27.図書館と戸惑いと②
それから、エイヴリルはしばらくアナスタシアと一緒に図書館内を散策することになってしまった。
もちろん、悪女でいなければいけないし、かつ、ディランの妻だとバレてもいけないので、できるだけ早く退散したいところだった。
けれど、何度やんわりと辞退しようとしても「お付きの者が迎えに来るまでは」と引き止められて会話を続けることになってしまう。
グレイスも、エイヴリルが退席できるように何度か助け舟を出してくれた。しかし、アナスタシアの残念そうな表情を見ると、どうしてもきっぱりと断ることはできないのだ。
(ですが、このような事情がなければ、アナスタシア様ともっといろいろなお話をしたかったです。ディラン様のことがわからないというお話が信じられないほどに、楽しいです)
けれど、アナスタシアは最近のエイヴリルの写真を見たことがあるはずだった。
マートルの街でディランとともに撮影した結婚写真を送ったのは記憶に新しいし、その写真を見てアナスタシアはエイヴリルにティアラを贈ってくれたのだ。
(こうして顔を合わせていてもディラン様の結婚の話にならないということは、やはりアナスタシア様のご心労はまだ回復途中ということなのでしょう)
悪女としての任務に差し障りがなさそうでホッとする気持ちと、母親を心配するディランを思い残念な気持ちの両方に包まれる。
そうして、ふと窓の外を見た時だった。
ふわり。
たまたま開いていた窓から強い風が吹き込んで、白いレースのカーテンが舞い上がる。エイヴリルは、眩しい太陽の光と風に一瞬だけ目を閉じた。
思った以上に風が強い。目線の高さまで波打つように広がったカーテンに、アナスタシアは虚を突かれたように固まった。
「アナスタシア様?」
「……」
返事がない。
つい数秒前まで、クラウトン王国とブランヴィル王国の地理について説明してくれていたはずが、言葉が完全に止まっている。
「アナスタシア様。いかがなさったのでしょうか?」
もう一度声をかけると、アナスタシアは我に返ったようだった。目を泳がせた後、伏せ目がちにぽつりと呟く。
「……なぜかしら。今ね、あるティアラのことを思い出したの」
声色が数秒前とは全く違う。声がか細く震えている。見ると、顔色が真っ青だった。
さっきまでの穏やかで明るい雰囲気が嘘のようで、焦ったエイヴリルはすっと片膝をついて顔を覗き込む。
「アナスタシア様、向こうのソファで少し休憩しましょう。お迎えが来るまでは私がお側におりますのでご安心ください」
(お疲れになってしまったのかもしれません。私とずっとお話ししていましたから)
つい、無理をさせてしまったようだ。アナスタシアは自分の中で最愛の息子の成長を止めてしまったほどに、精神が不安定な状態だと聞いていたのに。
とにかく、アナスタシアの手を取り、通路の端に置いてあるソファまで案内しようとしたところで、彼女はぴたりと足を止めた。
顔色は悪いものの、何か伝えたいことがあるのか、目にはしっかりと光が宿っている。エイヴリルは目を瞠った。
「アナスタシア様?」
「私はそのティアラを……誰かに贈ったの」
「ティアラ」
言葉の意味を理解して息を呑む。
けれど、アナスタシアは止まらない。
「そう、私のかわいい息子の、大切な人にだわ。一度だけ写真を見たのよ。見たのだけれど……でも何もかも、いきなりたくさんの情報に触れると混乱するからとお父様が隠してしまって」
「!」
(この誰かとは、私のこと……)
唐突に、アナスタシアはエイヴリルとディランの結婚写真のことを思い出したようだった。
舞い上がったカーテンが刺激になって、結婚写真のことがフラッシュバックし、大人になっているディランのことと結びついたのかもしれない。
うわ言のように呟いたアナスタシアだったが、すぐに自分の言葉を否定する。
「いいえ……そんなはずないわ。あの子には大切な人なんているはずないもの。だって、まだ子どもなのに……いえ、あの子は? ディランはどこ?」
さらりと紡がれた夫の名前に、心臓の鼓動が速くなっていく。
ここでは自分たちのことを知られてはいけないのはわかっている。
もしここでアナスタシアが全てを理解したら、エイヴリルが込み入ったこの状況を説明しないといけなくなる。それは大変に重要で、失敗が許されない仕事になるはずだ。
それなのに、知ってほしい気がする。
ディランは、早くにすっかり大人になったのだ。
母を傷つけた父親を憎み、表舞台から退かせ、反面教師にし、誰よりも有能で優しい公爵様になったことを知ってほしい。けれど、そんなタイミングではないのもわかる。
(これは、私の独りよがりな願望ですね)
2025年もよろしくお願いいたします……!
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とっても素敵なコミカライズなので、まだお読みになったことがない方はこの機会にぜひ……!
エイヴリルとってもかわいいです。




