78. ランフェルノ
大いなる宇宙の遥か彼方へと突き進む。宇宙の果ては人間には観測できない。ゼニアの背に乗ってどれほど進んだのかも分からなくなった頃、それは見えてきた。
宇宙が、燃えている。そう言う他に喩えようがなかった。
太陽よりも深く、熱い焔が燃え盛り、一艘の方舟を取り囲んでいた。
『今からあの方舟に突入します。周囲に眷属らしき者の気配は感じないので、勢いよく突っ込んでいきましょう!』
ゼニアが念話で語りかけてくる。眷属が居ないのは必ずしも良い事とは限らない。個の力で世界を滅ぼす可能性を秘めているほど、災厄が強力だということだからだ。
焔の中を飛翔し、掻い潜って行く。温度の概念を切っているというのに、熱さがこの身に襲い掛かって来る……となると、この焔も熱エネルギーではなく、一種の概念か。理内の水魔術なんかでは勢いが衰えすらしないだろう。
方舟の入り口に辿り着き、ひとまず地に降りる。あまりに広大で、方舟というよりは城に近いな。
ゼニアもまた人型へ戻り、不思議そうに辺りを見回した。
「災厄が襲って来ませんね……理性があるタイプだとしたら、私達が来るのを待っているのでしょうか?」
あ、普通に喋れてる……空気があるみたいだ。アテル曰く、同じ「人間」という定義でも、世界によって別の生命体なので生存に必要な気体の分配が違うらしいけど。まあ神族には関係ない。
その時、僕から何かが出て来た。ブルーカリエンテだ……彼が僕の召喚ではなく、直接出てくるのは珍しいというか、初めての事だ。
彼は出てきた後に方舟を見上げ、顔色を変えた。
「これは……まさか……我が使役者よ! これは一体どういう事なのだ!?」
「え、どしたの急に」
勝手に出てきて、勝手に騒ぎ出したぞ。いつもは冷静沈着な彼が取り乱している……いや、災厄の力が測れるのならば当然の混乱か。
「アルスさん、彼は?」
「僕の使役した……というか、勝手に使役された悪魔のブルーカリエンテだよ」
彼は何とか心を鎮め、僕を問い詰めた。
「……我が使役者と、同胞の神族よ。いくら貴方がたが神族といえど、この災厄……ランフェルノには敵わない。どうか創世主に相手は任せ、世界が滅ぼされないことを祈るのが最善の選択肢です」
たしか始祖もランフェルノと言っていたな。ルアの石板には災厄の名前は刻まれていなかった筈だ。
「その創世主に頼まれて討伐しに来たんだけど……そもそも、この世界の創世主は直接災厄に手出しできないし……君はこの災厄を知ってるの?」
「……はい。かつて私が下級の悪魔だった頃の事。聖戦世界という世界、そこが私の生まれ故郷であり……そこで生活をしていました。しかし、この方舟の主ランフェルノによって世界を滅ぼされ、私は別の世界へと逃亡する事になったのです。創世主すらもヤツは呑み込み……もはや止めようの無い暴威と成り果てた」
「創世主すらも……!?」
ゼニアが彼の話に驚愕する。僕は災厄は初見で、どれほど強大な存在なのかは完全に把握していない。ただ、アテルは創世主が災厄に負ける事などあり得ないと言っていた。この災厄が異常な強さなのか、聖戦世界という世界の創世主が弱かったのか。
「いいや、僕は行かないと。災厄に対抗する為の力は創世主から授かった。それに、ここで勝たないと……」
まだ一つ目だ。ここで勝たなければ、僕は世界を守れない。
「ふう……分かりました。私としても、ランフェルノは仇だ。我が同胞と世界を滅ぼし、果てには私の……いえ、何でもありません。絶対にヤツを死の淵へと立たせてみせよう」
ブルーカリエンテは決意を固めたようだ。これから、彼なりの復讐が始まるのだろうか。
とにかく、僕はこの方舟の中を進むのみ。
「さあ、行きましょう。アルスさん、ブルーカリエンテさんも油断なさらぬように」
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業火の中を歩み、方舟を登って行く。内部には敵の影こそ見えないものの、複雑に入り組んでいて巨大な迷宮のようで、やはり方舟というよりも城だ。
創世主の魂の反応が大きくなっていく。次第に災厄が近づいている証拠だ。
そして、僕らは大きな扉の前に辿り着いた。
「この先に、ランフェルノが居る」
「行きましょう、我々の世界の為に」
ゼニアの一声により、僕は一歩進み出る。
扉はまるで客を待っていたかの様に開いたのだった。
そこは大広間。まるで競技場のように広い一室に、焔の海が周囲を取り囲んでいた。
そして、入り口から伸びる赤の絨毯の先には豪華な玉座。王のように鎮座するは、とても恐ろしい存在には見えぬ一人の少年。
「ランフェルノ……!」
ブルーカリエンテがその者の名を呼ぶ。遠方に座る彼は僕らに手招きをした。
警戒しながらも玉座の前に辿り着いた僕らは、ついに災厄と対峙した。
──熱い。
彼の放つ気、だろうか。魂が焦がされるかのような重苦しい熱が伝わってきた。
「はじめまして、盤上世界の皆さん。僕はエーヴィル家子爵……じゃあなかった、災厄ランフェルノ。神が二人に、悪魔が一人……悪魔の方は場違いな気がするけれど、お迎えに上がってくれた事に感謝します」
「ランフェルノ……貴様、よくもぬけぬけと……!」
慇懃無礼な災厄に、ブルーカリエンテは憤激する。
彼の憤懣をよそに、災厄は不思議そうに首を傾げた。
「……おや、僕をご存じで? いやあ、嬉しい限りですね。まさか災厄としてランフェルノという名が知れ渡っているとは! 悪魔さん、握手していただいても?」
「ふざけるなっ! 貴様と手を交わしたレオハート様が燃え尽きた事、忘れてはいない!」
「おや、あなたはレオハートの配下の方でしたか! これはこれは……レオハート、君の配下が来てくれたよ。……うんうん、ブルーカリエンテさん? へえ、摯実な方なんだねえ……僕の屋敷で登用しようかな? キミも近付の方が居ると仕事しやすいだろう?」
ランフェルノは突如虚空に向けて語りだした。
……何か視えているのか? それとも正気じゃないだけか?
「貴様、何としても殺してやろう……!」
「……ん? ああ、そうだった。一応、あなた方は僕を倒しに来たのですね」
災厄はポン、と手を打ち人の好さそうな笑みを浮かべた。
果てしなく熱く、深淵なる邪気と焔をその身に宿し、奴は立ち上がる。
「まあ、下馴らしといきましょうか。堂々に申し上げますと、あなた方は僕に敵わないのですが……冥土の土産として、永遠を見せてあげましょう」
そして、その笑みは残虐なものへと変わる。
……でも、
「……アルスさん」
「分かってるよ、ゼニア」
白き灰……混沌に僕の魂を注ぎ込む。いや、呑まれる、呑まれて良い。
僕を変えて、漂白して、希釈する。それでも芯だけは変わらずに。
この魂を、解き放つ。
「……共鳴、解放」
──この力で、災厄を払う!




