92. 解放の始まり
天に浮かぶその男は、仰々しく天を歩き陛下の元へと進んで行った。長く蓄えた面長で、服には赤く豪華絢爛たる装飾を身につけている。なんだか昔の偉人みたいだ。
様子を見た聖騎士達はすぐに陛下の前へ踊り出て、不審な男に刃を向けた。人々は何が起こっているのか分からず、困惑して成り行きを見ている。
「……何者か」
陛下が前に降り立った男に問いかける。
「我は初代神聖国王、リート・ネガート・ディオネ。……当代国王よ、まさか我が今際の言葉は伝わっておらぬと申すか?」
神聖国王、か。
彼は死の間際にこう言ったと伝承される。「千と七百と四十の年が廻った時、我、再び昏き世に光を齎さん」と。いやまあ、まさか本当に信じている人なんて殆ど居なかっただろうし、この伝承もよほど歴史に詳しい者しか知らない知識だ。
「ふむ、知っておる。初代神聖国王の遺言では、この世に復活するのが今年であったな。だが……」
神聖国王と名乗った男に、陛下は鋭い眼光を見せた。
「仮に貴殿が初代神聖国王様だったとして、我に何を望むか」
その問は率直なものだった。「再び昏き世に光を齎さん」……と言っても、この世は今、昏くない。このディオネ祭も平和の証として催されているのだ。
「我に王位を譲れ、未来の王よ。この国は我が物なれば、我が導かねばならぬ」
うわ、王位要求し出したよ。
しかしあの男、人間ではないな。纏う魔力量が尋常じゃない。それこそ、人の限界量を超える規模だ。
「ならぬ。初代神聖国王を騙る者よ、頃来は民の声を第一とし、民の暮らしを何よりも考える時代である。もし貴殿が王になりたくば、民意を問うことだ」
「ふむ……民意、か。実に下らぬ……来たれ、我ら忠臣達よ!」
男が手を振り上げる。瞬間、四方八方から魔力反応。
まずい、何かする気だ。他の人達に被害が及ばぬよう、動き出そうとしたが──
「召喚魔術だね。一旦は様子を見よう。あのおじさんは本物の神聖国王だけど……生者ではないみたい。概念霊……俗に英霊と呼ばれるものじゃないかなあ……魔力が異常だけど」
レーシャに引き留められた。たしかに、僕一人でどうにかなるもんじゃないな。
魔力反応から現れたのは、人間?
いや……彼らもまた、召喚者と同じ魔力体か。全員が鎧装備で、頭にアレ……正式名称は分からないが、バケツみたいな兜を被っている。まさに昔の騎士だ。初代国王の騎士団といったところか。数はおよそ百ほど。
彼らは広場に集まった民衆を囲み、剣を抜いた。
「な、なんだ……!?」
経緯を見守っていた民衆も、危険が間近に迫ったことで困惑が危機感に転じたようだ。
「貴様が重んじる民草を守りたいのならば、王位を渡すがよい」
うわあ、卑劣。国王とは思えない卑劣。まあ大昔の王様なんて国民のことを考える訳ないか。
しばし、陛下は考えたようだったが──
「……分かった。王位を、」
またしても陛下の言葉が遮られる。閃光が奔り、神聖国王の胸を貫かんとしたのだ。
炎を圧縮し、炎弾としたもので、応用の魔術だ。民衆の誰かが放ったものだろう。だが、そんなもので彼を殺せるのならば、彼はあんなに尊大な態度は取っていないだろう。炎弾は魔力障壁に阻まれ、霧散した。
「……ほう、これは……魔術文明はここまで発展したか。民草が使いこなす魔術にしては、想像もつかぬ程高度なものである。しかし、我が力は大いなる者より授かりし神力。無為である。さて、我が忠臣達よ! そこの無礼者を捕らえよ!」
神聖国王の騎士団が動き出した。彼らは如何なる手段を以てか、炎弾を放った者を特定し、数人掛かりで捕らえた。捕らえられた魔導士は抵抗したが、人数の差を見て諦めたようだ。この場に居る民衆の人数は召喚された騎士団の人数の数十倍はあるが、異様な雰囲気に呑まれて動こうとする者は存在しなかった。
この状況はライブ配信されている。かなりの大事件になるだろうな……
「王位を譲ろう、神聖国王リート・ネガート・ディオネ。その代わりに、国民を傷つけぬと約束せよ」
「……ふん。捕らえられたくなければ、我に逆らわねば良いだけのこと。まず、この忌まわしい催し……ディオネ祭を取り止めよ! 民草は各々家へと帰るのだ!」
こうしてディオネ神聖王国の王は代わり、ディオネ祭は中止となった。
国民は困惑しながらも帰路に就き、一夜を明かした。街中には無数の神聖国王の騎士団……通称「幻影兵」が蔓延り、民の自由を統制しはじめた。インターネットやソーシャルメディアも国家規模のジャミング魔術によって禁止され、情報の規制が行われる。そして国境は封鎖され、夜が明けた。
外国はこの事件を「ディオネ政変」と名付け、神聖国王を名乗る者は何者か、戦争の可能性はあるかについて学者が集められ議論が交わされた。あまりに迅速な封鎖に、計画的な犯行だとする声が多く上がったが、誰が、何の為にこんな真似をしたのかは不明。唯一関連が疑われたグラン帝国も一切の関与を否定し、さらに謎は深まることとなった。
ディオネ神聖王国は、世界から完全に切り離されたのだ。
この日より、後に語り継がれる「ディオネ解放」が始まったのだった。




