第158話 乖離
どうもユリアです。
これまでのあらすじをざっくり言うと、学院側から生意気な学生をちょっとシメて欲しいという依頼が来ました。
いや間違ってないよね?
まぁでも気持ちは分からなくはない。僕だって自分の能力が覚醒した時は何だってできる気がしていた。それこそあの作戦の前には、自分の力さえあれば絶対に成し遂げることができると言う認識があった。
でもそれは間違いだった。どれほど強くなったところで、零れ落ちてしまう命はたくさんあるのだと僕は知った。
エリーさんの死を経験し、そしてベルさんの死を経験して僕は学んだ。
決して驕ってはいけないのだと。
自分という存在は確かに人類という規模で見れば上位に位置しているのだろう。だがしかし、この世界という観点から見た時、僕はこの世界の熱運動の一種であり、何の価値もないのと思い知った。
でもだからこそ、僕は前に進む。これまでの対魔師の意志を全て引き継ぐためにも。
そのことをこうして目の前にいる彼、彼女達に伝えることができるだろうか。黄昏の現実を、そして強さの在り方、人としての在り方を、僕は何かしらでもいいから、その片鱗でも構わない……掴んで欲しかった。
「イヴさん」
「うん……うん……はいはい。わかった、把握……ユリアくんは大丈夫? って聞くまでもないか」
「はい。パッと見た感じ魔素の総量は把握したので」
「流石。じゃあ……やろうか」
「はい」
演習場に立つのは、僕とイヴさん。それに対魔学院の生徒達。
彼、彼女達の僕らを見る目つきは自信に溢れていた。
それは、おおよそ特級対魔師に向ける類のものではない。軍の基地内では特級対魔師は尊敬と畏怖の象徴として見られている。それは他の軍人が特級対魔師のレベルというものを実際に見て、経験して、把握しているからだろう。
だからこそ態度も殊勝なものになる。
でもこの生徒達は自分達の刃が届き得ると思っている。いやもしかすると、勝てるのではないかという意識すらあるのかもしれない。特にあのアインという生徒はその気概が簡単に見て取れる。
世界は広い。
僕ら特級対魔師だってこの世界の頂点とは限らない。
そのことを改めて教えようじゃないか。僕もかつてあの場所にいたのだから。
◇
「おい……いいか。とりあえず全員で押すしかない。こっちに有利なのは数だからな。あとは俺とカレンで何とかあの二人を倒す」
「今更だが……本当にやれるのか? 相手は特級対魔師序列零位と序列六位。ユリア・カーティスはもはやいう必要もないが、イヴ・エイリーだって天才中の天才だ。俺たちでどうにかなるのか……」
生徒同士で戦う算段をつけている間、そんなことをいう生徒が出てくる。弱気になるのも無理はない。この学院の中では確かに彼、彼女らは強いだろう。でもそれは学院という狭い世界での話だ。
相手は特級対魔師。黄昏の最前線で戦っている正真正銘の人類の頂点なのだ。むしろ弱気にならない方がおかしいというものだ。
「いいか。弱気になったら、負けだ。気持ちで負けるな。一矢報いる気持ちで行くしかねぇんだよ。俺だってわかっているさ。相手は特級対魔師。人類の頂点。親父の知り合いの軍人、その人は一級対魔師だったが、その人でも俺は強いと思った。だがな、特級対魔師は格が違う。そんなことはとっくにわかっているだろ? だからこそ俺たちの力を試す時じゃないのか?」
「そうよ。アインの言うとおり。ここで怖気付いてどうするの。せっかく特級対魔師の中でも選りすぐりの二人が出てきたんだから、やるしかないわ」
アインとカレン。初めは反発していた二人だが、今はいいバランスを保ってクラスをまとめている。共に実力は当たり前だが、カリスマ性も生まれ持って備えている。それは貴族の血が起因しているのか分からないが、二人の言葉はしっかりと他の生徒にも届くのだった。
「よし! やるぞ!」
『おおおお!!』
アインがそう言うと同時に、全員が声を上げる。
気概はいい。気持ちも決して負けてはいない。
だが皆は知ることになる。この世界には気持ちだけでは如何にもならない領域があり、人類最強とはどう言うことなのかを……その身をもって体験するのだった。
「イヴさんッ!」
「……了解」
ユリアがそう声をあげると、イヴは両手をすっと掲げて結界を生成。それは使徒達を綺麗に二つに分断した。
「結界……か? クソ仕方ないか……カレン、そっちは任せたぞ!!」
「了解よ!」
イヴの結界は生徒達を二つに分けた。それは近接系の者と魔法を使う者に分けたのだ。つまりはユリアは近接系の生徒を一人で相手し、イヴは魔法を使うものを一人で相手すると言うこと。
割合で言えば、近接系が20人ほど。魔法系は10人ほどでユリアの方が負担は大きいものの、今の彼にとってそれは決して負担などではなかった。
「行くぞ!!」
『あぁ!!』
突撃。分断された事実には驚くが、それをどうこうしようと踠いても仕方はない。生徒達はすぐに切り替えると、ユリアに向かって突撃するも……。
「……え!?」
「……ちょ!? どう言うことだ!?」
「いない……だと!?」
そう。いない。彼らは確かに視界にユリアを捉えていた。だと言うのにその姿が見えない。そう呆けている間にも次々と生達が倒れていく。
その様子をアレンは冷静に分析して見ていた。
――幻影魔法か……確かユリア・カーティスは幻影魔法が得意だと聞いたことがあるな……しかしこのレベル。俺でもやっと知覚できる程度だな。
今のユリアの幻影魔法を知覚でいたものは、静止することができた。その一方でそれができなかったものはすでに地面に沈んでいる。もちろんそれは軽く気を失っているだけで別に異常はない程度だ。
だが思い知る。ユリア・カーティスの実力は確かに特級対魔師のものなのだと。
冷や汗が出てくる。ただ悠然と立っているだけだ。でも……確かに恐怖している。
震えているのだ。今まではその話し方、それにその表情からどこか気の抜けた人間だと思っていた。激しさなどはなく、優しそうな人間。それこそ人畜無害という言葉が相応しいほどに。それこそ特急対魔師序列零位と聞いても、わからないほどに。
でも違う。一度戦闘のスイッチが入れば、ここまで殺気を振りまくのだ。
その魔素の分厚さだけで圧倒される。心が震える。
そうして生徒達は悟る。これは、次元が違う……と。
そう呆けている間にも次々と生徒達は倒されていき……とうとう残ったのはアレンだけになってしまった。
「どうする? まだやる?」
「もちろんッ!!」
「いいね。その目は好きだよ」
アレンは震えていた。
これが、これこそが、人類最強の領域なのだと。ある程度は把握しているつもりだった。でもそれは見当違い。それにユリアが自分よりも年下だと言う事実もあり、完全に油断していたが……今はただただ、恐ろしかった。
人間がここまでの魔素を保有できるか?
アレンは魔素への適性が高いため、他の生徒よりもしっかりと理解できていた。幾重にも重なる魔素をまるで分厚いコートでも着込んでいるかのように纏っている姿。正直言って、アレンの持つどの攻撃を持ってしても、あれを突破するのは不可能だろう。
だがここで怖気付いて何になる?
せっかくこんな機会を得ることができたのだ。今は進むしかない。
アレンは自分をそう奮い立たせると、持っているブロードソードを地面に対して低く構えて大地を駆けた。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
その雄叫びは震える自分を押さえつけるためのもの。
そうして彼はそれと同時に魔法を発動。
彼はその中でもアイシクルピアスという氷系統の魔法を選んだ。それは氷との棘が標的に向かっていくというもの。アインはこれをユリアが防いでいる間に、なんとか攻撃の糸口を見つけようと考えていたが……。
「……」
声は出なかった。驚愕の度合いがもう少し小さければ、声は出ていただろう。でも全く理解できない現象を目の前で知覚して、アレンは呆けてしまう。
そう。ユリアはアインの放った魔法を物理的に防御したわけではなかった。
消えたのだ。ユリアが手を横に払うと、アイシクルピアスは全てが搔き消える。でも本領はそこではない。その刹那、時間にして1秒にも見たいないだろうが、ユリアはこの世界から魔法という現象を消したわけではない。
消したのはアイシクルピアスという現象のみだ。つまり、そこには魔素が残る。ユリアが使用した魔法、拡散はあらゆる対象を拡散させる。今までは主に彼は固有領域への介入に使用していたが、今回はそれを魔法に作用させる。
真っ赤に、灼けるように輝く双眸がアインを見通す。
「……よし」
ユリアは今まではこのような芸当はできなかった。
それは拡散に欠点があったからだ。それは座標の指定が困難という一点に尽きる。対象を生物と仮定するならば、大雑把でもいいが、それが魔法となるとさらに細かい調整が必要になる。移動し続ける魔法という現象に座標を指定するのは、生物のそれとは難易度が段違いに異なる。
だがユリアはもともと二次元的に使用していた座標指定を、三次元空間で再定義することでその欠点を克服。視覚で捉えて、座標を指定するのではなく、黄昏眼で魔素ごと空間を立体的に把握することで、ユリアはその欠点を完璧に克服したのだ。
これはノアの永久機関から得た発想だが、実験的に使って見て正解だったとユリアはニヤリと笑う。
そうしてその場に拡散した魔素を踏み台にして、今度はユリアが逆にアイシクルピアスを発動。アインは咄嗟のことで防御に専念するしかなかった。そうしてその隙にさらに詰め寄ると、右手の人差し指を起点にした不可視刀剣を彼に突きつけた。
「……終わり、でいいかな」
「……あぁ。俺も負けだ。いや、完敗だ……」
こうしてユリア側の戦いは、ユリアの圧勝という形で幕を閉じるのだった。




