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配信に誰も来ないんだが?  作者: 常夏野 雨内


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111話 旧病棟のゲートブック

 愛純が話し掛けて来て灰川と岡崎先生は頷く。


「実は…私が入院してた時にも変な噂があったんです、病棟に本が沢山ある部屋があるっていう噂です」


「本が沢山? そんな部屋があるんですか?」


「無い事はないな、医療関係の本を所蔵してた書庫があったし、資料室も見方によっては本が大量にあるように見えたろう」


「違うんですっ、コウタ君っていう子が本当に行ったって言ってて……」


「……詳しく聞かせてくれるかね?」


 愛純の話を聞いた途端に岡崎先生の表情が変わった、灰川はとりあえず話を聞く事にする。



  病院の過去の話


 5年ほど前にコウタという少年が大学病院に入院していた、彼は8歳という年齢で重い病気に侵され余命は僅かである事が判明していた。 


 しかし、ある日を境に病状が見る見るうちに回復していき、遂にはボロボロだった内臓も血管も治り、健康体になって退院していったのである。


 当然ながら医者達は大騒ぎだった、治る訳が無いと誰しも諦め、痛みを紛らわす対症療法しか選べなかったのに完治したのだ。奇跡としか言いようがない。


 だがコウタは当時に仲の良かった数人の入院児童に「病院の中にある本がいっぱいある大きな部屋に行ったら、病気の治し方が書いてあった!」と語ったのだ。




「私、その場所も聞いてるんですっ。でも行った事はなくて…」


 愛純が言うには旧病棟の何処かにその場所があるらしく、コウタという子はそこで何かを見たらしい。


「単なる夢と言いたいが、コウタ君のことは覚えとる。少し調べる価値はあるかもしれんな」


 岡崎はコウタの事を詳細に覚えていた、絶対に回復しないと言い切れる程に悪化していた病気が治ってしまったのだ。考えつく限りの検査をしても治った原因は不明、診断ミスという事も有り得ないらしい。


「岡崎先生、せっかくだから愛純ちゃんに場所を聞いて調べてみましょうよ、何かあったら良いなくらいに考えて」


「ふむ、愛純君、その場所は何処なのかね?」


 灰川としては流石に信じられない話だ、幽霊や呪いとは違った種類のオカルトである。だがその方面も全く知らない訳では無いから興味はある。


「教えるのは良いんですけど、私も連れてってもらえますかっ?」


「それはイカン、もう6時になるし帰る時間だろうに」


「でも気になるんです! それに配信で話す新しい話題が欲しいですし…」 


 どっちも本音なのだろう、小さい頃に聞いた話の真相を確かめたい、配信という世界で生き残るために面白いネタを仕入れたい。病院の閉鎖された病棟に入って探検したら良いネタになるだろう。


 何より嘘を言ってる気配がないのだ、本当に何かがあるような気がして来る。


「う~む、なら乃木塚先生に許可を取って来なさい、そうしたら連れてってあげよう」


「ちょ、良いんですか?」


「別に旧病棟は危険な場所ではないしな、それに20年も私は旧病棟で働いてたが変な場所はない」


 岡崎先生は考えを改め、行っても大丈夫と冷静に結論する。コウタの病気が治ったのも今の医療技術で見つけられてないだけで、別の要因があるに決まってるのだ。


「それに愛純君には今日は助けられた、礼と言っては何だが、これぐらいは許されるさ」


「まあ岡崎先生がそう言うなら」


 愛純は旧病棟に入院してたから中で迷う事もない、建物だってまだ老朽化は許容範囲だし危険は無いと判断し、乃木塚先生の許可が下りれば連れて行こうと決めた。


 それに我が子同然に思って来た子が頼んでるのだ、岡崎先生はVtuber活動のためのネタを提供してあげたいとも考えてるのだろう。


 灰川としても呪いの気配は感じてないし、単に病棟の隣の施設に行って確認するだけなのだから大丈夫だと考えた。


 灰川だって常に霊だ呪いだとかで何でもかんでも人の行動を制限しようとしてる訳では無い、そんな事を言ってばかりだと頭がヤバイ奴に思われるし、そもそも大概の霊も呪いも過度の危険は無い物がほとんどだ。


 全ての危険を避けて生きてたら危機感が麻痺してしまうし、多少の冒険は心の刺激になって楽しい物だ。子供にはそういう冒険も大切だという考え方を灰川は持ってる。




 結局あっさりと母親の許可も下りて旧病棟に3人で入る事となった、乃木塚先生も別に旧病棟が危ない場所じゃない事は知ってるし、岡崎先生が着いてくなら大丈夫と判断したようだ。


 鍵を開けてドアを開け電気を点ける、小児科病棟から続く旧病棟の廊下は少し埃っぽいが問題なく歩ける。電気も普通に通っており、足元だって心配はないが念のために懐中電灯などの光源は複数持って来た。


「じゃあ行こう、愛純君棟は懐かしい場所じゃないかね?」


「はい、なんだか昔に戻ったような気がして楽しいですっ」


 愛純はちょっとした冒険気分も混じって年相応の笑顔を見せてる、彼女にとってはこの場所は古巣みたいな物なのだ。


「閉鎖された病院って不気味かと思ってたけど、そんな事はないっすね」


「病院の廃墟とは違うからの、そこまで古いと言う訳でもないしな」


「あっ、こっちです。5階の奥の方の部屋なんです」


 3人は保管されてる機材の確認をした後で愛純の案内に従って歩く、機材の確認は数分で終わった。旧病棟内は誰も居ないから少し不気味だが、3人で歩いてるから怖さはあまり無い。


 愛純はコウタ君から聞いた場所は覚えてるのだが、部屋の名前などは覚えてないそうだ。


「灰川さんは霊能力者さんなんですよね? 魔法の本とかって持ってたりするんですか?」


「いやいや、流石に持ってないって。本物の魔導書なんて滅多にお目にかかれる物じゃないんだから」


 そのまま灰川は愛純と岡崎先生に説明するように話をする。


「魔導書は昔に流行ってたんだけど、ほとんどは偽物なんだって。危険な物だと人間の皮膚で装丁された本とか、文字が血で書かれてる本とか凄い呪いが掛かってるらしいよ」


「聞いただけで恐ろしい本だな、私は欲しいとは思わんな」


「他にも何処の国でも使われてない未知の文字で書かれてたり、未来に起こる事が書かれた本とか、魔導書ってのは色々あるみたいですよ」


 魔術の使い方などに限らず、奇妙な本や預言書じみた本も魔導書扱いされる事もある。時代と共に変わって行った部分なのだろう。


「じゃあ医学とかについて書かれた魔導書とかもあるんですか?」


「あるにはあるけど、万能薬とか不死の薬とか夢みたいな内容だよ。それに昔は普通の医学について書かれた本でも魔導書扱いされた物もあったらしい」


「そうなんですね、なんだか思ってたのと違う感じがします」


 愛純は普段はメスガキっぽいキャラではない様だ、あくまで配信のキャラ付けであり、少し煽りっぽい性格があるというだけのようだ。まだ会ったばかりの灰川や、散々に世話になった岡崎先生の前ではその面は出ない。


「そもそも魔法の本で病気が治ったら苦労せんよ、コウタ君に関わったであろう事だから気にはなるが、実際に存在するとは思っておらん」


「俺も流石に信じられないっすね、そんな物があったら医者も葬儀屋も食いっぱぐれですって」


「私もコウタ君は岡崎先生たちが診断を間違えてたとかだと思いますっ、それか大げさに言ってたとかですか」


「言うねぇ愛純君、本人を前にヤブ医者呼ばわりとは」


「すっ、すいませんっ! そういう意味じゃなくってっ、変な治療をしてたんじゃないかっていう感じで!」


「なおさら悪いよ愛純ちゃん!?」


 そんな話をしながら旧病棟の中を進んで行く、廊下だけに明かりが点いてる病院内は歩いてる内に少しづつ不気味な感覚がしてきた。やっぱり病院とは独特の雰囲気がある、警備をしてる人は本当に肝が据わってそうだ。


「あ、ここです、この部屋で見たって聞きました」 


 そこは5階の奥の場所にある一見すると普通のドアが付けられた部屋にしか見えない、ここまでに通って来た病室の扉とは少し違うが、特別な場所とは感じられなかった。


「ここは古くなった資料や医学書、薬学書を置いてる部屋だったな。倉庫みたいな場所だったはず」


「特に呪いとかの気配は無いですね」 


 この場所は特に変な物が置いてある訳でもないらしく、灰川が霊能力を使っても特に何か引っかかるようなものも無かった。


 岡崎先生が鍵を開けて中に入ると、せいぜい学校教室の半分くらいの広さの部屋の中に雑多に本が積まれてたり、ダンボール箱の中に病院で使ってきた資料が保管されている。 


「せっかくだし少し探してみますか? 3人居るんだし運が良けりゃ何かあるかも」


「構わんよ、どの道ここにあるのは使うアテが無い物ばかりだしな」


「じゃあ私は本棚を探してみます」


 岡崎先生の許しを得てちょっとした物色が始まる、少し埃っぽいが問題はないレベルだ。


 本棚やダンボールの中、積み置かれた資料や書籍などを雑に調べていく。『最新解剖学1986年版』『合法薬物依存症への警鐘』『3月会議資料』色んな本や資料があるが、特に変な物は見当たらない。


「こ、これはっ!」


「どうしたの愛純ちゃんっ?」


「何かあったかねっ?」


「医学で掴めナイスバディ、ちょっと興味あります……ごくり…!」


「なんだよぉ、しょーもなっ」 


「持ってって構わんぞ、効果があるかは分からんがね」


 片付けや探し物をすると他の物に気を取られて進まない、そんな現象がここでも発生していた。特に岡崎先生は懐かしい本や資料を見かけてはチラ読みしたりしてる。



「ん? これは何だろうか?」


「岡崎先生、何か見つけたんですか?」


「私にも見せて下さいっ」


 岡崎先生が何かを見つけたらしく灰川と愛純が近寄る、その本は少し古びた表紙の本だった。


「マ・ジク=ショルートア? 何の事だ?」


「本のタイトルっすか、えっ…? っっっ…!やられた!くそっ!」


「えっ?えっっ?? ここどこですかっ??」


 岡崎先生が本の表紙に書かれたタイトルを読み上げた瞬間、灰川たちは一瞬にして別の場所に移動させられていた。瞬きすら追いつかないほどの速さでだ。


 その場所はまるでファンタジー映画に出てくる大図書館、RPGゲームに出てくる図書館ダンジョンみたいな光景が広がっている。


 無限にも思える本棚、何階まであるのか分からない程の階層、円形図書館でありながら通路の横にも本がビッシリ、まるで過去未来の全ての本、いや明らかにそれ以上の本が集められた空間だった。


「灰川流陽呪術!清浄(しょうじょう)明潔(めいけつ)!」


「うわっ! なんだね灰川さん!?」


「うひゃ! ビックリしましたっ!」


「今のは精神の均衡を保ち、精神を汚染されなくするための陽呪術です。愛純ちゃんには後で陽呪術が何なのか説明するよ」


 灰川は咄嗟に陽呪術を使って自分たちの精神が汚染されないよう対策した。


「ここは何なのかね? 私たちは確かに旧病棟に居たはずだ」


「そうですっ、こんな所に来た覚えはありませんっ」


 二人は驚いて混乱してるが無理もない、灰川だってこんな場所に来た覚えはないのだ。しかし灰川はここが何なのか少しは分かる。


「あの本は魔導書で言う所のゲートブックだったようです。俺たちは今、幻術とか夢の中に居るみたいな感じで、意識だけを何処か別の空間なのか世界なのかに飛ばされてます」


「ええっ? な、なんですかそれっ!?」


「ふむ…つまりは集団催眠みたいな物かね」


 旧病棟にあった古い書籍は灰川でも分からない種類の異能の力が働いていたのだ。オカルト界隈には奇妙な世界に行った等の話があったりするが、灰川家ではその類の話はこのような事象による精神転移とも言うべき状況が発生してると当たりをつけてる。


「でも大丈夫です、体は眠ってるような感じの状態なんで、時間経過とかで起きたら帰れます。あと陽呪術でどうにか出来ますし」


「それなら良かった、しかし凄いな…こんな量の本は見た事が無い…」


「私もです…いったい何冊の本があるんでしょうか…」


 改めて周囲を見回すと本の量と現実離れした光景に圧倒される、自分たちの近くの通路の先を見れば、更に奥まで図書館のような空間が広がってる。


 少し通路を歩いて円形図書館から次の場所に入ると、自分たちの背丈の3倍はあろうかという木製の本棚が遥か先まで並んでる場所に出た。現実空間でないとはいえ想像を絶する風景だ。


「言語確認、生体情報確認、ヒューマン種案内設定変更完了、アカシックベースへようこそ、何かお探しでしょうか?」


 「「「!?」」」


 突然にホログラム映像のような何かが姿を現した、若い女性の姿で図書館の受付司書のような姿形だった。


 アカシックレコード、全ての世界の全ての知識と歴史と経験が記された宇宙図書館、そう呼ばれる場所に3人はアクセスしてしまったのだ。 


カクヨムの夏キャンペーンをなるべく完走したいです!

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