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無能才女は悪女になりたい~義妹の身代わりで嫁いだ令嬢、公爵様の溺愛に気づかない~(WEB版)  作者: 一分咲
二章

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33.見覚えがあります

 ぎゅっと拳を握り締め涙を流すテレーザは悲劇のヒロインである。


 けれど、何となく事情を理解し自分に濡れ衣が着せられかけていることを理解しているエイヴリルとしては、ディランの出方が気になる。


(ディラン様が私のことを信じてくれないはずがありませんから……ってすごいですね。私はいつのまにかすっかり自信満々のようです……)


 なんだか恥ずかしくなって両頬を押さえると、ディランが穏やかな視線をくれる。ついさっきまでテレーザを見ていたのと全く違う瞳だ。何を考えているのかを見透かされてしまったようで、エイヴリルとしてはさらに照れるしかない。


 そうしているうちに、ディランは聞いてくる。


「なるほど。……エイヴリル、そこのテレーザ・パンネッラの部屋からなくなったというエメラルドの指輪がどんなものか覚えているか?」

「はい。プラチナのリングに、エメラルドカットの石がのったシンプルなものです。よくある定番のデザインですが、石にはわずかに濁りがあり印象的でした」


 エイヴリルの返答を聞いていたテレーザは口をぽかんと開けたあと、慌てたようにまくしたてる。


「!? そんなにすらすら答えられるなんて。や、やっぱりあなたが私の指輪を盗んだのですね!」

「いいえ。そのようなことは決してしておりません」


「ではどうして私の指輪の特徴を答えられるのです! 正直におっしゃい。この前、私に強請ってクローゼットの中を見た時に、宝石箱の中から盗んでいたのね? 旦那様は寛容なお方ですから、きっとクビになるだけで済むわ。どうか本当のことを話して」


(本当のことと言われましても)


 盗んでなどいないのだからどうしようもなかった。しかし、エイヴリルを窮地だと勘違いしているテレーザは心底哀れんだ表情で告げてくる。


「証拠を突きつけられる前に話を合わせる……いえ、白状すれば、旦那様に温情措置をいただけたかもしれないのに……馬鹿でかわいそうな子」


 そのときサロンの扉が開いた。入ってきたのは、青ざめた顔をしたテレーザ付きの侍女である。それを一瞥したテレーザはひんやりと問いかける。


「例のものはどうだったかしら?」

「はっ……はい。これが……クラリッサさんの私室に」


 侍女が震える手で差し出した包みにはエメラルドの指輪が入っていた。それがクラリッサの部屋にあったという報告を一緒にしたものだから、サロンはどよめいた。


 テレーザは指輪を掲げてディランに見せる。


「旦那様。私の侍女が彼女の部屋を調べてきてくれたのですが、なくなった指輪が見つかったそうです。……私、こんなところには怖くていられませんわ。仮にクラリッサさんを解雇したとしても、一度このようなことがあると……。ぜひ私を母屋に仕えるメイドとして雇っていただけないでしょうか」


「なるほど、あなたの目的はそれか。ずいぶん回りくどいことを考えたものだな」

「ま、回りくどいだなんてそんな。私はただ事実をお伝えしただけで」


 図星をさされたらしいテレーザが顔を真っ赤にして唇を震わせたが、ディランは相変わらずクールな表情のままだ。


「私は前公爵のように使用人を愛人に昇格させるようなことはない。それでもいいのか」

「! わ、私はそのような意味で申し上げたわけでは……」


「遊び人の老いぼれジジイの愛人という立場から一転、掃除、洗濯、給仕はもちろん、庭の手入れ、真っ黒になるボイラーの修理、王太子のお守りや縄抜けや社交界の重鎮の籠絡果ては潜入捜査までやってもらうがいいのか」

「? そ……それは使用人のお仕事で間違いないでしょうか???」


 テレーザだけでなく、後半の業務が聞きなれなかったらしい使用人たちが不思議そうな顔をしたところで、ディランはため息をついた。


「大体にして、私の妻となる人は一人で十分だ」


 返答がなくなってしまったテレーザの代わりに、楽しげなクリスが加わる。


「本当ですね。ディラン様の婚約者様は信じられないほど手に負えない方ですし」

「ああまったくだ。現に、ここで普通の令嬢なら真っ青になるところを顔色ひとつ変えずおっとりと首を傾げていることに少し引いている」


「自分を嵌めようとしている相手にハンカチを差し出しているところもすごいですね。勝利を確信しわざとやっていたらとんでもない悪女なんでしょうけど、天然なのでディラン様から見たらただただかわいいでしょうね」

「……クリス、もういい」


 二人の会話にこの場にいる全員が首を傾げかけたところで、ディランは立ち上がりテレーザの手元から指輪を奪った。そうして、エイヴリルに見せてくる。


「エイヴリル。この指輪だな?」

「はい、確かに、これは私がテレーザ様のお部屋でお見せいただいたものです。デザインも宝石の色もランクも、すべて一致しています」

「……だそうだ」


 不敵に視線を送るディランに、顔を真っ赤にしたテレーザが声を張りあげる。


「な、何が問題なのでしょうか! 彼女が私の部屋で見た大旦那様からの贈り物の指輪が、彼女の部屋に隠されていた。事実はこれだけですわ」


(テレーザ様にとってはそうなのですけれど……)


 視線でディランに発言の許可を得たエイヴリルはにっこりと微笑んだ。


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