120話 壁を乗り越えよう 2
女優のプレゼント
その女優は映画にドラマに何作も出演し、艶やかさと美しさを兼ね備えた演技が評判で、多くの男を虜にする大人気の美人女優だ。
そんな彼女には気になる男性が居た、それは芸能事務所のスタッフで優しく朗らかな年上の青年で、自分を無名の頃から影に日向に支えてくれた人だった。
しかし大人気女優である自分が恋愛をする事は簡単には許されない、それにその男性からは自分を恋愛の対象として見てるような節はない。そういった色々な理由で諦めようとしたが諦める事が出来ない、どうしても彼への好意を切って離す事が出来なかった。
そんな日々の中でも様々な俳優やスポンサー企業の社長などから好意を告げられるが、内面を見ようともしてない事が分かり切ってる彼女の眼中には映らなかった。
どうする事も出来ず忙しい日々を過ごしながら、彼の誕生日に何かプレゼントしようと思い立った。彼が腕時計を買い替えようか迷ってた事を知り、普段から世話になってる礼も兼ねてという感じでプレゼントしたのだ。
それからしばらくして彼と女優は隠れて付き合う事になり、それからしばらくして入籍する運びとなった。
「良い事ですね、おめでたいと思います」
「そうねっ、うらやましいわっ!」
「そう思うでしょ? でもこの話には裏があるの」
小説を書き続けながら徳原は話を続ける。
女優の執念
その女優は異常だった、厳しい世界で生き抜いてきた彼女は執念というものが非常に強かったのだ。
狙った映画やドラマの役は何としてでも手に入れる、女優賞を取るために文字通りぶっ倒れるまで演技の稽古をする。それと同じくらい強い執念を意中の彼にも向けていたのだ。
プレゼントした腕時計には凄い執念という名の愛情が宿ってた、そんな物を身に付けた彼はその女優に首ったけになり、ついには結婚までたどり着く。
結婚してからしばらくして彼が路上強盗に遭ってしまい腕時計も奪われた。もちろん警察に届け出てから病院で一泊して、翌日には犯人も捕まり財布などは返って来たそうだが腕時計だけは返って来なかった。
犯人も奪った覚えはあると言うし、奪った後はバッグに入れたと自供したが見つからず、結局は犯行のドサクサで紛失したという事になった。
それから女優夫婦が自宅に帰ると……その腕時計はリビングのテーブルに置かれてあったのだ。セキュリティは万全だし誰かが入った形跡も、何かが盗まれた形跡も無かった。
夫は「あれ? 忘れてったのかな…? 盗まれた覚えがあるんだけどな」と言うが、女優は腕時計は自分から戻って来たのだと確信していた。
あれには自分の執念が宿ってるのだから戻って来るのは当たり前……プレゼントする前に何度も何度も数えきれないくらい、あの腕時計にキスをして愛情という名の執念を込めたのだから。
「文字通りの呪物になってしまったという訳よ、捨てても失くしても必ず戻って来るというわけ」
「…そこまでしなければいけなかったんでしょうか?」
「そんな事をしてでも一緒になりたかったという事よ、それこそが執念というものなの」
愛だろうが何だろうが執念が無ければ成就はしないと徳原は語る。その執念の程度は人によって違うが、時には想像も付かない執念が何かに込められてるかもしれない。
諦めない心は行き過ぎれば執念になる、執念は執着となり、執着とはフェティシズムに繋がる感情となる。呪物崇拝とフェティシズム、違うのに同じという矛盾した混乱を呼ぶ話だ。
「つまり好きな人へのプレゼントにはキスをすれば良いのね! それなら目の前でやったら効果倍増のはずよっ!」
「それは考えたこと無かったねぇ、でも面白い発想だと感じるわね」
「つ、ツバサちゃんっ、本当にやっちゃ駄目だからねっ? 分かってるよねっ?」
「今度試してみるわ! 桃とかプレゼントしたら喜んでくれそうねっ!」
「駄目だよツバサちゃんっ! そんな事したら皆が同じ事しちゃうよ!」
「若いって良いわね、ふふふっ」
徳原はその後も雑談を交えて執筆を続けて行き、順調に桜の仕事の原稿は進んで行った。
1階のリビングで3人がそんな話をしてるのを他所に、3階の配信ルームではナツハと小路とエリスが配信の事を考えてる。既に配信の時間が迫っていた。
「まずは普段より明るめに挨拶とお喋りして、頃合いを見てシャルゥちゃんの話題を出してからセンシティブトークだね」
「うん~、ちゃんと出来るか不安だよ~」
既に配信準備は完了してる、最終的な段取りを打ち合せるが、話し合った通りに事を進めるのは難しいだろう。
しかもシャイニングゲートはよりによって今回の代役を小路にしてしまった。シャルゥよりファン数の多いVtuberを代役に立てて満足してもらおうとか、予定が空いてたのが小路だったとかの事情だろうが少し困る。
小路とセンシティブトークをするという事は視覚情報に頼らない内容が必要になるという事だ、そうなると話せることが極端に狭まってしまう。
「もう配信の時間だから、カメラも点けるね。失敗しないように頑張ろうっ」
「私も頑張るよ~、でも失敗したらフォーローお願いナっちゃん先輩」
「小路ちゃんこそ私が暴走したらお願いするね」
こうしてナツハと小路のコラボ配信が始まった、既に視聴者はスタート前に8万人も来ており期待のコメントが流れてる。
【ナツハと小路の夜間でトーク!】
『こんにちわ、この時間だとこんばんはかな? 自由鷹ナツハだよ』
『こんにちわ、染谷川小路だよ~。今日はナっちゃん先輩の配信にお邪魔してるよ~』
コメント;始まった!
コメント;どんな話するの?
コメント;小路ちゃんとコラボか
コメント;TwittoerXのトレンドになってる!
コメント;ネットニュースにもなってるよ
視聴者への挨拶をしながら、みんな小路を知ってるのは分かってるとはいえナツハが紹介をしたりしてる。小路は他のVtuberとのコラボ配信の数が非常に少ないため、ナツハとのコラボ配信も過去に1度、短時間だけしたきりだ。
ナツハもここの所はコラボ配信の回数はとても少なくなっていた、本人の忙しさもあるし他のVtuberも忙しくて予定が合わなかったのだ。そのためコラボ配信に対する慣れが下がってる状態である。
配信外であれば2人とも普通に話せるし仲も至って良好だ、しかし配信となると別である。視聴者を楽しませる、小路が目が見えない事を匂わせてはいけない、センシティブな話をする。その他の条件があるため今回の配信は難易度が高い。
小路も同じような物だ、コラボ慣れしてないから何をすれば良いのかイマイチ分からない、緊急企画で打ち合わせも足りてない。視聴者には気付かれないがペースというか、2人の間の雰囲気に普段のような空気感を出せてない。
『小路ちゃんはシャルゥちゃんとコラボした事ってあるの?』
『コラボは無いけど会った事はあるよ~、元気で明るい人で話してて面白いんだよ~』
『そうだよね、シャルゥちゃんと話すと私も元気を貰える感じがするな』
コメント;今日はシャルゥちゃん残念だったね
コメント;俺は小路ちゃんが来てくれたから満足!
コメント;このコラボ前から見たかった
コメント;小路ちゃんが来るとほんわかして良いな
コメント;2人とも推しだから眼福
一見すると上手い具合に配信が進んで視聴者も楽しんでくれてるが、実際にはナツハと小路は窮地に立たされてる。赤木箱シャルゥの話題を出すのはもう少し先の予定だが、開始15分くらいで出してしまったのだ。
これはどちらが悪いとかではなく、流れ的にそうなってしまった。アニメの話とか小路の書いた小説の話とかしてたのだが、上手いこと話が運べず緊急避難的に切り出した。しかも悪い事に赤木箱シャルゥに関して話せることが少ない、2人ともそこまで親密な知り合いという訳でもないのだ。
ナツハこと空羽は高校3年生の17歳、小路こと桜は高校1年生の15歳、この差が意外とトークのハードルになっていた。現状での普段とは違った精神状態でリラックス出来ない。それがだんだんと響いてくる。
100万人耐久配信!色んなお話するよー!
同時視聴者数 3万人
『やっと100万人耐久が出来るよー! 私もこれで3桁万Vtuberだ!』
コメント;ちょっと早いけどおめでとう!
コメント;気が早いってwww
コメント;100万人に行くまでどのくらい掛かるんだ?
コメント;SNSの噂のトーク期待してるよー
『あっ!今twittoerXの話出た! そんなこと私は言ってないのにヒドイよねー?』
コメント;噂が独り歩きしちゃったね
コメント;あれってデマだったの?残念
コメント;エリスちゃんのセンシティブ話に期待
コメント;元々はどんな話する予定だったの?
視聴者の反応は様々だが噂通りの話を期待する雰囲気が強い、まずは普通のトークをしながら視聴者の反応を見つつ登録数の上昇率を見ていく。まだ配信終了までに時間は掛かりそうだ。
『配信でスケベな話したらサイトからBANされちゃうって! 100万人耐久で強制終了になったら伝説になっちゃうよ、アハハっ!』
コメント;100耐でBANは伝説だwww
コメント;用法用量を守れば問題なし!
コメント;エリスちゃんのセンシティブ話聞きてぇよー!
配信はどんどん盛り上がっていく、その後もナツハと小路の配信もエリスの配信も続いていき、遂にその話を切り出さなければならない時がやって来る。
一方で灰川たちも口寄せした徳原が小説を書いてる傍らで、史菜と由奈が話し相手になりつつ時間は過ぎて行く。
視聴者たちもナツハと小路の配信に赤木箱シャルゥのような内容のトークを期待して待ってる者、エリスの配信に噂に流れてたような話を期待してる者が多数だ。どうなるかはそれぞれ次第である。




