52.悪女は名誉挽回したようです
エイヴリルはティアラを落とさないように気をつけながら、鏡の前でぐるりと回ってみた。ティアラはどの角度から見ても美しく輝いている。ディランの母もこうしてティアラを見つめたことがあったのだろうか。
そんなことを思い決意する。
「ということで、私はさっそく街に行ってこのティアラにぴったりの既製品のウエディングドレスを探してまいりますね!」
「あの、それが」
グレイスが口を挟んだのでエイヴリルは首を傾げた。
「何でしょうか、グレイス?」
「エイヴリル様。実はウエディングドレスはしっかりこの王都まで持ち帰っております」
「???」
どういうことなのだ。自分は確かにクラリッサにドレスを譲ったはずだった。
すると、グレイスはこれを、と箱を取り出した。その箱は確かに見覚えがある。白い大きな箱にリボンがかかっていて、ウエディングドレスを収納するための箱だ。
問題は、なぜこれがここにあるかということだった。
「私はこれをクラリッサさんにお渡ししたはずなのですが」
「中をご覧くださいませ。確かにエイヴリル様のために作られたドレスが入っています」
「まさかそんな……って本当ですね!?」
箱の中からは確かにエイヴリルのウエディングドレスが出てきた。純白の生地に繊細なレースが美しいシンプルなドレス。本当にこのドレスとティアラはよく合うことだろう。違う今はそうではない。
問題は、なぜこのドレスがここにあるかということなのだ。エイヴリルがわかりやすく「?」を顔に貼り付けると、グレイスは心底気まずそうにした。
「申し上げにくいのですが……もう一つの箱が見当たりません」
「もう一つの箱?」
「はい。しかるべきときのために、私が責任を持って保管しておくとお伝えしたナイトドレスの箱です」
「…………」
大惨事ではないか。
エイヴリルはそのナイトドレスのデザインを反芻して真っ赤になるしかない。
(人に見せるのが躊躇われるあのデザイン……ではありません、アレクサンドラ様がプレゼントしてくださった最先端の流行のナイトドレスです。一度も着ていないのに無くしたら残念すぎます……!)
絶句してしまったエイヴリルにグレイスが遠慮がちに進言する。
「クラリッサさんにドレスの箱をお渡ししたのは、別館のメイドのジェセニアでしたよね。もしかして、普段クローゼットの中身を触ることがないので間違ったのではと」
「! 何てことでしょう。つまり私は結婚祝いだと言ってあのナイトドレスを贈ったということに……? これでは、私はとんでもない悪女ではないでしょうか!」
今度は真っ青になってしまったエイヴリルを見て、クリスが吹き出すのが聞こえた。加えて、普段はエイヴリルの行動であまり笑うことがないディランも、さすがに今日は頬を緩ませているのが見えた。
あまりの失態に叫び出したいような気持ちになる。
(領地での悪女エイヴリルへの評判をなんとかまともな方向に修正したはずだったのですが……最後の最後で失敗してしまったようです……!)
余裕たっぷりに渡してしまったので、クラリッサは初めからエイヴリルがナイトドレスを贈るつもりだったのだと思っていることだろう。お礼状は来たが、そこには「素敵なお品をありがとうございます」しか書かれていなかったのだから。
ともあれ、事件が起きまくったものの、エイヴリルの初めての領地入りは何とか無事に終わったのだった。




