18.兄妹とのお茶会①
クラウトン王国への滞在は、最初から三ヶ月程度と決まっていた。
あまり使節団が行き来することがない国であることから、さまざまな視察や会合の日程が組まれているのだ。
「今日のディラン様は国王陛下とのお茶会、私は午後からエミーリア様のお部屋にお呼ばれしていますね」
ダイニングで朝食をとりながら今日の予定を確認すると、ディランが切り出してくる。
「それなんだが、国王陛下とのお茶会にエイヴリルも同席してもらえるか?」
「! もちろんです。ですが、なぜでしょうか?」
ディランと一緒にお茶会に出られるのは楽しみだが、悪女が呼ばれるからには何か目的があるに違いなかった。
ローレンスからの依頼では、この交渉には悪女の役割が欠かせないらしい。もしかしてその類のことだろうか。首を傾げると、ディランは言いづらそうに手に持っていたカップをソーサーに置く。
「この計画に少し懸念が出てきた。どう動くのか一度考え直す必要がある。鉱山の再開発と、一部の利権の借り入れについて、本当に正攻法ではどうにもならないのか確認したい。今回はエイヴリルの意見も聞きたい。そのために同席を」
「なるほど。わかりましたわ」
きっと、昨日ディランが急いで孤児院から一人で戻って行ったのは、このことが関わっているのだろう。
(ローレンス殿下は、私にエミーリア様と仲良くならせて、最終的に国王陛下を説得させたいのでしょうか……? でも、その計画はあまりにもふわふわしているというか……わざわざ人を差し向けるのに、不自然な気はします)
しかし、わからないところは多いが、自分は悪女として来ている。それなりに振る舞う必要があるのだろう。
「ディラン様、今日のお茶会、頑張りますね!」
気合を入れてみると、異国のダイニングルームにはディランの「あ……ああ」という、何とも言えない声が響いたのだった。
招かれた部屋には、悪女らしいドレスを着て行くことにした。多少色が派手なぐらいで、露出はあまり多くないデザインのものだ。
こっそり夜遊びに出かけていくコリンナが着ていたものとは大きく違うが、これは完璧なまでに悪女の設定を考えてくれたアレクサンドラが選んたドレスである。ならば問題ないだろう。
髪型は、グレイスに頼んでぐるぐる巻きにしてもらった。これまでで一番悪女っぽくなった外見に、胸の高鳴りが隠せない。ディランも褒めてくれた。絶対に問題ないと思う。
今日の会場は、王宮内の華やかな中庭である。テーブルセットは、部屋から出られる場所に準備されていた。季節の花や樹々に囲まれた気持ちのいい場所で、国王リステアードと王妹エミーリアが微笑んで待っている。
「エイヴリル様! こっち、こちらですわ! 早くお座りになって」
「お招きいただきましてありがとうございます」
「エイヴリル様もいらっしゃるというから、私も同席させてもらうことになったの。紅茶は何がいいかしら? 大体のものは取り揃えているのよ」
「それは、ありがたいことでご」
そこまで告げたところで、はたと気がついた。
(エミーリア様は、私のことを私とコリンナと半分ずつ足して二で割ったような悪女だとお思いなのですよね。ということは)
ご挨拶と同時にわがままが必要だった。ということで、お茶のシーンでのコリンナ的なわがままを回想してみる。
コリンナはお呼ばれしたお茶会では大暴れすることはなかったが、アリンガム伯爵家ではなかなかすごいものだった。
(印象深いコリンナのわがままとはどんなものだったでしょうか。たくさんありすぎて迷ってしまいます)
「お茶菓子が気に入らなくて作り直させることはしょっちゅうでしたし、お茶を十種類淹れさせて、全部一口だけ飲んだ後、気に入らずに結局お父様のブランデーを出させたこともありましたね。とてもいいお天気の日、昼間から酔っ払っていたことを思い出します」
「「「「⁉︎」」」」
中庭の空気が凍りついた気がする。
背後で控えていたクリスがスッとスマートにハンカチを差し出してくれた。これで口を押さえるといいということだろうか。つまり、エイヴリルの独り言はしっかり声に出ていたらしい。一体どこからなのでしょうか?
「お茶菓子が〜からです」
「あっ……ありがとうございます……」
クリスの囁きに青くなりながら口を押さえたが、完全に手遅れである。目を輝かせたエミーリアが、待っていましたとばかりにテーブルの上の鈴を鳴らす。
それは、地獄からの呼び出しに聞こえた。




