表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
配信に誰も来ないんだが?  作者: 常夏野 雨内


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

114/333

114話 魔導書を見るな!

 万能薬に関連した本が目の前に並ぶ、危険性が低い棚だが気は抜けない。


 棚を見ると綺麗に整頓された本が並んでる、どれからも危険な気配はないが、そこに人類の夢の実現法が書かれてるのだと思うと緊張して来る。


 岡崎先生も同じ気持ちだ、むしろ灰川よりも緊張してる気配がする。(ひたい)に汗を浮かべて一つの書籍として纏められた本を取った。


「とりあえず、これを見てみよう」


 その本にタイトルは無く、実在する本ではない事が伺える。表紙を捲って中を確認した。


「なになに…万能薬を制作する上で最初に認識しなければならない事は、世界の見方を変える事である。医学的な知識や方法を用いれば、万能薬の実現は何万年も後となるだろう」


「それってどういう事なんでしょうかっ?」


「普通の方法じゃ作れないって事らしいね、何か方法があるのかもなぁ」


 万能薬という謳い文句で販売された薬品は歴史上に詐欺を含めて大量にあるし、万能薬だと言われてバンバン使われた薬も多いと書いてある。


 抗生物質ペニシリンもその一つで、戦争中に負傷した兵士を治療するために大量に生産され、多くの兵士の命を救った。その結果として万能薬だと持て囃されたのだが、戦争が終わると需要は一気に低下して万能薬とは言われなくなったのである。


 ペニシリンほどの素晴らしい薬品も万能薬で無かったという結末は、当時の医療界に衝撃を与えたらしい。万能薬とは医療界の一大信仰みたいな物だ、いくら研究しても完成されない神の薬なのだ。


 作り方や考え方が間違ってるから作れない、そのような能書きが書籍には書いてあった。


「まずは世界に満ちる多次元エネルギーを吸収した物質を見極め、境界熱力や環状漏出波動を807次元換算の~~……」


「なに書いてんだか分からねぇ…カルト宗教みたいだ…」


「聞いてるだけで頭が痛くなってきそうですっ」

 

「ええい、私も理解できん! 要するにどうすれば作れるのだ!」


 ページを飛ばして先に進む、完全に理解の外の用語しか出て来ないし、医者の知識を持ってしても意味不明となればお手上げだ。


 しばらくページが進むと作り方が書いてあった、時間は限られてるのだから理論とかはどうでも良い。とにかく知りたいのは製作法だ、理論は後から考えるとしよう。


「現在の万能薬製作法の一つは、東京駅7番ホーム3番自動販売機にて右上のミネラルウォーターを購入、その後に1時間以内に五反田に行きロンドン郵便局に電話を~~……」 


「な、なんだこれ??」


「これって本当に薬の作り方なんですかっ??」


 もう意味不明な内容だ、中学生でも変な事が書いてあると確信できるレベル。しかも工程が非常に長くて複雑、その製作法とやらは万能薬どころか薬の作り方と掛け離れた内容だった。むしろ薬が必要な人が書いたとしか思えない内容である。


「これ信じるんですか岡崎先生? とても科学的とは思えないっすけど…」


「理解も納得も出来んな…やはり夢としか思えん」


「私もこれはちょっと信じられないです」


 まるでゲームのバグ技かチート行為の方法みたいな内容だ、そんな訳がないとしか思えない方法ばかりであった。特定の場所で購入した○○を○○に持って行き、そこで○○をするみたいな感じである。他にも色々あったが、どれも現実離れしてる。


 だが自分たちが気付いてないだけで、解明されてない世界の摂理、次元の裏側に隠された法則に沿ってる方法なのかも知れない。


 バグ技や裏技、チートコードが現実世界に適用されないなんて証明は出来ない、もしかしたら今見てる本は『現実におけるバグを利用した裏技』みたいな物なのかも知れないと灰川は感じた。


 それに気付いた者が魔導書などの書籍を記した、それこそが向こうの棚に並んでる危険な気配を放つ書籍たちなのかも知れない。


 しかしバグを利用してゲームを続けるとどうなるか…プレイヤーはもちろん、他にもあまり良くない影響が出る確率が高まる。


「ここに載ってる方法は忘れましょう、俺達には1万年くらい早い内容っすよ」


「ふむ…確かに方法としては納得も出来んし、試すのも難しい内容ばかりだ」


 バグ技を使ったらゲームが狂って壊れる事がある、プレイヤーキャラがモンスターになってしまったり、マップやキャラが消えたり、そんな事が現実で発生してしまったら大変な事だ。


「あれ? 上から物音がしませんでした?」 


「ん? そうかね?」


「っ…!」


 上から物音がした、2階にはここにある書物とは比べ物にならない危険なナニカがある。


「さっきは言いませんでしたが、上から凄まじく嫌な気配がします…何があっても行ってはいけな…」


 「お母さんっ!助けてっっ!」


 2階から声が響く、それは紛れもなく子供の声であり、一瞬で命の窮地に陥ってると分かる叫びだった。


「だ、誰か2階に居るんですか灰川さんっ!? いま子供の声がっ!」


「私たちと同じように突然に迷い込んでしまったのかっ!?」


「い、いやっ、そんなはずっ…!」 


 偶然に誰かが迷い込む確率はゼロに近い確率のはずだ、しかし灰川たちはその確率を引き当ててここに居る。偶然に子供が何らかのアクセス方法を実行してしまい、灰川たちが居る場所に飛ばされてしまった可能性はゼロではない。


「AIさんっ! 2階に子供が居るんですかっ!?」


「………」


 AIは何も答えない、ただ止まってるだけだ。知りたければ自分たちで資料を読んで調べろという事だろうが、当然ながらそんな時間はない。


「仕方ないっ、私が行く!」


「岡崎先生っ、罠かも知れません! ってかその可能性の方が高いっすよ!」


「それでも子供が危険に晒されてる可能性がある以上、行かない訳にはいかん!」


 子供が迷い込んで助けを求めてる可能性がある以上は確認しない訳にはいかない、何もせず見捨てて子供が犠牲になったとあっては余りにも酷い話だ。


「愛純ちゃんはここで待ってて! 俺と岡崎先生で見て来るから!」


「は…はいっ、でもっ、必ず無事で帰って来て下さいっ…!」


 2人は愛純を置いて暖炉の横の方にあるドアを開けた、予想通りに階段があって2階に繋がってる。


 暗く短い階段を登る道中、灰川は可能な限りの高速で陽呪術の印を結び精神防御や精神耐性といった部分を3人に向けて使う。少し離れてるくらいでも愛純にも効果は届く。


 2階に到着すると異様な気配が満ちていた、部屋は1階より少し小さい程度の部屋だが、中央に鍵の掛かってないガラスケースに3冊の本が入ってる。


 しっかりと表紙を見た訳では無いが、一冊の本に灰川には『写本』と書かれてるのが見えた。しかも11番と書かれてるのも見える。これは原本から数えて11番目に写された本という事だろうか?


「あの本は絶対に読まないで下さい…見た時点でヤバイかもしれません」 


「分かった…どうやら誰も居ないようだが、さっきの声はなんだったのだろうか…?」


 2階に子供なんて居なかったし誰も居ない、あるのは危険な気配を放つ本だけだ。


「灰川さん…あのガラスケース、なんであんな位置にある…?」


「えっ? ウソだろ…部屋の出入り口に…」


 灰川たちが入って来た2階部屋の入り口にガラスケースが移動していた、全く気付かない内にだ。これでは戻ろうとしたら必ず近くを通らなくてはならない。


 一応はあと15分も経過すればこの世界から戻れる見積もりはある、しかし愛純をなるべく一人にしたくないし、もしかしたら15分経過する前に灰川の陽呪術を使って、無理矢理に現実世界にある自分たちの体を起こしてこの場から逃げる事になるかも知れない。


 つまりは1階に戻らなければならないという事だ、そのためには『本物の魔導書』を横切らなければならないのだ。


「行くしかあるまい…愛純君を一人にはさせておけん」


「はい、そっぽを向いて通りましょう、ヤバいと思ったら目を閉じてでも歩いて下さい」


 2人は魔導書の罠に掛けられた、子供の声をどうやって発生させたか知らないし、知りたくもない。あの3冊の魔導書に意思があるのか、自動的に人を呼ぶ機能でもあるのかは知らない。とにかく読んでしまえば取り返しの付かない事になる。


 きっとあの本には万能薬の作り方が載ってるのだろう、不死の秘法も載ってるのかもしれない、知ってはいけない世界の法則が記載されてるのかも、それらは先程に灰川たちが読んだ万能薬の作り方の元となる知識のはずだ。


 バグの起こし方ではなく、何故にバグが世界に発生するのか、不可能を可能にする決定的かつ根源的な理論、それらは完全に禁断の知識と言われる物だろう。猿が知識を得て人間になったように、人間がソレを知ってしまえば人間ではなくなる。


 神と呼ばれるナニカに近付くための知識、その神は人間が考える善なる神ではないかもしれない……邪神、そう呼ばれるモノたちが…。


「………」


「…………」


 2人は入り口にある棚からそっぽを向いて歩く、その際に灰川は岡崎先生と自分に『灰川流陽呪術・霊気消隠(しょういん)』を使用して怪異からの影響を受けにくくした。


 だが、その時に灰川だけの脳裏に映像のような物が流れ込んできた、それは魔導書の記憶とも呼べるイメージに近い……一人の男が狂った笑顔で目と耳と鼻から血を流しながら何かを書いてる映像が…。


 それを感じ取った瞬間に灰川は岡崎先生を押し進めて、一気に階段を降りて行った。


「どうしたんだね灰川さん!?」


「あの本はマズイ!! 知ったら狂う宇宙のバグについて書かれてる! 読んだら終わりだ!」


 AIによって集積された情報は灰川たちの世界で有効な万能薬の生成法が載った物という条件であり、情報自体は灰川たちの世界以外の情報も含まれる可能性が多分にある。


 たったいま脳裏に流れたイメージが灰川たちの世界の事とは限らない。それでも知った時点で陽呪術を突き抜けて頭をおかしくされる予感があった。


 もう万能薬なんてどうでも良い!作ったらきっと何やかんやあって世界戦争になる!そして何より……人間は必ず万能薬を越えたウイルスや毒を生み出す日が来る。そして新たな万能薬が…。


 そのイタチごっこの果てにある世界で……人間は人間の姿と精神を保ったままで居られるのだろうか。


「愛純ちゃん!すぐに帰るよ! すぅぅ~~っっ、せいっっ!!」  


「えっ?? 灰川さん? 岡崎先生っ? ひゃっ!」


「うっ、眩しいっ!」


 灰川は1階に降りて愛純と岡崎先生を連れて、即座にアカシックレコードの精神世界のような場所から抜け出す。


 魔導書、世界と宇宙の裏側にある法則や存在を記した本、世界と宇宙のバグを人類が解明できる日は遠い。迂闊に手を出すべきではない、魔法も邪神もきっと人類の手に負える存在ではないのだ。


 邪神や魔法は見た事ありますか?見た事ないと言い切れますか?アナタが何気なく書いてる日記…もしかしたら書いてはいけない何かを書いて魔導書になってるかもしれませんよ。


 もしそれがネットにでも流出したら、アナタは世界の破壊者になってしまうかも……。




「あ~あ、なんにも収穫ナシでした~」


「別に良いじゃん、あんなの夢だよ夢」


「確かにそうだな、万能薬など有る訳なかろう」


 3人が旧病棟で目を覚ました時、時間としてはあの場に飛ばされてから2分しか経ってなかった。しかもマジクの書も消えており、あの世界にアクセスする方法は無くなった。それで良いと思う。


「そういえばコウタ君は結局なんで病気が治ったんでしょうか?」


「分からんよ、私たちの診断ミスだったのかもしれんし、奇跡的な何かが起こったのかもしれんさ」


「知らない方が良い事は知らないままで居ようぜ愛純ちゃん、どうせ得しないんだから」


 過去に何があったか知らないが、病気が治ったならメデタシだ。詮索すればまた面倒な事になるかもだし、仕事もあるから自分の事で手一杯。


「ところで灰川さん、明日で退院だが体調に異常はないかね?」


「大丈夫ですね、普通に動けますし」


 もう体調は回復したし健康体だ、検査でも異常は無かったからいつでも復帰できる。それにスマホの充電器なんかも無いから暇なのだ。


 変な場所に行って怖い目に遭ったのも既にどこ吹く風か、3人とも元の日常にあっという間に戻って来れた。


「灰川さんっ、ハッピーリレーさんとシャイニングゲートさんの夏のイベント、そろそろ本格始動ですよね? 忙しくなっちゃうんじゃないですか?」


「そうなるね、忙しいの嫌だなぁ~、働かずに生きて行きたい!」


「だったらさっきに働かずに生きてく方法とか調べれば良かったんじゃないですか?」


「働きたくないと言う者ほど働き始めたら人一倍に頑張るものだ、灰川さんもそうなると思うがね」


 旧病棟から小児科病棟に戻り、そこからそれぞれ自分たちの場所に帰る事になる。灰川は病室へ、岡崎先生は退勤して家に、愛純も母親である乃木塚先生の車に乗って帰る予定だ。


「色々あったけど、今日は楽しかったです。また何かあったら頼りにさせてもらいますね、灰川さんっ」


「夢だったとはいえ私も楽しかったぞ、子供の頃のような冒険心が年甲斐もなく湧いてしまった」


「俺も楽しかったですよ、やっぱ男は何歳になっても冒険が好きなんすね。愛純ちゃんも何かあったら遠慮なく相談してくれよな」


 3人に世代を超えた絆が出来た、中学1年生Vtuberと熟練医師と25才の便利屋コンサルタント、変な取り合わせの冒険は終わり日常が戻って来る。


 冒険の結末は何も得る物の無い骨折り損、万能薬の夢は煙と消えて明日も病院は大忙しだ。Vtuberもかき入れ時、灰川も気合を入れ直して動き回る事になるだろう。


「さてと、明日は退院したら濃い味のラーメンでも食べて気合入れるかぁ!」


 病室に向かう途中の廊下で腕を振りながら、ニヤケて明日に何を食べるか楽しみにする。


「了解しました、この世界の濃い味のラーメン店の情報を集積完了、お勧めはコズミックラーメンです」


「え?えっ? 気のせい?気のせいだよなっ? 無課金AIちゃんの声がしたような気が!」


 周りを見渡しても誰も居ない、どうやら気のせいだったようだ。きっとあのAIも大図書館で今も頑張って誰かを案内してるのだろう。


 そう思うと『負けてられないな』なんて思う灰川であった、きっと明日も暑くなる。



 コズミックホラーを初めて書きましたが、書いてて楽しかったです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
コズミックホラーを意識したって言うし、コウタくんの精神体は図書館で生き続けてコウタくんの本体は神話生物が乗り移ってるとかかな?それだとイス人が体を使っていてイス人の科学技術で病気もなんとかしてしまった…
何事も手に入れるにはそれ相応の代償を支払わねばならない。
[一言] >万能薬  SF的にいうと健康な状態を遺伝子どころか人体すべての原子配列として規定し、異常な場合に正常な状態に修復する技術とかだろうなあ。  それならば、放射線障害だろうがなんだろうが治…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ