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無能才女は悪女になりたい~義妹の身代わりで嫁いだ令嬢、公爵様の溺愛に気づかない~(WEB版)  作者: 一分咲
三章

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33.髪型を褒められました

 「――テレーザが捕まったらしい」


 ついうとうと微睡んでいたエイヴリルは、この部屋を見張る悪女たちがこそこそ話し合う声で目を覚ました。


(いけません。ついうっかり眠っていたようです)


 普通なら眠れない場面なのだろうが、昨夜のエイヴリルは豪華客船に乗れることがとても楽しみだった。豪華客船に関する本を読破してしまったし、何度も持ち物を確認した。


 もともとどんな状況でもわりと健やかに眠れるタイプではあるが、新婚旅行が楽しみで夜更かしした結果、この有様である。


(一体今は何時なのでしょうか?)


 捕らえられている女性たちの寝息を感じながら時計に目をやると、時間は午前六時になるところだった。どうりで唯一の小窓から光が差し込んでいるわけだ。


 悪女たちはエイヴリルが目を覚ましていることに気がついていないらしい。会話を続けている。


「テレーザが捕まったってどういうことだい」

「二等船室のウェルカムパーティーへ遊びに行って、そこで男たちに捕まったらしい。現場を見た人間がいる」

「男たち、ってそれはテレーザの遊び相手じゃないのかね?」


「それが、営業担当のウォーレスも一緒に連れて行かれたみたいで。遊びじゃないみたい」

「……そうか。面倒なことになったね」


 老婆が杖がわりにしていた銃で床をゴンと叩いた。苛立ちと焦りが伝わってくる。


「だが女にしても麻薬にしても、アタシたちが扱っている商品のことは知られるわけにいかない。全員首と胴体が生き別れになるよ。テレーザもウォーレスも口を割らないとは思うが……次の港はなるべく早く出航するべきだ。燃料や必要な物資を積んだらすぐに出発できるよう、トマスを通じて社長に連絡するんだ」


「はい」


 そうして数人の悪女が外へと出ていった。部屋の中に残っているのは、見張り役の老婆とキャシーと数人の悪女。銃の数は全部で四つだ。目を瞑り直し、静かに聞き耳を立てていたエイヴリルは心の中で頷く。


(きっと、テレーザ様を連行したというその方はディラン様のことですね。よかったです。これで、ディラン様の心労がひとつなくなりました。ですが、どうしてディラン様はここへ来ないのでしょうか。まさか置き手紙をご覧になっていないのでしょうか?)


 エイヴリルは確かに『二等船室エリアに行きます』『非常階段から出てきた女の子に誘われました。体調が悪い人がいるようです』という内容のメモを二枚に分けて残した。


 察しのいいディランなら二等船室エリアをくまなく調べてここへ辿り着くことは容易だろう。なのに、そうなっていないとなると。


(これはやはりディラン様がお手紙に気づいていない可能性がありますね。となると、私一人で何とかしないといけません……!)


 エイヴリルは部屋の中で座ったまま寝息を立てている女性たちのことを薄目で見回してみる。昨夜、皆の髪を整えながら差し支えない範囲の話をしたことを思い出せば、やる気が湧いてくる。


(皆さんを異国に連れていくわけには行きません。まずは、港に着いたら船の出航を食い止めることが最優先です)


 軽く頷くと、いつの間にか起きていたらしいリンがエイヴリルの袖を引っ張ってきた。


『ねえ、悪女のエイヴリル。あれ、もしかして今やればいい?』

『そうですね。はい、お願いしてもよろしいでしょうか』


 ちょうど見張りの人数も減ったし頃合いだろう。エイヴリルの言葉にリンはうんと頷いて徐に立ち上がり、老婆に向かって話しかけた。


『ねえ、おばーちゃん。外に行きたいんだけど。退屈だよ。いつもみたいに外に出して?』

「うるさいね。もう起きたのかい、朝から騒ぐんじゃないよ。アタシは機嫌が悪いんだ」

『外に行きたい! あっちじゃなくていつもみたいにこっちからでいいから。ねっ?』


 リンはそういうと機関室に繋がるという扉を指さした。言葉は通じていないのに、老婆もひどく面倒そうにリンに応じる。


「アタシは子どものキンキン声が苦手なんだよ。そっちの扉から外に放り出して静かにさせな。いつものことだ。どうせ、言葉が通じないんだし裏で誰かに会っても問題ないよ」


「だけど、いつもはこの子が勝手に脱走してるんでしょう? 逃げられるのとこっちから放り出すのじゃわけが違うわ。もしかして、次こそ誰かに何か話すかも」

「それなら誰か見張りを……って」


 キャシーの言葉に老婆は機嫌が悪そうに悪女たちを見回す。そのついでに、あるものに目が留まったらしい。目を丸くして呟く。


「あれ。この子たちの髪型はどうしたんだい。全員が貴族のお嬢様みたいな髪型しちゃって……」


 それを聞き逃さなかったエイヴリルはハイと手を挙げた。


「私がやりました。悪女ですから」

「おっ……おう、そうかね。すごいね、これは。売るために磨く手間が省けたよ。全員が一割~二割増しで売れるんじゃないかねえ」


(! これはいい流れですね)


 瞬時に察知したエイヴリルは作戦を変更することに決めた。


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