閑話・離れでは
お気に入りで大切な愛人の一人、テレーザを追い出されたことで、前公爵――ブランドン・ランチェスターは怒っていた。
一度はルーシーたちに諫められ落ち着いたものの、やはり腹の虫はおさまらない。
追い出した張本人である息子とその婚約者が、母屋で人払いをしお茶会をしていると聞いたブランドンは『よくもテレーザを追い出したな! そしてこそこそとまたよからぬことを考えているのだな!』と怒鳴り込んだはずだった。
それが今日のことだ。
怒鳴り込み、逆にある意味こてんぱんにされて離れへと戻ったブランドンは、一番信頼する愛人・ルーシーの部屋で晩酌と寝酒を楽しんでいた。
「ブランドン様、今日はどうなさったのですか? ずいぶんぼうっとしていらっしゃいますね」
ルーシーに優しく話しかけられて、ブランドンは自分が上の空だったことに気がついた。そうして手にしていたグラスを置くと、頭をかかえる。
「ルーシーちゃん……。私は、女性の好みが変わった可能性がある」
「まあ。もしかして、また新しくこの離れにお迎えしたい女性ができたのでしょうか?」
「……」
それはちょっと違った。しかし、ふふっと微笑むルーシーにありのままを話すことにした。
「私は”尻に敷かれる”の意味をどうも履き違えていたらしい」
「あら。ブランドン様がお嫌いな、意のままにならない粗暴な女性についてのお話でしょうか?」
「そうだ。男を尻に敷く女は、家長を軽んじて言うことを聞かず、愛らしさのかけらもない、かわいげのない存在だと思っていた」
ルーシーはぱちぱちと瞬きをした後、清楚ながらもどこか色っぽい笑みを浮かべた。
「それで、今日ブランドン様が理解した”尻に敷かれる”の本来の意味とは、一体どのようなものなのでしょう?」
「よく聞いてくれた。それは、椅子になることだ……」
「まぁ」
「あの、エイヴリル・アリンガムは変だ。大嫌いな種類の女のはずなのに、どうもそうではない気がする」
「まぁ」
「確かに、振る舞いと言動は性悪な悪女に近いが……よく見ていれば挙動不審で振る舞いがちぐはぐでしかない」
「あらまあ。それはそれは」
「しかも、この離れに一度出入りしただけで皆の状況を把握し、私の愛が行き届いていないと指摘してくれたのだ。それでいて帳簿を読み解き、領地経営を助けるつもりでもあるらしい。あの女、一体何者だ……?」
心底意味がわからないという表情のブランドンのグラスに、ルーシーはお酒をトクトクと注ぎ足す。
そうして、悪女とはずいぶん奥が深いですわね、と笑ったのだった。




