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配信に誰も来ないんだが?  作者: 常夏野 雨内


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119話 壁を乗り越えよう 1

 赤木箱シャルゥの配信に合わせた内容にする。それはつまり下ネタ的なエロチズムを健全な状態で出しながら、視聴者の期待に応える形の配信をしなければならないという事だ。 


「エッチなお話~…? ぁゎゎ…そんなの出来ないよ、普段はそういう事を絶対に言わないように気を付けてるんだよ~?」


「うん、解ってる。でもしなきゃいけない…それに私たちもそういうトークに慣れておいた方が良いと思うの、コラボ配信は他のVtuberの人ともあるんだから」


 小路は顔を赤くしながら答える、小路もナツハもセンシティブ配信はしない方針で固まってるのだ。


 だが世の中には性に関する事や下ネタなどはいつだって付いて回る、一般向けの漫画などを読んでてもエッチなシーンがあったりするし、誰かと会話してて下ネタや性関連の話が出てくる事は普通にある。


 そこに全く耐性が無いと対人関係にすら響く事があるし、例えば複数人コラボ配信でそういう感じの方向に話が行ってしまった場合、話に混ざるどころか感情の対処の仕方が分からなくてペースを乱される場合すらある。


 エンターテイナーであるならば自分からはセンシティブな話を切り出さないにしても、誰かから話を振られた時には対応しなくてはならない。綺麗ごとだけでは渡って行けないのだ。


「うん、解ったよ~、頑張ってエッチっぽいお話するね~」


「私もシャルゥちゃんみたいに、そういう話を(さば)けなきゃいけないし、二人で頑張ろうね小路ちゃんっ」


 ナツハも桜もセンシティブなトークは避けて来たが、配信の方針があって覚悟を決めた以上はヤル気だ。越えなければいけない壁でもあるし、新たな視聴者を掴むチャンスでもあるのだ。もちろん既存の視聴者を失う危険性もある。


 しかし上手い具合にトークを展開すれば勝率は高い、結局の所は視聴者はセンシティブな内容の話が好きなのだ。その後も2人は配信の時間が来るまで打ち合わせをしていった。




 三ツ橋エリスは配信ルームで悩んでいた、今までセンシティブな配信をした事が無いから、どのようにすれば良いのか判断が付かない。


 何かしら適当にそれっぽい話をしてから「やっぱり私にはムリだよー!」みたいな感じで雰囲気を変えて、あの投稿した呟きはそんなつもりじゃなかったと切り出せば視聴者は納得して笑ってくれるだろう。


 だが本当の所はどうだろう、期待値を上げられて見に来た視聴者は内心ではガッカリする。100万人記念で普段とは違った一面が見れると思ってたファンは、雰囲気こそ普段より明るいが配信内容は大差ないことに溜息を付くかもしれない。


 そうならないためには視聴者を満足させるトークをしなければならないが……エリスは異性と付き合った事がなく、同年代や上の年代の男性に向けてどのようなそういう話(・・・・・)をすれば良いのか分からない。


 三ツ橋エリスこと神坂 市乃が通ってる高校は都立渋谷区第2高校、ここは共学で男子生徒も居るのだが以前に何か問題があったらしくて、男子と女子で教室が別けられて離れてる。そのため実は男子との接点もほとんど無い状態なのだ。


 史菜には共学高校ってどんな所なの?みたいに聞かれて「普通だよー、男子も女子も別に普通かなー」なんて物知り顔で答えてるが、実際にはあんまり知らないという感じだ。


「そうだ! 灰川さんに聞けば良いじゃん!」


 ハッピーリレーのスタッフに電話して聞くという方法もあるが、そういう話を手放しに出来る関係のスタッフが市乃には居なかった。そこで灰川だ、奴なら秘密を守ってくれるし、真面目に考えてくれそうな気がする。何よりピンチをどうにかしてくれそうな気がするのだ。


「でも灰川さんかぁ…変なこと聞いてキモイとか思われたらヤダなぁ…」


 エリスは灰川の事を悪しからず思ってる、初めて会った時も助けてもらったし、親戚の子も助けてもらったし、心霊スポットに行きたいと頼んで運動公園のトイレを見せてもらった時も頼りにした。


 自分は灰川という人に言いようの無い何か、負けたくないと思ってる何かで負けてると感じてる。けれどその気持ちに対して嫌な気持ちはしない、とても複雑な思いを感じてる相手だ。


「迷ってる時間なんてないよっ! 聞きに行こう!」  


 エリスはルームを飛び出した、灰川は自分が何を聞いても変な奴だと思ったりしない、ちゃんと真面目に話を聞いて道を考えてくれる。灰川はそういう人だと信じられる相手になっていたのだ。



 エリスが邸宅のリビングに向かうと灰川の声が聞こえてくる、何事かを喋ってるようでそのまま姿を見せず耳を傾けてみた。


「エロとは人が逃れる事が出来ない欲求なのっ! 触れたい、触れて欲しい、そう考えるのは普通のこと! 恥ずかしがらなくて良いの!」


「そこに対して過剰な忌避感情を持ってしまうと、自らの人間的欲求を不自然に抑える事になって、むしろ精神的に悪い方向へ向かってしまう危険があるのよ!」


「性という物の歴史を紐解けば、そこには芸術性や心を震わせる物語がある! そこは表現者、創作者として避けては通れない! その壁を越えるか越えないかは別として、意識はしないといけないわ!」


 灰川の声がエリスに突き刺さった、何か口調が変な気はするけど喋ってる内容は今のエリスに刺さる内容だったのだ。


 逃げる事が出来ない事から逃げようとしてた、自分は避けてても視聴者はそうではない。それがSNSにセンシティブな配信をするという噂が広まってる迷惑な現象が示してる。


 配信とは精神を映す鏡のような物、不自然に抑えれば配信にも歪みが生じる。少なくとも今日の配信はそうなってしまうだろう。


 ストリーマーという表現者として何らかの形で意識はしないといけない、逃げるにしたって意識は向けなければならない。そんな事を思ってる間にも灰川の声は続いた。



「だけどエロとは画一的な物じゃないの、それは姿や形かもしれない、感触かも知れない、何にそれを見出すかは人により様々、そして自由!」


 「!!」



 この言葉にエリスは衝撃を受けた、何にエロスを感じるかは誰しも自由、つまり直接的なセンシティブトークでなくとも構わないのだ。


 胸やお尻といった直接的なことだけではなく、万物全てにエロスが宿る。それは物質的なものだけじゃなく、感覚的、精神的、自然そのものにさえ……的な事を感じ取ったのだ。


「ありがとう、灰川さん。後でお礼しなきゃね」


 悩みが解消され、自分なりのセンシティブへの向き合い方を見つけたエリスは、そっとリビングの前から配信ルームへ戻って行った。




「口寄せ!」


 エリスが来る数分前、リビングで灰川が作家の魂を口寄せする。体の中に何かが入り込むような感覚がしてから灰川の意識は眠りについた。もちろん安全策は取ってあるから安心である。


「うぅ!? ここは何処っ?」


「あ、あのっ、すいません! 小説作家の徳原道子さんでしょうかっ、お願いを聞いて頂けませんかっ?」


「どうしても小説を2万文字書いて欲しいわっ! 内容の条件は~~で~~で書いてもらいたいわ!」


「いかにも私が徳原だけど、目の不自由な娘が主人公の小説かぁ、書いても良いわよ」


 どうやら成功したようで、史菜と由奈が頼み込んで了承してもらった。


「では執筆に移る前にエロティシズムとは何か答えて貰おうかな、現代の若い子が性というものにどんな考えを持ってるか知りたいのよ」


 「「ええっ!?」」


 灰川の声で滅茶苦茶な事を言いだした、高校1年生と中学2年生に聞く事ではない内容だ。中身は灰川ではないとはいえ、流石に2人には抵抗感があり答えられないが。


「その……エッチなこと全体を指す言葉、のような感じでしょうか…?」


「そんな感じがするわねっ、えろてしずむが何なのかよく分からなわ!」


「そういう返事が来ると思ってたわよ、いつの時代も若い子の認識はそういう物だものね」 


 灰川の体で女性的な喋り方をしてるから違和感が凄い、しかも意味不明な質問をされて史菜も由奈も引き気味だ。


「あ、あのっ、何故そんな質問をしたんですかっ?」


「私は官能小説家よ、若い世代の性への関心という物を知りたいのは当然」


「かんのー小説ってなにかしらっ?」


 官能小説家と聞いて史菜は驚き、由奈は疑問符を浮かべた表情をする。徳原はというとエロティシズムという物について熱く喋りたいモードに入ってしまい、灰川の声のまま語り出した。


「エロとは人が逃れる事が出来ない欲求なのっ! 触れたい、触れて欲しい、そう考えるのは普通のこと! 恥ずかしがらなくて良いの!」


「そこに対して過剰な忌避感情を持ってしまうと、自らの人間的欲求を不自然に抑える事になって、むしろ精神的に悪い方向へ向かってしまう危険があるのよ!」


「性という物の歴史を紐解けば、そこには芸術性や心を震わせる物語があるの! そこは表現者、創作者として避けては通れない! その壁を越えるか越えないかは別として、意識はしないといけないわ!」


 凄い勢いで喋る、正直そろそろ執筆に移って欲しい。


「だけどエロとは画一的な物じゃないの、それは姿や形かもしれない、感触かも知れない、何にそれを見出すかは人により様々、そして自由!」


 何をどう感じるかは人の自由、自分の心に正直であれみたいな事を熱く語ってた。徳原は若い2人に何かを伝えたいようだが、史菜は焦りで考える余裕がない。


「つまりはどういう事なんでしょうか? それと執筆に移って頂きたいのですが…」


「つまり売れて勝てれば良いって事よ、エロを商業に使うのも自由なのよ。創作者なんてそういう人が多いのよ」


「そんなこと言ってましたか!? あと早く書いて頂けると助かります! エッチな内容はナシでお願いします!」


 史菜もだんだん焦りが勝って来てエロとかエッチという言葉に耐性が出来ていた、まるで作家に翻弄される出版関係者のようである。




 徳原は執筆にかかる、パソコンは使えるようで問題なくキーボードを打っている。しかし喋りが止まらない、徳原は物を書きながらでも喋り続けられるタイプのようだ。


「エロとは人類が誕生から現在に至るまで存在し続ける事象、そこには正も負も入り混じった様々な感情と歴史があるの」


「そ、そうなんですね」


「なんだか言葉が難しくて分かりにくいわねっ」


 そのまま気にせず徳原は喋り続ける。


「外国や日本の神話にも性に関する描写が出てくるし、名作小説にも性に関する事柄が書いてあるのは珍しくないの」


「そ、そうですか…」 


「どっちも読んだことないわね!」


 そもそもエロという言葉自体が神話が語源であり、今は日本中の至る所で使われてる言葉である。ギリシャ神話も日本神話もエロでいっぱいだ、性に関する話題は神話から始まったと言っても過言じゃないかもしれない。


 名作小説にも性描写は多いし、登場人物が性に関心を傾ける描写は珍しくない。現代の小説だって男女やその他の関係について書かれた作品は無数にある。


「でも中学生と高校生に深い所の話は出来ないから、少し変わった話をしようかね」


「は、はあ…」


「聞いてあげるわっ!」


 正直に言うと史菜も由奈もさっさと小説を書いて欲しいのだが、機嫌を悪くさせる訳にもいかないので聞いてあげるしかない。まるで締め切り前の作家の編集者みたいな心境だ。 


 とは言え徳原も思春期の子を相手にあまりにディープなエロ話は出来ない、知識や思想のエロティシズムにおけるイデア(姿・形)論や現象学とか、プラトーン的なエロティシズム真理とかの話をしたって理解が覚束(おぼつか)ないだろう。そこは空気とかモラルを読んで話を進めて行った。


 徳原は熱く語る、江戸時代に有名な大奥では女たちの苛烈な派閥争いがあったとか、実は将軍でさえ入れない場所があったとか、男が勝手に入れば問答無用で死罪とか、そんな事を話していく。


「自分たちが大奥を作って好き放題に男を囲えるなら、あなた達はどうするかしら?」


「私はもちろん誠治を選ぶわ! あとは知らない!」


「ツバサちゃん正直ですね、では私も灰川さんを選びますねっ」


 史菜も由奈も灰川に対する気持ちは大きい、もし本人の意識は目覚めてたら?とか思わないのだろうか。もっとも灰川も2人が悪しからず思ってくれるのは知ってるし、嬉しく思ってる。


「この冴えない男、けっこうモテるのね…全然冴えないのに」


「誠治の配信はもっと冴えないわよ! 試しに見てみると良いわ!」


「冴えない男が冴えない配信…良い所が無いわねぇ」


 昭和時代、喫茶店は少し色っぽいサービスが受けられる場所で、純喫茶はそういうサービスや酒の提供は無くコーヒーなどを楽しむ場だった事とか。


「は、配信の参考にさせて頂きますね、あはは…」


「今はそういうお店はないと思うわ! たぶんだけど!」


 徳原は次々とセンシティブな話を続けていく、豆知識や歴史、割と2人とも興味を引かれる話だった。


「それだけじゃないわ、エロティシズムと共に成り立って来たフェティシズムと呼ばれる物も元は呪物崇拝という意味なのよ」 


「ええっ? そうなのっ!?」


 強く反応したのは由奈だ、由奈は灰川の香りが好きであり、それはいわゆる匂いフェチという物だと友達の女の子カップルから教えられたのだ。


「エロもフェチも同じく人間の精神の一つよ、こんな話があるわね」


 徳原が語り出したのは、ある呪物を作ってしまった女優の話だった。

  

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本作過去作を合わせて初めてで、とても嬉しい気持ちです。

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