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配信に誰も来ないんだが?  作者: 常夏野 雨内


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104話 夏休み期間が始まった!

 夏が始まり小旅行から数日が過ぎて、ハッピーリレーの事務所も業務改善と配信者達の努力によって看板を持ち直し、忙しさが増している。


「はい、Vtuberの面接ですね、では日時が決まり次第メールで~~……」


「三ツ橋エリスへの案件依頼ですね、実は三ツ橋は予定が立て込んでおりまして~~……」


「枝豆ボンバー!への産地直送枝豆の宣伝依頼ですね、実は枝豆ボンバー!は予定がガラ空きでして~~……」


 あっちもこっちも忙しそうだ、人事部の木島さんや事業部の中本部長も今は配信者面接に駆り出され、忙しく働いてる。


 ハッピーリレーは運営幹部も灰川ではない経営コンサルタント事務所からの指導を受けて意識改革し、灰川が配信者達の業務調整をしたり要望を聞いたりして、かなり雰囲気も良くなった。


 現在の灰川は何をしてるのかというと。


「サヴァノ・ミッソーニと譜里須(ふりす)空太郎(くうたろう)の予定はこんな感じで、それとグループ配信者のブラックボルトが移籍を止めて残留したいと言ってくれましたよ」


「ありがとうございます灰川さん、引き留めてくれたんですね。予定も後で上に渡しておきます」


 あれこれと仕事をしつつ今日も行ったり来たりだ、実家帰省の安らぎはどこへやら、忙しい日々がやって来た。


「今日はアレが開店する日ですね、灰川さんは行くんでしょうか?」


「ええ、呼ばれてますしね、そのために今日は仕事は少なめに入れましたから」


「そうなんですか、僕も行きたかったけど今日は無理っぽいですね」


 ハッピーリレーのスタッフと少し会話を交わしてから自分の事務所に戻る、今は15:00時で予定より早く仕事が終わってしまった。


 今日はハッピーリレーとシャイニングゲートが共同で出店する夏休み期間限定の店がオープンする、その名も『ハッピーゲート!君も配信者な件!』だ。


 この店はストリームカフェ&BARとでも言うようなコンセプトの店で、2社のコンテンツを楽しみながら、店内で客が配信したりVtuberのお試し体験が出来たりもするという、配信界隈の更なる宣伝と話題性、興味を持ってもらうという事に特化した店だ。


 グッズ販売なども用意されてるし、店内はVtuberや配信者の限定イラストなどで飾り付けがされるらしい。ファンはもちろん、それ以外の人達にも興味を持ってもらえそうな店である。


「まだ時間がな~、仕事も早く終わっちまったし少し寝るかな」


 ハッピーゲートの開店落成は17:00時で、初日はBARタイムからの開店である。灰川や何名かの配信者は社長たちの計らいと客としてどうだったか?の生の感想を得るために、スパイみたく客として潜り込む。


 少し寝てから行こうと思った矢先に事務所のドアがノックされる、入って来たのはハッピーリレーの男性配信者で灰川と仲が良いボルボルだ。


「灰川さん、一緒にハッピーゲート行きましょうよ! 16時開店だったっすよね?」


「開店は17時だよ、間違えて覚えてたのかボルボル君」


「マジすか!? うわ~やっちまった!」


 ボルボルも開店に呼ばれており、初日の店の遠慮のない感想を言ってくれと言われてるそうだ。そんな彼は時間を間違えて早く来てしまった。


「暇ならハッピーリレーの事務所にでも行って来れば? 何かしらあるだろうし」


「嫌っすよ!絶対仕事手伝わされるじゃないっすか! 今忙しいって聞いたし!」


「だよな~、俺も余計な仕事はしたくねぇや、気遣いはサービス残業の元って知ってるからよ」


「そうっすよね! 上の人間ってこっちが少し気を利かせて手伝うと、すぐアレコレ押し付けてきやがるっすから!」


 ボルボルは灰川より少し年下で、バイトをしながら配信だけで生活できるようになる事を目指してる。そんな彼の視聴者登録数は7万人だ。


 彼は以前にブラックバイトに当たってしまった経験があって痛い目を見たらしく、そんな経験が灰川とウマが合う元になってるのかもしれない。


「灰川さ~ん、俺にも企業案件回して下さいよ~、もっと名前売りたいんですよ俺」


「そんな事言ってもなぁ、企業案件は俺が依頼してる訳じゃねぇから、依頼出す側の問題だって」


 ハッピーリレーに来る企業案件の大体は『○○さんにお願いしたいです』という感じで名指しで依頼が来る、シャイニングゲートだと名前が強く売れてるVtuberが多いから依頼できるなら誰でも良いみたいな案件も多い。


 だがハッピーリレーは『その依頼でしたら○○よりも△△の方が視聴者層に合ってますよ』とニーズに合わせて言ったりする事があり、配信者達に広く仕事を回す意識も割と強い社風になっていた。


「なんか視聴者ガッツリ増える配信とか動画のアイデアないっすか~? 配信だけで食って生きてぇ~!」


「そんな方法あるなら皆やってるって、あ、そういやボルボル君ってパチンコとかスロットやるんだよな? パチ・スロ動画やってみたら?」


 近年はパチンコやスロット遊戯の配信や動画も多く、そっちのファンからは人気を博してるジャンルだ。


 しかしこのジャンルは嫌いな人も居て、やろうと思ったら少し形を考えなければならないだろう。


「良いっすね!行きましょうよ、並び打ちしましょ!」


「おいおい、俺はパチ屋に行こうなんて言ってな…引っ張るなって!」


 結局はボルボルに連れられてパチンコ配信のための視察なんていう名目で、パチンコに行く事になってしまったのだった。



「そういや灰川さんは霊能力で当たる台とか探せたりするんすか? だとしたらパチプロになれますって」


「やってみた事あるんだけど意味なかったんだよなぁ、出るか出ないかは念とか霊力とか関係ないっぽい」


 灰川はかつてパチ屋で霊能力を使って出る台を探そうとしたが、打ってた人が負けて悪い念が溜まってる台でも出る時は出るし、逆に良い感じの気を発してる台で大負けした事もある。灰川の出した結論は『パチ・スロに霊能力は意味がない』だった。


 そもそも完全マシン制御だし、釘が悪ければパチンコは勝てない確率が高く、スロットは何段階かの設定という物があって店側で勝てるか勝てないか台によって決められる。それらは大体は客が勝てない釘や設定になってて霊能力が介在する余地は無い。だがオカルト打法と呼ばれるゲン担ぎは昔から人気がある。


 ボルボルが適当に選んだ渋谷の街中の大型店に入り、どの台に座るか2人で歩く。パチンコ店の中は効き過ぎのクーラーと凄い騒音で、まさにパチンコ店という感じだ。


「おっ、新台ありますよ灰川さん!」


「えっ? 何?聞こえない!」


 店内の音がうるさくて聞き直す、パチンコ屋ではよくある事だ。ボルボルが指した方を見ると新しいパチンコ台があり、それはホラー作品を題材にした台だった。


 パチンコやスロットにもホラーという分野がある、有名なホラー映画やホラーアニメなどの版権を使った台だ。


 このホラーパチンコは意外と馬鹿に出来る物では無く、中には有名ホラー作品の外伝的な話や続編的な話が盛り込まれた作りになってたり、パチンコファンのみならずホラーファンも楽しめる作りになってる台も存在する。


 井戸から凄く怖い女の幽霊が出てくる映画のパチンコ台は、女子高生を主役に据えてオリジナルストーリーが展開される。


 入ったら必ず死ぬ家を題材にした映画のパチンコ台は、まさかのパチンコ店で幽霊に襲われる映像が撮り(おろ)されてたり、女子高生が学校やプールで幽霊に襲われたりの新規映像がある。


 仄暗(ほのぐら)い水な感じの映画のパチンコ台では、映画では幼かった主人公の娘が成長して女子高生になり、かつて住んでいた今は廃墟の集合住宅に友達と一緒に入り~~……幼かった頃は何も出来なかった娘は過去との決着を付けられるのか!?こうご期待!という感じだ。


 何故か女子高生率が高いが、気にしたら負けである。


「スーパーお化け物語の台か、良い感じの映画だったよね」


「良い感じの映画だったっすよね、新台っすね~」


 スーパーお化け物語とは良い感じのホラー映画で、パチンコとタイアップして今は(ちまた)で話題になってる作品だ。


 さっそく並んで座り、お金を入れて遊び始める、当たれ当たれと念じながらハンドルを回し玉が飛び始めた。


「おっ!良い感じのリーチが来たっすよ! リーチ映像も良い感じ!」


「本当だ、良い感じだなぁ!」


 しかしそのリーチは当たらず、その後も激アツリーチが来たりして2人で盛り上がりながら楽しみ、ホラーパチンコを満喫してたら時間が来てしまった。お金を使う遊戯はほどほどに。




「ちくしょー!負けたっす!」


「ダメだったな~、もう少し時間があれば出てたかもな~」


 結局は2人とも負けてしまい、お金を使って涼んだだけで終わってしまった。


「じゃあ行くっすか! いざハッピーゲート!」


「おう、楽しませて貰おうぜ!」


 パチンコ店から出てセンター街に向かう、時間としてはあと少しでオープン時間だ。センター街の人混みを歩きながら伝えられてた場所に向かうと、まだオープン前だが行列が出来ていた。


 店構えも看板にはハッピーリレーとシャイニングゲートの社名やロゴが描かれ、表にはVtuberたちのポップやメニューなどが立っている。可愛い感じでありながらもスタイリッシュで、女性でも男性でも比較的に入りやすい店造りになっていた。 


 Vtuberのポップも自由鷹ナツハを始め、染谷川小路や竜胆(りんどう)れもんなどのシャイニングゲートの大人気Vtuberに、ハッピーリレーの三ツ橋エリスや北川ミナミといったVtuberが前面に押し出されてる。


「あっ、有名個人配信者の細山(ほそやま)細雄(ほそお)が並んでるっすよ!細いな~」


「あっちには大食い系動画投稿者の太杉(ふとすぎ)フトシが居るぞ、太いなっ!」


 有名な配信者を含む多数のオープン待ちの客が並んでる、初日は宣伝してくれる配信者優先という事もありカメラを持参してる人や、既にスマホなどで配信してる人も居る。SNSでも話題に上ってるようだ。


 灰川とボルボルは並んでる客たちの中から有名人を見つけて喜び、小学生みたいな感想を言って子供みたいな行動をしてる。


 客はほとんどが10代から30代だ、主だった配信者や視聴者の年齢がその辺りという事もあり、自動的に男女ともそのくらいの年齢層が集まってた。


 やがて『ハッピーゲート!君も配信者な件!』が開店し、並んでた客たちがゾロゾロと入っていった。


「店内も凄いな、Vtuberがメインだけどハピレのノーマル配信者も紹介されてるぞ」


「うおー、俺も紹介されてる! あんま大きくないけど」


 店内はそこそこ広めのホールで、バーカウンターとボックス席や大きめのテーブル席など様々だ。その各席に可動式のモニター画面が付けられており、ハッピーリレーやシャイニングゲートの好きな配信や動画を視聴したり配信ができるようになってる。


 しかもこの店でしか見れない各社のVtuberや配信者の特別動画やボイスも用意されていて、各種のグッズ販売などもあり、店内はVtuberの描き下ろしイラストや大型モニターでの配信放送もあってファンも満足のいく出来になっていた。


 既にあちこちで客として来てるストリーマー達が配信を始めており、この店の宣伝をしてくれてる。店内は配信者や客、忙しく動き回るスタッフ達の熱気で燃えるような雰囲気を纏ってる。


「灰川さんメニューは何頼むっすか? 俺はまず枝豆ボンバー!の厳選枝豆とビールっすね! 俺もコラボメニュー出したかったなぁ~」 


「元気出せって、俺は自由鷹ナツハのコラボドリンクのフリーダム・サマーと三ツ橋エリスの~~……」


 腹も減ってたため良さげなメニューを頼んでいき、運ばれて来たドリンクや料理を楽しみながら2人は会話に花を咲かした。


「エリスちゃんのメニューの牛丼うまいっすね! ミナミちゃんのケーキも美味い!」


「破幡木ツバサのオムライスも良い感じだなっ、染谷川小路の桜餅パフェも面白い味だなぁ! ルルエルちゃんのミルクアイスも良いね!」


 ボルボルも灰川も大満足の味だった、こういう所にありがちな提供品の手抜きも無く美味しかったし、店内の雰囲気も盛り上がりがあって楽しい気分になれる。


「しっかしな~、これが夏休み企画の第一弾ってんだから凄いよな」


「そうっすよね、Vtuberフェスもあるし配信者のイベントもあるし、まだまだ色々あるっすもんね」


 夏休みが始まりVtuberもノーマル配信者も今は視聴者を伸ばそうと躍起になってる、配信を多くしたり動画投稿で子供向けの物を出したり、様々な工夫をして一人でも多く視聴者をゲットしようとしてるのだ。


 そこにVtuberや配信者が目立てるイベントも入って来る、夏休み期間は配信者達のチャンス期間と言えるだろう。


「あの、もしかして配信者のボルボルさんですかっ?」


「えっ? はい、そうですよ。もしかして俺の視聴者さんたち!? 嬉しいな~!」


「私もいっつも見てます! 良かったら一緒に飲みませんか?」 


「良いの!? じゃあご一緒しちゃおうかな! 灰川さん、そういう訳なんで!」


「おいおい…、まぁ良いや、スキャンダル起こすんじゃねぇぞ~」


 ボルボルは女子大生グループに連れられて向こうへ行ってしまった、顔が良いから女性ファンも多いため、こういう事が発生したようだ。むしろ運営幹部あたりがファンサービスの一環として潜らせたのかもしれない。


 一人になってしまった灰川はドリンクを飲みながら店内を見渡す、大型モニターには自由鷹ナツハの配信が映され多数の客が楽しんでる。各席では備え付けられた個人モニターを使って配信してる人や、配信や動画を視聴してる人達が多数いる。


 灰川も各席モニターを操作してエリスの特別動画やミナミのオリジナル曲を見たり、ツバサの面白切り抜きや小路の猫の可愛さ説明の動画などを視聴して楽しんだ、


 店は雰囲気も良く客の反応も良い感じだ、自分も楽しめたし料理も美味しい。店の事もSNSで拡散され、ネットニュースになるくらいの盛況ぶりと話題性になってる。


 文句を付ける部分は無いなと感じ、待ち客に席を譲って店を出ていく。難点はメニューの値段が高めという事ぐらいだろうが、そこは様々な事情で仕方ないのだろう。



 店から出て夜の渋谷の街を歩く、その道には多くの人が歩いてた。息抜きに来た学生、夜のデートを楽しむカップル、日常から抜け出して刺激を求めに来た若者、仕事帰りに寄って来た人、様々だ。


 道を歩く人達のそれぞれに生活があり趣味があり、学業があり仕事がある。この中にはきっと動画サイトで何千人何万人という視聴者を抱える人が居て、SNSで何万人ものフォロワーを持つ人たちが歩いてる。


 そこに至るにはそれぞれの苦労や努力、斬新な閃きがあった筈だ。灰川は思う、自分も配信者として多くの人達から楽しまれ笑わせる身になりたかった時がある、むしろ今だってなりたい。


 しかし自分では無理なのだと最近は諦め気味だ、その理由は三ツ橋エリスや自由鷹ナツハといった有名配信者や、その他の人達との出会いが原因だ。彼らに比べると自分は劣ってると灰川は感じてしまってるのだ。


 自分だって裏ではなく表に立ちたいという心はある、しかし努力はもちろんだが時間も考えも圧倒的に足りないのだ。灰川が持つエンターテインメント性も遥かに劣るだろう。


 そんな風に考えて自分に才能が無いのだと溜息をつきそうになってる所に、スマホにSNSメッセージが来た。




 神坂 市乃

 メッセージ

いつもお世話になってるお礼がしたいんだけど 

もし良かったら良い配信の仕方とか

皆で教えてあげようって話になったの

どうかな?



 タナカ

 メッセージ

誠治への局からの謝礼が決まったぞ、

良い配信者になりたいんだよな?

高性能パソコンと周辺機器

それと専門家によるレクチャーだ。


 

 まさかの内容のメッセージが2件も入って来た、一流Vtuberたちからの配信の講義と怪人N事件での礼で高性能のパソコンが貰えるようになったのだ。しかも何かのレクチャー付きだ。

 

 顔見知りとはいえ本物のインフルエンサーから配信やネット活動の講義を受けられるなんてまずない機会だし、性能の良いパソコンがあれば配信の幅が一気に広がる。


 今は夏休み期間で本格的に盛り上がるのはこれからだ、それはネットの世界も例外ではない。配信者やインフルエンサーの有名人はもちろん、名を上げようと奮戦する者達も一斉に立ち上がり行動を起こす。


 ネットの世界で名乗りを上げるのに資格は要らない、いつ何処で誰であっても、どんな環境に置かれてようとチャンスはある。それは配信に誰も来ない灰川誠治であっても平等だ。


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