1.プロローグ(…なんだかディラン様が心配そうです)
エイヴリルの実家・アリンガム伯爵家が無事に没落し、エイヴリルの使用人仲間たちはランチェスター公爵家に移り、王都のタウンハウスがさらに賑やかになったある日の午後。
ランチェスター公爵家の陽だまりに包まれたサロンには来客が二人。王太子ローレンスとその婚約者のアレクサンドラである。
二人の向かいにはディランが座り、後ろにはクリスが控えている。一同は談笑しているようだ。
それを、エイヴリルはサロンへと続く扉の隙間から見守っていた。
どうしてあの楽しそうなお茶会の仲間に入れてもらえないのかというと、ディランに「いいというまで別室で待っていてくれ」と言われてしまったからである。
(皆様、何をお話ししているのでしょうか。こうして覗くのはお行儀が悪いとわかってはいますが、気になります……)
元々、このお茶の席にはエイヴリルも同席する予定だった。それなのに、ローレンスから用件を聞いた途端にディランの表情は険しくなり、エイヴリルはこうして締め出されてしまったのだった。
しょんぼりしながら隙間へと目を凝らすエイヴリルに、メイドのグレイスが後ろから話しかけてくる。
「エイヴリル様、そろそろ諦めてはいかがですか。向こうのお部屋にパサパサの硬いパンで作ったサンドイッチをご用意しています」
「……まぁ。それ、私の大好物ですね」
「階段室に閉じ込められたわけでもないのに、隙間をのぞいているエイヴリル様がかわいそうで。今なら、しなびたトマトもつきます。お好きな食べ物を召し上がって元気を出してください」
「……グレイスはさすがですね!」
そこまでの気遣いをされてしまってはこの場を離れるしかないだろう。パサパサの硬いパンで作ったサンドイッチへの思いを胸に後ろを振り向き、感嘆の声を上げたところで。
背後で、ついさっきまで覗き込んでいた隙間が大きくなった気配がした。
「――エイヴリル嬢、きみに話がある」
さっきまであんなに狭くて見えなかったのに、どうして今隙間が大きくなるのか。
ほんの少しだけ不満を抱えたエイヴリルの前では、ローレンスがニコニコと微笑んでいた。柔らかく人好きのする笑みだが、相手に有無を言わせない威圧感がある。
その向こうではディランが不服そうに――そしてこの上なく心配そうに、こちらを見ていた。しかし心配そうなのはディランだけである。アレクサンドラは妖艶に微笑み、クリスは明らかに好奇心を抑えきれていない。
(きっと、私に聞かせたくない内容のお話が終わったのですね。そしてディラン様が望まない方向で決着してしまった、と。一体、何のお話なのでしょうか?)
首を傾げつつ、エイヴリルは席へつくことにしたのだった。
その答えは、すぐにわかることになる。




