第112話 Bertina's perspective 2:朧月夜
「ということで今日から俺の隊所属だ。よろしくな、ベル」
「はい。少佐……」
軍人となった私は師匠に呼び出されて彼の私室に来ていた。佐官になると私室が与えてもらえるらしいが、師匠はその部屋で偉そうに踏ん反り返っていた。と言ってもそれはただのポーズで、私にいいところを見せたいとかいう意味不明な話だった。
あれから私は師匠の本当の姿を知った。
ローレンス・アクトン。特級対魔師序列2位で、過去から受け継がれている剣技を扱う剣士で有名らしい……。らしいというのは、私は当時は特級対魔師の存在はあまり気にしていなかったし、いや気にする暇もないほど鍛錬に打ち込んでいたというのが正しいだろう。
ともかく、師匠は只者ではないと分かっていたが、まさか特級対魔師でその中でも序列2位だとは夢にも思っていなかった。つまりは人類で二番目に強い人間ということだ。だからこそ、あれだけの秘剣を自由自在に操ることができたのだろう。
「おいベル。軍人になってどうだ?」
「……別に、変わりはありません。少佐……」
「友達とかいないのか」
「生憎、人付き合いは苦手……なので……」
「だよなあ〜。実力は尋常じゃねぇが、お前口下手だもんな」
「……」
「いってええッ!! 机の下から蹴るなよ!!」
食事中、少佐は私にそんなことを言ってきた。実は意外に気にしているので、そういう指摘はやめてほしかった。それにこの人は私よりも20歳くらい年上で、私が20歳になった時に確か……37歳になったとか言ってた気がするから間違いない。
それだからか、私を娘のように扱ってくるというか……子どもを気にかけるように、いつも声をかけてくる。ご飯を食べる時もそうだし、休日もどこか行こうぜ〜、と声をかけてくる。
まぁ別に、私も予定はないのでそれに着いて行ってた。その度に色々と買ってくれるのだが、正直持て余していた。でも嫌ではなかった。曰く、給料の使い道がないということでそうしていたらしいが……。
「おいベル。この服なんかいいんじゃないか?」
「……そう?」
「あぁ。よく似合ってると思う」
「なら……試着してみる」
少佐が見せてくるのは、真っ白なワンピースだ。はっきり言って、自分の容姿に自信などない。女性らしくない筋肉がしっかりとついた身体、腹筋も綺麗に割れているし、ふくらはぎなども筋肉で覆われている。身長も高いし、おおよそ男性が好む女性像とは真逆。それに私はそこらへんの男よりも強い。その事実が何よりも、私を女と認識させるのを拒んでいた。
でも私も……女らしく生きる人生もあったのかもしれない。そんな淡い期待から、少佐の勧める服を着てみることにした。
「……似合うかな」
試着室に入って、今来ている服を脱ぐ。そして私は自分の姿を改めてみる。やっぱり、女性らしくない。この筋肉に覆われた身体はやはり、女性らしくはないのだ……黄昏で戦うにはこの状態を保つより他ないのだが、今だけは少しでも女性らしくいたかった。だって少佐に見せるのだから……。
って、これではまるで私が少佐に、その、可愛いと思われたいと……そう考えているようじゃないか。
ブンブンと頭を振ると、気持ちを切り替える。これは少佐が着ろというからそうするだけ。別に他意などない。
そして私は頭からワンピースをすっぽりかぶると、軽く髪を整えて試着室を開ける。
「……どう?」
「おぉ! 馬子にも衣装とはこのことだな! すげぇ、似合ってるぞ!」
「……ばか」
シャッとすぐに閉める。鏡を見ると、そこには顔が真っ赤になった自分がいた。この時はまだ、この感情の意味を知ることはなかった。
◇
「あー、今日も疲れたなぁ」
「少佐……何もしてないじゃん……」
「あ? 何か言ったか?」
「何も……してない……じゃん」
「ほほぉ……一丁前の口を聞くようになったな、ベル」
いつもなら、ここで頭を叩かれる。もちろん私はそれを予測しているので、余裕を持ってその攻撃を躱す。
「くそ、そういう小狡いとこだけは成長したな」
「ふん……別に、戦闘技能も成長してる……けどね……」
「は。俺に比べれば、まだまだだな。まぁ……俺の半分くらいか?」
「それは……盛りすぎ。ざっと見ても、もう……少佐にかなり……近いと思う……」
「テメェ!」
「殴れるもんなら……追いついて……みなよ……」
二人で黄昏に赴いた帰り、私たちはそんなやりとりをしていた。二人で黄昏に行くのも、もう数え切れないほどだ。少佐との連携も極まってきていて、自分で言うのもなんだが……私は特級対魔師に限りなく近いと思う。そもそも、19歳の時点で一級対魔師になったのだ。将来有望だと言われているのは、知っている。それでも私が慢心しなかったのは、少佐がいたからだ。誰よりも強くて、私を見下してくる存在。
うざいと思う時もあるが、いや……結構あるけど、実際のところそのおかげで私は強くなれたと思う。
そして私は20歳の誕生日を迎えた。少佐と出会って、もう十年も経つのか……そんなことを考えながら、彼の部屋を訪れる。するとパァンッ! と音がなる。
どうやら扉を開ける私を待ち構えていたようだ。
クラッカーから飛び出る中のものが、容赦なく私の頭に降り注ぐ……。
「なんですか……これ……」
「誕生だろ! 20歳の誕生日、おめでとう! ベル!」
そして背中に隠している、ものを取り出す少佐。私はそれを見た瞬間に目を見張る。だってそれは、少佐が昔からずっと持っていた……刀だったからだ。
「魔剣、朧月夜。20歳になった祝いだ。やるよ」
「でもこれは……」
「分かっているだろう。もうこの刀は、俺には扱いきれない……」
「……ッ」
知っていたとも。少佐の全盛期はとっくに過ぎていて、その刀を扱うのが難しくなって来ていることも。朧月夜、それは真っ黒な刀身をしているが刃の部分は灼けるような赤色をしている特徴的な刀だ。それは代々受け継がれて来たものらしいが、それを託すと言うことはつまり……。
「あ、もしかして俺が引退すると思ったか?」
「え……だから渡したんじゃ……ないの?」
「俺にはもう扱えないから、お前に譲ったが、別に引退はしねぇぜ? と言うよりも、お前にまだ一本も取られていないのに引退するわけねぇだろ。バカなのか、お前」
「……!!」
「あぶねッ! 急に殴るなよ。俺じゃなかったら、モロに食らってたぞ」
顎を狙ってアッパーを繰り出したが、さすがの少佐。簡単に避けられてしまった。今はこんな風に軽いやりとりをしていたが、私は知っていた。確かに彼はまだ強い。私よりも強いけど……寿命はもう、近いのかもしれないと。
先日、偶然着替えを見てしまった時……その体は赤黒い刻印に覆われていた。黄昏病だ。それは人を死に至らせる病。人間が長時間黄昏にいると発症するものだが、私はまだ発症していないも……少佐は身体中がその刻印に支配されていた。
きっと身体能力の低下も、それが原因なのかもしれない。そんなことを言わずに、変わらずに私に接し続ける少佐。でも大丈夫だ。だって彼は出会った頃から、ずっと強かったのだから。そんな病に負けるほど、ヤワな鍛え方はしてない。いつだって、その心は強く、その体は強く、人類最強とまで評されているほどだ。曰く、近接戦闘では誰も右に出ないと言われている。
だからきっと大丈夫だ。これからも私は彼と一緒にいて、ずっと同じような日々を送るのだろう……そう、そう思っていた。
しかし現実とは非情で、冷徹なものだと、私はのちに嫌という程知ることになる。




