表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
164/210

第164話 繰り返す因果



「……」



 研ぐ。アルフレッドはその刀を研ぎ続ける。


 月明かりが差し込む一室。その部屋には、おおよそ誰かが暮らしているとは思えないほどに静謐で、静閑な場所であった。


 部屋にあるのは簡素な椅子とテーブル。そしてベッドのみ。


 魔人の暮らす国。その中でも聖十二使徒には城で暮らすという特権が与えられている。魔人にとって、強さこそ全て。強いものが正義であり、弱いものは虐げられ、命を散らすのみ。数多くの魔人は、聖十二使徒という地位にたどり着くためにそれこそ自分の命を散らすほどの努力を重ねる。


 だがそれでもたどり着けるものは一握り。


 アルフレッドはその中でももはや最古参の一人。


 人魔大戦においては最前線で凌ぎを削り、世界最強の剣士として戦い続けた。


 だが彼の心が満たされることはない。彼の求めるものは、そこに在りはしなかった。いやそうではない。彼は失ったのだ。アルフレッドは、人魔大戦において失ったものを探し続けている。



「……」



 磨き、研ぎ、その魔剣の性能を決して落とさないように丁寧に扱う。この所作こそ、もう何万回と繰り返している。すでに命は100年以上は続いている。魔人の命は、長い者で300年に匹敵するものもいるほどだ。


 見据える。


 魔剣十六夜を掲げる。月明かりに照らされるそれは、確かな輝きを放ってみせる。その状態に満足すると、彼はいつものように正座を組み、瞑想に入る。


 明鏡止水。


 その状態こそが剣士の求める果ての果て。


 全ての頂点であるその頂き。


 その状態に至ろうと、アルフレッドは全ての情念を捨て去ろうともするも……どうしても邪念が出てしまう。


 それは先刻の戦闘を想起しているからだ。


 ベルティーナ・ライト。


 彼が斬って捨てた剣士の名前。その名前を、その剣技を、その秘剣を決して忘れはしない。全て自分の血肉とし、それを体に刻み込み、無意識で顕在化できるように修練に励むのみ。



「カトレア……俺は……」



 ぼそりと呟く。アルフレッドの懸念は、ベルのことではなかった。それはあの刹那、彼は見てしまったからだ。その懐かしき顔を。


 もう二度と会うことはない。


 そう思っていた。なぜならば、その相手は150年前に死んでいるからだ。


 ずっと追い求めてきた。その彼女の姿を。決して届きはしないその領域に、必死に手を伸ばして生きてきた。だというのに、彼女の足元にもまだ及ばない……アルフレッドはどれだけ長生きしてもその領域にはたどり着けないとそう思っていた。


 だからこそ、彼は人間に引き継がれている魔剣を奪いはしない。


 魔剣朧月夜。


 その使い手を代々殺してきたのは他でもない、アルフレッドである。


 何の因果か、朧月夜と十六夜は引き寄せられる運命にある。


 そうして彼は朧月夜の使い手を何十人も屠ってきた。その度に相手の剣技を奪い取り、秘剣を奪い取り、その全てを血肉と化す。自分を成長さえてくれる糧として、彼は朧月夜の使い手を待っていた。



 だが彼はやっと辿り着いたのだ。150年も待った末、辿り着いたのだ。


 それはシェリーだった。


 シェリーは朧月夜、さらには十六夜を生み出し、その剣技と秘剣を生み出した始祖に酷似していた。いやもはやそれは、酷似というレベルではない。アルフレッドにとって、それは生き写しであった。


 シェリーは、熾天蒼冰してんそうひょう流の始祖であるカトレアの生き写しそのもの。


 それを見て、心が高ぶるのを抑えるのはもはや不可能だった。



「……きっと、また……また出会う。そうだろう、カトレア?」


 

 その名を問う。


 こうしてシェリーの因果は確実に収束していくことになる。



 ◇



「ふむ……ベルティーナ・ライトは討ったのか」

「はい。アルフレッドさんが果たしてくれました」

「は。あいつもずっと執心しているようだな」

「彼の場合は色々と事情があるようですので」

「まぁいい。使える駒ならば、こちらとしても使うまでだ。その想いすらも利用してな」

「左様でございます」

「さて……ではこちらもそろそろ動くとするか」

「自らお出になるので?」

「アウリールの働きで、色々と動きやすくなったからな。久方ぶりに教える必要があるだろう。魔人の頂点の、恐ろしさというものを」

「……期待しております」



 玉座に座り一人の魔人。その体躯は巨大とするほかない。2メートルは超えようかという巨躯に、その体は一つの無駄もなく分厚い筋肉で覆われている。髪の毛は刈り込んでる金髪であり、真っ赤なツノが左右に生えている。


 聖十二使徒の頂点。


 序列一位がこうして動き始めようとしていた。



「あら? 今は二人だけかしら?」

「ん? クローディアか。何か用か?」

「いえ。研究の進捗でも報告しようかと思ってね」

「そうか。我はこれから出陣する。書類にて提出せよ」

「あら珍しいわね。出るの?」

「久方ぶりに、な。それに魔人の頂点の威厳というものを示す必要があるだろう」

「そう。ま、いいわ。私は私でやっているから」

「期待しているぞ、クローディア」

「……えぇ」



 そうしてクローディアは玉座を去っていく。


 カツカツと靴を鳴らしながら、彼女は進む。今はこの城の地下で、彼女は研究を進めていた。現在取り組んでいるのは、黄昏症候群トワイライトシンドロームに関してだ。


 クローディアはアルフレッドの証言を聞いて驚いた。


 ベルが最期に昏症候群トワイライトシンドロームを乗り越え、人ならざるものに変質したという話を聞いたからだ。


 彼女はサイラスとの研究により、昏症候群トワイライトシンドロームはただの病であり、魔族化という変質は起こるものの、それ以上のものではない。そう結論づけていた。



 しかしその話はそこで終わりではなかったのだ。


 人は、その先に至る可能性がある。

 

 それはリアーヌのような聖人でもなければ、ユリアたちのような半人半魔でもない、完全な新しい個体だ。



「クローディア、調子はどうだ?」

「サイラス……」

「ベルの件、驚きだったな」

「えぇ……まさか、ベルが人の先に至るなんて……」

「もしかするとあの話も、存外間違っているわけでもないのかもしれない」

「あのお伽話?」

「そうだ」

「そうね……それは、そうかもしれない」



 そのお伽話とはこうだ。


 もともと全ての生物の根源は人間であり、そこから聖人、亜人、魔人、さらには魔族になったという話だ。人間はあらゆる可能性の原点であり、まだ世界が知り得ない変質がありえるのかもしれない。


 それこそ、黄昏という現象がそれを促しているのではないか、と。


 しかしそこで浮かぶ疑問は結局一つに帰着する。


 黄昏とは、結局のところ……何であるか、だ。


 それは誰にも分かりはしない。人魔大戦終了と同時に発生した謎の現象。人間の多くは魔族がそれをなしていると思っているが、魔族の中でも黄昏を誰が、何の目的で発生させたのかは分かりはしない。


 黄昏に支配されている世界。


 それは一体どうしてこうなったのか……その疑問は魔人でさえ、知る由はないのだ。



「しかしベルが死んだか。人間たちにとってはかなりの痛手だな」

「まぁでも今はユリアくんたちもいるし、戦力としてはまだ大丈夫じゃないの?」

「ふ……心配でもしているのか?」

「まさか。今更人間がどうなろうと、どうでもいいわ。それこそ明日滅亡していても私の感情に変化はないわ。でもただ……」

「ただ?」

「ベルの死体は、回収してほしかったわね」

「仕方あるまい。あの状況では逃げるが精一杯だろう。ユリア・カーティスにシェリー・エイミスまでいるとなれば、かなり厳しい戦いになる。いくらアウリールとはいえ、手負いのアルフレッドを庇いながらの戦闘は困難だろう」

「そうね……」



 ベルが死んだ。


 その報告を受けて、クローディアは別段何も思わなかった。


 あぁ死んだのか。程度の話だ。


 彼女は結界都市にいた頃は、ベルとはそれなりに仲が良かった。でもそれは偽り。心の中では何も、何も思ってはいなかった。


 だというのにこの心に残る何かは何だろうか。


 クローディアは確かに感じていた。悲しみでも、慟哭でも、焦燥感でもない、言いようのない何かを。



「さて今日もやるわ」

「あぁ。それでは失礼する



 彼女はその何かを忘れるようにして、今日も今日とて研究に身を費やすのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ