幕間3. 青空を描く輝き
車窓から流れる景色を眺めていた。
まもなくアルスたちの乗る魔導車はルフィア王国へ辿り着く。輝天が長いこと国を不在にして、ルフィアでは騒ぎになっているだろう。アルスはいつも放浪しているので、また消えたのかと呆れられているだろうが。
ユリーチは兄がいた事実を国へ帰って知ることになる。せめて最後まで兄が天魔であったことは知らないと良いが……いや、知った方が幸福なのだろうか。
「もうすぐルフィアですね! 放置してきたアーティファクトたちをまずは整備しないと……」
シレーネも久方ぶりに帰郷できることに高揚している。もはや彼女にとっての故郷はサーラライト国ではなくルフィア王国になっていた。
そういえば、とアルスは彼女の右腕の甲を見る。いつしか痣は消えていた。理由は知らないが、ソレイユで何か彼女も大きな節目を迎えたのだろう。
あと数分でルフィアに着くというころ、ユリーチが何気なく尋ねた。
「そういえば……さりげなくついて来てるけど。デルフィはなんでいるの?」
アルスの隣には英霊のデルフィが当然のように座っていた。
ソレイユでの戦は終わったので、彼が召喚された意義は消えている。
「ちょっとアジェンの様子を見に行こうと思ってな。それくらい良いだろ?」
アルスはこのままルフィアを通過してディオネに帰る。今回の行程では敢えて飛行機に乗らずに鉄道を使うつもりだ。
ディオネに到着する前にアジェンを通るので、ついでにデルフィも連れて行こうという算段。
「……そう」
できることなら、ロンドにも現世を……戦いの結果を見せてあげたかった。ユリーチは悔やみながらも仕方ないと首を振る。彼もまた、たしかにソレイユを勝利へ導いた英雄の一人なのだから。せめて彼の名を歴史へと刻み伝承しようと、ユリーチは決意した。
「ルフィアに到着でーす! ユリーチさん、行きましょう!」
「うん。二人とも、またね」
ユリーチとシレーネは手を振って去って行く。
去り際、シレーネはアルスへ向けて頷いた。スターチの件に関しては任せておけ……と視線で物語っている。アルスもまた頷き返し、鉄道へデルフィと共に乗り込んだ。
~・~・~
アジェンへ至るまでの行路で、二人はシロハ国を縦断する。
大霊の森に沿った街道を抜け、鉄道は海岸線を走り抜けて。陽光を受けて煌びやかに輝く水面。車窓から吹き抜けた風に孕んだ磯の香りが鼻をくすぐった。
「…………」
デルフィは向かいの席に座るアルスを覗き見る。寂し気な表情を浮かべる彼は、静かに海岸線を眺めていた。
「この海岸線、嫌な思い出でもあるのか? なんだか悲しそうだな」
「ああ、いや……嫌な思い出はないよ。懐かしんでいただけだ」
この海岸線を最初に通ったのは……あの日だ。アルスが過去へと飛んだばかりで、ウジンと旅を共にすることになったばかりのこと。
リンヴァルス帝国を目的地としてアジェンへ向かう道中。リグスとウジンがやかましく喧嘩していて、それを見たアリスはとても狼狽えていた。あの頃は仮面を被ったアルスも周囲を拒絶していて、振る舞い方に困っていたものだ。
もう、みんな死んでしまった。
仕方ないことだ。必ず命は終わるのだから。
やがてアルスも終わる時が来る。
「そうだ。アルスの旅路を聞かせてくれよ。俺と別れた後、どんな軌跡を辿ったのか……鳴帝様のお話をな」
「ああ、暇つぶしに話そうか。まずは……」
彼は語り出す。
ちょうど話を終えた頃、アジェン共和国へ辿り着いた。
~・~・~
「……すげえな」
デルフィの想像以上にアジェンは栄えていた。
かつて砂埃ばかりが舞っていて、喧騒と撃鉄の絶えなかった地獄。しかし今はのどかな雰囲気に包まれ、高度な科学技術がそこかしこに散らばっている。
よくぞここまで成長したものだと、二人は感嘆しながら練り歩く。
都市ガフロンの中央には、歴史上の統治者を讃える像群がある。
生前の善悪に拘わらず、とりあえず統治者は死後に銅像を作られるのが慣例となっている。
『怒れる青獅子グラジオサード』、『狂える赤鳥フォトス・ジルコ』、『統べる黄蜘ジニア・ジルコ』……ほか数十名の銅像が林立していた。中にはもちろん『輝ける黄蛇デルフィ・ヒュエン』の像も。
「……俺、こんなに厳つい面してないんだが」
デルフィは自らの像の下に立ち、自分と自分の像を比較した。
他の統治者の顔も知るアルスからすれば、像の顔はもれなく強面に変化している。そういうものだ。
「この像……首元に蛇が巻き付いているな。これが君の精霊だったクオングか?」
「ああ。コイツもコイツで結構恐ろしい蛇に変えられてるな……まあ、精霊は契約者以外には見えないから仕方ないけどな。アイツ、今頃なにしてるんだか……」
デルフィの死因は老衰だ。
死に際、クオングとはそれなりに円満な別れをした。互いに言葉を交わし、未練は残さなかった。故にいまさら会いたいと思うことはないが……それはそれとして、あの精霊が今も元気に活動しているのかどうかが気になる。
精霊とて不死身ではない。原動力となる魔力か、魂の力が枯渇すれば死ぬ。
しかし、あの精霊はデルフィに魂の生命力を分け与えてまで生かそうとしてくれた過去がある。まさに一心同体の相棒だった。
「……ん?」
ふとアルスは空を見上げる。
視界が暗くなり、水滴が彼の頬に落ちた。
変化は一瞬の出来事。
暗雲が立ち込めたかと思うと、雷鳴がひとつ轟いた。数秒後には暗雲が霧散し、青空が戻ったのだ。周囲の人々は何事かと驚き戸惑っている。
「今のは……君の精霊の挨拶では?」
「ははっ……いや、挨拶じゃねえな。煽りだよ。『さっさと帰れこの野郎』……ってな」
「そ、そうなのか」
煽られたという割には、デルフィは嬉しそうだった。
問題ない。かつての相棒は今も元気に活動し、そしてアジェンを見守ってくれている。だから憂いはない。
「……消えるにはここがちょうどいいか。俺の像の下で英霊としての生を終えるとするよ」
「もうアジェンは見なくてもいいのか?」
「大丈夫だ。俺が心配するまでもなくアジェンは立派に進み続けているし、俺が掲げた意志も受け継がれているようだ。うっせえ蛇も元気みたいだしな」
デルフィは自らの意思によって世界との接続を切り離した。
彼の足元から魔力の粒子となって……消滅していく。
「ありがとう。君のおかげで世界は救われた。また会えたらいいな、『輝ける黄蛇』」
「おう。それじゃ、息災で。『鳴帝』よ」
屈託なく笑って、彼は世界から去った。




