182. 世界が壊れ、果てに
暗黒が世界を染め上げる。
誰の目から見ても、その光景は終焉を意味したものであった。壊世主の宣言通り、世界は滅ぶのだと。
無数のエムティングが飛翔して嗤い、メロアが勝鬨を上げる。
絶望の光景を前に誰もが膝を折った。
揺るがぬ信念を以て挑み続けた魔導王、封印の手段を失った調停者、最後まで厄滅に抗い続けた英雄たち。
「……ここまでか」
ソレイユは滅び、アビスハイムの死と共に国を覆う対壊世防御術式も解除される。暗黒は世界へと波及し、全てを奈落の底へと突き落とすであろう。
──もう立ち上がることはできない。
厄滅の果て、人々の瞳に宿った諦念。
ああ、だけど。ただ一人だけ……毅然として立つ者があった。元から彼の瞳には光なんてない。全ての喪失を経験し、抗い続けた彼だからこそ。
「共鳴──解放」
諦めるわけにはいかなかったのだ。
彼は嫌というほどに世界を愛していた。もしかしたら、世界を創った主よりも。
壊世主ゼーレルミナスクスフィスの重圧にも負けず、押し寄せる暗黒にも負けず。決して諦めない英雄の姿があった。立ち向かう者がいた。
彼の傍には真っ白な男。ああ、彼も抗うのか。
「アルス。やはり君は変わらないね。僕もまた諦めてはいない。ならば……二人で奇跡を起こそうか」
「AT、もう一度……背中を預けるぞ」
「……! ははっ……君というやつは……いいだろう。アビスハイム、ノア、君たちも。へたり込んでいないで、立ち上がるんだ。僕たちはまだ負けていない」
遠き世界線の果て、二人は再び絶望に抗う。
残酷な運命がどれだけ彼らの前に立ち塞がったのだろう。それでも彼らは世界を護ろうと躍起になって……
ならば、私も。
アルス──立ち向かう者よ。
『…………あなたに祝福を。その意思が何者にも屈さぬように、共鳴を』
~・~・~
魂に尋ねてみる。
私はまだ戦えるのかと。
言葉での返答はなかった。しかし、我が内にあるレーシャとの共鳴が……高鳴っている。まだ私は高みを目指せる。
ここで終わるなんて御免だ。
「共鳴──増大」
まだ彼女は遠い世界で共鳴を繋いでくれている。力をさらに引き上げてくれる。
そして、私の背後に立つATもまた……
「『地真実灰・開闢』」
彼は再び安息世界を展開。
灰色の大地が広がり、秩序の力を減衰させる。
ようやくわかったよ。なぜ君がATと名乗ったのか、なぜ新たなる創世主として君臨することが許されたのか、なぜ存在しないはずの魂を持っていたのか。
……愚鈍な私を許してくれ。
「頼む!」
「任されたよ」
一息で駆け出す。互いの思考は理解している。
戦場を駆け抜け、押し寄せる黒化エムティングの波を一瞬で灰に変える。凄まじい力だが、まだまだ共鳴の力は引き上げられる。
ATはこちらの殲滅具合を見て安息世界における創世主の力を行使。天より降り注いだ白茨がメロアを捻じ伏せていく。
『足掻くな、救世者? しかし無駄なこと。際限なく現れ続ける眷属に、お前はやがて疲弊し斃れるのだ』
「知った事か。ならば私の終わりが来るまで戦い続けてやろう」
『なぜ抗う? 我が身を滅ぼせば世界も同時に滅ぶ。もはやお前らに勝ち目はないのだよ』
それでも。奇跡が起こるかもしれない。
……なんて、淡い期待だ。だが私は何度も奇跡を体験してきた。もう一度くらい、起こしてみせようじゃないか。
『もうよい。飽いたぞ。お前は我が身が直々に裂き殺してやろう』
異形が動く。壊世主の本体を相手に、この力で太刀打ちできるだろうか。
いや、まだだ。さらに共鳴を高める──!
願うはかつての故郷、滅びし世界。灰の砂漠で眠り続ける共鳴を誓いし少女。
「レーシャ……!」
『させるものか、救世者!』
『抗う救世者を殺せ!』
『我らが主のお手を煩わせるまでもない!』
……駄目だ、周囲のエムティングが妨害を仕掛けてくる。
より共鳴を高めるには隙を晒して瞑想をしなければ……だが時間がない。
『──悪しき者よ、去りなさい』
瞬間、風が吹き抜けた。迫ったエムティングは神気に呑まれて動きを止める。
どこか懐かしく、温かい。この声は……
ふと、天を見上げる。
暗黒を裂いて無数の光が駆けていた。夜空に翔る流星のように。
「ぶち抜き失礼仕るっ!!」
白鳥に乗って飛び降りた少女は、思いきり壊世主へ槍を投げ飛ばした。
こちらへ向かっていた壊世主は衝撃を受け、足が止まる。
『ほう……これは!? ク……クハハハハハッ! 嗚呼、面白いことになってきたな! くだらん駒供が!』
巨龍が神炎を吐き、白狼が牙を突き立て、大魚が濁流を巻き起こす。
盤上世界を守護する神々が舞い降りた。ソレイユを覆う対壊世防御術式すらも突破し、この暗黒満ちる世界へと。
「やあやあアルス君! ぼくたち参上さ! ルミナがまた悪さをしたらしいね?」
「セティア、これは一体……」
「うん? だって世界の危機だもん。そりゃ戦いに来るでしょ?」
……ああ、当たり前のことか。
神々の誰もが世界を愛しているのだから。守りに来るのは当然だ。
神々の裁きが次々と壊世主の眷属を消し飛ばしていく。追い風だ、このまま殲滅を続ける。
アビスハイムは信じられない光景を呆然と眺めていたが、やがて意識を取り戻して立ち上がる。やはり彼の王は強い。
「……立て、皆の者! まだ我らは負けておらぬ! 見よ、神々までもが我らと共にある! ここまで戦い抜いたのだ、最後は勝利で飾ろうではないか!」
彼の叱咤は彼方まで轟いた。
その場で絶望して天を見上げていた誰もが瞳に光を宿し、決意を宿し。人類の勝利を願って立ち上がった。
諦めるな、戦い抜けと。皆の想いが一つになって。
『無駄、無駄であるッ! 嗚呼、神々よ、愚かな駒供よ! 我が名は壊世主ゼーレルミナスクスフィス! 屠ること能わず、沈めること能わず……足掻けども無為である!』
たしかに壊世主は殺せない。
しかし、ここに集った意志を見よ。私を含め、誰一人として諦めてはいない。
どうにかして勝機を見出して……!
『──救世者、お前は今こう思ったな? これほどの戦力があれば勝ち目はある、奇跡は起こるやもしれぬと。我が身を封印できるやもしれぬと。愚かな考えを巡らせたな?』
「……」
『では教えてやろう。絶対なる主の因果を。これこそ秩序を統べる主の御心であると……魂に焼き付けてやろう』
……何か来る、予感した。
いや、予感した時にはもう遅いのだ。壊世主が喋り始めた段階で動いておくべきだった。
無数の黒がひしめいた。地中より飛び出した数多の黒き茨。茨が戦場の全てを締め上げ、地上で抗う人間たちも、天を駆ける神々も、そして私もまた。
「っ……!」
身動きを封じられる。
壊世主は私たちの意志を嘲笑うように、弄ぶように茨で魂を締め付けていく。
もう少し早く動けていれば。
もっと共鳴を深く解放できていれば。
後悔の念が募る。
……いや。今の私が行うべきは悔いることではなく、打開策を見つけること。何か手はないか、何か……
『無駄なことよ。もうよい、Xugeを重ねて輪廻すらできぬよう……根源すらも粉々に砕いてくれようぞ。哀れな駒供、もはや我が身に逆らおうなどと不遜な考えを抱いてくれるなよ?』
時間がない。
何か手を。
「…………」
魂が悲鳴を上げる。
まだ……私は負けられない。ATは、ノアは、セティアは……誰か。
「……?」
もがき苦しむ中、一つの異変を感じ取った。
世界が……止まっている?
いや、世界が震えているのだ。泣いているのだ。
私たちを締め上げる黒き茨がパラパラと崩れ、灰になって消えていく。
「何、だ……?」
『……?』
私だけではない。壊世主すらも当惑していた。
いったい自分の茨は何によって砕かれたのか、と。
……答えは天にあった。
暗黒を払い、眩き灰色の切れ目から異形が降りてくる。
だが、其は世界に顕現するはずのないもう一つの因果。
壊世と対を成す大いなる主。
『──我が名は、創世主アテルトキア。この世の総てを創り、育み、守る者。因果に閉ざされし世界、重ね上げた罪過の数々。罪を払うは我が魂也』
あり得ない。
そう、アテルに宿っていた意志は──怒り。
『壊世主ゼーレルミナスクスフィス。汝に裁きを』




