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無能才女は悪女になりたい~義妹の身代わりで嫁いだ令嬢、公爵様の溺愛に気づかない~(WEB版)  作者: 一分咲
四章

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45.悪女の交渉

 翌日は、先の国家試験で合格した者たちの配属が発表される任官式だった。


 本当は合格発表から一週間後の昨日行われるはずだったのだが、首席合格者が捕らえられるというとんでもない事件が起きたため、事態が落ち着くまで任官式は見送られていた。


 一日遅れでの任官式に、会場となっている王宮の大広間にはざわざわとした空気が漂っている。


 正装したエイヴリルは、それを端っこから目立たないように見守っていた。隣には、ディランも、クリスも、グレイスでさえもいない。完全に一人きりである。


(昨日、古い棟のお部屋に戻った後、リステアード陛下は私の無実を確信されました。もう疑わしい点はないということで、無事に任官式が行われることになり、私は出席の許可をいただいたのですが……!)


 昨日までは、無実の罪で捕らえられていることが問題だったのだが、今日はまた違った問題が浮上していた。


 それは。


(今日、私は皆様の前で任官を辞退し、鉱山の再開発に着手するようにねだらないといけないのです……!)


 心の中で確認しただけで、真っ青になりそうだ。


 元々、正式な交渉はディランの役目だったはずだ。だから、エイヴリルは悪女になりきることだけを頑張ってこの三ヶ月間過ごしてきたというのに、まさか最後にこんな大役が待ち受けているとは。


 大体のことは想像し、受けて立つつもりでいたが、これは完全に予想の範疇を超えた任務である。


(ディラン様と打ち合わせはしましたが……うまくいくことを願うばかりです)


 なぜディランが一緒にいられないのかというと、単純に、今日は合格者だけが中央に整列することになっているからだ。


 昨日までの自分は罪人扱いだった。だから、中央の中でも一応目立たないように端っこの方にいるのだが、完全に気配を消せるはずがない。


 顔見知りの合格者たちが、今にも「一体どういうことだったんだ?」と聞きたそうな気配をびしびしと感じる。だがまだ勇者は出ていない。ざわざわとした均衡を保っていて、エイヴリルの周囲には不思議な空気が漂っていた。


 一方、少し離れた場所にはジャンヌがいる。女性の合格者は、エイヴリルとジャンヌ二人だけのようだ。


 ジャンヌは文官らしい落ち着いたネイビーのドレスを身につけている。生地にほどこされた金糸の刺繍が華やか。ひとまとめにされた長い髪にはドレスに合わせた髪飾りがつけられている。


 任官式という堅い式典になじみつつ、華を添える格好からはセンスの良さが伝わってきた。


 ジャンヌはエイヴリルのことを気にしているようだが、こちらも、声をかけてくる素振りはない。沈んだ表情をしていて、彼女の立場の難しさが見てとれた。


(お父上から、私に不正の疑いがあるということを聞いているのでしょう。悪女なうえに、不正をするなんて最低だと思っているかもしれませんね)


 全ては身から出た錆なのだが、残念さは隠しきれずしょんぼりと肩を落とした。


 今日、エイヴリルは任官式への出席を許されたが不正が冤罪だったことの説明はまだされていない。


 だから、()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()は、リステアード、エイヴリル、ディラン、ほか数人の高官だけしか知らないのだ。皆がひそひそしながら遠巻きに見て、声をかけてこないのは当然のことだった。


「――これから任官式を執り行う」


 司会を担当する文官が壇上に立つと、合格者全員の空気がぴりりと引き締まった感じがした。聞くところによると、任官式は合格者一人一人対し、国王が直々に勅令を出すのだという。


 エイヴリルは、立ち位置から右斜め前に視線をやる。そこには、ディランとクリスがいて、心配そうにこちらを見守っていた。


「――この国で、一番の才女をご覧に入れましょう」


 司会の言葉で、周囲の視線が一斉にこちらを向いたのがわかる。


 すでに、試験結果を皆が知っているのだから当然といえば当然だ。問題は、本当にエイヴリルがまがうかたなき才女かということである。


(ううっ……)


 背中を冷たい汗が流れ落ちていく。


「首席合格者、エイヴリル・アリンガム。壇上へ」


 名前が呼ばれると、会場内がどよめいた。


「彼女は不正行為で失格になったのではないのか」

「おめでとうございます!」

「この場にいるのだから疑いは晴れたのでは?」

「とりあえず祝福しよう。子細はあらためて説明があるはずだ」


 エイヴリルの不正を疑う声に交ざって、パチパチという拍手とともに祝福の言葉も聞こえてくる。


 不正を疑う声は、まだ何も知らない貴族たち。一方の祝福の言葉は、悪女に助けられたという合格者のものなのだろう。そして、後者はエイヴリルのことを悪女だとは絶対に思っていない。


 ――それにしても、ずいぶん遠いところに来てしまったものだ。


(私はローレンス殿下の命に従い、悪女として精一杯努めたはずですが……どうしてこんなことになってしまったのでしょうか……⁉︎ 予定では、試験に合格しても、悪女でいられるはずだったのですが……)


 遠い目をすれば、自分を見守ってくれているディランと目が合った。想像していた通り、ものすごく心配そうだ。


 けれど、今ディランがエイヴリルの手を取りエスコートすることは叶わない。なぜなら、国王リステアードはこの任官式で、国内の改革において特に重要な何かをするらしいからだ。


 外交や政治の話は、それが無事に終わってから聞いてやる、ということでまとまっているため、目的を達成するまでは口を出してはいけないのだ。


 それが何かは教えてもらっていないが、とにかく、リステアードが合図を出すまでは堪える必要がある。だから、ディランの斜め後ろに控えたクリスは、ディランが暴走しないように腕をがっしりと掴んでいる。


 けれど、二人とも感情が表情に出ないようにコントロールしているため、心情に関してはエイヴリルにしかわからなかった。


 側から見れば、ディランが今すぐにエイヴリルの手を取りたいことなどわずかすらも伝わらないかもしれない。とにかく。どんなときでも、自分の職務を見失わないクリスは本当にすごい。


 それを見て、この状況を不安に感じていたエイヴリルにも徐々に意欲がみなぎってくる。


(クリスさんを見習って、私もここは腹を括りましょう。才女……といえるかは些か大いに不安ではありますが、せめて我が国きっての悪女としてしっかり交渉するのです!)




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