14.心地いいからです
「……と、いうことがありまして!」
「ひどいな」
夜の寝室で、エイヴリルからディランへの『前公爵の振る舞いについての報告』はすっかり日常と化していた。
今日も、元気いっぱいに報告したエイヴリルにディランは申し訳なさそうに頭を抱えている。
「監視を命じている使用人が、あの男に撒かれて屋敷内で存在を見失うと言っていたんだ。だから、俺が自分で文句を言いに行ったら、すでに部屋にいなかった」
「さすが、ずっとここで暮らしていらっしゃるだけはありますね。使用人の皆様の動きなども、全部把握されていらっしゃるのでしょう。面倒なことです」
エイヴリルもディランに釣られて、つい頭を抱えた。
なぜなら、あの次の日も、その次の日も、ブランドンはエイヴリルとサミュエルの部屋へとやってきて、口出しをしてばかりなのだ。
本邸の使用人たちは皆エイヴリルの味方なのだが、さすがにブランドンには何も言えないらしい。
だから、ディランもよくエイヴリルたちのところへ顔を出してはくれるのだが、ブランドンもディランに面会の予定が入っている時間を狙ってやってくるので、彼には邪魔をされ続けるばかりだ。
その上、皆を撒いてまで邪魔しにきているとなると、一体何なのだと言いたくなってしまう。エイヴリルは無理矢理に前を向く。
「ですが、大丈夫です。ディラン様の不在を預かる身として、前公爵様の好きにはさせませんから……! ディラン様はお仕事に専念してくださいね」
「いや、一度あいつを解体して閉鎖したままの別棟に軟禁する。世話をする使用人たちには申し訳ないが、致し方ない」
今にも立ち上がって寝室から出ていきそうな勢いのディランの腕を、エイヴリルは慌ててがっしりと掴んだ。
「大丈夫です! 私に任せてください」
「ミャッ」
巻き込まれた形になったブルーも一緒にディランの腕にぶら下がっている。二人に引き留められる形になってしまったディランは、ため息をついて座った。
「……エイヴリルには何か策があると?」
「残念ですが、特にありません。でも毎日顔を合わせているのでわかるのですが、何だが悪意は感じないのですよね。サミュエルが言う通り、本当に寂しいだけというか」
「寂しい……自業自得だな」
口の端を歪めた夫を見て、エイヴリルも力強く頷く。
「私もそう思います。……ですが、私たちの邪魔をしている以外に悪さはしていらっしゃらないので、あまり強く出られないのも事実だと思います。もしかして、それも込みでの振る舞いなのかもしれません。もし、ランチェスター公爵が老いた前公爵を別棟に軟禁しているという噂が回ったら、あまりいい印象にはなりませんから」
「その通りだな。社交界には味方ばかりではないからな」
「はい。前公爵様の噂を理由にして、ランチェスター公爵家を貶めてきた人々が、今度はディラン様への誤解を盾にする可能性が出てきます。もっと面倒になります」
もともとのランチェスター公爵家の立ち位置を踏まえれば、そんな噂など気にしなくていいはずだった。
けれど、先日のアレクサンドラ主催のガーデンパーティーでは『悪女好きのディラン・ランチェスター公爵』『とんでもない悪女の公爵夫人』と思われているのを肌で感じてしまった。
代替わりしてしばらく経つのに、誤解が解けないのはあまりにもよくない。
(私たちの代だけならいいのですが、子供たちの世代まで悪評が残ってしまったら大変ですから……!)
そんなことを考えていると、ブルーがベッドの上に丸くなり、すうすうと寝ているのが見えた。
ついさっきまでは二人の会話にじゃれあいで加わっていたのだが、眠さに限界が来てしまったようだ。
ディランの側は気持ちがいいのだろう、安心しきった表情で眠っている。それを撫でながら、ディランは呟く。
「ブルーもなぜここへ出入りするんだ」
「それはわかりますわ。ディラン様のお側が心地いいからです」
「……そうか」
複雑そうな顔で微笑んだディランを、エイヴリルはまっすぐに見上げる。
「私も同じですよ、ディラン様?」
「……っ」
夫が言葉に詰まる。今日も、平和な夜は更けていった。




