表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無能才女は悪女になりたい~義妹の身代わりで嫁いだ令嬢、公爵様の溺愛に気づかない~(WEB版)  作者: 一分咲
四章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

212/266

4章エピローグ

 クラウトン王国での、三ヶ月間という長い滞在を終えたエイヴリルは帰路につく支度をしていた。


「明日の今頃にはヴィクトリア号に乗っているのですね。長い滞在でしたが、終わってみればあっという間でした」

「そうだな。王都のタウンハウスに戻ったら、少し二人でゆっくり過ごそう」


(二人でゆっくり……ですか)


 自分を見下ろしてくる、ディランの視線が不思議なぐらいに甘い。そのうえ、どことなく意味深な言葉の響きにどきりとしたところで、部屋の扉が叩かれた。


 ほわんとしていたエイヴリルは慌てて切り替える。


「はい?」

「エイヴリル様!」


 扉が開くなり飛び込んできたのはエミーリアだった。目に涙を溜め、がっしりとエイヴリルの腕を掴んでくる。


「今日、国に帰ってしまうのですね……寂しいですわ……!」

「鉱山の再開発が決まりましたし、また近いうちにこちらへお伺いすることになると存じます。どうか、私を忘れないでいてくださるとうれしいです」


「エイヴリル様のことを……忘れるはずが……ないではないですか……!」

「まあ」


 先日の任官式でリステアードが宣言した通り、グリニー山脈に眠る鉱山はめでたく再開発されることになった。


 それを早速ディランがローレンスに報告したところ、最も適任ということで一連の計画はランチェスター公爵家に任されることになったらしい。


 ますます忙しくなりそうなディランが心配になるところだが、エイヴリルがクラウトン王国の国家試験に合格したことがプラスに働いた。エイヴリルも、正式な外交官としてクラウトン王国との事業に参加できることになったのだった。


(結局、リステアード陛下に謝罪をして任官を辞退することになりましたが、両国のお役に立てそうでよかったです)


 ちなみにどういうことなのか、首席合格のご褒美についてのおねだりは、全部が叶えられることになってしまった。びっくりである。


 しかし、本当に欲しいのは子どもたちへの支援だけだ。


 どうやって辞退したらいいのか死にそうなほど悩んでいたエイヴリルに手を差し伸べてくれたのはエミーリアである。


 エミーリアは「悪女は殿方にしか貢がせないんですものね」とよくわかった顔でエイヴリルが褒美にもらった美術品や宝石を潤沢な私財で買い上げ、しれっと王宮の元の場所に戻してくれたのだった。ありがたすぎた。


 そんなことを回想しながら、いよいよ本格的に泣き出してしまったエミーリアをなだめていると、扉の向こうに一人の女性が立っているのが見えた。


(……あれは)


 儚げな佇まいなのに、ピンと伸びた背筋。


 月の光を紡いだように美しい長い髪と、優しげなまなざし。


 彼女は号泣しているエミーリアを慰めようとしたのか、遠慮がちに部屋の中に入ってくる。


 そしてすぐに、菫色の柔らかな瞳に驚きの色が映った。エイヴリルの隣にいるディランを見つめたまま、動かない。


「エイヴリル様と、こちらの殿方は……?」


 震える声に、事情を全く知らないエミーリアが応じる。


「ぐすっ……アナスタシア先生! こちらは、ディラン・シェラード様ですわ。先生と同じブランヴィル王国からいらしていた特使様で、今日国にお帰りになるの」

「ディラン・シェラード……」


 アナスタシアは反芻するようにディランの少年時代の名前をゆっくりとつぶやく。その間も、ディランから視線が外れることはない。


「……ディラン・シェラードと申します」


 ディランはよそ行きの笑みでアナスタシアに挨拶をする。母親に対して親愛の情を示すでもなく、悲しいほどに淡々としていた。


 それはまるで、わからないと言われることに慣れてきっているような仕草だった。


 それだけで、ディランがずっと抱えてきた寂しさが伝わってくる。


(ディラン様……)


 母親との再会を望んではいたものの、心の準備がしたかっただろう。大切な人に拒絶されるのは、きっとものすごく辛いことだ。


 けれど、今日は、いつもとは違うと思われる事態が起きた。


「ディラン……?」


 さっきまでの、無機質に知らない人の名前をなぞるのとは違う、明らかに戸惑った声。


 見ると、アナスタシアの瞳からぽろぽろと涙がこぼれていた。ディランとエイヴリルが息を呑む中、唇からはとりとめのない言葉が紡がれる。


「私が……少しだけお教えした生徒が、国家試験に首席で合格したというから、お祝いを伝えに来たのです。何と喜ばしいことなのだろうと。それで、それなのに」

「アナスタシア様?」


 怪訝そうなエミーリアを遮って、アナスタシアは続けた。


「けれど、まさかこんなうれしいことがあるだなんて」


 いつもとは明らかに違う様子に、ディランがうわずった声音で話しかける。


「……私のことがわかりますか」

「ディラン」


 アナスタシアの瞳から、また涙が溢れた。


「あなたは……いつの間にかこんなに大きくなっていたのね」

「……母上」


 驚きに満ちたディランの声が部屋に響く。アナスタシアは弱々しい足取りでディランに歩み寄り、息子をしっかりと抱きしめた。


 背後で控えているクリスも息を呑んでいるのが伝わってくる。


 普段はニコニコと微笑んでいるクリスの感慨深げな表情に、これがどれだけ大きな意味を持つことなのか、あらためて身にしみる。


 ランチェスター公爵家を見守ってきた皆が、ずっと待ち侘びていた光景。


 滲む視界に、クラウトン王国訪問に託されたもう一つの意図を、エイヴリルは知ったのだった。


(ローレンス殿下は、この再会のために私たちをクラウトン王国に派遣してくださったのですね)


書籍4巻の書き下ろし番外編は、この後、タウンハウスにアナスタシアが訪ねてくるお話となっています。

もし興味がありましたらよろしくお願いします!


4章はここで一区切りです。

お読みいただきありがとうございました!

評価をいただけるととても励みになります!↓の☆☆☆☆☆を押していただけるとうれしいです。

また、一時的に感想欄を開けています。(状況を見て早期に閉じる可能性もあります)


少しお休みをいただいて、春ごろに5章スタートの予定です!

どうか引き続きお付き合いいただけますように!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
前話からの続きで涙が…。ディランが初めからエイブリルを理解し優しくしてくれたのは、ディランも不幸な家族関係があったこともあるからで、悲しい気持ちもありました。でも母親と再会出来て思い出してくれて良かっ…
コミックが面白くて続きが読みたくてこちらを探してきました。久々に笑いながら読んでいました、この後も楽しみにしています。
流石のエイヴリル…!!彼女が才女という事が認められて本当に本当に良かったです。そしてディラン様とお母様も良かった…! 後日談もう少し読みたいので本が届くのを楽しみにしています♡5章はディラン様とゆっく…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ