46.悪女の交渉②
覚悟を決め、壇上に向かって歩き出す。
壇上では、リステアードが余裕そうに微笑んでエイヴリルの到着を待っていた。側には宰相のほか、アロイスも直立不動でこちらを見下ろしている。
エイヴリルがここにいる理由を全く聞かされていないのか、眉間に皺が寄り、表情は怒りで埋め尽くされていた。
そんな中、壇上にたどり着いてしまった。
何が起きるのかわからない、奇妙な緊張感がある。
「エイヴリル・アリンガム。優秀な成績で国家試験に合格した貴殿を――」
リステアードが勅令状を読み上げようとしたところで、それは起こった。
「お待ちください!」
声を上げたのは、案の定アロイスだった。
国王の言葉を遮ることはあってはならないことなのに、勅令状を読み上げる時間すら待てなかったらしい。
顔を真っ赤にして続ける。
「そこの女は神聖な国家試験で悪事を働き、不正行為の上に合格した可能性があります。本来は、牢にいるべき人物。ここにいてはいけない人間です」
(まぁ)
アロイスが言うことが想像通りすぎて、思わず相槌を打ってしまいそうになる。考えていることがそのまま口から出ることがよくあるエイヴリルは、念のために口を引き結んだ。
これで安心。しかし、リステアードは揺らぐことがない。
「これは任官式だ。貴殿の出る幕ではない」
「……こっ、国王陛下……!」
にべもなくあしらわれて、アロイスの顔がさらに赤くなる。頬や耳だけでなく、首まで真っ赤で、興奮しているのが伝わってきた。
「くっ……」
数秒の間、何とか怒りを堪えたように見えたアロイスだったが、無理だったようだ。唸るような、低い声を響かせる。
「……き、昨日、エイヴリル・アリンガムの不正の証拠が出たと聞きました。それを、国王陛下はまだご存じではないのでしょうか?」
「何だと?」
さも「初耳だ」とでもいう様子で聞き返したリステアードに、アロイスは勝利を確信したらしい。歪んだ表情を引っ込め、冷静さを取り戻した。
「この者の部屋を担当する女官から申し出があったのです。この者の部屋で、持ち出し禁止のはずの試験問題が見つかったと」
何だって? と、会場内がにわかにざわめいた。それに気をよくしたアロイスはにやりと笑って続ける。
「しかも、予備も含めて二種類作られた試験問題の両方が見つかったというではありませんか。予備のほうは存在すら一部でしか知られていません。にもかかわらず、なぜその女の部屋にあったのでしょうかねえ? 事前になんらかの不正を働いて二つの試験問題を入手し、答えを知ったうえで試験に臨んだとしか考えられません」
(それは)
すでにその答えを知っているエイヴリルだったが、つんとして答えなかった。リステアードから、合図を送るまで何もするなと命令されているのだから仕方がない。
その間にも、大広間に困惑の声が広がっていく。
――まさか。
――でもどうやって問題を入手したんだ? 異国から来ていて、コネなんかないじゃないか。
――いや。あれは『どんな男も手玉に取り、財産や宝石を奪い、物理的にも精神的にも丸裸にする稀代の悪女』だぞ。そんなの簡単だろう。
最後の声は、アロイスにとってちょうどいいものだったようだ。聞こえると同時に、エイヴリルに対して駄目押しの一言を告げてくる。
「悪女の手管を使い、我が国の文官を唆して試験問題を盗むのは簡単だっただろう? だが、私の目はごまかせないぞ。即刻、罪人として投獄してやろう」




