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共鳴アヴェンジホワイト  作者: 朝露ココア
最終章 立ち向かう者
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196. 置き去りにした景色

 相談がある。

 そう宣告してサーラはアルスを呼びつけた。


 楽園東部の海岸線、海洋に浮かぶ家。家に入るための昇降機も橋も存在せず、サーラやアルスのように単身で飛行できる者でなければインターフォンすら鳴らせない。

 昔はゼロの家が隣に並んでいたが、現在はサーラの意向で取り壊されている。


 潮風が吹き抜けるテラスへと降り、アルスは彼方を眺める。どこまでも青い海が広がっていた。水面に輝く陽光の破片がまぶしく、思わず目を細めてしまう。


「サーラ、いるか?」


 玄関からではなく、あえて開いた窓辺から家の中へ声をかける。

 特に理由はない。


 しばらくすると家の中から慌ただしい音が響き、足音が近付いてくる。やがて桃色の髪をなびかせて少女が顔を出した。アルスを見つめる彼女の瞳は驚いて丸くなっていた。


「……なんで玄関から来なかったの?」


「なんとなく」


「そう……? まあいーや、入って」


 家の内装は……いたって普通。

 破壊神の騒乱が起こる以前はかなり散らかっていて、足場もないほど物が散乱していた記憶がある。しかし現在は綺麗な木製の壁床が広がっており、タンスや本棚に荷物が整理されている。

 多少は彼女も成長したか……とアルスは感心しつつ、クローゼットの隙間からはみ出ている服の裾は見ないことにした。


 階段を下りて一階のリビングへ。促されるままに席に座る。


「ちょっと待っててね」


 サーラは台所へ行き、ティーカップを二つ持って戻ってくる。アップルティーを注いで向かい側に座った。

 相談がある、とのことだったが……


「ありがとう。最近は楽園の復興も進んできたな。荒廃していた二十年前とは見違えるように美しくなった」


「うんうん。この楽園……どうなるんだろうねー」


どう(・・)、とは?」


「そのままの意味だよ。他の国々がずっと技術的に進歩し続ける中で、この楽園だけ美しい大自然がある。それはたしかに魅力的な風景だけど……資源が豊富なこの土地を他国が放っておくわけじゃない。因果の消滅によってジークニンドもダイリードも力を削ぎ落されて、イージアもやがて消える。だから楽園を守る人もずっといるわけじゃない……でしょ?」


 彼女の言葉に虚偽は一つも含まれていなかった。未来を正しく見据え、真実のみを包含した予測。アルスがやがて世界から消えることすらも、彼女は薄々感じ取っていた。

 正直なところ、アルスにも答えようがないが……


「なるようになる……んじゃないか? 私も手の届く範囲でなら楽園の保全に努めるつもりだが、どうしても手の届かない範囲もある。楽園の権利を侵害されることをサーラが嫌うなら、君なりの抵抗をすればいい。もちろん無理はしてほしくないが」


「まーそうだよね。別に楽園って、明確に所有者が定められてるわけじゃないし。今はジークニンドが管理者みたいになってるけど、国際法的には誰の領土でもないもんね」


 話がやや複雑で重くなってきたところで、アルスは話題を切り替える。


「で、相談って?」


「ああ、そうそう! この手紙みてよ」


 机の上にぽんと置かれた封筒。


「魔導学士院……?」


 送付元は『魔導学士院』という機関。

 世界中から著名な魔導士を集め、魔術や魔法に関する機関の中では最高権力を持つ組織である。ここ最近……とは言っても二十年以上もの間、ソレイユの隔絶と因果消滅により慌ただしく動き回っているらしい。

 ソレイユに在籍していた著名な魔導士たちが消息不明となり、かつ因果消滅により魔術法則が変化した。これらの変化により、魔導学士院は大慌てで組織の改革を行っているそうだ……とアルスは風の噂で耳にした。


「学士院の会員にならないかってお誘いが来たよ」


「なんだ、快挙じゃないか。会員になれば最新の設備も使えるし、秘匿された魔術も教わることができる」


「実はね、この書状……私じゃなくてフェルンネに送られたんだ。「毎年のように勧誘が送られてきてウザいから、あなたが代わりに行きなさい」……って推薦状を押し付けられちゃった。本来なら勧誘もされてない私が会員になってもいいのかなー……って、悩んでて」


「フェルンネは君の実力を認めていて、『理外の魔女』の後継に値すると判断したんだ。胸を張って一流の魔導士を名乗ればいいと思う」


 フェルンネは言葉数が少なく、本音を言わない。だからサーラをすばらしい魔導士だと認めつつも、素直に推薦できなかったのだろう。

 そこら辺の寡黙な気質がサーラをいまいち自信のない状態へ突き落している。


 まだ彼女は悩んでいるようだ。もじもじして言葉を抑えていた。


「サーラは将来、何がしたいんだ?」


「……それがさー、決まってないんだよね。なんていうかな。生まれた時から与えられた目標だけを意識してきて、自分から目標を作ることはなかった。アジェンでは生き残ることに必死で、ゼロを守ることに必死だった。六花の将時代は創造神の任務を果たすことだけを考えてた。今は楽園の復興をして、なんとなく日々を過ごしてる。振り返ってみると、受動的でしかない人生だったなー……って」


 アルスも似たようなものだ。

 共鳴者としての使命、災厄と戦うということ。ただそれだけを人生の柱として、今もなお最後の災厄を滅ぼすことを人生の終点だと定めて生きている。


 彼には明確な終点があった。まもなく途切れる人生の墓標があった。しかしサーラはその限りではない。

 どこまでも続いていく未来が見えていて、可能性が広がっている。自分から目標を創出して道を作ることができる。


「経験できることは経験しておけばいいと思う。私も無責任なことは言えないが、魔導学士院会員になることで自分が辿り着きたい目標も見えるかもしれない」


「うん……そっか。だよね! 何事も経験、勉強! 私も百年間眠ってて人生経験は浅いし、がんばろ」


 サーラは拳を握りしめて意気込む。

 すぐに決断することが彼女の長所だ。ゼロが死んだと知ってしまった時も、心に区切りをつけてすぐに立ち上がった。少なくとも傷付いた心や悩める心をずっと露にするような性格ではない。


「少しだけ……君が羨ましいよ」


 ぼそりとアルスは呟いた。

 どう足掻いても手にできない宝物(ミライ)を彼女は持っていたから。


 そんな彼の様子を一見し、サーラは笑顔で手を取った。


「──そうだ! 明日さ、みんなのお墓参りに行くんだけど……一緒にお供え物買いに行こう! 一人で荷物持つの大変だし手伝ってよ」


「ああ、行こうか」


 未来を生きたくても生きられなかったかつての仲間たちに比べれば、アルスの境涯は希望に満ちている。アリス、リグス、ウジン、ゼロ、そして創造神。彼らにも今の楽園を見せてあげたかった。


 未来を羨むのではなく、今を友と一緒に幸福に生きる。

 サーラはアルスの手を引いて楽園を飛び出した。

サーラ〔神代5069-〕

魔導学士院理学部門, 魔導生物化学所属。アジェン共和国に生まれた魔族であり, 六花の将『守天』として活動していた経歴を持つ。楽園の復興後, 師である理外の魔女の推薦によって魔導学士院に所属。因果消滅の影響により衰弱する魔族を救う魔孔細胞を開発し(後239), 著名な科学者となった。後300年以降はバトルパフォーマンスを正当な競技として定着させる活動に尽力し, 後にバトルパフォーマンス協会の理事長も務めることになる。

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