


「はい、社長の仰る通りだと思いますが、それに当たってはアニメと3Dの比率や質感を細かく調整した方が良いでしょう。サイダーの爽やかさとナツハさんのイメージを相乗して~~……」


「でもインパクトには欠けるかも知れませんね、1個前のCMがアイドルグループのセミリトル・リーフの15人が一斉出演でしたから」


「セミリトのyour-tubeのチャンネルは公式とサブを合わせて600万越えだしなぁ…確かにインパクトが不足する可能性が」


 ジャパンサイダーのCMは有名人が出る事が前提であり、その中には自由鷹ナツハより有名な人は数多く含まれてる。むしろ数年で急成長を遂げたナツハはネットでの知名度は抜群だが、メディアでの立ち位置は無いに等しい存在だ。CM起用者としては異端である。


 CMを見るのはファンじゃない人たちが多数であり、その人達に商品を買わせたいという企業の思惑は絶対に外せない。配信や配信内で行う企業案件の商品宣伝とは勝手が全く違う、本人を前にしても多少の失礼な事も聞こえてくるが構いはしない。それだけ彼らは真剣なのだ。


「宣伝部、皆さんに分かりやすく伝えながら話をしなさい。こちらの事情や考え方も伝えつつ、双方の利益になり、他業種の方達と良い関係を作るのもCMの大事な役割なのだからな」   


「は、はい社長っ! では当社のCMにおける事情の説明から~~……」


 そこからはVtuberたちに分かりやすく説明をしつつ会議が進む、ジャパンドリンク社長が来てから一気にスムーズに事が運んだ。


 ジャパンドリンク社長の岡島はゴマ擦りや過度な忖度、無意味なルールの蔓延(はびこ)る旧態然の中で成り上がってきた人物であり、四楓院家などの大きな権力や自分より強い相手には非常に弱い性格だ。


 だがそういった人物が必ずしも無能とは限らない、ジャパンドリンク社長は上司から好かれる事を全力で頑張ってきた人物だが、後輩や部下、客や取引先から好かれる事にも全力で当たってきた人物なのである。


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