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配信に誰も来ないんだが?  作者: 常夏野 雨内


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115話 配信カフェの非公認舞台袖

「ふぅ、美味かった!」


 灰川は無事に退院し、その足で病院の近くにあるラーメン屋『ラーメン小住家』で濃い味のラーメンを食べて渋谷に戻る。


 ハッピーリレーとシャイニングゲートからは念のため今日は休めと言われており、自宅のアパートに帰ろうかとも思ったのだが灰川事務所の方に来ていた。


 灰川のアパートはエアコンのパワーが弱く、フルパワーにしても部屋が涼しくならない。今日は最高気温は38℃と非常に高く、アパートに戻ったら蒸し焼きにされると思ってこちらに来ていた。


 事務所の方にもスマホの充電器などはあるし、冷蔵庫や仮眠室もあって、ある程度は生活する事が出来る環境だ。パソコンもあるからやろうと思えば配信だって出来る。


 事務所に入りエアコンを点けて一息つきながらスマホを確認する、退院したのか?というメッセージが市乃たちから入っており、全員に向けて無事の報告と騒がせてゴメンというメッセージを送った。その直後にスマホに電話が入る。


「おう史菜、おかげさまで無事に退院したぞ~」


『おめでとうございます灰川さん、何事も無かったと聞いて安心しました』


 史菜は特に心配してくれてたようだ、最近はあまり会ってなかったから余計に気にさせてしまったのかもしれない。


「わざわざゴメンな、忙しいだろうに電話までさせちまって」


『いえ、今日はお休みなんです。最近は忙しくて休みが無かったので』


「そっか、じゃあしっかり休まないとな」


『そういう訳にはいきませんっ、休みの時こそしっかりと話題の情報や流行りを学ばないといけないんですっ』 


 人を楽しませるということは何らかの面白さや安らぎを与えることだと史菜は言う、そのためには知らなければいけない情報や、学ばなければいけない話術や考え方がまだまだあると言った。

 

 人気稼業というのは水物だ、油断慢心してればファンは離れる。そうならないために出来る限りのことをしなければ、あっという間に名前は落ちてしまう。


 しかも今は夏休み期間、多くの人がファンや視聴者獲得のために動いてる。そこで出し抜かれないようにするためには、休みであっても動きを止めてはならないと史菜は語った。


「でもよ、考え過ぎて疲れちまったら逆効果だろ、ここはしっかり休んで~…」


『ダメなんですっ! そんな事だから私は市乃ちゃんに追いつけないんですっ!』


 市乃は少ししたら登録者100万人耐久配信がある、だが史菜こと北川ミナミの登録者数は以前より増えたとはいえ82万人だ。


 総合的な稼ぎはミナミが上だが、視聴者数は配信者の一番の指標であり、そこで差を付けられてるとどうしても同格とは見られない。市乃にそんな気が無くとも周囲や視聴者はそう見る……と史菜はかなり強く思い込んでる。


 そういう事もあるかも知れないが気にし過ぎだ、それで焦って配信に悪影響が出たら元も子もない。現に史菜は強い焦りを感じてるように灰川には見受けられた。


「史菜、今日ちょっと俺に付き合ってくれ」


『えっ?? い、今からですか? 灰川さんは退院したばかり…』


「俺は別に良いんだよ、健康だし。ちょっと行きたい所があるんだ、無理にとは言わないけどさ」


『は…はい…、灰川さんがお誘いしてくれるなら…』


 史菜は灰川に強い好感を持ってるため断りはしなかった、しかし声色には明らかに予定が崩れたとか、本心では時間を無駄にしたくないという気持ちが浮かんでる。


 昼過ぎに会う約束をして、少しの準備をしてから灰川は事務所から出て待ち合わせ場所まで向かって行った。




「どこに行かれるんですか? なんだか灰川さんとこうして歩くの久しぶりな気がします」 


「そうだな、史菜とは仕事で少し外に出たけど、あの時はアフレコに集中してたしな」


 史菜と一緒に渋谷の街を歩く、史菜は今日も落ち着いた服装のよく似合うお洒落な感じで可愛らしい。黒髪のロングヘアも雰囲気に合ってる。


「今日はちょっと巷で噂になってる所を見に行くのさ、俺は前に少し行ったんだけどね」


「噂? どんな噂なんですか? あっ、ここってハッピーゲートの近くですね」


 夏休み期間限定でオープンしてるハッピーリレーとシャイニングゲートの共同配信カフェ&BAR、その近くに灰川の目的地はある。


 ハッピーゲートを見ると今日も客でいっぱいだ、整理券も配られてるから行列は短いが今から入ろうとすれば相当に待たされる事になるだろう。


「よし着いた、目的地はここなんだ」


「ここって何ですか? なんだか少しハッピーゲートと似たような雰囲気というか」


「ここは配信喫茶&BARのようなもの! ハッピー・ゲートボールだ!」


「ハッピー・ゲートボール!?」


 人気商売や好評を博す店にはパクリの産業が付き物だ、周辺で話題になってるハッピーゲートも事前に情報を誰かにキャッチされてたのか、即座にパチモノの店が出来たのである。


「こっちは本家のハッピーゲートと比べればチャチな作りで、当然ながら企業Vtuberのグッズ販売なんかもない」


「売ってたら大問題になりますよ!」


「しかし配信は一応は出来る! 設備はショボい!」


「つまり全部がグレーゾーンのお店って事ですね!」


 完全なるパクリの店であり、近くのハッピーゲートの人気に便乗した商売だ。褒められた店じゃないが本家とは違う魅力がある。ハッピーリレー配信者のボルボルと灰川が一緒に来てリサーチ済みだ。


「まあ入ってみようぜ、聞いてた通りなら面白いもんが見れるぞ」


「は、はい、でも私や灰川さんが入って問題にならないんでしょうか?」


「気にすんなって、社長達はカンカンだったらしいけど、面白そうだって事で何人か来てるそうだからよ」


 とりあえずパクリ配信カフェに入ると、意外にも客は結構居て店内は賑わいを見せている。そして何より、ハッピーゲートとは違った熱気のような物が感じられた。


「あっ、何だかグッズが売ってます!」


「これは個人Vtuberとかのグッズだ、販売マージンを何%か取って売ってるらしい。あっ、前に見た鬼売名Vtuberのグッズもある、しかも売れ筋なのかぁ」


 店内は飾り気のない汚れ気味の白い壁に凄い小さな販売ブース、あまり性能の良くなさそうなPCが幾つか席に並び、各席にはタコ足配線からどこのメーカーとも知れないスマホの充電器が伸びている。まるで『配信見たかったら自分のスマホで見ろや!』とでも言わんばかり、本家ハッピーゲートとは雲泥の差だ。


 超劣化版ハッピーゲート、ここも夏季限定の出店を謳っている。こういう商売は長くは続かない事を知ってる人が店を出してるのだ。訴えられそうなギリギリを攻めてるのも手慣れてる感じがする。


「らっしゃっせー、前金で1000円っす。好きなとこに座って下さーい」


 受付の学生っぽい店員もヤル気なさそうな感じだ、ここまで来ると逆に面白い。


「あ、あのっ、灰川さんっ、何だか店内は凄いというか…私の知らない雰囲気の熱気とかがありますっ…!」


「そうなんだよ、ここは本物のハッピーゲートとは違ったタイプの熱があるんだよな」 


 向こうの本家はオシャレで可愛く、ファンを楽しませようという企業の努力と知恵が見える。綺麗で洗練されてて、配信というコンテンツを様々な形で楽しめる場だ。配信に投稿されるコメントの雰囲気も柔らかみがある。


 こちらは殺風景で内装など居抜きの考えなし、客を楽しませようという気も無ければ特段に綺麗でもない。しかし……。 



「オラオラぁ! ハッピーゲートでの準備配信だからって手ぇ抜かねぇぞ! 確殺コンボじゃぁ!」


「ハッピーゲートの待ち時間のうちに動画編集しなきゃ…! 間に合え~!」


「ハッピーゲートでの配信は明るさと盛り上がり重視で行くぞ! 俺たちが名を上げるチャンスだ!」



 何やら行儀の悪い配信をしてる人や、焦りながら動画編集してる人、ハッピーゲートでの配信のための打ち合わせをしてる人、色んな雑多な人が居る。


 そこは視聴者たちに見せる配信者達の華やかで綺麗な部分とは別の面、悩みやストレス、隠すべき苦労が見える場所だった。いわばハッピーゲートに行く前の待ち時間で色んな作業や、配信のコンセプトを最終確認の場所として使われてる。


「とりあえず座るか、少し周りの会話とか聞いてみようぜ」 


「は、はい…皆さんハリきってらっしゃいますね」


「ここはハッピーゲートで配信する準備とか、前哨戦の場所として使われてるらしいぞ」


 ハッピーゲートは配信カフェという事もあり有名無名の配信者がチャンスを掴みにやって来る、視聴者の心を掴めたと判断された者には2社からスカウトが掛かるとあり、熱量は非常に高い。


 だからこそ向こうの店内は皆が綺麗で面白い最高の配信をするために全力を尽くす、女性ならばもしシャイニングゲートから声が掛かれば凄いステイタスになるだろう。しかも裏では業界3位の企業『サワヤカ男子』もここの配信を見て密かに発掘を狙ってるという噂もある。


 つまりスターへの道が開けるのだ、その場所がすぐ向こうにある。しかし満員御礼の日々が続き、一人当たりの利用時間は90分という制約が出来てしまった。それでも多くの人が夢を掴むために向こうの店に訪れてる。


 ハッピーゲートはVtuberやハピレ配信者のファン客からしたら楽しむための場で、配信に来た人たちにとっては試練の場でもある。もちろん人によって温度差はあるだろうが、本気の人はマジで全力だ。


 スカウトが無くてもハッピーゲートでの一回の配信で5万人も視聴者登録を伸ばした人物も居るらしく、既に配信界隈では激アツスポットとして認知されてる。


「史菜は配信で何をしようとか、どうすれば良い配信になるかとか考えるよな?」


「はい…でも最近はまた行き詰まりを感じてて…」


 史菜は最近は安定した配信が出来てないと語る、忙しさにかまけて自身の感性や知識を磨くことを怠ってると言うのだ。


 配信で話題につまり、時間を稼ぐためにやむを得ず同じ話をしてしまったり、新しい情報知識が不足して上手くトークを回せなかったりしてるらしい。


 今は少し前に灰川に話してくれた自身の配信で心掛けてる『好感を持って貰う事』が『好感を下げない』にすり替わってしまってるような状態だ。


 灰川は最近は史菜の配信を見れて無かったが、これは予測してた事だ。史菜は物事を考え過ぎた結果、悪い方に考えが向かってしまう傾向がある子だ。


「よし、ならばこことハッピーゲートを見るのは良い薬になるぞ」


「えっ? でも流行りの情報やサブカルチャーの知識は、ここでは…」


 この場所には上を目指す配信者達の、これから名を上げようとする者達の熱が渦巻いてる。


 一見すれば華やかで楽し気な配信をする者達の、縁の下の飾らない頑張りが見れる所なのだ。それは本家のハッピーゲートではあまり見られない部分である。


 この場所は有料の舞台袖みたいなもの、向こうでの本番に備えて気合を入れたり確認をする場所として使われてる。声を出すのも自由だ。


「あっちを見てみな史菜、あそこに座ってるのは登録者600人のグループ3人your-tuberだ、さっきそう聞こえて来た」


「は、はい…っ」


 視聴者登録数82万人の北川ミナミからすれば木っ端の有象無象、取るに足らない存在だろうが。



「よっし! ハッピーゲートでの配信はとにかく明るく賑やかにだ!」


「チャンス活かすぞ! 登録数は最低でも300上げる!」


「俺たちの面白さ、見せてやろうや!」



 そこには配信や動画でネットで名を上げ、それを将来に繋げようとする若い野望を燃やすグループが居た。


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― 新着の感想 ―
[一言] >今日は最高気温は38℃と非常に高く、アパートに戻ったら蒸し焼きにされる  時事ネタだけれど、今年は日本でも熱中症の死者が1000人以上になりそうで、嫌なことに風化しそうもない話ですね。 …
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