197. ノアティルス
アルスはレアと共に地王領を横断し、結界に囲まれたソレイユ周辺へやってきた。
厄滅が起きた時から変わらず、対災厄防御術式が張ってある。中身はまったく見透かせない。
レアは結界を叩き、うんざりしたように笑った。
「なるほど、これは相当にアホな術式だね。どうやってこの規模の結界を二十年以上も維持しているのか……理解不能だ」
どうしてまだ結界を維持しているのか……色々と理由はあるのだろう。
とにかく、長らく見ていなかったソレイユがどのような変化を遂げているのか楽しみだった。もしかしたら復興が進み、かつてのような姿を取り戻しているかもしれない。
結界の側に歩み寄り、アルスは光に手を当ててみる。
無理やり結界を砕くことは……なんとかできそうだが、ここは穏当に。事前に連絡していたノアに通信を入れ、内部から穴を開けてもらう。
ノアと通信を行いしばらく待つと、内部から人が通れそうな穴が生じた。
「お久しぶりです、アルスさんにレアさん。お待ちしていました」
「こんにちはノアちゃん。こうして会うのは安息世界の一件以来かな? 元気そうで何よりだ」
「ええ、あの時以来ですね。まあ立ち話もなんですし、どうぞ結界の中へ」
促されるままに穴を通る。
──しかし、
「「!?」」
アルスとレアは同時に驚愕した。
何もない。地面すらない。まるで愚者の空のように真っ白な空間が広がっているだけ。
「あ、すいません。ここはまだ国内じゃないんですよ」
「……どういうことだ?」
「旧ソレイユ王国は世界から切り離されているので……この空間は世界と旧ソレイユの狭間です。ここから私たちの跳びたい座標と時間軸を指定して目的地に向かいます。ええと……座標がエリアΦ、時間軸が新暦二十六年リグの月……よし、跳びまーす!!」
ノアが魔力を籠めた刹那、視界が揺らぐ。
これは──転移だ。或いは時空の超越。
ぐわんぐわんと感覚が乱れ、意識が飛ぶ。
そして……
意識を取り戻す。
またしてもアルスとレアは驚愕することになる。
復興どころの話ではない、異次元だ。
彼方まで広がる草原の空を飛び交う謎の機械。中空に浮かぶ家々、高層ビルなどの建築物。地に足をつけた物体は数えるほどもない。
なにより大気に含まれた魔力濃度が尋常ではない。これは──根本的に外界との法則が異なっているのだろうか。
中央に聳え立つは白銀の塔。大地壊尖塔、またの名はノアの塔。
「私たちが築いた新たなる国──『ノアティルス』へようこそ!」
~・~・~
新生国家ノアティルス。
かつての魔導王アビスハイムのもとに築かれた文明である。
アルスたちは中央に浮かぶ建物へ向かい、建国者と相対した。
「久しぶりだな、アルスッ! 相変わらず目が死んでて何よりだ! フハハハハッ!」
建国者アビスハイムは高らかに笑い、尊大にふんぞり返った。
彼が座るのは玉座ではなくただの椅子。建国者ではあるが国王ではない。このノアティルスは既に王国ではないのだから。
「どうも陛下。……ああいや、国王じゃないから陛下と呼ぶのは違うかな? でも陛下が一番しっくりくるからいいか」
アルスの挨拶をよそに、レアは値踏みするようにアビスハイムを見ていた。
なるほど、これが神話に伝わる魔導王か……と。同様にアビスハイムもレアへと視線を返す。
「で、そこの女は……始祖レイアカーツだな?」
「お初にお目にかかる。リンヴァルス帝国始祖、レイアカーツ。伝説の魔導王と対面できて幸甚の至りだとも。噂に違わぬオーラを放っているね」
互いに五千年以上続いた国の始祖にして、世界最古の二大文明を興した者。どこか牽制し合っているかのような、互いを測っているかのような微妙な空気が漂いはじめる……が、ノアは即座に剣呑な雰囲気をぶった切る。
「……こほん。さて、こうして久々にお会いできましたし、積もる話もあるでしょうし……アビスハイムさんとアルスさんは二人きりで話されては?」
「うむ、そうだな。我も外界の出来事はまったく把握しておらぬ。ノアティルスの内情を説明する代わりに、そちらの世界の出来事も聞かせよ」
「レアさんはこちらへどうぞ。おもしろいものを見せてあげましょう」
ノアはレアを伴って部屋から出ていく。
彼女はうまいこと雰囲気を感じ取り、アビスハイムとレアの相性が悪いことを瞬時に悟ったらしい。二人が去った後、アビスハイムは開口一番に言い放った。
「ところでリンヴァルス帝国の原義は、リンヴ=アルス国らしいな?」
「ええ、そうですけど。それが何か?」
「実は、このノアティルスもお前の名前から国名を作ったのだ。ノア+アテル+アルスで『ノアティルス』。ソレイユを救った奴らの名を刻んでな。つまりリンヴァルス帝国とはアイデアが被っておる。これは創作者として由々しき事態だ。まるで我がレイアカーツのアイデアをパクったようではないか!」
「いや、後出しならふつうにパクりなのでは……?」
勝手に名前を使われて幾星霜。アルスはリンヴァルス神なるよく分からない神になってしまった。
もしかしたらノアティルス神なる謎の神性も付与されてしまうかも。いや、この国に神の伝承はされていないから大丈夫か。
「まあよい。もう国名を変える気はないからな。で、お前の世界……外界はどうなっておる?」
「外界は……特に何もありませんよ。しいて言えば魔物の減少が始まったくらいで……ゆったりと時間が過ぎています。あとは神々が徐々に存在感をフェードアウトさせてて……」
取るに足らない地上の変化。
それでもアビスハイムにとって外界の話は刺激的なものだった。このノアティルスの発展も目覚ましいもので、アルスはアビスハイムの話を聞いて目を輝かせる。
互いの話に興味をそそられる中で家族や友人の話、国の未来に関する話……さまざまに語らい、気が付けば夕暮れ時が迫っていた。
アビスハイム〔神代121-〕
ソレイユ魔導王朝の開祖にして, 神代における魔導論理を確立した偉人。魔術・魔法に関しては天才的な才覚を持ち, 魔術式アビスとなって眠るまでに116種の術式を完成させたと言われている。第二代の国王が王位に就いてから(神代138)もソレイユを見守り続け, 因果消滅の根源となる厄滅に抗うべく復活した。後のノアティルスに伝わる十聖の第一人者として世界を救い, かくして神代は幕を閉じた。偉大なる魔導王は今もなおノアティルスの平穏を見守っていると伝承される。




