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配信に誰も来ないんだが?  作者: 常夏野 雨内


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117話 騒がしい日

「灰川さん、助けて~」


「誠治! 桜ちゃんを助けてあげて!」


 シャイニングゲートの配信者邸宅リビングに入ると桜と由奈が焦ってる姿が目に入った、由奈は桜と仲良くなり招かれたのだ。


 暫くお喋りなどして過ごしてたようだが先程に出版社から電話が来たらしく、「明日が小説の締め切りなんですが、完成してるでしょうか?」と言われたそうだ。


 桜は依頼された仕事の締め切りを1か月後と勘違いしてたそうで、その電話を受けた時に全身から血の気が引き、焦りと混乱の余り「はい、でも確認してから送りますので明日に送りますね~」と咄嗟(とっさ)に返してしまったそうだ。


「やっちまったね…」


「小路ちゃん…」


「本当にやっちゃったよ~…」


 桜は喋りはいつものような、のんびりした口調だが元気がない。どうすれば良いのか頭が働いてないように思える。


「誠治っ、みんなで考えてあげたいわっ! お仕事を失敗したら次のお仕事が来なくなっちゃう!」


「うぅ~、どうしよう~」


 由奈の言う事はもっともだ、灰川もこの業界に関わって来て少しは内情のような物が見えたり聞いたりするようになってる。


 企業案件を受ける際には信用がとても大事になる、この人なら売り上げを上げてくれる、この人なら名前を売ってくれる、などの信頼があればこそ仕事を依頼されるのだ。


 宣伝依頼以外の仕事だって同じだ、この人の名前があれば話題になる、この人が作った物だから売れる、そう思われるからこそ仕事が依頼される。


 締め切りを守るのだって大事だ、何かを作ったり売ったりするという事は多くの人が関わる事であり、締め切りを守らなければ沢山の人に迷惑が掛かる。


 一回でも約束を違えれば信用は失われる、アイツは期限を守らない、アイツは約束を守らない、そういう認識が界隈で広まってしまうのだ。そうなれば話を知った人達からは仕事の依頼は来にくくなるだろう。どれほど売れっ子だろうと調子に乗ったマネをしてれば後に響くのだ。


 アイドルなんかで売れっ子時代に調子に乗ってスタッフをイビってたり、遅刻を繰り返してたら、数年後に1件の仕事も来なくなったなんて話はよく聞く。


「とりあえず依頼された小説の条件とかはどんな感じなの?」


「ん~とね~、女の子向けの青春雑誌で、ファッションとかお菓子とか、色んな流行りの物を特集したり紹介したりする雑誌だよ~」

 

「女の子っぽい内容だなぁ、それで条件は?」


「とりあえず主人公は女の子で、イケメンのキャラは出して欲しいって言われてて~、後は自由に書いてって言われた~」


「かなりフワフワした条件ですね、これだと逆に何を書いたら良いのか分からないような気がします」


 桜に聞くと雑誌は月刊で小学生から中学生女子向けの情報発信トレンド誌、渋谷とか原宿に憧れてる女の子を狙いつつ、スポンサーの販売してる商品などに読者の興味を向けさせる的な本だそうだ。


 桜はその雑誌を読んだ事はないらしく、小説の依頼という事で見切り発車で受けてしまった。文章を書き始める前に読む気では居たそうだが、今から詳しく読むような時間はない。


 桜は目が見えないため本を読むにも誰かに読み上げて貰ったりするしかないのだ、こういう雑誌は点字書籍にはならない。


「ん? 電話だ、市乃からだな」


「市乃ちゃんですか、どうしたんでしょうか?」


 灰川は取りあえず電話に出ると、またしてもハプニングを告げる電話だった。


『は、灰川さん! どうしよう!登録者100万人耐久配信が今日に繰り上げになっちゃった! でもパソコンが壊れちゃった!』


「嘘だろ!?」


 三ツ橋エリスの耐久配信が今日に繰り上げられてしまった、現在の登録者は994100人らしく、会社から今日が最良のタイミングだ!と言われたそうなのだ。


 それに関してはエリスも同意であり、今日を逃せば『耐久っぽさ』が失われ、話題性や未登録者の関心が薄れてしまうと確信してる。100万人耐久配信は特別な物だ、絶対に無駄にする訳にはいかない!


 元から耐久配信は決まった日時を指定してた訳では無く、タイミングを見計らって行うつもりだったらしい。それが今日になったというだけだ。


 しかしそんな時にパソコンがいきなりブルースクリーンしか映さなくなり壊れてしまった、恐らくSSDかマザーボードがイカレタのだろう。ブルースクリーンを表示してるとなると簡単には治せない。


「ハッピーリレーの配信設備があるだろ? そっちに行って…」 


『そっちも埋まっちゃってるの! しかも合同の長時間企業案件らしくて、中断は出来ないって言われた!』


 ここの所は灰川の金名刺の力もあり、関係を嗅ぎつけた企業からのハッピーリレーへの依頼案件も増えてる。それが裏目に出た、ハッピーリレー5階の配信者専用階は他の配信者が使ってしまってたのだ。


 耐久配信の開始はSNSで告知してしまった、既にトレンドにも上がってるらしく中止は出来ない。もし中止したらチャンスを逃す事になるし、視聴者の信用を裏切る事になる。


「よし! じゃあシャイニングゲートの配信者邸宅に来るんだ! 渡辺社長と花田社長には俺が話を通しとく!」


『ええっ!? 大丈夫なの灰川さん!?』


「仕方ないだろ! それしか無い!」


 結局は半ば強引に決めて渡辺社長と花田社長に連絡する、渡辺社長は快諾してくれて花田社長も納得してくれた。今頃は花田社長は渡辺社長に礼の電話をしてるだろう。ハッピーリレーとしてはシャイニングゲートに借りを作るような形だが、そこは仕方ない。


「また電話!? 次は空羽からだ、嫌な予感が…」


『灰川さん! 今日コラボ予定だった赤木箱(あかきばこ) シャルゥちゃんが急用でコラボできなくなっちゃった! 代わりに小路ちゃんを代打にするって会社に言われたんだけど繋がらないの!』


「よし! とりあえず配信事務所に来い! 話はそれからだ!」


 もう滅茶苦茶だ、不運は重ねてやって来る。


「と言う訳で桜、これから自由鷹ナツハと長時間コラボ配信が急遽決定した……」


「私にも連絡来たよ~…会社にはナツハ先輩と私がコラボできる機会は予定的に少ないから、他の仕事を後回しにして配信してくれって~…」


 桜は会社に明日締め切りの仕事が全く手付かずという事は言ってない、言う事が出来ない。そこにコラボ配信の指示だ、心情的にも後ろめたさがあり断れなかったのだろう。


 桜は250万人の視聴者登録を誇るVtuberだが、中身は高校1年生の女の子である。精神は未熟だし非常時にどうすれば良いか分からない時もある。しかもこんなトラブルはプロ作家だって顔を青くするだろう事態だ、15歳の子がどうこう出来る事ではない。


「……よし、とにかく何とかしよう…!」


「具体的にどうするんでしょうか…?」


「私も手伝うわよ! 何でも任せなさい!」


 桜は放心状態だ、小説の内容は全く決まっておらず、それどころか掲載される雑誌のリサーチすらしてない状況、しかも細かくリサーチする時間もない。


 文章量は1話目という事もあって2万文字と多いから今から手を付けて間に合うかどうかだ、細かい事を決めてる暇は無い。締め切りは明日となってるが、正確に言うと明日の朝の出版社の始業時間までだ。時間にして猶予は14時間ほどである。


 ナツハとのコラボ配信の内容は『夜までまったりフリートーク!』で、面白い話やシャイニングゲートでの楽屋ネタを含めた出来事など、視聴者が興味をそそられる話をする予定らしい。


 配信開始は2時間後だが、ナツハとの打ち合わせもあるから、その間は小説執筆の時間は取れない。もし打ち合わせも無しに配信をしたら長い時間は持たないと思われる。


「市乃ちゃんはともかく、やはり小説の締め切りが…」


「………」


「どうしよ~……」


 灰川は考える、こういう業界は一回でも転べば大きな欠損に繋がりかねない。SNSで炎上したり業界で悪い噂が広がれば、冗談では済まない事態になる可能性があるのだ。


 今の時代はどんな事が大きな問題に発展するか分からない、何気ない発言が大炎上して引退を余儀なくされる芸能人、過去の行為を掘り返されて悪名が広がる配信者、失敗が許されない世の中になってきてる。


 そのためには『違反してない・失敗してない・精一杯頑張った』というスタンスを取り続けなければならない、逆に言えばそれさえ守れれば問題は浮上しにくくなる。


「ゴーストライター作戦しかないと思うけど……どうする?」


 「「!!」」


 ゴーストライターとは作者の名義を使って他の誰かが作品やエッセイを書いたりする行為の事だ、その作者の作品を楽しみにしてる人達を騙すのだから許される行為ではない。


 もちろん桜も史菜も由奈も難色を示す、しかし灰川の目的は別の所にあった。


「締め切りを守るために一先(ひとま)ず何かの作品を書いて出版社に提出する、これで体裁は守られる筈だ」


「でも、私が書いたのじゃない文章なんて…読者の人達を騙すことに~…」


「大丈夫だ、そこはコンセプトとかが違う感じの文章になるから必ずボツを喰らう。そこで時間を稼いで、本当の締め切り(・・・・・・・)に間に合うように桜が小説を書くんだ」


「えっ!? 締め切りって2つあるのっ? どういう事なの誠治!」


 灰川が以前に勤めていた職場に、友人が漫画家をやってる人が居た。その人から聞いた話では編集者が言ってくる締め切りは余裕を持たせた締め切りであり、本当に本に載せる事が出来るかどうかの締め切りは別にあるという話を聞いた。


「もちろん決めるのは桜だ、俺が今出せる案はこれしかない…」


「………」


 現実的に考えて出版社が発行する雑誌に載せられるレベルの2万字作品、それも大事な1話目を今から仕上げられるとは思えない。


 人にもよるがネットの小説サイトに投稿してる、素人が考えなしに投稿してる作品ですら2万字を書くのは数時間で書くのは難しい。


 それに灰川が書いた文章を残された時間で桜が手直しするという方法もあるにはある。


「でも誰が書くんですか? 私は文章は書いた事ないのですが」


「私もムリねっ! 作文しか書けないわ!」 


 出版社に渡す文章だ、おいそれといい加減な文章は出せないし、ある程度の文章が書けなければならない。ボツ前提だから桜の文章であることを過度に意識する必要は無いだろうが、明らかにゴーストライターだと感づかれないようにはしたい。


 桜は文章が上手い、少なくとも出版社から依頼が来るくらいには上手く書ける。Vtuber染谷川小路という事もあるだろうが、それでも文を書く仕事が来るのだ。


「俺が書く、それしか無いだろうさ」


「誠治って小説なんて書けるのっ!?」


「一応は俺も大学卒だ、それに配信者になる前はネットでホラー小説を投稿したこともある!」


 この中で時間があって最も年齢が行ってるのは灰川だ、それにもし出版社側に何か突っ込まれても言い訳はバンバン浮かんでくる。


 シャイニングゲートが何やかんや手違いして変なの送ってしまったとか、外部コンサルタントの灰川が何やかんやして間違えたとか、そんな感じの言い訳だ。


 ここは時間稼ぎのためにボツを出し、本当の締め切りを引き出した上で桜が執筆する。それしか浮かばない。


「ん~~……」


「迷ってる暇は無いぞっ、そろそろエリスとナツハが来る。ナツハが来たら時間は取れなくなる」


 もう時間はない、出版社に対しては不義を働く事になるが、仕方ない事と割り切るしかない。人間なんて間違いも起こすし、それを隠そうとする事だってある。自分たちだって同じ人間だ。


 今回は全面的に桜が悪いが、ここまで放っておいた出版社やシャイニングゲートも問題がある……という事にしておこう!


「灰川さん、お願いしたいよ~。たすけて~」


「よし分かった! どうせボツになるんだから任せとけ!」


 こうして灰川がゴーストライターを請け負う事となり、その直後にエリスとナツハが急ぎながら入って来たのだった。


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