110話 小児科お話し会!
超激甘・優しさ全開メスガキという変なキャッチコピーの中学1年生Vtuber、薙夢フワリの大学病院でのイベント配信が始まった。
「ん? なんか今、愛純君が雑魚とか……」
「な、何言ってんですか岡崎先生、座骨ですよ座骨! ザコなんて言う訳ないじゃないですかぁ! 今Vtuber界隈では座骨が人気なんですから!」
「そうなのかね、座りっぱなしで坐骨神経痛になりやすそうな仕事には思えるがね」
小児疾患で入院してる子たちにジョークとはいえ煽り属性はマズイ!苦しい言い訳をしてフォローしつつ、子供たちの後ろから薙夢フワリの配信を見る。
『みんなはフワリのことは知ってますか~?』
「しらなーい!」
「はじめましてだよゅ!」
「ナツハちゃんが好き!」
『知ってる子は居ないんですね~? フワリを知らないなんて脳ミソよわよわ…んっ、ごほんっ…! フワリはちょっと前にライクスペースっていう会社からデビューしたんだ、みんなよろしくね~』
「よろしく~!」
「スゲー!動いてる!」
子供たちの反応はかなり良い、3Dモデルの見た感じも年齢が近いし、実際に中の人の年齢も近いからシンパシーみたいな物も感じるのかもしれない。
「なんかさっきから変なことを言ってるように聞こえるのだが……」
「ち、違いますって! 今のはNO味噌の摂り過ぎ!腎臓が弱わ弱わにならないようにしよう!って言うVtuber界の健康のアレっすよ!」
「そうなのかね、確かに塩分の摂り過ぎは腎臓に良くないな」
もう滅茶苦茶な言い訳だ、この言い訳がよく通ったなと思う。なんだか岡崎先生が病院経営に失敗した理由が見えた気がした、どこか浮世離れしてる。
灰川は居ても立っても居られずフワリが配信してるスタッフルームに行き、静かにドアを開けてマイクに声が入らないように話しかけた。
「ちょっとフワリちゃん、まず落ち着こう。病気と闘ってる子たちに煽り属性はイカンて」
「うぅ…ごめんなさい、前はここまでヒドくなかったんですが、もう配信では勝手に煽り文句が出るようになってしまいました」
どうやら以前から煽り属性自体はあったようで、優しいながらも煽って来る独特な性格を見込まれてライクスペースに入れたようだ。しかもその属性を積極的に活かせと言われ、練習しまくった結果が今らしい。
「とりあえずここから子供たちの質問タイムだから、落ち着いて答えて行こう。自由鷹ナツハとか三ツ橋エリスみたいに無難に答えてけば良いからさ」
「はいっ、解りましたっ」
フワリは灰川にそのままアドバイザーとして居て貰うように言い、灰川もそれを了承してイベント配信は続く。こういった場での配信だと普段の配信と雰囲気や状態が違って、緊張感が高まってしまうようだ。
ノートPCの画面にはカメラを通して子供たちの居るホールの映像が見えてる、まるで観客を前に喋ってるような感覚になりそうだ。音声も届くからその感覚は一層強くなって、普段とは質の違う緊張感が出てしまってるのが見て取れる。
「フワリちゃんは、どーやってVtuberになったんですかっ?」
『私はライクスペースっていう配信の会社に応募して、オーディションに合格してVtuberになったよっ。合格した時は嬉しかったな~』
「私もVtuberになれますかっ?」
『もちろんなれるよっ、配信の会社に入らなくても誰でもできちゃうからねっ』
無難な感じでイベント配信は進んで行く、煽りが出そうになったら灰川が止めたりしながらで、少し当たり障りのなさすぎる受け答えだが失言をかますよりはマシな筈だ。
フワリは子供たちの期待に応えて質問に答えていき最後の質問となった。
「フワリさんは、どうしてVtuberになったんですか?」
予想してた質問だろう、この質問に関しては答えを用意してたようで、流暢に話し始める。
『実は私も皆と同じ、ここに入院してたんだ。でもここの先生や看護師さん達のおかげで元気になれたの』
「ええっ!? そうなのっ!?」
「フワリちゃんが!?」
『だから皆も先生たちの言う事を聞いて、お注射も嫌がらずに頑張れば元気になれるよっ』
優しく元気づけながら、しっかりと治療をしていけば元気になれると伝えていく。
『それにお勉強もして、色んなお話を聞いて色んな事を知って、お父さんとお母さんの言う事もちゃんと聞いてねっ、院内学級もサボっちゃ駄目だよっ』
「うん! がんばる!」
「私もフワリちゃんみたいにVtuberになる!」
「僕もやってみたい!」
こうして薙夢フワリの特別配信は終わり、子供たちも初めて面と向かってVtuberに会えた事に満足してくれた。ちなみに院内学級とは入院児童のための教育学級で、病院内で学校教育が受けられる場所である。
「良い配信だった! 流石はライクスペースさんのVtuber!」
「あ、ありがとうございますっ、灰川さんが助けてくれたおかげですっ」
灰川が来てからも変な煽りが出そうになってマイクを切ったりしてあげた、変な煽りとは主にメスガキ属性と言われるキャラ付けの性格の子が口に出すような言葉だ。
フワリはその属性を強化してしまったため、配信マイクを前にすると無意識に出てしまうらしい。元からそういう部分があったらしいとはいえ、流石に今回ばかりはナシだろう。
あまり味の無い配信にはなってしまったが、子供達には大いにウケたし結果としては成功だ。後にフワリの普段の配信を見た入院児童がどんな反応をするかは責任は持てない。
「灰川さん、出番ですよ」
「あっ、はい、今行きまーす」
「頑張って来て下さいね灰川さん、応援してますっ」
「おう、ありがとうフワリちゃん」
看護師さんに呼ばれてスタッフルームからホールに向かう。話の内容は決めてるが上手く話せるか自信はない、やはり人前に立つのは配信とは違う緊張があると感じた。
灰川の出番が来てホールに行き子供たちの前に立つ、保護者も入れれば結構な数で緊張が増す。そこで少し深く息を吸って呼吸を整え、マイクに向かって挨拶から入った。
「皆さんこんにちわ、コンサルティング事務所をやってる灰川です」
「こんさる~?」
「こんさるだってなに~?」
「コンサルティングって言うのは、色んな相談を受ける仕事みたいな物だよ。Vtuberの会社の相談を受けたりしてるぞ~」
「ふわりちゃんとおんなじだー!」
「Vtuber企業のコンサルタント…少し興味あるかも!」
どうやら掴みは成功した、肩書が役に立ってくれたようだ。入院児童はどうやらVtuberに夢中な子が本当に多いらしい。
「今日はここで噂になってる魔法の本の事を聞いて来たんだよ、皆は知ってるかな?」
「マジクの書! 本当にあるのっ!?」
「みつけたのっ!? ちょーだい!」
「どこにあったのっ!?」
噂の話題を出した途端に話がそっちに振られる、自分たちの居場所の話題に触れられて嬉しい気持ちになったみたいだ。小さな子は信じてる子も多いようだが、学年が上の子は冒険気分で本探しをしてる子が多い印象を受ける。
「焦るな焦るな、実は俺はそういう不思議な事に詳しくて、皆に魔法の本とはどういう物なのか教えに来たんだよ」
「魔法の本に詳しい? 他にもあるんだ!」
「おしえてー!」
食いつきの良い子とそうでない子が居るが、話した感触としては悪くない。そのまま話を続ける。
「皆は魔法の本、魔導書というのがどういう物なのかは知ってるかな?」
「びょーきがなおる!」
「おうちにかえれる!」
「お金持ちになれる!」
「そっかそっか、なんか病気と関係ないものが混じってたけど気にしないぞ」
大体は聞いた話の通りだ、手に入れれば、読めば何らかの効能が得られる。もしくは効能を得るための方法が書いてるみたいな認識だ。
「魔法の本は病気が治ったり、お金持ちになれたりするって言われてるけど少し違うんだ。魔法の本を使ってしまったら、良くない事が起きるようになってる」
「良くないこと?」
「まほうの本なのにー?」
「じゃあ今から魔法の本を使ってしまった人の話をしよう」
灰川はそのまま話に繋げていく、子供にも分かるように噛み砕いた形の童話形式で話していった。
魔法の本の童話
昔のヨーロッパで魔導書が流行していた頃、田舎から都会に出て成り上がろうと意欲に燃えた若者が居ました。
彼はジャックという名前で毎日忙しく働いてたが、どうやったら金持ちになれるのか分からず過ごしてます。そんなある日に持ってるとお金持ちになれる魔導書の噂を聞きつけました。
ジャックはすぐに探し始めて色んな本を読んだりしたけど、偽物ばかりで本物には出会えない。しかし遂に街で有名な教会に本物があると突き止めました。計画を立てて準備をして教会に忍び込み、本物の魔法の本を手に入れた!
本を開くと中には何も書いてありません、やっぱり偽物だったのかと落ち込みました。
でもそこからジャックは何をやっても大成功するようになりました、賭け事をすれば必ず勝つし、仕事では大成功を収めて給料がドーンと上がる。ジャックは商売を始めるとすぐに大成功、あっという間にお金持ちになりました。魔法の本は本物だったのです。
一気にお金持ちになったジャックを怪しいと思った協会の人達は、ジャックが魔法の本を盗んだのだと突き止めました。すぐにジャックに本を返すように言いますが、まだまだお金持ちになりたいジャックは言う事を聞きません。なので教会の人達はジャックに本の秘密を教えます。
「その本は持っているとお金持ちになれるけど、一回でも本を開いてしまうと家族や大事な人たちが不幸になってしまう呪いの本だ」
「ウソをつくな! 俺を騙そうとしてるんだろう!」
ジャックは教会の人達を追い返しましたが、その話が気になって何年も帰って無かった故郷に帰ってお父さんとお母さんの様子を見に行きます。その時代は電話も無いし、手紙も田舎町には出せない時代だったのです。
ジャックはお父さんとお母さんに会いました、すると両親は病気で苦しんでいたのです。旅の間も持って来てた本を開くと、白かったページが全部真っ黒に染まってます。
それを見て驚いたジャックはすぐに本を教会に返し、故郷へ両親の看病をしに戻りました。
「ジャックはその後、長い間お父さんとお母さんを看病して元気になりましたが、お金は全部なくなっちゃいました。泥棒したり魔法に頼っても良い事は起こらないという話です」
灰川は子供にも分かりやすく話をした結果、必要以上に幼稚な話になってしまったが仕方ない。幼稚園生の子も居るから分かりやすい話をするしか無かった。
だが話し方は工夫した、幼稚な話を怖く感じさせるために主人公のジャックの感情を細かに語り、悲しみや怖さを感じる描写には手を抜かなかった。
「魔法の本、魔導書と言われる物を手に入れたせいで不幸になってしまった人の話です。皆もお父さんやお母さんを不幸にしたくなかったら、魔法の本に頼らずに頑張ろう!」
「おかあさーん゛! こわかっだよ~!」
「本当に魔導書なんて物あるのっ?」
「魔導書が本当なのかは分からないけど、世界には魔導書を手に入れて、とても人に話せないほど不幸になったって話が沢山あるんだ。だから皆も入っちゃいけない場所に入ったりしちゃ駄目だよ、約束だぞ~」
こうして灰川の話も終わり、少し怖がらせてしまったが子供たちは魔法の本は良い物じゃないと分かってはくれたようだ。やはり両親が不幸になってしまうなんて話をしたら、子供は怖いし、そんな物は欲しくないと思うだろう。
これで効果があるかは分からないが、少なくとも得体の知れない物に無暗に近づくなという教訓は教えられたはず。あとは病院側の施錠管理の徹底や入院児童の親による注意喚起に期待するとしよう。童話の教訓だけで解決するなら子供はイタズラなんてしないのだ。
その後も色んな人達の話が続く、整形外科の先生による子供の頃に体験した面白い話とか、小児科の看護師のちょっと不思議な動物に出会った話、小児科の田宮医師が子供の頃にやってしまった痛い失敗談など、どれも子供にも分かりやすくて面白い話が披露されていった。
入院してる子供達も大喜びで、岡崎先生を初めとした小児科の医師や看護師たちも嬉しそうな顔をしてる。こうして大盛況のうちにイベントは終了し、片付けなどをして解散となったのだった。
「岡崎先生、少し良いですか?」
「ん? 灰川さんか、今ちょうど礼を言いに行こうと思ってた所だった」
「そこの扉の向こうって何があるんです?」
灰川が指さした方向の廊下の先には少し大きめの扉があり、そこから何か感じた事のない感覚を受けていたのだ。
「あれは旧病棟に行くための扉でな、今は使っとらんから鍵は締めっぱなしになってる」
岡崎先生が言うには旧病棟は4年前に閉鎖され、今は使う当てのない機材や資料などが置いてあるそうだ。もう4年間ほとんど誰も入ってないらしい。
取り壊そうにも病院内の施設だから簡単には行かないそうで、使わない機材とか資料を置いておくにも丁度良いから放置してるそうだ。
「旧病棟から何か感じるのかね?」
「はい、まあ霊とか呪いじゃないっぽいですが」
「ふむ、まさか本当に魔導書とかいうものがあるとかかね?」
「そこまでは分かりませんが、火のない所に煙は立たぬって言いますしねぇ」
灰川としては関係ない話だ、鍵を掛けておけば子供たちは入れないと考えたが、岡崎先生はついさっき子供に鍵をちょろまかされて薬品庫に入られたばっかりだ。
「せっかく灰川さんも居る事だしな、旧病棟を少し回ってみるか」
「えっ、俺もですか? 部外者が入っちゃっても良いんですか?」
「構わんよ、私が頼んだんだから大丈夫だ。それに病院から旧病棟の見回りをしろと小児科に言われとったしな」
旧病棟に保管してある機材に異常は無いか、部署の持ち回りで数か月に一回くらい調べるらしく、今は小児科の順番らしい。仮にも医療機器だから医師が見なければならず、警備員には任せられない仕事だという。
しかしその役目は半ば形骸化しており、真面目に見回る者など居ないし、そもそも行った事にして済ます人も居るくらいだ。どうせ時間も掛からないし、灰川としても閉鎖された病棟とかオカルト好きの血が騒いで行ってみたい気持ちになる。
「じゃあパっと行ってみるかね、もし何か危険なモノがあったら頼むぞ灰川さん」
「ちょっと変わった肝試しって感じっすね」
こうして入院患者でありながら調子に乗って灰川は閉鎖された旧病棟に着いて行く事にする、特に危険な気配は感じないし、ヤバいと感じたら引き返せば良いだけだ。
岡崎先生が鍵を取って来て開け、そのまま入って行こうとすると。
「あ、あのっ、旧病棟に行くんですかっ?」
イベントの片付けを終えてから母である乃木塚医師に会ってきた愛純が話し掛けてきた。




