19.愛の言葉
(ええと)
すぐには言葉が出てこなかった。ここまで移動する間に冷静になったはずなのに、また少し頬が熱を持ったのを感じる。そんなエイヴリルを見て、ディランはなぜかさらに気を良くしたようだ。
デッキの手すりにもたれかかり告げてくる。
「俺はエイヴリルを愛している」
「はっ、はい……私もです」
反射的に答えたのだが、ディランはなぜか聞き流した。
「エイヴリルがありえないほど鈍いのは知っているんだ。俺への感情も、家族や動物に対する愛情と混同しているのではと思うことすらある」
星が瞬く夜空の下、とてもロマンチックな状況なはずなのに、どこからかクリスの吹き出す声が聞こえてきそうな気がするのはどういうことなのか。
おまけにディランも遠い目をしている。自分のことながら、ディランの普段の苦労がしのばれる。本当に申し訳ないと思う。ということでエイヴリルは頭を下げた。
「その節は……本当に申し訳なく」
「でも、さっきのは少し違った気がしたな」
「はい! 私も、言ってしまった後にとてもドキドキしました」
そう告げると、ディランと視線がぶつかる。鈍いエイヴリルの評価ですらわかるほどに甘い空気になる場面なのはわかったが、残念ながら今はテレーザを見つけるために船に乗っているのだ。
ディランもそれを十分にわかっているらしい。エイヴリルの髪を撫でると、名残惜しそうにして話題を変えた。
「……しかし、よくやったな。仮面舞踏会でエイヴリルは悪女として一応は名を馳せたところだった。さっきのエイヴリルが、あの仮面舞踏会でチェスで勝ちを重ねた悪女と同一人物だとは思えないはずだ。ましてや初対面だ、もう話しかけてこないだろう」
「えっと、トマスさんが私たちを仮面舞踏会にいた人間ではないと判断したと思っていいということでしょうか?」
「ああ。もし疑っていたとしたら後をつけてくるはずだが、それもない」
ディランがパーティー会場との境界にある扉に目をやる。そこにはクリスがいて、ニコニコと微笑みながら首を振っていた。怪しい人間はつけてきていないということだろう。
「この後、俺はまた会場に戻ってテレーザがいないか探す。エイヴリルは部屋に戻って休んでいるといい」
「いえ、私も一緒に」
そう伝えると、ディランは今エイヴリルが返したばかりの上着を広げ、肩にかけてくれた。夜風に当たってひんやりとしていた肩に温もりを感じ、そしてふわりとディランの香りがする。
「さっきので思った。こんなに魅力的な格好をしたきみをあまり人の目に触れさせたくない」
「……なるほど、わかりました?」
ぱちぱちと瞬きつつ首を傾げると、ディランはなぜかまた笑う。
「この続きはまた今度、結婚式の後で」
「はい、ディラン様」
わかったようなわからないような。とりあえず、自分がいない方が目立たずにテレーザを探せるのだと理解したエイヴリルは、ディランの言う通り大人しく部屋に戻ることにしたのだった。




