116話 一難去って
パクリ配信カフェの一角で3人のグループが、本家ハッピーゲートでの配信に向けて話し合ってる。
彼らは視聴者登録数600人の名も無き配信者達、どうやら大学生グループのようだ。
「あと5分したら行かなきゃな、予定通りに最初は俺がハッピーゲートの事を褒めて良い雰囲気作るからよ」
「その後に俺がハッピーゲートチャンネルからの新規視聴者に向けて、ハピレとシャイゲのVtuberや配信者を褒めたりしてちょっと媚びるだな」
「そんで俺がこの日のために用意してきた本命のトークで視聴者を掴む! これで300はカタイ!」
熱く語り合う彼らの目には、悩みの色はあっても悲壮感は無い。これから勝負の場に赴き全力を尽くし、そして勝つという決意が浮かぶ。
「店内に居る他の配信者にも出来たら顔を売るぞ! 格上に気に入られりゃコラボしてもらえるかもしれんしな!」
「昨日は登録者2000人だったプレッシャーSが3000人も伸ばしたって話だ」
「俺らだって行ける! 必殺の爆笑トークネタがあるんだからな!」
彼らは負ける事など考えもしない、ただ全力をぶつけて成功させる。自分たちなら出来る!と強く信じてるのだ。
どこからそんな自信が来る?君たちは他の配信者より努力してると言い切れるのか?面白くないから伸びてないんじゃないか?傍から聞いてればそんな感想も浮かんでくるだろう。
「自信なんて別に理由なしに持っても良いんじゃないか?」
「!? それは、どういう…」
「だって自信持つのに国家資格とか必要ないし、俺だって今も世界一の配信者になるのは俺だって信じてるしな」
「!!?」
「ちょっと大きく言い過ぎたな、でも目指してるのは本当だぞ」
自信とは、自分の勝ちや能力を信じる事、行動や言動、行く道は正しいと信じる心と書いてある。それを有する資格があるのは、凄い努力をして目的に一直線に向かう者だけだと言う人も居るだろう。
だが別に何の努力もしてない人が自信満々でも法律には触れない、目標に向かい自信を持って進む事に罪は無い。努力が伴ってなくとも自信を持つかどうかは自由だし、自信がある奴は魅力的に映る。
しかし自信を持てる性格かそうでないかは大きな違いがある、史菜はどれだけ努力しても自信を持ち切れない繊細な心の持ち主なのだ。
「あっちの人達を見てみなよ、また違った話してて面白いぞ」
「えっ、はい」
今度は別の方向の2人組の話に耳を傾ける、女子高生のコンビでVtuberをやってるようだ。視聴者登録は250人、なかなか数字が伸びず手をこまねいてる様子。
「絶対に今日のVtuber配信でユウマ君の好きなストーリー朗読で私を好きになってもらって、彼女にしてもらうんだからっ!」
「あ~、うん、読書とVtuberが好きって言ってたもんね…でもさ…」
「私はユウマ君が好き! そのユウマ君がVtuberが好きって言うなら、私がVtuberになるしかないじゃんっ! 絶対に好きになってもらうんだから!」
「でもユウマは小学2年生だっつーの! しかもユウマの実の姉の私に、お前の弟がVtuber好きだから一緒にやろうって言うか普通!?」
「はぁはぁ、待っててねユウマ君っ! ハッピーゲート配信がすぐ始まるからねっ!」
「ダメだこりゃ…」
何やらヤバいノリの子と普通のノリの子が居る、意中の人を振り向かせるためにVtuberを始めたようだが、色々とヤバイ感じだ。
「な、なんだか凄い気迫ですっ、ああいう目的でVtuberをする人も居るんですねっ」
「そ、そうみたいだな、なんか凄い2人組だなぁ」
恋のために配信を頑張る子もいるようだ、年齢差がちょっと気になるが。
頑張る理由は人それぞれ、自己顕示欲を満たしたいというのも立派な理由、誰かを振り向かせたいのだって立派な理由だ。その理由に向かって一直線に頑張る者達の熱気が史菜に降り注ぐ。
「俺たちがネットの人気者になるまで、あと1時間だな!」
「おう! 絶対に収益化しよう!」
「SNSを使えば勝てるはず!」
「90分でTwittoerXの登録者何人稼げるか配信、イケルはず!」
「ハッピーゲート配信で視聴者何万人とか増えたらどうしよう…すごく不安…」
「そっちの不安なの!?」
男も女も無い、学生も成人も無い、ここに居るのはただ自分の面白さや才能を、大した根拠もなく信じてネットの世界に繰り出そうとしてる人達だ。
クラスで面白いと言われてる子、大学で誰かから面白い奴だと言われた人、会社でギャグを言ったら大笑いを取れた人、そんな者達が自由に飛び込む世界。自信を持つ理由なんてその程度でも良いのだと史菜にも伝わる。
この中の何人が配信で生活できるようになるだろう、1人か2人、0の可能性の方が高い。それでも自分たちを信じる気持ちが集約されたこの場所のエネルギーは、自分だって!という気持ちにさせてくれる。
「さて、そろそろハッピーゲートの時間だな、実は関係者整理券を貰っててよ」
「!!」
ハッピーゲートには関係者が短時間だが入れる券があり、それを貰っておいたのだ。
「本家はもっと凄いぞ、ここの人達の縁の下の頑張りや気持ちを知った後で行くと、少し違った感想が出てくるかもな」
「はいっ、行ってみたいですっ」
史菜の目に光が差してる、さっきまでとは違った目つきだ。頑張ってるのは自分だけではない、誰でも知ってる事だが実際に頑張ってる場面はあまり見れない物だ。
その場面を見て心に発破を掛けられたのだ、目標や未来に向けて心を燃やす人達の熱は史菜の心を熱くした。
「す、すごいですっ…!」
ハッピーゲートの奥の席に行き店内を見渡すと、そこは熱くした心を燃え上がらせるように配信をする人や、推し活に勤しむ人達が群れ成してる。
「こんにちはー! 配信始めるよー!」
「来ちゃったよハッピーゲート! みんな見てるか!」
「そんでさぁ! アタシは今期アニメは~…!」
「客多すぎて配信に集中できねぇや! ぎゃはは!」
そこそこ視聴者数が多い配信者も居れば、全く無名のVtuberも配信してる。ここに来て初めて配信をしてみたなんて人もチラホラ居るくらいだ。
平均の熱量が高い、ここで視聴者大量獲得で一発逆転パンチ!そんな狙いを持った人たちが全身全霊で配信に臨んでる。
「あっちの方も凄いな、Vtuberとか配信者のファンみたいだぞ」
灰川が見た方向には推しのVtuberや配信者について熱く語る人達がいる。
「やっぱ自由鷹ナツハが一番だな! 俺こんなにグッズ買っちまったよ!」
「竜胆れもんが推しだぞ俺は」
「おいおい! 染谷川小路だろっ、あの不思議な感覚がたまんねぇよ!」
「三ツ橋エリスに北川ミナミ…かなり良い配信してんじゃん」
「だろ!? ハッピーリレーもノって来てるよな!」
「俺は最近ルルエルちゃんの配信見てるぞ」
配信者が熱いようにファン達も熱い気持ちを持つものだ。ここに来てるのはシャイニングゲートとハッピーリレーのファン達であり、2社に属する配信者達を支えてくれてる人達だ。
彼らが見てくれて応援してくれる人たちが居るから続けられる、彼らに面白い、楽しい、可愛いと思わせる事が出来るから配信が続けられる。ここはそんなファン達の生の声が聴ける場所でもあった。
しかも配信企業がやってるカフェのため、Vtuberの事だって恥ずかしがらず臆さず話題に上げる事が出来る場所だ。
「もし今すぐ北川ミナミちゃんがここに居ますよーって言ったら、どんな騒ぎになるだろうな? ははっ」
「や、止めて下さいね灰川さんっ。それにしても皆さん凄い勢いがあります」
「そりゃそうだろ、わざわざ遠い所から来てる人だって居るだろうし、全力で配信して全力で楽しむさ」
店員は忙しく歩き回り、配信してる客は全力でファンを掴もうとしてる、ファン客は男女とも好きなVtuberや配信者の特別配信を見たりしながら盛り上がってる。
配信界隈の熱を凝縮して詰め込んだような空間、クーラーが効いてて涼しいのに汗が出て来そうな熱気が満ちていた。
「なんだか…凄く負けてられないって気持ちになりましたっ…!」
史菜はここに来て、これでもか!というほど熱を浴びた、それは自信を取り戻させると言うよりは、立ち上がるための熱量を与えるような現象だった。
自分の配信を楽しみにしてる人が居る、沢山の人が競うように頑張ってる。様々な現場を見て史菜の心にも熱が完全に戻った。
「連れて来て頂いてありがとうございます、灰川さん」
「おうよ、本当は配信とかしてみたかったけど時間切れだったしな」
あの空間には自分も配信をしてみたいと思わせる雰囲気がある、それに当てられた史菜もあの場で配信をやってみたい気持ちはあったが我慢した。
2人は店を出て歩きながら話す、午後4時過ぎで暑さもまだまだ残ってる。夕方とも言えない微妙な時間だ。
「そういえば灰川さん、市乃ちゃん達と行かれた旅行、とっても楽しかったそうですね」
「おう、みんな喜んでくれたし俺も楽しかったぞ、写真とか見せてもらったんだろ?」
「はい、市乃ちゃんもツバサちゃんも、いっぱい楽しかったって言ってました」
灰川の実家に遊びに行った時は、史菜は仕事があってどうしても行けなかった。とても残念がってたそうだが仕方のない事だ。
「それにシャイニングゲートの小路ちゃんとも凄く仲良くなったそうですね、一緒に乗馬してピッタリくっ付いたとか」
「まあな、ヒホーデンも大人しい馬だし問題なかったぞ、桜も喜んでたし」
「ツバサちゃんとは凄く仲が良いらしいですねっ、灰川さんにくっ付くと良い香りがするって言ってましたよ?」
「お、おいおい、それはよぉ…」
なんだか史菜の様子がおかしい、まるで自分も負けじと目標物に近寄る狩人のような目、この目はいつもは大人しい史菜が時折に灰川に見せる目だ。
「私に言ってもらえればくっ付くくらい、何度でも気の済むまでして頂いて構いませんよ♪ ふふふっ」
「おいおい、そりゃイカンて」
史菜は完全に普段の調子を取り戻し、灰川に対しても好感度MAXのいつもの状態に戻っていた。むしろ前より好感度は高いかもしれない。
「そろそろ帰る時間だな、ん? 電話が来た」
スマホを見ると着信が入っていた、既に2回くらいメッセージや電話が来てたようだが騒がしい場所に居たため気付かなかった。
「はい、もしもし、桜か? え?由奈も一緒?」
電話はシャイニングゲートの染谷川 小路こと春川 桜からで、今日は午前に配信をしてから会社の配信邸宅に由奈を呼んで、お喋りなんかをしてたらしい。旅行で仲良くなったから、忙しい合間を縫って親睦を深めてたのだろう。
そしたら緊急事態が発生したようだ、オカルト関係ではなく仕事関連だ。
『来月に締め切りだった雑誌の小説がね~、実は勘違いしてて明日までの締め切りだったんだよ~』
「「!?」」
『今日中に書かなくちゃいけなくなっちゃった~、助けて灰川さん~!』
「「今日中!!?」」
染谷川小路は実は配信で読んでる自作小説がよく出来てると評判であり、文章系の仕事や企業案件が元から幾つかあるそうだ。
その中で会社から絶対に落とすなと言われてる仕事が今は3つある、それは自社刊行の保存版Vtuber雑誌『Vstyle』の連載小説、本物のVtuberが共同執筆で書いてる話題のVtuberライトノベル『はいしんっ』、そして3つ目が大手出版社からの執筆依頼だ。
『A-meiっていう大きな出版社からのお仕事なんだよ~』
『誠治! 時間がないわ! すぐに桜ちゃんを助けてあげてっ!』
こんな感じで助けを求められてしまった、結局は史菜も時間が許すまでは協力してくれる事となり、病院から退院からの史菜と出掛けてから、更にシャイニングゲートの配信邸宅に向かう事となった。




