199. 神代閉ざされし未来
ソレイユの闇を払った救国の英雄、アルスは盛大なもてなしを受けた。
あの戦いは国民の心に大きな傷をもたらしたが、それでも生き残ることができた。家族や友を喪った者も多い。それでもソレイユ国民は立ち上がり、ノアティルスという新国家を築いた。
救国の英雄の雄姿を見て立ち上がった者も少なくなかった。アルスはアビスハイムやノアと共に、ノアティルスの一種の象徴でもあったのだ。
出立前夜、アルスは招集を受ける。
アビスハイムがぽつりと夜闇に佇んでいた。
「来たかアルス。お前がこの国を去る前に、一つ話をしようかと思ってな」
「話? どうしたんですか急に」
「アルス・ホワイトという存在は、この世界に多大な影響を与えた。厄滅で滅ぶはずだった世界を強引に継続させ、因果なき世界を開いたのだ。お前という生命が何であったのか、我なりの持論を述べさせてもらう」
アビスハイムが両腕を広げると共に、ぶわっと部屋中に魔力が拡散。
周囲にはホログラムとなった映像が出現する。これは……過去、だろうか。アルスが今までに見てきた光景をそのまま映し出しているようだ。
「……幼少期に見たディオネ、大人になってからレーシャと築いた思い出、イージアとして過ごした風景、そして再び未来へと戻って歩んだ軌跡。思えば色々なことがありましたね」
アビスハイムはひそかにアルスを慮っていた。
定められた時──邪剣の魔人との決戦以降の未来を見ることができないアルス。彼の生には意味を持たせねばならない。
アルスが生きた意味を、彼自身に説明しなければならないだろうと。
「今や世界とノアティルスは切り離され、完全に別の世界として成った。このノアティルスは、お前が築いた世界なのだ。アルスという人物なくして、どちらの世界も存在しなかったはずだ」
「そうですね。僕だって、自分がどれくらい偉大な人物になってしまったのか……さすがに自覚しています。創世主と壊世主という概念を破壊し、因果を抹消した」
盤上世界は過酷に満ちた世界であった。しかし、反面では因果によって守られている節もあった。
互いの主が『世界を継続させる』という意志を持つ限り、継続する世界だったのだ。
しかし、因果が消滅した今となってはどうか。
想像だにしない出来事で簡単に世界が滅ぶかもしれない。たとえば隕石が落ちてきたり、異世界から侵略者が来たり。
そういったイレギュラーは、すべて調停者と二つの主によって排除されてきた。
アルスは自らが完成させた、不完全な世界に言及する。
「正直に言えば、神も因果もない世界は不安すぎます。ルミナの言い分はある程度正しかった。因果の導きがなくても人が歩んでいけるかどうか……わかりません。未来は見えませんからね」
「うむ、我も不安だ。おまけにお前は邪剣の魔人を討って、あっさりと消えてしまうからな。自分が作った世界を見届けることすらせずに」
「無責任ですよね。申し訳ない」
「ハッ! ま、なるようになるであろう。お前は異端ながら、世界の継続には必要な因子であった。問題は『世界を継続させるべきであったかどうか』。こればかりは実際に未来を生きてみなければ、どうしようもないからな」
アルスは俯いた。
自らの右手の中指にはめられた、灰色の指輪が鈍く光る。
「その指輪だ」
「ん? これがどうかしました?」
「アルス。お前は消える運命にある。本来ならば邪剣の魔人と相打ちになり、世界から消える。だが、もしも……その指輪が奇跡を起こし、一命を取り留めたのならば。再びノアティルスの景色を見に来い。そこでお前が、審判を下せばよい。お前が創った世界が、本当に存在すべきだったのかをな」
「……審判など恐れ多い。僕は今も昔も、ただひとつの命でありたいのです。世界を守ることはできても、世界を司ることなどできない。それに、もしも命が助かったとしたら……会いたい人がいるのです。僕は真っ先に彼女のもとへ帰りますよ」
「ああ、レーシャとやらか。異なる滅んだ世界で、今もお前を待ち続けているのだな。彼氏にいつまでも待たされるとは、不憫な女よ」
「まったくもって仰るとおりです……」
しかしながら、アルスは自分が生きている未来を欠片も想起していない。
邪剣の魔人エンドと対消滅する。これは避けられない未来だろう。
奇跡で命が助かるなど。楽観的な望みは捨てている。
あくまで気休めなのだ。
「話は変わるが、気づいているか? まだこのノアティルスには因果の残滓がちょいとあるのだが」
「ああ、ノアの塔に秩序の因果が残留してますね。アレはどうするんです?」
「とりあえず補修して、内部に因果を封印しておく。処分については後ほどノアと話し合う」
「そうですか。僕の力が必要であれば、いつでも言ってください」
神話級の激しい戦いがあったノアティルスには、まだそこかしこに因果が残っている。
完全に因果が払拭されるのは、いつ頃になるのだろうか。
「いや……お前の力はもう借りぬ。すでに世界の人々は、己が意志で立ちつつある。もうアルス・ホワイトの役割はほとんどないであろう?」
「まあ、そうですねー。あとは家族や友人との関係性を整理して、この世から旅立つ準備を進めていきます。災厄を滅ぼすことが僕の使命であったのなら、因果を消し去ることもまた達成手段の一つでした。僕の物語は、ここで完結したのですから」
「そうだな。お前は立派な英雄であったぞ。過酷に立ち向かい続け、ついに世界を救ったのだ。もう十分ではないか」
ここで初めてアルスは気が付く。
アビスハイムは自分の最後の目的を察して、この話をしてくれたのだと。
「……本当に立派な人ですね、陛下は。ええ、必ず最後の使命を果たします。未来への導となるために」
かくして英雄はノアティルスを去った。
まもなく時が来る。
すべての因果──いや、残存した因果の欠片に終止符を打つ時が。
ノア〔旧?-〕
調停を捨て去った絶えずの意志。春に吹く風はやがて世界を去り, 救世の灯と共に円環の外へ抜け出した。




