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配信に誰も来ないんだが?  作者: 常夏野 雨内


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118話 無能ゴーストライター・灰川 

「ありがとう灰川さんっ、また助けてもらっちゃったね」


「小路ちゃんっ、すぐに打合せしなきゃ!それと小路ちゃんのSNSでも告知して欲しいのっ!」


 市乃と空羽がバタバタ慌てながら入って来て騒がしくなる、これから市乃と空羽と桜は心をVtuberモードに切り替えて配信の準備をしなくてはならない。


「灰川さん~、必要な事はそれに書いてあるから、後はお願いだよ~」


「私も急いで準備しなくちゃっ、使った事ないパソコンだから大丈夫か不安だよっ」


「退院おめでとう灰川さん、一昨日の事って覚えてるかな? 覚えてないよね? ね?」


 それぞれ挨拶もそこそこに慌ただしく3回の配信室に上がっていく、市乃はVtuber配信に必要な物を持って来たが、ここのパソコンは使い慣れてないため空羽に聞きながらの準備になるだろう。


 リビングに残されたのは灰川と史菜と由奈の3名、この3人でアイデアを出しつつ書いていこうという運びになった。


「まず現状で決まってる作品内容だけど、女の子が主人公でイケメンが出てくる物語、あとは好きに書いて欲しいという事だな」


「それって何も決まってないのと同じ事なのでは…」


「好きに書いて良いなら楽勝ね!」


 史菜の不安とは真逆に由奈は気楽に考えてる、確かに好きに書いて良いという事は制限がないという事だが、それは桜の書く文章やセンスを信用しての編集部からの意向だろう。それを雑誌の事情などを考えずに書いたら桜の信用問題に関わる。


 それに好きに書けるというのは良い事ばかりじゃない、本来なら編集者などと話し合って内容を決めそうなものだが、今回はそれすら出来ない。そもそも掲載する小説にあまり力を入れて無いのか、忙しかったのか分からないが、放っておくというのもどうかと思う。


「由奈、今時の女子中学生で流行ってる物って何だ? 史菜も教えて欲しい」


 雑誌のターゲット層は女子小学生と女子中学生、それらの年代の子が憧れがちな女子高生の流行も押さえておきたい。


「中学生の女の子ならオシャレが流行りよ! あとボクシングが流行ってるわ!」


「高校生だとファッションは皆が関心があります、あと最近は華道に関心を持つ子が増えてるそうです」


「そうか…オシャレとかを書くのは無理だな、桜は目が見えないからファッションの事とかは書けなさそうな気がする」


 オシャレ系統の事柄はいつの時代も女の子の人気コンテンツだ、そこに関する事を書ければ良いのだが、事情があって書けそうにない。


 ボクシングが女子中学生で流行ってるというのは、凄いイケメンのボクサーが居るらしく、その人物がテレビで特集されたりyour-tubeで動画を出して人気を博してるからのようだ。


 華道に関しては女子高生の間で、華道で日本一位を目指す女子高生を題材にしたドラマが流行っており、それで人気が急上昇してるらしい。


「パソコンで調べたけど、どっちも結構な人気なんだな。よし、使うか」


 「「!?」」


 灰川の迷いのない発言に史菜と由奈は驚く、堂々と流行に乗って媚びようと言ったようなものだ。それは思春期の子にとっては少し格好悪く映るだろう。


「ボクシングは昔から人気あるスポーツだし、どうにかなるだろ。華道はそのまま持って来たら流行に乗ってるってバレそうだから、間を取って茶道に変更だな」 


「ちょ!誠治! そんな事して恥ずかしくないのっ?」


「そ、そうです灰川さんっ! これは小路ちゃんの名義で送る作品なんですよっ」


「時間ないしボツ前提だから仕方ないだろ、それに流行に乗って作品を作るのは恥ずかしい事じゃないぞ、出版社も読者も求めてる物なんだからよ」


 とか言い含めて少し無理やり納得させる、求められてる物を作る事は恥ずかしい事じゃないし、コンテンツを長続きさせ魅力を増させる要因にもなる事だ。プロもアマチュアもいつの時代も多用する方法である。


「とりあえずストーリーは、ボクシング茶道を嗜む目の不自由な少女がイケメンに出会う話にしよう!」


「ぼ、ボクシング茶道!?」


「小中学生の女の子向けの雑誌で、そんな話で大丈夫なんですかっ!?」 


「流行りだから問題ない! パンチは気配で避ければ大丈夫だ!」  


「茶道にパンチなんて無いわよ! やったこと無いから知らないけど!」


 目が不自由な人でもルールを変えるなどして健常者と同じように出来るスポーツはある、それこそがパラスポーツなのだ。そういうオリジナル競技を出して作品を構築すれば問題ない。


 桜は目が見えないから灰川が出せる話は自然とそういう系統の話になる。実際には桜は監修などをしてもらいながら、目が普通に見えるキャラが主人公の話なんかも書いた事があるが、灰川たちはそれを知らない。


「目が不自由な女の子がイケメンのボクサーと出会う話ではダメなんでしょうか…?」


「よし、そっちにしよう」


「切り替えが早いわね!」


 冷静に考えてパラスポーツがどうのこうの以前に茶道とボクシングを融合させる事は不可能だ、凄い作者なら出来るかも知れないが灰川には無理だ。


 結局は史菜が良い感じのストーリーを出してくれたから、即座にそっちに決まる。灰川の頭の中では既に女の子がお茶を飲みながらサンドバックを叩いてる映像が流れてたが一瞬で消えた。


「ストーリーは主人公の子が茶道のために最高の水を探してたら、ボクサーが飲んでた水が最高と直感して~~……」


「待ちなさいよ! もっと普通の感じで良いと思うわ!」


「そ、そうですっ! 主人公が野良犬に襲われてた所を助けてもらって、お礼にお茶を振舞ったらボクシングの試合への緊張が取れて勝てて、そのボクサーは実は将来を有望視された選手だったとかで良いと思います!」


「よし、そっちにしよう。具体的だなぁ」


「判断が早いわ! 流石ね!」


 灰川は少女漫画をほとんど読んだ事が無く女の子向け雑誌も読んだ事が無いから、女の子向けの話を作る事が基本的に出来ない。そこに生来の短絡的な思考が混ざってしまい、とても見せられた物じゃない構成の話を作ってしまってる。


 もし史菜と由奈が居なかったら本当にヒドい内容の文章が出来上がってた所だ、しかしまだ決めなければならない事は多い。


「さて、ここからどうやってホラーにするかだな」


 「「ホラー!?」」


 灰川は以前にネットにホラー小説を投稿してた、内容は心霊系で伏線という名の齟齬(そご)が大量にちりばめられた小説である。5話まで書いた後は投稿は1年ほど止まっており、ブックマークは非常に少ない。


「ホラーじゃなくて普通にラブストーリーで良いわ! それに桜ちゃんにホラーは似合わないわよ!」


「中学生はともかく、小学生にホラーは危ないかもしれません! 掲載される雑誌を少し読みましたが、客層が違い過ぎますっ」


「でもホラーって面白いし……」


「そういう問題じゃないわ! 桜ちゃんが書いた物じゃないってすぐバレるわよ!」


 ボツ前提だからって何を書いても良い訳じゃない。ホラーは桜の作風にも雑誌の雰囲気にも全く合わなそうだし、そもそも子供が好きな文章ジャンルじゃない。出版社に提出したら染谷川小路の名前に傷が付きかねないだろう。


「あとは主人公とイケメンの性格とかを~~……」


「舞台設定も大事です、他にも~~……」


「女の子向けならイケメンはクールか、凄く明るい性格かのどちらかが良い気がする!」


 そうこう話し合いながらストーリーを作り上げていく、史菜が話の概要を作り、由奈が小中学生にウケそうな要素を()げて、灰川が文章に落とし込んでいった。そして出来た物が。




  茶道少女は拳闘師と恋をする


 俺は竜巻浦(たつまきうら) 龍二(りゅうじ)、高校3年の夏で大事な試合を控えたプロボクサーだ。


 人の少ない河川敷をランニングして今日も体を鍛える……だがこれで良いのか?こんな事で奴に勝てるのか…?次の試合は負けられないというのに不安ばかりが積み重なる。


「だ、誰かっ…助けて~!」


「ワンッ!ワンッ!」


「ぬぅっ! 野犬か! しばし待たれよ!今すぐ追い払って進ぜよう! でぇりゃぁっ!!」 


 鍛えた拳で野犬を追い払い少女を助ける、龍二が女の子を助けると礼を言われ、その顔をふと見ると~~……。


  


「書き直しね! ツッコミどころが多すぎるわ!」


「まず男性が主人公になっちゃってます! 文章に男性っぽさが滲み出てます! 男性の口調がなんか変です!」


「ぅぅ…女の子向けっての忘れてた…。この男もなんか武士みたいな喋り方になってるし…チクショウ!」


 茶道要素が全く出て無いし、そもそも主人公がすり替わってしまってる。文章も変で短絡的な作品の最初部分が出来上がってしまった。


 思ったように書けないし、語彙力も頭の中の文章の引き出しも少なすぎて良い物が出来上がらない。


「文章としても金を出して読めるようなレベルじゃねぇやな…ここはアレしかねぇか…」


「誠治、何か作戦があるのっ?」


 ネットに数話だけ小説を投稿したくらいでは雑誌に載せられるような文章にはならない、技術不足で目も当てられない文章だ。そもそも依頼された内容とさっそく違いが出てる。


「霊能力を使うアレだよ……盗作を越えた盗作、作家の魂を口寄せして書いてもらう!」


「そんな事できるんですか灰川さんっ!?」


「もう今の時代は何を書いても何かのパクリって言われる時代だ! ならばいっそのこと口寄せで乗り切る! 得意じゃないけど!」 


 時間も無いしまともな文章が書けない以上は他の手段に頼るしかない、灰川が考えたのはゴーストライターがゴーストを体に降ろし、桜の代わりの灰川の代わりに書いてもらうという手法だった。


 口寄せというのはイタコという霊能力者が、亡くなった人の魂を呼び寄せて自らの体に憑依させる霊能行為だ。灰川も出来るが本職のイタコには及ばない、それでもやるしかない!


 もちろん亡くなった人の力を自由に借りられる便利な術ではない、灰川家方式だと身勝手な事に使おうとしても発動する事が出来ない術なのである。しかも呼び出す魂との相性の問題などもあり、やたらめったらに使えない。


「口寄せを使っても俺の霊能力があれば危険は無い! 手段を選んでる暇は無いんだっ、やるぞ!」


「灰川さんがそう言われるなら…、分かりましたっ、私も精一杯協力させて貰います!」


「どうなるのかしら…」


 作品制作方法の方針は決まり実行に移す、口寄せできるのは既に亡くなってて、口寄せに必要な情報が検索できる作家に限られる。しかも有名過ぎると作風をパクったと思われるから、有名過ぎない人に限られる。制限が多い。


 そんな人物をネットで探し、相性などの問題で何度か失敗した後に、陽呪術を口寄せに転用した術式で作家の霊を呼び出せた。


 その作家は生前にヒット作を幾つか書いて映画化もされた作家だが、スーパーメジャーとは言えないくらいの作家、徳原 道子という女性作家を口寄せする事に成功した。


 しかし、灰川も史菜も由奈も焦りが先に来てて情報を精査しておらず、その作家の作品は9割以上は官能小説だという事に気づいてはいなかった。




 一方その頃、空羽と桜は3階の配信ルーム前のテラスで打ち合わせをしていた。今回は空羽が主体の配信となるため、目の見えない桜のために用意された配信ルームは使わない。


「ナツハ先輩~、どんな感じで配信トークしてけばいいかな~?」


「えっとね、今回のコラボ配信の予定は赤木箱シャルゥちゃんだったから…」


 小路はナツハに対してタメ口だが、これは空羽がそうして欲しいと言ったからだ。小路は焦り状態から息を整えて配信モードになる、信頼する灰川が助けてくれてるのだから大丈夫だと信じてるのだ。


「シャルゥちゃんって、その……下ネタとかセンシティブなトークが人気なの」


「うん~、私も少しだけ知ってるよ~」


 赤木箱シャルゥはシャイニングゲート所属のVtuberで視聴者登録は80万人、元気キャラで配信では下ネタや妄想エロネタなども交えながらのトークが人気のVtuberである。


 不思議と話が下品に感じられずエロさも感じられない配信なのに、どこか心の奥にチクリと刺さって抜けない感じのエロを想起させる独特なトークをする。ナツハにも小路にも無い個性があるVtuberだ。


「だから会社からはシャルゥちゃんの視聴者に合わせたトークをして欲しいって言われたの、小路ちゃんは出来そうかな…? ぅぅ…」


「……~!?」 


 その場にいない赤木箱シャルゥのトークをなぞって普段はしない少しセンシティブな配信、慣れてないナツハと小路が本当に出来るのかは謎である。既にナツハは普段は感じない質の緊張に顔を赤くしてる。




 一方で隣の部屋の100万人耐久配信を控えた三ツ橋エリスも、似たような状況に立たされて頭を抱えていた。


「どうしよう…いつもは読まない漫画の話をしようと思ってたんだけど…」


 エリスはSNSに『耐久配信の時に普段はしない特別なトークしちゃうよー』と投稿した所、それを読んだフォロワーが勘違いして『三ツ橋エリスがセンシティブトークをする!』みたいな感じで広まってしまってたのだ。


 全員が退くに退けない状況だ、それぞれの形でセンシティブにどう立ち向かうかが問われようとしてる。 


 センシティブ、完全に避けては通れない道だ。その言葉の受け取り方や程度が試される。


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