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配信に誰も来ないんだが?  作者: 常夏野 雨内


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101話 お馬と一緒

「安全確認よしっ、じゃあ乗るかぁ」


 ヒホーデンに(くら)を付けて人が乗れるようにする、足を掛ける(あぶみ)も当然付いてるから安全性は高い。桜への注意事項や必要事項の説明も終わり、後は乗るだけである。


 神社の縁の横にヒホーデンを連れて行き鞍と同じ高さの位置から乗れるようにして、桜でも簡単に乗れるように位置を取る。こうすれば少し跨るだけで背中に乗れるという寸法で、桜の服装もズボンパンツだから安心だ。


「じゃあ俺が先に乗って支えるから、言った通りに動いてくれ。乗ってからは後ろに重心を落として俺に体重を預けてくれ」


「うん~、よろしくね灰川さん~」


 灰川が桜の手を取り絶対に落馬(らくば)しないよう体を支え、ヒホーデンは一切の動きをせずに桜が乗るのを待つ。目が見えない上に初めての乗馬だから動きはたどたどしいが、それでも無事に乗る事が出来た。


 灰川が後ろから桜を支え、鞍にある持ち手を掴ませ鐙に足を掛けさせ体勢を安定させ、これで準備は完了だ。


「ひひんっ、ぶるるっ」


「ふふ~、乗れたよヒホーデン、乗せてくれてありがと~」


「あ、マフ子も乗ったぞ、これで全員だな」 


 しっかりと安全を確認して灰川が手綱を取ってヒホーデンに合図を送り、ゆっくり右側を向かせてから、揺れないようにゆっくり進んでもらう。


「よし、ヒホーデン、ゆっくり前に進むんだぞ」


「ぶるるっ」


「わぁ、進んでるって分かるよっ、動いてるっ」


「安心して乗っててくれて良いからな、ヒホーデンも桜を気遣って揺れないようにしてくれてる」


「にゃぁ、にゃ~」


 田舎の神社の優しい馬がゆっくり、ゆっくり歩いてく。カッポカッポと(ひづめ)を鳴らし、人間2人と猫1匹を乗せて夏の空の下を木陰を縫うように歩く。


 桜の中に今まで感じた事のない感覚が生まれる、背中に乗せてくれた、乗って欲しいと思ってくれたヒホーデンの優しさ、桜が危なくならないように揺れないようゆっくり進む息遣い、顔に当たる(ゆる)やかな風からはヒホーデンとマフ子の生き物の優しく落ち着く香りが伝わってくる。


「生き物って凄いね~、ヒホーデンは私よりずっと大きくて、ずっと強い生き物なのに、私なんかよりずっと優しいんだ~。マフ子も優しい子だよ~」  


「そうか? 桜の方が優しいと思うぞ、ヒホーデンは俺のこと嚙むし」


「あははっ、それは灰川さんがデリカシーが無いからだよ~」


 はっきり言って灰川は大人としてはデリカシーというか、変に気遣った態度が無い性質の人だ。少なくとも桜に対してはそういう接し方をしてる。


 今だって桜が盲目だから危険という理由で馬に乗せる事を渋るどころか、灰川の方から乗るか?と聞いて来たのだ。


「マフ子もありがと~、マフ子がヒホーデンは怖くないよって言ってくれたの分かったよ~、むふふ~」


「にゃ~…にゃ」


 桜は初めての乗馬を通して生き物の優しさや尊さ、暖かさを改めて知る事が出来た。馬という動物は不思議なもので、慈しみや温かさを人に教えてくれる動物なのだ。


 ヒホーデンは歩く、境内をゆっくり優しく歩き、桜は馬の背中から伝わる優しさを感じ、一つのことを決めた。


「灰川さん、盲目勇者ラルフの冒険のラスト、いま決めたよ~」


「え、マジ?」


 桜はVtuber染谷川小路として発表してる童話のラストを、いま感じた感覚を元に決めたようだ。


 元々はハッピーエンドながらも少し悲しい教訓を交えた終わり方にする予定だったそうだが、今からでも登場人物が全て幸せになれる終わり方にすると決めたと語る。


 この経験は桜にとって大きくかけがえのない出来事になり、心を動かされ価値観や考え方にも影響するほどの感覚をもたらした。


「良いじゃん、良いじゃん! ハッピーエンド大賛成だ、どうせなら今からでも作中にヒホーデンとマフ子出しちゃったら? なんてな~」


「ふふ~、それも良いかもね~、灰川さんも噛ませ犬役で出しちゃおうかな~」


「噛ませ犬かよ! なんか短絡的な呪術を使って自滅しそうだな!」


 なんて話をしてると、向こうの方からパカッパカッ!と軽快だが小さな足音が聞こえてくる。


「誠治! 神主さんに良いって言われたからヨシムネに乗せてもらったわ! まさに人馬一体ね!」


「ひひんっ」


「由奈! お前裸馬に乗れてるのか! 凄いな!」 


「世界一のお馬に世界一のVtuber! 天下無敵よ! わはははっ!」


 短時間でヨシムネの騎乗をマスターした由奈が調子に乗って走り回ってた、もし由奈が中学2年生の平均的な身長と体重だったら乗れなかっただろう。


「小路先輩もヒホーデンに乗ったのね! お馬ってこんなに優しくて仲良くなれる生き物だって知らなかったわ!」


「そうだね~、私も初めて乗せてもらったけど、感動して少し震えてるよ~」


「じゃあ私と一緒ね! これからは桜ちゃんって呼んで良いかしらっ!」


「もちろん良いよ~、私も由奈ちゃんって呼ばせて貰うね~、ヒホーデンのおかげで友達も出来ちゃったな~」


 その後はヒホーデンに乗った灰川と桜とマフ子、ヨシムネに乗った由奈とで境内をゆっくり歩き、馬から降りて帰ろうという事になった。桜はヒホーデンに乗せてくれた灰川に深く感謝し、ヒホーデンを何度も撫でて抱きしめていた。



「またね、ヒホーデン、ヨシムネ~ また会いに来るからね~」


「ヨシムネ、次に会う時も乗せてもらうわよ! ヒホーデンも元気にしてなさい、約束よっ!」


 明日は2頭は検診があるため会う事は出来ないし、あまり疲れさせるのも2頭の夏バテの原因になるから今回の旅で会うのは今が最後になる。


 最後にしっかりと撫でて抱きしめて、2頭もそれに応えてお別れとなった。車に乗る時は由奈も桜も少し泣きそうになってたが、マフ子が2人の首に尻尾を代わりばんこに巻いてあげて慰めていた。


 友との別れは悲しいが桜にはマフ子が、由奈にはテブクロと福ポンが居る。ここで出来た友はヒホーデンとヨシムネだけではないのだ。




 家に帰ると午前だというのに市乃も空羽も昼寝をしてしまっていた、ギドラとオモチも一緒に寝てる。にゃー子はまだ帰って来てないらしい。


 普段は人気ストリーマーとして忙しいから疲れが溜まってるのだろう、冷えないようにエアコンの調整をしてあげて、そっと寝かせておくことにする。


 桜は自作童話の書き直しをしたいという事で、スマホを音声操作しても聞かれない少し離れた部屋にマフ子と一緒に案内してあげた。


 灰川は疲れてる皆のために昼食を作っといてあげようと台所に立ったところ、それを察した由奈が「一緒に作ってあげるわ! 感謝しなさい!」と手伝ってくれる事となる。


「そういや由奈は夏休みの宿題とかあるのか? それとも企業Vtuberは免除とかあんの?」


「宿題てんこ盛りよ! 連立方程式とか関数とか意味が分からないわ、でも現代文は得意!」


 由奈は勉強があまり得意ではなく、いつも夏休みの宿題などは最後の方に残ってしまうそうだ。今は夏休みが始まったばかりだから大丈夫のようだが、これから忙しくなるであろうVtuber活動と並行して出来るのか心配だ。


 長期休みは家の近くに住んでる親戚の真奈華に手伝ってもらったり教えて貰ったりしてたそうだが、真奈華は今年が受験なので今回は手伝いを頼む事はしたくないと由奈は言ってる。


「終わらなくてヤバそうになったら言えよ、手伝ってやるからよ」


「誠治って優しいわね! ありがとう、でもなるべく自分でやってみる!」


 手伝うなんて言ったが実は灰川は中高の授業内容は知識的なかなり危うい感じになってる、一応は大卒だが大して良い大学でもないし勉強は昔から嫌いだった。


「あ~、この音はお昼ご飯作ってるんだね~、何か手伝えることあるかな~?」


「桜? 童話を書き直してたんじゃなかったのか?」


「プロットをまとめただけだよ~、そんな簡単には書けないな~」


「ありがとな、でもソーメンだからもう作り終わっちまった」


 どうやら本格的な書き直しはもう少しまとめてからするらしく、今は話の流れを大まかに決めて直す作業をしてたらしい。


 今日の昼食はソーメンだ、田舎でやれそうな流しソーメンではない普通の物だが、夏には良い食べ物である。  


「桜ちゃん! お昼は私の得意な卵焼きも作るわ! 美味しいわよ!」


「わぁ、由奈ちゃんの卵焼き楽しみにしてるね~、むふふ~」


 桜と由奈は先程にヒホーデンとヨシムネに乗って、すっかり仲良しになっていた。そこに先輩後輩という感じは無く、呼び方もフラットにちゃん付けで呼び合ってる。


「灰川さん、お願いがあるんだけど良いかな?」


「灰川さーん、空羽先輩のお願い聞いて欲しいんだ」


「えっ? 空羽と市乃か、ランチのリクエストなら遅かったな、もうソーメン作っちまった」 


 午前の昼寝から起きた空羽が灰川に何事かを頼みに来た、どうやら昼食のメニューの注文ではなく別の要件らしい。



「後でオモチや にゃー子ちゃんたちと一緒に配信させて欲しいのっ、お願いします!」


「空羽先輩に顔出しの動物配信させてあげてっ!」


「な、なんだってー!」



 話を聞くと空羽が実写の顔出し配信で猫たちと一緒に配信させて欲しいと言って来たのだ。空羽は何度か顔出し配信もやっており、Vtuberの自由鷹ナツハ程ではないがファンはそこそこ居る。顔立ちもスタイルも整ってるから配信映えも良い。


「おいおい、そりゃ聞いてないって」


「お願い灰川さんっ! ここの皆と思い出を作りたいのっ!」


「先輩にここの子達の可愛さを全国にお届けして欲しいよっ!」


 空羽は会社から配信に関してはかなりの自由が与えられており、今後の芸能界進出も考えて顔出し配信にも力を入れて行こうと決まったらしい。それもあって最近は顔出し配信のネタを探してたそうだ。


 顔出し配信でも普通にゲーム配信してワイプ画面で顔を出しとけば良いかもしれないが、それだと自由鷹ナツハとの差異が無く完全にVtuberの影に隠れてしまう。やってみて実際にそうだったらしく、顔出し配信でのファン数の増加は多くは無かったようだ。


 既に400万人の登録者が居る以上はちょっとやそっとじゃ躍進は見込めない、そこで思い付いたのが嗜好と実益を兼ねた動物配信という訳だ。それを市乃と一緒になって頼み込んでくる。


「ここで動物配信やったって継続的に出来ないから意味ないだろ、視聴者にも告知なんてしてないんだろ?」


「うん、でも私は灰川さんの実家の子達と配信したいっ、動物ってこんなに可愛いんだって視聴者の人達に伝えたいのっ、もちろんお(れい)は渡します!」


 空羽は配信者の顔になり『やりたいから』『伝えたい、何かを知って欲しい』という情熱と呼べる欲求から言っている。


 業界1位に輝いてもチャレンジャー魂をまだ強く持っており、ポリシーとか自分のやり方とかに固執せず、何でも試して失敗して、それらを楽しみながら(かて)にする心を失ってない。


 その気持ちを持ち続けられるからこそ配信という自由度の高いステージの一線で不動のナンバーワンとして活躍し続けられる、灰川はそれが分かったような気がした。空羽の事は知ってたつもりだったが認識は甘かったらしい。


「誠治、私はナツハ先輩にここの子達を紹介して欲しいわ」


「由奈まで、いったいどうしたんだ?」


「テブクロも福ポンもとっても良い子よ、ヨシムネもヒホーデンも優しいお馬だわ、そんな子たちが居るんだって一人でも多くの人に知って欲しいわっ」


「私も同じだよ~、ナツハ先輩にここの皆を紹介して欲しいな~」 


「お願い灰川さんっ! 空羽先輩に配信させてあげて!」


 由奈も桜も同じ意見だった、どうやら灰川が思ってたより空羽たちの動物への感情は強くなってたらしい。


 ここに来て灰川は気付いた事があった、今まで市乃たち各人にあった互いへの壁が明らかに薄くなってる。今まで彼女たちは一対一で話すことが少ないように感じられた。


 もちろん普通に話をしてはいたのだが、どこか壁があるという感じが拭えなかった。彼女たちは互いにライバルであり意識し合う仲でもある、それもあってか完全に心を開いて会話をしてる感じではなかった。思春期特有の独特な心の壁もあるだろう。


 それが今になって完全に変わっていた。由奈と桜は先程の事もあり完全に打ち解けており大の仲良しになってる、市乃と空羽も壁が無くなっており仲が深まっていた。恐らくは空羽に懐いてるオモチと市乃に懐いてるギドラはよく一緒に遊んでるから、そこから縁が深まったのだろう。


 同時に4人の仲もそれぞれに深まってる、1対1よりも2対2の方が打ち解けやすいというのは良くある話だ。そこに配信はダメと言って水を差すのは灰川には(はばか)られる。それに取引先の子達が仲良くなるのは大歓迎だ。


「わかった、じゃあここで自由鷹ナツハの顔出し配信チャンネルの登録者も爆増させようぜ!」


 「「やったぁ!」」


 許可を出すと4人は笑顔で喜んだ、自由鷹ナツハのVtuberチャンネルは登録者が400万人越えだが、サブチャンネルである実写チャンネルは登録者が70万人と登録者が割と落ちる。


 それでもかなり多い人数だが、顔出しチャンネルは配信回数が少ない上に動画数も少ないから視聴者登録数が落ちるのは仕方ないだろう。Vtuberと顔出し配信だと客層が違うのも大きい。


 だが最近は学校でもかなり空羽の顔が割れるようになってしまうくらいには顔が広まって来たらしい、ここからも更に名を売るつもりだと強く語る。


 顔出しチャンネルでは実に1か月以上ぶりの配信らしく視聴者が来るか不安だが、灰川の配信よりは視聴者は来るだろという事で収まった。


「でもよ、猫どもが都合よく空羽の周りだけに集まるか? コイツら寄って来ない時もあるからなぁ」


「そんな時のためにコレだよっ! 高級マタタビ!」


「よっしゃ! 行けるな!」


 こうして午後に自由鷹ナツハ(実写)のゲリラ配信が決まり、皆で昼食のソーメンを食べながら作戦会議して配信する事に決まる。


 そうこうしてる内に にゃー子や他の猫たちも帰ってきて、配信のためのカメラや通信接続も完了して準備は整った。



 配信に使う部屋は家の隅にある使ってない部屋だ、ここは物も少なく住所バレするような物もないし、適度な広さもあるから安心だ。


「よし、いつでも行けるぞ」 


「空羽先輩、こっちも通信速度も大丈夫だよ」


「ナツハ先輩の配信サムネイルが出来たわ!もう載せてるわよ!」


「猫ちゃん達と、他の動物の子達も集まってきてるよ~」


 灰川が風呂に入れて体も毛並みも綺麗になった動物たちを入れて、温度調節や換気も十分にして配信の準備が終わる。


 由奈が配信のサムネを作ってくれて配信予約をして視聴者の待機所にすると、だんだんと視聴者が集まって来る。由奈の作ったサムネイルは空羽の画像は小さく入れて、猫を初めとした動物たちを目立たせ主役は動物たちである事をアピールする出来の良いサムネに仕上がっていた。



コメント;ナツハちゃんの実写配信じゃん!

コメント;こっちは久しぶり

コメント;猫配信?興味ある!

コメント;何が始まるんだ?



 突然の自由鷹ナツハの顔出し配信に驚きながら来たファンや、由奈の作った動物サムネに釣られて来た新規視聴者が配信開始前に集まって来る。あと3分程で配信開始だ。


 ナツハは普段の配信の際には配信プロットを事前に立てて計画に沿って進めて行くスタイルらしく、今回もそうする予定で計画を立てた。流石は1流Vtuberでありプロットはすぐに組まれて皆に説明された。


 それらの一連の行動を市乃たちは感心しながらナンバーワンのやり方を学んでいく、由奈も真面目に吸収しようとしてるし、桜もシャイニングゲートで空羽とあまり絡みが無かったのか新鮮な面持ちで聞いていた。


 空羽は既に位置についており、灰川たちが配信スタートをクリックすれば始まる状態だ。カメラも良好で写りも良い。


「よし、配信スタート!」


 こうして自由鷹ナツハの顔出し動物配信が始まったのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 乗馬とても楽しそうで、みんなの笑顔が素敵です [気になる点] 動物配信楽しみにしています 鬼突きさん再登場有るかな?
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