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無能才女は悪女になりたい~義妹の身代わりで嫁いだ令嬢、公爵様の溺愛に気づかない~(WEB版)  作者: 一分咲
四章

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2.悪女エイヴリルへの依頼

 ――三ヶ月前のこと。


 :::::::::::::::::::::::::::::::::::


 エイヴリル・ランチェスターに命じる。

 我が国の使節団に同行し、隣国クラウトン王国に行ってほしい。

 ただし、『エイヴリル・アリンガム』――どんな男も手玉に取り、財産や宝石を奪い、物理的にも精神的にも丸裸にする稀代の悪女、として。


 :::::::::::::::::::::::::::::::::::



 王太子ローレンスから届いた書簡は、ディランに言わせると『無茶振りがすぎる』ものだったらしい。納得のいく説明を求めるディランとともに、エイヴリルは王宮へとやってきていた。


「ローレンス殿下からのお願いをお受けすることに決めはしましたが、正直なところ意味がわからない部分が多いですね。しっかりとご事情をお伺いし、精一杯務めなくてはいけません……!」


「事情を聞く必要も精一杯務める必要もない。俺が断れば済む話だ」


「いいえ、ディラン様はローレンス殿下から特別な任務を賜る立場のお方ですよね? であれば、妻である私が協力しないわけにはいきません!」


 胸を張って『妻』を強調してみたものの、ディランはやる気に満ちているエイヴリルに、ものすごく複雑そうな表情を見せている。


(ディラン様はお優しいですから。私が危険なことをしないか不安なのでしょう)


 気持ちはわかる。領地でのメイドに扮した別棟潜入に、ヴィクトリア号での暴走。エイヴリルは、ディランにものすごく心配をかけてしまったことを反省していた。


 けれど、エイヴリルにだって同じような類の心配はある。


 領地や公爵家のあれこれで忙しい上に、ローレンスからの特別な依頼も受けていることが多いディランが、いつか倒れるのではないかと気掛かりなのだ。


 ――自分が手伝うことで、彼の負担を少しでも減らしたい。


 そんな想いで張り切っているエイヴリルを見た侍女グレイスは何か物言いたげにし、ディランの側近クリスはニコニコと微笑んでいた。


 その様子を見ていた新人のメイドが真っ直ぐに「では、奥様は何もなさらない方が……」と言いかけた気がしたが、それはそれでディランが制し、みなまで言わせなかった。


 自分は何か選択を間違ったのだろうか。


 ランチェスター公爵家でのやり取りを回想し終えたエイヴリルは、目の前のことに意識を戻す。


(それにしても、今日は随分と仰々しい対応を受けています。以前、仮面舞踏会に潜入したときは、ローレンス殿下がランチェスター公爵家までいらっしゃって、プライベートの延長に近い雰囲気でのご依頼でした。ですが、今日は、王太子殿下の執務室に通されています)


 恐らくこれは、前回とは比較にならないほどに重要な依頼なのだ、と身構えつつ、初めて通されたローレンスの執務室を見回してみる。


 想像よりもずっと広く天井が高い。塵ひとつなくピカピカに磨かれたシャンデリアに、自然と王宮の使用人たちへの畏怖の念を感じたところで、紅茶が出された。


「下がれ」


 ローレンスの一声で、紅茶を給仕した侍従は恭しく礼をして退出していく。それを見たディランの視線が鋭いものに変わったが、ローレンスは全く気にする様子がなかった。


 自分に命じられたミッションのせいでディランがピリピリして不機嫌なのは申し訳ないが、普段からの二人の関係を垣間見たようで、うっかり頭の中から緊張感が消えてしまいそうになる。


(やはり、ディラン様はローレンス殿下からの信頼が厚く、特別な命令を受けて動かれているのですね。なんて素敵なのでしょうか……!)


 特別な任務。それは、エイヴリルが本の世界でしか知らなかった夢物語だ。


 実家を出た途端に、こんなに夢のような世界と関わることになるとは。そんな場合ではないと理解はしているものの、ときめきを隠せない。


 そんなエイヴリルの心中を見抜いたのか、ローレンスは前置きをせずに、極めて楽しそうに本題に入った。


「ディランと一緒になってわかったと思うが、私はディランに特別な仕事を任せていることが多い」


 明らかに自分に対しての問いだったので、エイヴリルはディランを立てることはせず、すんなりと応じる。


「はい。少しずつ見えてきた気がします。ディラン・ランチェスター様のお名前があまり知られていなかったのはそのせいなのですね」


「ああ。もちろん、父親のブランドン・ランチェスターが強烈すぎたせいもある。だが、ディランがあまり社交の場に出ることなく大人になったのは、ランチェスター公爵家の跡取りの名前と顔があまり広まらないよう、俺が命じたせいでもあるんだよ」


「腑に落ちましたわ」


 これまでのわずかな疑問に納得がいき、感心して頷いたエイヴリルに、ローレンスは続けた。


「エイヴリル・ランチェスター公爵夫人。君なら、クラウトン王国がどんな国かは知っているだろう?」


「はい。中立を謳う国で、国民の主な収入は観光資源に頼っています。ですが、華やかな面ばかりが前面に出されていてその実はあまり明かされていません。自然が豊かといえば聞こえはいいですが、高い山に囲まれたクラウトン王国の地形は自然の要塞に近いものがあります。外部の政治的な情報は満足に入ってこず、観光客こそ受け入れていますが、他国との交流には積極的ではありません。加えて、頻繁に君主が変わっていて、国内事情の不安定さが気になるところでもあります」


 知っている情報を一息に伝えると、ローレンスは満足げに手を叩く。


「その通りだ。我が国は、クラウトン王国の地下資源に目をつけている。我が国の地下資源はあと十数年ほどで枯渇するだろう。なんとしても条約を結んで新たな道筋を切り開きたいが、今度王位についた国王はなかなかの曲者で正規のルートでの交渉に乗ってこない。王太子としてこの交渉を任されている私は手詰まりだ。そこで、君のことを思い出した」


「なるほど……ですが悪女としての訪問となりますと、隣国の国王陛下は悪女の手玉に取られて条約を結んでしまうようなお方ということなのでしょうか……?」


 まさか、自分が外交に関われるほどの悪女だったとは、と誇らしい気持ちになる。だが、悪女への依頼としては引っかかりすぎるところが多いのも事実だ。


 なぜなら、エイヴリルも確かに『悪女』を演じていたことはあったが、それは義妹コリンナの真似だったからだ。


 コリンナといえば、夜な夜な仮面舞踏会に繰り出して夜遊びしていたところをアレクサンドラに見つかってしまい、エイヴリルの実家アリンガム家は窮地に陥った。なんなら流れでそのまま没落した。


(コリンナをお手本にした悪女では、隣国の国王陛下を手玉に取るどころか、賠償金を請求されてローレンス殿下にとんでもない迷惑をかけることになってしまうのでは……?)


 困惑に首を傾げると、ローレンスは微笑むようにしてふっと息を吐きだす。


「まぁ、あの国での悪女エイヴリルは特別というか……まぁその辺は行けばわかるから説明は割愛しよう。大役を任されるだけの存在だということだけ、伝えておく」

「……なるほど……?」


 不思議と説得力がある声音に、エイヴリルはさすが王太子殿下、と斜め上の解釈で納得した。交渉成立。あとはミッションに向けて準備を整え出発するだけ、と思っていると。


「待ってくれ」


 しびれを切らしたディランが口を挟んでくる。


 ローレンスからの掴みどころのない回答もすんなりと受け入れてしまったエイヴリルを不安に思ったらしい。ここが仕事の場だと理解しているため、ぎりぎりでよそいきの顔をしているが、声にははっきりと怒りが滲んでいる。


「ローレンスは妻をそんな危険なところに行かせようというのか。……はっきりした情報が明かされない以上、私だけで行く。今回ばかりは譲れない」

「これは彼女にしかできない仕事だ。もちろんお前を供につける。夫婦で、隣国の国王を籠絡してきてほしい」


「本気で言っているのか?」

「……ろ、ろうらく」


 静かに聞いてたはずが、うっかり復唱すると、ディランがますます顔を顰めた。それを目にしたローレンスは、まるで面白いものを見たように目を細め、資料の束をばさりとテーブルの上に置いた。


 とても分厚いそれに、エイヴリルの視線は留まる。


(例えば、コリンナならこの資料は何日かかっても読みきれません……。ミッションに活かすどころか、途中で飽きて放り投げてしまうでしょう。……私がなりきるのはコリンナタイプの悪女で本当に大丈夫なのでしょうか?)


 頭の中が、「?」でいっぱいになっていく。



 ディランの剣幕をものともせず、ただ意味深に微笑むだけのローレンスは、結局何も教えてくれなかった。


次回は8/17更新予定です。

今日、コミックス2巻発売日です!

とっても愛らしくかわいいエイヴリルと、美麗なディランがたくさん見られるコミカライズ、どうぞよろしくお願いします……!

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