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配信に誰も来ないんだが?  作者: 常夏野 雨内


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124話 パソコン騒動と大型企業案件

 灰川がタナカから送られたパソコンは、どれだけ金を積んでも買えない世界で唯一のVtuber配信特化パソコンだった。


「灰川さん! このパソコン売って!」


「やだよ! 良い感じのパソコンって今は全国で売り切れじゃんかよ!」


「お願いだから売ってよ! いくらなら売ってくれるっ!?」


「これはお礼の品ってのもあるけど、戦友みたいな人からの友情の証みたいな物なんだよ、売れねぇって」


 灰川にだって義理人情くらいある、共に窮地を乗り切った戦友からの贈り物は簡単には譲れない。


 灰川が売らないと言うが市乃は引き下がらない、極上のパソコンの一端に触れてしまったのだから無理もないだろう。そこに来客があった。


「こんにちわ灰川さん、昨日はありがとうございました」 


「やっほー!初めまして灰川さんっ! 竜胆(りんどう)れもんでーす!」


「灰川さん、ナツハとれもんがお礼と挨拶がしたいって言うから来させてもらったよ、それとジャパンドリンクさんの~…」 


 シャイニングゲートの自由鷹ナツハと同所属のVtuber竜胆れもん、渡辺社長が来てしまった。 


「どうしたんだ灰川さん? エリスちゃんと言い合いなんかして」


「あっ、渡辺社長、いや何か市乃が俺のパソコン欲しいって言いだしたんですよ」


「この子が三ツ橋エリスちゃん!? 竜胆れもんです、よろしくね!」


「竜胆れもんさん!? み、三ツ橋エリスですっ、よろしくお願いしますっ」


「新しいパソコンってこれかな? 市乃ちゃんパソコンが壊れちゃったんだよね?」


 挨拶と事情説明をして、取りあえずはソファーに座って少し詳しい話をする。



「灰川です、竜胆さんよろしくお願いいたします」


「こちらこそよろしくお願いします! あと自分、高校2年なんでナツハ先輩とか小路ちゃんみたいに普通に喋ってもらって良いですよっ、それと本名は来見野(くるみの) 来苑(らいえ)です!」


「そっか、よろしく来見野さん」


「よろしくー! 自分も灰川さんって呼ばせてもらいます!」


 灰川は竜胆れもんに会うのは初めてだ、話には聞いてたしシャイニングゲートのナンバー2Vtuberで配信も見た事ある。登録者は現在300万人だ。


 灰川は竜胆れもんが高校2年と聞いて驚いた、まさかVtuber界の1から3位まで高校生だとは思ってなかったのだ。いや、才能さえあれば年齢は関係ない世界だが、それにしてもである。成人女性の配信者やVtuberにも多数会ってはいるが若い年代の多さに驚かされてばかりだ。


「実は私のパソコンが壊れちゃって、ネットも見てショップにも行ったんですけど、今ってどこも売り切れらしくて」

 

「今は色々と混みあって高性能パソコンは買い難くなってるようだね、シャイニングゲートでも話に上がってるよ」


「市乃ちゃん、焦るのは分かるけど、人の物を欲しがっちゃうのはどうかと思うな」  


 渡辺社長とナツハが、少し待っていれば買えるようになるだろうから辛抱するべきだと市乃を(さと)した。


「でも凄いパソコンなんですよっ、空羽先輩も見たら分かると思いますっ」


 それを聞いて配信企業の社長とVtuberが気にならない筈がない、自分たちが有してるパソコンは最高の物で一般人の灰川が使ってる物とは一線を画す品だと自負してる。


 シャイニングゲートの正規Vtuberが使うパソコンは、家電アドバイザーに相談しながら拘って選んだ者が多い。価格も高いし一般人だと必要ないくらいの高スペック機、自由鷹ナツハの自宅のパソコンは100万円を超えている。


 自分たちのパソコンは3Dモデルは滑らかに動いて、ハイスペックゲームもプレイしながら問題なく配信が出来るのだ。そんな物より凄い訳が無いと思いながら、ソファーから机の方に5人で行って市乃が使ってみると。



「なにこれ…? 灰川さん、これどこで買ったのかな? 私にも教えて欲しいな」


「こ、これは…っ! 僕が求めてた真のVtuberパソコン、いや遥かそれ以上の性能だ! 灰川さん、どこで手に入れたんだい!?」


「何ですかコレ! 配信で見るエリスちゃんより凄い良いじゃないっすか! 自分も欲しいっすよ!」



 即座に性能の根本的な違いを察して3人は興奮し出す、灰川に何処で入手してきたか聞き出そうとして来た。


「すいません、悪いけど言えないんですよ、霊能関係のツテで貰ったとだけ言っておきます」


「それでも教えてもらう事は出来ないかい灰川さん? これは情報料だけでも高い報酬を払えるレベルのマシンだよ」


「ダメです、男と男の約束っすから」


 渡辺社長はなおも引き下がらなかったが、灰川が何度も断るとようやく引き下がった。


「でもこれスゴイっすよナツハ先輩、自分だって何処で買ったか教えて欲しいっすもん」


「そうだよね、明らかに私の使ってるパソコンより高性能、むしろ謎性能って言った方が良いのかな?」


 このパソコンはVtuberという素材からあらゆる不純物を除去して、3D2Dモデルの魅力を特殊アプリケーションの力で最大限以上に引き出し、いわゆる中の人の魅力的な部分を重ねて相乗してしまうマシンだ。


「灰川さん、少しだけ僕に使わせてスペックを確認させてくれないかい? どのくらいの性能なのかを知るのは灰川さんにとっても悪い事じゃないと思う」 


「そんなに気になるなら気の済むまで確認して下さいっすよ! どうせ触った後で普通のパソコンだったとかって言うつもりなんでしょ」


 灰川としてはいい迷惑だ、まだ仕事も残ってるし、パソコンの確認なんて少しして終わらせるつもりだったのだ。こうなったら満足の行くまで触らせて納得してもらうしかない。


 そのまま暫く渡辺社長が中心となって灰川のパソコンを確認していく、シャイニングゲートからVtuberの3Dデータを送ってもらって動かしてみると、普段の動きより明らかに良くなってる。


 試しに非公開配信で正常な視聴が可能かも確かめると、問題なく視聴できる上に格段に配信の魅力が上がってる。その後もどんどん確認して行って、マシン性能の凄まじさが浮き彫りになっていった。




 ここにあるパソコンはVtuberをやってる者からすれば何としてでも手に入れたい逸品である事が判明した。

 

 全てが特別製でアプリケーションなどはコピー不可、分かったのは全貌の1%にも満たない部分だけだ。解析防止機能もあってアプリケーション構成等は軍事レベルを超える暗号化がされており、完全に解析するのは不可能という事も判明したのだ。


 このマシン以外には作る事が出来ない、それでいてVtuberの魅力を100%以上に引き出すモンスターPC、これを使ったVtuberは更なる高みへ上る事が約束されると灰川以外が確信する。 


「灰川さん、言い値で買いたい、幾らなら売ってくれる?」


「だから売りませんって!」


 流石の灰川もだんだん普通のパソコンじゃないのが分かって来た、しかし疑い深い灰川は確認が足りないと感じて、後から呼ぶ予定だったハッピーリレーの花田社長も呼び出して確認してもらう事にした。



 「「「これは普通じゃない!」」」


 近くのハッピーリレー事務所から花田社長や、話を聞きつけて興味を持ったパソコンに詳しいスタッフが来て使ってみると同じ反応だった。


「灰川君、すぐにこのパソコンを発注したい、売ってる所を教えてくれ」


「未来のVtuber専用パソコンか何かですか…? 霊能者ってタイムトラベルも出来るの…?」


 一気に騒動みたくなってしまい、灰川事務所の中がザワザワし始めた。


「あっ、でもこのパソコン少し強めの念が籠ってますよ! 自分も霊能力が少しあるんで分かるんです! このままだと呪物とかになりかねないっす!」


「ん? あ、本当だ。すぅ~~、せいっ! よし念は祓えたな!」


「一瞬で解決しちゃった!」


 シャイニングゲートの竜胆れもんが指摘して灰川も気が付いた、新しいパソコンに浮かれてて霊視などの確認を怠ってしまっていた。成長しない男である。


 霊能力者などが集められた国家超常対処局の局員が作った品だ、少し強めの念が籠ってたが灰川が1秒で祓って解決した。これでオカルト方面での問題もなくなり、もう一度動作を確認しても問題はなかった。


「いずれにせよ、このパソコンは凄い物だ。私も譲って欲しいくらいだが、灰川さんにその気がない以上は無理にとは言わんよ」


「花田社長がそう言うなら、僕も無理にとは言いません。でも簡単に諦められるような物では……」


「私は諦めてないよ灰川さんっ!」


「私も諦めきれないかな…こんなの見せられたらVtuberだったら誰だって欲しいと思うはずだよ」


 あまりの性能ゆえに社長達も市乃たちも諦めきれない様子だ、どうしようか考えてると。


「すいません、失礼します。何の騒ぎですか? ジャパンドリンクの者なのですが」


「えっ、あっ! すいません騒がしくて、ほらほら仕事だから皆さん散って散って」


 来客でお開きとなりスタッフたちは戻る事になった、丁度良いタイミングだったろう。


 だが渡辺社長とナツハと竜胆れもん、花田社長と市乃は残った。ジャパンドリンクは以前に行ったビジネスパーティーの際に新商品のCMにナツハを起用する事になり、その打ち合わせに来たのだ。


 花田社長とエリスには何かしらの不測の事態があった時に控えてもらってる感じだ。これはジャパンドリンクの意向で出演者の保険的確保の意味合いと、四楓院家に関りがある人に少しでも関わりたいという意思である。


「この度は当社の自由鷹ナツハを起用して頂きありがとうございます」


「いえ、こちらこそよろしくお願いいたします」


「初めまして、ハッピーリレー代表取締の花田です」


「こんにちわ、ハッピーリレーの三ツ橋エリスです」


「自分はシャイニングゲートの竜胆れもんです!」


「どうも、ジャパンドリンク企画部の矢野です」


 矢野は50歳くらいの男性で仕事熱心そうな感じの人だ、企画本部長をしておりCM起用などの権限はこの人が決定を下す。ジャパンドリンク社内でもかなり上の方の人であり幹部の一人だ。


 前はCMに人気女優を起用するはずだったが、ビジネスパーティーに来てた矢野より上の役職の者から無理矢理に変えられ、一番困らせられる事になった人でもある。


 本来なら取引先には企画部の部下を行かせるのが普通だが…社長と副社長に呼び出され「先方の言う事に一切逆らうな」「灰川という人物に我が社を何としてもアピールしろ」と厳命されて考えが変わった。そしてもう一つ、矢野は会社から頼まれた事があったのだ。


「まずはCMの打ち合わせと言いたいのですが、灰川さんに折り入ってのお願いがありまして」  


「え? 私にですか?」


 灰川は仕事モードに入って丁寧な言葉遣いになってる、まさか自分に話が振られるとは思ってなかった。


「はい、実は社内で怪奇現象としか思えない事が発生してまして、もし良ければ相談に乗って欲しいのですが」


「えっ?」

 

 ジャパンドリンクは国内シェア1位の飲料会社で、各種酒類、清涼飲料水、栄養ドリンク、などを製造販売してる大会社だ。


 本社は東京丸の内、東京駅から徒歩3分という最上級の立地で、高層ビルが乱立する東京駅周辺ビジネス街でも屈指の大きな自社ビルを有する一流企業である。


 どこから灰川が霊能者と漏れたのかは知らないが、以前に一部の界隈では有名になりかけてると聞いたので、どこかしらから聞いたのだろう。


「今から皆さんで本社に来て頂き、打ち合わせと除霊をして頂けないでしょうか?」


「いや、ですがナツハや竜胆さんは配信が、エリスだって…」


「灰川さん、私は今日の打ち合わせは時間が掛かると思ってたから、この後は予定は入れてないよ」


「自分も今日は朝配信当番だったし、他の仕事も片付けて来たから大丈夫っすよ灰川さん!」


「私もOKだよ灰川さん、昨日の100万人配信したから今日は軽い打ち合わせの予定だけだったし」


 社長2人はまさかジャパンドリンクの要望を断る事は出来ない、会社としての格が違い過ぎるのだ。ジャパンドリンクは灰川を恐れ、配信企業社長2人はジャパンドリンクの不興を買う訳に行かず、灰川は世話になってる社長2人の顔を立てなければならない。


 ナツハも竜胆れもんもエリスも超大型企業案件という事もあって断れないし、この日のために予定は開けてある。


「まぁ、オカルト方面なら仕方ないっすもんね、打ち合わせだってしなきゃいけないんだし、行きますよ」


「よろしくお願いいたします灰川さん、今タクシーを呼びますので」


 こうしてパソコンは一旦保留となり、目先の仕事に精を出す事にした。


「灰川さん、打ち合わせにあのパソコンを使わせて欲しいんだけど、持って行っても良いかな? レンタル料も払うし後で無傷で返すから」


「え? 良いっすよ、壊したり失くしたりしたら弁償して下さいね」


「このパソコンを壊すか…考えただけでゾっとするね…」


 渡辺社長は絶対に失敗できない大仕事に向けて灰川のパソコンの使用を申し出た、灰川も貸すぐらいならと軽い気持ちで了承して、渡辺社長が慣れた手つきで厳重に梱包した。


 そのまま矢野が呼んだタクシーに乗って日本一とも言われるビジネス街、東京駅周辺に向かう。時刻は13時過ぎ頃だ。


 しかしジャパンドリンクが本社に灰川たちを呼んだのは打ち合わせや除霊とは別の理由がある。むしろ打ち合わせなど必要ないくらい既にCMの内容は決まってるし、会社内で発生する怪奇現象はほとんどウソみたいな物。 


 本当の狙いは灰川たちを接待して良い気にさせて、四楓院家に更に顔を売りたいがためだ。成功すれば更なる大幅な増益が望めるし、更なる躍進が約束されるだろう。


 ジャパンドリンクは灰川たちの接待に対して、会社内用語『一級政治家級』という最高クラスの接待を用意する事に決めており、それが今夜に実行される。 


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