113話 万能薬の誘惑
「俺は異世界の凄い怖い怪談を見たい!」
「ほう、灰川さんは異界の怪談を選んだのか」
せっかく異世界の話が知れる機会だ、夢であろうとチャンスを逃す手はない。
本当は愛純が居なかったらエロい本とか調べたかったが、流石にそれは止めとくくらいの自制心は働いた。もし夢じゃなかったらライクスペースで、ストーカーの称号に更なる箔が付くことになってしまう。
「でも、そういうのって大丈夫なんですか? それこそ知っちゃいけない事が書いてあったりとか…」
「異世界の怪談だから大丈夫だって、何が出てきても俺たちの世界に関係無いんだし」
「それもそうかね、まぁ灰川さんなら大丈夫だと思うが」
結局は色々と条件を付けた上で危険が無いように対策して、灰川の意見は通りAIにお願いする。
「~~って感じで異世界の怪談をよろしく!」
「はい、多元世界における怪奇現象を題材とした話を集約します、完了しました」
今度は和風な感じの図書館の光景になった、さっきまでは読書スペースに椅子があったりしたが、ここは畳敷きの席とかの造りだ。
「うん、霊能力を使って視たけど問題なし! スゲェ量だ!」
「怖い話も凄い量ですねっ、また見渡す限りの本棚ですっ」
「私も興味があるな、少し読んでみるとしよう」
3人はまた手近な本棚から適当に本を漁り、興味本位で読み始める。
「いきなり当たりを引いたぞっ、未来のSFチックな世界の怪談だ!」
「どれどれ、気になるな」
「どんなお話なんですか?」
灰川が読み上げたのは人類が宇宙に進出した後の世界の怪談だった。
謎の未開惑星
グラム恒星系連合の軍人であるナグ大尉の部隊が未開の惑星を発見し、探査のために小型の探査船で部隊を引き連れて降り立った。
その星は緑豊かで気温も穏やか、大気成分も居住に問題ない素晴らしい惑星で、さっそく報告しようとしたが小隊が突然に何かに襲われた。
彼らを襲った者は原住民で、原始的な石斧や棍棒で襲い掛かって来たのだ。その星に生体反応は無かったのに突然に現れた原住民に驚いた彼らは、レーザーガンなどの携行火器で応戦しようと容赦なく撃つ。
「レーザーガンが効かない!? ビームブレードも効果が無いです!どうなってるんだ!?」
「撤退だ! 負傷者を本部に運んでから部隊を整えて再探査に来よう!」
強力な武器を持った宇宙軍の兵士が石斧や棍棒で負傷させられ、逃げ帰る羽目になってしまった。その後に軍の基地に戻り報告したのだが。
「あの宙域に惑星なんてありませんよ? 記録では6000年前に崩壊した星があったようですが、詳細は分かりませんね」
ナグ大尉はバカな!!と立ち上がり映像記録や音声記録、その他のデータを確認する。
しかし、確かに記録した筈の映像や音声記録には何もデータが残っておらず、ナグ大尉の部隊は嘘つきチームとか、石斧に負けた部隊と少しの間だけ笑い者になった。結局は集団で変な夢でも見たという事で片付けられてしまった。
だがその後にナグ大尉は士官学校時代にお世話になった軍の高官から「その惑星の事について決して調べるな」と言われて止められた。
結局はその惑星や原始人については何も分からなかった、とっくに滅んだ筈の星に居た宇宙兵器をものともしない原始人たち、何かを隠そうとする宇宙軍、これらは何だったのだろうか?
「独特な怪談だなぁ! 俺たちの世界じゃ生まれないタイプの怖い話だな」
「未来っぽい世界だと、怖い話ってこんな感じになるんですね」
「宇宙人の幽霊でも出るのかと思っとったが、少し違かったのぉ」
世界が変われば怪談も変わる、未来世界の怪談は現代怪談とは一味違った怖さや面白さがあり、灰川にはかなり楽しめる内容だった。
宇宙コロニーに出るサイボーグ手術に失敗して死んだ男の霊とか、ワープ空間で使える筈の無い通信に変な音声が入る現象とか、様々で灰川が聞いた事も考えた事もない内容ばかりだ。
「そろそろ1時間だぞ灰川さん、次は私の番だ」
「あ~あ、もっと読みたかったなぁ」
「岡崎先生は何を知りたいんですか?」
あっという間に1時間が過ぎ、岡崎先生の番になる。岡崎先生はかなり迷ってた様子だが、意を決したように口を開いた。
「私は自分たちの世界の有名小説作家、一条慎吾の未公開作品を読むとしよう」
「小説が好きなんですか、好きな作家の未公開作品とか面白そうっすね!」
「私はてっきり岡崎先生は万能薬とかの作り方を知りたいって言うかと思ってました」
「確かに知りたい気持ちはあるがね、もし確かな効果がある万能薬があるなら、それは禁断の知識とやらになってしまう気がしてな」
万能薬なんて本当にあったなら人類に革命的な変化が訪れるだろう、だが危険な知識である事は予想できる。
岡崎先生は灰川と愛純が居なかったら好奇心に負けて調べてしまってただろうと言う、もし万能薬が作れれば病気に苦しむ子供たちは救われるし、それ以外の世界中の人達が病という人類の最大の敵から解放されるのだ。
「じゃあさっそく検索してもらいま~…」
「了解しました、3名の世界における確実な効果が見込める万能薬の製作法を記した情報を集積します」
「「「!!?」」」
まさかの声だ、無課金AIが3人の会話を聞いて検索内容を勘違いし、万能薬の情報を集め始めたのだ。中断させようとしても既に遅く、あっという間に次の場所に飛ばされてしまった。
その場所は異質だった、古びた木の床に煤けた壁と低めの天井、数列の本棚には古い本や資料が並ぶ。暖炉には火は無く、その上には黒い山脈のような風景が描かれた絵が飾ってある。
今まで見た無限図書館のような光景ではなく、まるで小さな廃屋のような場所だ。しかしさっきまでとは感じる空気感が違う、危険な気配がしていた。
「っ…! 陽呪術・清浄明潔っ、重ねて守れっ!」
「ここっ…なんだかすごく嫌な感じがします…っ」
「これらは私たちの世界の万能薬の知識だというのか…」
灰川は咄嗟に精神防御の陽呪術を重ね掛けして自分たちを守る、来た瞬間にマズイ雰囲気が体の中に流れ込んできたのだ。
実物は見た事が無かったが、明らかに魔導書とか、その他の危険な書籍や資料がある。万能薬とは太古からの人類の夢であり魔法と同じような扱いの物で、その知識はやはり安全な代物では無かったらしい。
「抗生物質とか滋養強壮剤とかの知識だったら笑って読めるんすけどね…どうやら違うみたいっす」
注意しながら近くの本棚を灰川が見ると『サピュアの知識』『異詩人の写本』『極北の遺産』といったタイトルの本が並んでる。日本語訳されてる物が多そうだ。
それらは明らかに先程まで灰川たちが読んでいた書籍や書籍化された話や情報とは違う、魔力とでも言うような何かを発してるように感じられた。
魔導書、そう呼ばれ定義される物が目の前の5列ほどの本棚に並んでる。見ただけで頭がおかしくなるような知識、知ってはいけない世界の真実が記された本、神話や伝説に出てくるような物だ。
「………」
「ちょ、岡崎先生っ、ここにある物は読まないで下さい!」
岡崎先生が本棚に向かって歩き出す、医者としては目の前の情報を知りたいという好奇心に抗えない。そこにあるのは多くの人類が夢見た知識であり、今なお夢見られつつも誰もが諦めてる知識、それに手が届く場所に居る。
「そっちの本棚にある物が危険なモノだというのは何となく私でも分かる、だがこちらの棚にある資料は妙な気配は感じぬ気がするぞ」
「あっ、確かにそっちの本棚からは変な気配がしませんっ」
部屋の端の本棚からは確かに妙な気配はしない、だが万能薬の知識…本当に安全だと言えるのだろうか?禁断の知識である可能性は非常に高いと予測される。
「灰川さん、私はどうしてもここにある情報を知りたい、もしかしたら世界中の苦しむ子供たちを救える知識があるかも知れんのだ。こんなチャンスは二度と来ないかもしれんのだよ」
旧病棟にあった本はゲートブックと呼ばれるこの場所へのアクセス手段だった、しかしその気配は見つけた時点で微弱であり、次も使える可能性は低いように思える。
「でも危険ですよ、安全だっていう保証はありません。読むべきじゃないです」
「岡崎先生っ、万能薬なんて無くても良いじゃないですかっ」
灰川と愛純は止める、そこにある情報は危険であり、手を出したら取り返しの付かない事になる可能性がある類のものだ。
「それでも私は知りたい…危険を冒してでも知りたいと思ってしまうのだ。医者の端くれだからな…」
危険だと分かっていても、そこにあるのは誰もが一度は夢見る魔法の薬、万能薬の製作法。
重病に苦しむ家族を救いたい、手遅れになってしまった病気を治したい、現代医学ではどうしようも出来ない病気が克服される。その方法が目の前にあり、それを知れるのは今回限り…見たいと思うに決まってる。
「灰川さんっ、岡崎先生を陽呪術の力で守ってもらう事って…出来ませんかっ…?」
「愛純ちゃんまで…」
「だって岡崎先生はもう止められそうにないです! それに私だって…家族が病気で苦しんだりする事が無くなれば、良い事だって思います…っ」
大切な人が苦しむ可能性を低くできる、寿命が伸ばせる、そんな手段を目の前にぶら下げられたら手を伸ばす人は多いだろう。灰川だって実を言えば興味が尽きない。
危険な魔導書に手を伸ばして気を狂わされた人達の気持ちが今なら分かる、彼らも絶対に譲れない、何としてでも知りたい知識があったから危険を承知でページを開いたのだ。
「分かりました…でも本当にマズイと感じたら、ぶん殴ってでも引きはがしますからね…」
「ありがとう灰川さん、それで頼む」
こうして3人は気を付けながら読むという方向に決め、危険な気配がない本棚に近付いていく。
本当の事を言えばここにある本は危険は少ない事を灰川は感じ取っている、先程に重ね掛けした精神防御の陽呪術で十分に守れる程度の危険さだ。
しかし、この場ではなく部屋の暖炉の脇にあるドアの奥、厳密にいえば上の方から明らかに危険な気配がしてる。恐らくこの場所には2階がある、ドアの奥に階段があるのだろう。
今いる一階にある本も魔導書や危険な知識の集積資料には違いないのだろうが、階段の上から感じる気配はレベルが違った。恐らく2階には『本物の魔導書』と呼ばれる何かがある。それは本なのかどうかすら怪しいとすら感じる気配。
絶対に2階には行かない、この廃屋みたいな小屋の1階にある情報だけで満足してもらおう。どの道あと1時間で帰る事になる、それまで本当に危険な場所に行かなければ良いだけの話だ。
2人の意識を目の前の本棚に集中させる事に成功した灰川は少し安心する、霊能力が無ければ気付かない気配のようだが、最後まで2人が気付かないよう気を払う事にした。




