54. encount-壊霊
地面がなだらかになり、開けた円状の広場で僕達は今後の方針を話し合っていた。
(アルス君、これからどうする? もっと峡谷を調べてみたいけど……この子たちを連れて行く訳にはいかないよね)
(うーん……適当に理由をつけて別れようか。騎士団本隊からの助力はすぐに期待できそうもないから、僕達で原因を探るしかないし)
今後の動きとして、マリーの小隊はディオネへ事の仔細を報告し、応援を要請するらしい。流石に正規の部隊からの報告であれば騎士団も動く筈だが、被害が大きくなる前に僕にもできる事があれば何とかしてしまおう。
「通信を終えましたので、これより帰還します。アルスさんとレーシャさんはどうしますか?」
マリーが尋ねてくる。彼女からすれば、報告を裏付ける者が居て欲しいので、僕たちに同行してほしいはずだけど……
「ん……別々に帰るよ。他の依頼もあるからね。それじゃあ、失礼するよ」
「……この峡谷には許可が出るまで立ち入らないで下さいね」
マリーが訝しげにこちらを見つめる。
フリかな? フリだよね。
「(ちゃんと入るから)大丈夫だよ。それじゃ」
「マリーちゃん、またね」
別れを告げ、小隊と別の方角へ歩き出す。もちろん、別の入り口から峡谷に入って調べるつもりだけど。
「隊長、あの二人なんか怪しくないすか?」
しばらく離れた所で隊員の一人がマリーにそう尋ねた。
「え……そうかな?」
「いやいや……どっからどう見ても諦めてない顔してましたよ。特にアルスさん」
「え、ええと……みんなは先に戻ってて。ちょっと見てきます……!」
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「こっちだね。次第に瘴気も濃くなってきてる」
深く立ち入るほど、呪いがかけられた魔物の数も多くなっている。この先に彼らを生み出す根源があるのかもしれない。
「アルス君、前」
「ん……あれは?」
二人の人間が居た。いや、人間……か?
なんだか纏っている気が異質だ。魔族かもしれない。
一人は修行僧なような風貌の男。禿頭に女物のローブを着ているのが特徴的だ。
もう一人は、鷲鼻の老婆。手には呪術師の杖を持っている。奇妙な魔物達に呪印を刻んでいる張本人かもしれない。
「あの男は、五大魔元帥の一人だね。ハゲてるから『壊霊』だと思う」
レーシャは男の正体を知っていた。
『壊霊』。
曰く、神出鬼没。曰く、破壊の申し子。
幽霊のようにどこからともなく現れ、後にした場所には破壊の跡のみが残ると言われている。人、建物、家畜、草木……全てが悉く捻られ、千切られると言われている恐ろしい存在だ。
「……もう一人は?」
「分かんない。まあ、あの子達が奇妙な魔物の原因であることは間違いないよ。その証拠に、周りに何体も変な魔物が寝てるからね」
止めなければならない。
だが、どうやって?
魔元帥は神能に匹敵する程に強力な異能を持っており、その詳細は未知数だ。
「『壊霊』か。ヤツの異能はどんなものか分かる?」
「んー……『衝動』じゃない、『変質』でもない、『接続』も確認済みで、『干渉』はあり得ない……となると、『放出』か『領域』かな」
なにやらレーシャが分からないことをブツブツと呟いている。そして、とある結論にたどり着いたようで、
「まあ、殴ってみれば分かるんじゃないかな?」
「それは流石に無策過ぎないかな……」
その時、僕らの声が聞こえたのか、彼らが動いた。
「あら? そこに居るのは誰かしらん? 隠れてないで出てらっしゃい、怖くないわよー?」
……壊霊、そういうキャラかよ。
「プッ……アルス君。あの子、ハゲな上にオネエだよ? 属性盛りすぎじゃない!?」
わざわざ聞こえるように煽るな。
「い、いやいや……ハゲは生理現象だし馬鹿にしちゃ駄目だよ。オネエも多様性として受け入れるべきだ」
レーシャの煽りが効いたのか、男の声がワントーン下がって、こちらへ向けられてきた。
「いいから早く出てきなさい? ……さもないと、ぐちゃぐちゃにすんぞ」
僕達は仕方なしに、彼らの前に姿を表す。
こうしてまともに視線を浴びると、やはり独特の緊張感が張り詰める。相手が猛者である証だ。
「はじめまして。僕は霓天の家系、アルス・ホワイト。以後お見知り置きを」
「私はレーシャです」
とりあえず、自己紹介だ。
相手が何者であろうと、礼儀は大切。
「あらあら、ちっちゃくて可愛い子たちね。私はベローズ。こっちのお婆ちゃんがニシキ。見た目はちょっと怖いけど、優しいお婆ちゃんよ?」
「ふん……英雄の末裔か。予想外の邪魔が入ったのう」
さて、呑気に話している場合ではないのだが。
さっさと彼らを止めなくてはならない。
「早速聞きたいのだが……この峡谷に蔓延る呪印の刻まれた魔物達は、君たちの手によって作られたのか?」
「ウフフ。ヒ・ミ・ツ……なんて言っても、男の子は知りたがりだものね。教えるまで帰ってくれないんでしょう?」
その喋り方、腹立つな……。
他人の口ぶりはあまり否定したくないが、こっちが真面目に話しているのに茶化されるのは苛立つ。
「教えるまで帰らないのではない。その行為を止めるまで、だ」
「あらあら……でも、ごめんなさいね。今ちょっと忙しくて遊んであげてる時間がないのよ。そうねえ……この子達と遊んでてくれる?」
ベローズの周りに居た奇妙な魔物達が立ち上がる。
どれも部位を乱雑に繫ぎ合わされたような、違和感のある魔物だ。
「あ、あと……これも使おうかしら。————『新生屋敷』」
ベローズが目を向けたのは、数個の檻。
中には犬やライオンのような動物から、小竜や魔狼のような魔物まで閉じ込められている。
そして、彼はそれらの生命を、
「なっ……!?」
潰した。
ベローズが腕を一振りすると、檻の中の生命は血や邪気を噴出させて粉々になる。
だが、驚くべきはその後の光景だった。
粉砕された生命の欠片が浮遊し、檻から出て乱雑に組み合わさったのだ。
出来上がったのは複数の肉体を継ぎ合わせた生命体。このシィーメ峡谷を跳梁していた奴らと同質のものだ。
「おばあちゃん、いつものよろしくねえ?」
「ヒッヒッ。さあ、その身に刻め。生まれしが汝の罪、永遠の枷……」
ニシキと呼ばれた老婆は、魔物達に魔術のようなものを行使する。恐らく、アレが刻まれていた呪印なのだろう。
こうして異常な魔物達は生まれたらしい。
ニシキは一見すると普通の呪術師に見えるが、ベローズの能力が分からない。
……分解と再構築なのか?
だが、だとしたら敵対している僕達を破壊しない意味が分からない。
「覚えておいて? アタシは『壊霊』のベローズ。アナタ達も、いつかワタシの家族にしてあげるからね?」
死んでも御免だ。
天空より大鴉が飛来する。ベローズとニシキはその背に乗り、飛び立とうとしていた。
それを追おうとするも、
「くっ……妨害か!」
創り出された魔物と、待機していた魔物。
彼らが一斉に僕へと牙を向けた。
「彗星の構え……!」
「地表断崖」
僕は全方位からの攻撃を受け流す中、レーシャは見たこともない魔術で大地を捻じ曲げていた。ヤバい。
「さて、ワシらはメイユーアの調整じゃ。ほれ、行くぞ」
「はいはーい。それじゃあ可愛い子ちゃん達、またね?」
「くっ……待て!」
待て……と言って待ってくれる訳もなく、彼らは彼方へと飛び去ってしまった。
「逃げられたか……」
魔物を斬り捨てる。まだまだ出て来るな。
「でも気を感じ取ってみるに、あの二人はまだこの峡谷に居るみたいだよ。めいゆーあの調整、とか言ってたから……ここから離れられない理由があるのかな?」
レーシャが言うのならば間違いない。
彼らがまだここに居るのならば、止めることはできる筈だ。
「でも、その前に魔物を片付けないと……!」
僕が魔術を放ったその時、
「うらぁあああッッ!」
流星が降り注いだ。




